◆◆◆
「いや、いやいやいやいや。何かと思えば、真正面から対話して説得するだけって……本気?」
「うん。本気だよ。僕達は今までそうしてきたし、これからもそうしていく。これはそういう旅だから」
僕の大作戦を否定した口から一体どんな凄い作戦が語られるのかと思ったら。
出てきたのは常軌を逸した内容だった。
「僕がお兄さんたちを捕まえて、縄で縛って連行する。確かに、それなら短い時間だけどエルフたちに声を届かせられる。……でも、失敗したら」
確かに、実行可能な計画ではある。けれど、最後の目的が達成できるとは到底思えなかった。
けれど、彼は。
“救世”を掲げて旅をしてきたのだという少年は――
「失敗させない。成功させる」
――揺るぎない決意と共に宣言した。
その時。
僕は、これが“明日”を……“より良い未来”を求める者の姿なのだと理解した。
◆◆◆
「助けて欲しい、だって?」
「何だ? 一体何だってんだ?」
「なんかヒメロスの奴が怪しい奴を捕まえたとか」
「怪しい奴?」
広間のような場所。そこにはエルフたちが大勢おり、拘束された2人組に対し各々思ったことを口々に語り合う。
「えぇい! 何をしておるか! そ奴らに何も喋らせるな!」
その様子を見て取った長老の1人、ヒメロスの曽祖父リウロス・ワゥネロは珍しく声を荒げて指示を出す。しかし――
「なんだ?」
「なにかヒメロスの爺様が喚いてるが」
「外の者……もしかして精霊様か?」
「いや、それなら爺様の反応は変だろ」
少年がそこまで考えていたわけでは無いが。
変化の無い“今”を望むエルフの長老たちは、混乱を避けるべく、来訪者に関する一切の情報を共有していなかった。
だからこその、この一時。
今、少年の言葉を阻める者はいない。
「僕には為さねばならない事があります。護りたいヒトたちが居ます」
故に、少年は想いを紡ぐ。
「でも、今の僕には力がない。だから、どうか」
長く語る必要は無い。
そもそも、そんな余裕はない。
必要なのは、ただ――
「僕に力を貸してください!」
――ただ信じて助けを乞う事だ。
◆◆◆
――そもそも。僕に出来ることなんて微々たるものだ。
少年は十分に理解していた。
何か特別な才能があるわけではない。
力は劣る。扇動者や指導者のような弁舌も、傾国の美貌も持ってはいない。
頭脳が特別に優れているわけでもないし、それ以前に記憶がない。
故に。少年には、数百年維持されてきた“平穏”を崩すに足る“理”がない。
――それでも。
それでも助けたいと思った。救いたいと願った。
破滅が訪れる事が分かっていて、目の前の誰かを見捨てる事は出来なかった。
きっと少年は、“ワールドイーター”や“機械都市”といった危機を丁寧に説明する道だって選べた。
危機を説明し、回避するために力を貸してくれと願う選択肢だって確かに有った。
――けれど。そうじゃない。
それは“救世”を押し付ける事と何ら変わらない。
“変革”を押し付ける機械都市。
“停滞”に拘る大森林。
恐らく、それらと本質的には同じなのだ。
自らが信じる“正しさ”が、皆を幸せにすると決めつけて考えること自体が。
それが悪い事だとか、そういう話じゃない。
ただ、僕が目指したいモノでは無いというだけの話。僕が、大切な仲間たちと共に進んだ旅路の先にあって欲しいモノじゃない。
だから。
だからこそ少年は、他者の“正しさ”を信じる事にした。
同時に。余計なモノを削ぎ落して削ぎ落して。
今一番伝えなければならない事は何かと考えた。
そして、気付いた。
それは唯一。“自分が困っている”という単純な事実。疑いようのない、その事実だけだった。
だから。
だから彼は信じたのだ。
困っている誰かを助けたいと思う心を。
エルフの……いや。
ヒトの善性を、少年は信じる事にしたのだ。
◆◆◆
「なんか良く分からないけど、ここまで必死に言うなら……」
「話くらい聞いても良いかもしれないな」
「あぁ、そうだよな」
「なぁなぁ、外のヒト。何を困ってるん――」
少年の嘘偽りない本音に、エルフたちは好意的な反応……とまでは言えないかもしれないが、少なくとも話くらいは聞いても良いかもしれない程度の反応を示す。
