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――少女にとって、生まれた世界は地獄そのものだった。
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思えば、遠くへ来たものだ。
「ぐっ……!?」
「パドロン殿!?」
「気にすんな! ちょっと掠っただけだ!」
生まれた世界には“魔法”も“魔術”も何も無く。
前王の治世、偽物の占いや黒魔術で世が乱れたことを教訓とし、王は幻想を否定。人心を惑わす妄想、危険思想として扱うことにした。
『――あの日焦がれた軌跡』
詐欺師として投獄された父母の残した書物の山。
禁書として没収されて。たった1冊、咄嗟に隠して残った本。
内容は三流も良い所で。どこにでもあるような英雄譚でしかなかったけれど。
『――かつて遠き星の空』
役人に見つからないよう、星明りで読みふけった。毎日毎日、何度も何度も。暗記してしまう程に繰り返して読んだ。
だって。仕方が無いじゃないか。
胸が高鳴ってしまったのだ。格好良いと思ってしまったのだ。
『――幼き時分の夢物語』
それはきっと、誰もが幼心に描く夢であり。
皆が成長と共に捨て去っていく外皮のようなモノ。
蛇が脱皮をするように。ヒトは夢想を脱ぎ捨て大人になっていく。
「……キラキラ。 ……これは、星?」
「……? 何か聞こえるニャ」
「これは……詠唱、にござるか?」
誰も真面目に聞いてくれない夢想。
信じる方がどうかしている与太話。
それでも――。
『――焦がれた理想。
――欲した奇跡。
――握りしめた夢幻の欠片』
――その幻想に、恋焦がれてしまったのだ。
『混沌を――』
そして、あの日。
運命の時。
『世界を――。空想を――』
世界が一変した。
カオスに飲み込まれ、空想は現実となった。
『理想を――。夢を――』
まず最初に“オッドアイ”を目指してみた。
理由なんて、格好良いから、それだけ。
そこから始めて。振り返らずに突き進んで。
『あの夜の星を――』
思えば。
穴だらけの屋根から星空を見上げた、あの日。
そこから随分と遠くへ来た。
吾輩は今、世界の行く末を左右する立場に立っている。
『――統べて此処に実現しよう』
さぁ。
届かなかった星空はもう無い。
『堕ちよ星空。此の手の中に』
集めた叡智が
『星降る夜の――』
この身を奇跡に届かせる。
『――癒しの奇跡』
吾輩、今、超絶カッコイイ……!
◆◆◆
キラキラ、キラキラ。
降り注ぐは光の柱。
十、二十、三十……増えて増えて。数え切れぬ程に増えて。
戦場を覆い尽くし、埋め尽くし。
◆◆◆
ティエラさんが戦闘から離脱して20分くらいだろうか。
正直、ここまで良く保ったと誇りたい。
だが、先に向かったキズナ達やティエラさんが戻ってきていない。……つまり、まだ目的のエルフの説得が達成できていない可能性が高いのだ。
ということは、俺たちは失敗したという事になる。
あれだけティエラさんに格好つけておいて、なんて情けない。こんなザマじゃ父上に認めてもらうなんて夢のまた夢……
「ぐっ……!?」
「パドロン殿!?」
「気にすんな! ちょっと掠っただけだ!」
……なんて。内心で自分を鼓舞するのも、そろそろ限界らしい。
騙し騙し戦い続けた身体は、普段とは比べようも無く重い。咄嗟の判断力も鈍くなり、攻撃を食らってしまう頻度も増えてきた。
剣と盾を持っていた両腕を中心に力も入らなくなってきている。
これ以上戦うのであれば、四肢の一本くらい無くす覚悟をしなければならない。
「まぁ、だとしても。やるしかねぇよな」
それでも。それでも立ち上がれ、パドロン・ザルフェダール。
後のことなど考える必要は無い。今はただ、少しでも時間を稼いで――
「……キラキラ。 ……これは、星?」
「……? 何か聞こえるニャ」
「これは……詠唱、にござるか?」
ルネの呟きと同時、俺も気付く。
何やらキラキラと光る粒子のようなモノが降り注いでいる。
星とは言い得て妙だ。これはまるで、星空の中に迷い込んだかのような――
「……っ!? 何だ!? 攻撃か!?」
直後。降り注ぐ光の柱、柱。柱。
無数の光が戦場を押しつぶし飲み込んでいく。
「……否! これは攻撃というよりは恐らく……!」
「……傷、消えた」
「スタミナも魔力も全快にゃ!?」
「ほほう。成程成程? これはこれは、まさか?」
それまでの長期戦闘で擦り減っていた体力。ボロボロになっていた身体。空っぽになっていた魔力。そういった全てが湧き出て来る。溢れんばかりに漲っていく。
「ティエラさん、じゃねぇよな。これは」
そんな矛盾した言葉が脳裏に浮かぶ。
ティエラさんの、全てを優しく包み込むような繊細な回復の対極にあるような術。
それを為したのは間違いなく――
「クハハハハハハハハ! お困りのようだな、救世を掲げる少年少女よ!」
降り注ぐ星空を背にして。
高笑いと謎のポーズと共に。
その少女は心底楽しそうに宣言した。
「吾輩こそは! “カオス”全ての事象の観測者にして記録者! 叡智を超え全智に手を伸ばす、強欲なる旅人! 何を隠そう、その名はアクル・イルムフィス!」
尚、ティエラは弱い出力を節約やりくりして使っているだけ。
それが偶然、繊細な感じで伝わっただけだったりする。