個人的な怨恨や憎悪でも絡まなければ、余程性根の捻じ曲がった者で無い限り、こういう反応になるのは頷ける話。
そもそも、エルフは閉鎖的な森の中で戦争などとも無縁で暮らしてきた。元来、温和な性質の者たちだ。尚のこと、必死に助けを願う者を無下にする訳も無かった。
「戯け者共! 何が助けてくれじゃ! 儂らに変化など不要! この“今”を壊そうとする害虫め!」
一部の者を除いては。
◆◆◆
「いい加減にしろよ、爺様!」
「ヒメロスっ!?」
「その“今”すら危ういんだよ! 馬鹿!」
「な、馬鹿じゃと……!?」
驚いてる。それはそうか。
僕はとても“良い子”を取り繕っていたし、爺様に暴言なんて吐いたことが無かった。
……思えば、僕は。口では“変化”を望み、“今日”と違う“明日”を求めておきながら、それを真正面から肉親や大人たちに話したことが無かった。
多分。恐れていたんだ、僕も。“変化”を。
けれど――
「直ぐ其処まで敵の大軍が迫ってる! いつも通りの“今”を過ごせているのは、このキズナさんの仲間たちが必死に食い止めてくれているからだ!」
普通のエルフたちは今起きている事態を何も知らない。だから、僕の言葉に対し皆口々に「敵だって?」「どういうことだ?」「大軍だってよ」「食い止めてくれてるらしいぞ」と動揺を露わにしている。
一方で……
「そんなこと、儂らは一言も頼んでおらん……!」
「ああ、そうだよ! この人は、それを告げて恩を売る事だって出来た! けど、そうしなかった! 何故か分かる!?」
爺様や長老たち一部のエルフは動揺を見せない。どうやら既に知っていたらしい。魔術で既に確認済みなのだろう。
……尚更、腹が立った。今まさに戦っているヒト達の姿を見て、それでも動こうとしない事に。
「この人は言ってたよ。それは押し付けだって。恩も義務も押し付けたくない。エルフたちの“自由”を尊重したい。一人一人が自分の意思で選ぶことが大切だって」
僕のやろうとしていた計画。世界樹抹消大作戦は、僕の嫌いな押し付けそのものだった。
切羽詰まって、僕は僕が一番嫌いな存在になってしまう所だった。
「分かる!? 爺様たちより、この外の人の方が、よっぽど僕たちの事を考えてくれてるんだよ!」
そう。押し付け。押し付けなんだ。
機械都市も。大森林も。
「僕からしたら、どっちも悪だ! 変化を押し付ける奴らも、停滞を押し付ける奴らも、どいつもこいつも自分勝手すぎるんだよ!」
「何じゃと!?」
思い出すのは、ハッチを分解して組み立てていた日々。
ハッチの装甲の中に見つけた、複雑な部品の密集地帯。そこにあった小さな歯車。
命令を遂行するためにグルグル回るだけのパーツ。
「僕達は歯車じゃない! 遊戯の駒じゃない!」
そうだ。僕達は――
「自由意思を持ったヒトなんだ!」
「うぬぅ……。この……ド阿呆がぁああああ!!」
杖を振りかぶる爺様。
先端から幾重もの魔法陣が広がっていく。かなり強力な攻撃魔術だ。
マズイ。好き放題ぶちまけたけど、ここから何も考えていない。
当たったら痛いだろうなー、なんて場違いな思考が頭をよぎる。
そして間もなく襲い来る衝撃に対し無意識に目を瞑り……
「――もういい。止めよ」
その声が響いた。
「老エルフ。貴様の護りたかった“今”とは、肉親と相争うモノだったのか?」
決して声量は大きくない。
だというのに、その声は森の中に響き渡る。
僕はこの声を知っている。確か、随分と前に聞いたことがあった。確か、あの声は――
「せ、精霊様……!?」
「精霊様だ……!」
「“冬”の精霊様……!」
そうだ。精霊様の声だ。
幼い時に参加した精霊祭。その時に迎えた“冬”の概念精霊様の声だった。
その事を認識し、恐る恐る目を開ければ……
「……間一髪、でしたね」
目の前には。
若草色の髪と、漆黒の衣を翻す女性。
爺様の魔術を受け止めたのだろう。朱色の剣と蒼色の剣を身体の前で交差するように構えた彼女は、その白い肌にたくさんの傷を負っていた。
けれど。そんな事には一切頓着せず。痛みなど感じていないように振舞って。
「無事ですか、皆さん?」
ひどく優しい、全てを包み込むような声音で、言った。