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――あの日、人並みの幸福全てを捨てて生きると決めた。
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大森林はワウドゥ部族に生まれた俺は、生来の聴力に悩む幼少期を過ごした。
草木の擦れる音、鳥の羽ばたき、獣の足音、水のせせらぎ……本来は心安らぐ音の数々だったが、それらも束なれば騒音となる。突出した埒外の聴力は、幼少の俺を苛み続けた。
しかし、後に弓の師匠となるヒトが、それは弓に活かせる才能だと教えてくれて。聴力を制御する修行を始めて。風の音に獲物の音。あらゆる音を味方につける俺の弓術が完成していった。
そこから、エルフ随一の弓使いと呼ばれるようになるまで年月は要らず。ただ弓の道を突き進む日々が続いた。
俺はそのまま大森林で暮らし続けるのだと思っていた。他の若いエルフのように外の世界に憧れを持つことも無く。ただ、最愛の妹や部族の仲間たちと共に、一生を停滞の中で終わらせるのだと信じて疑わなかった。
……あの日、エルフの秘宝が何者かに強奪されるまでは。
遥かな昔。“冬”の概念精霊様がエルフに授けた魔力結晶体。大森林防衛の要でもある秘宝は、突如として消えたのだ。
混乱を避けるべく一般のエルフたちには伏せられ、長老たちを始め一部の者たちだけに留められた。しかし、既にエルフ最強の戦士となっていた俺には伝えられ、長老たちより直々に秘宝奪還の任を拝命する事となったのだ。
掟では、如何なる理由であろうとも、森を出た者は二度と森へ帰ってはならない。それは俺も長老たちも当然理解していた。
友がいて、父と母と、そして妹がいて。未練は数えればキリがない程にあった。
それでも俺は任され、引き受けた。それ程に秘宝は大切なモノであり、同時に、その使命を託されることは光栄なことだったのだ。
生まれ育った森の中、家同士の決めた相手を娶り、子を成して老いていく。そういう“普通”の幸福を永遠に捨て去り、俺は使命に殉じる旅路を選んだ。
そして。何年も何年も旅を続けた。ただ秘宝の行方を捜して、カオスの各地を巡った。
それでも手掛かりの1つすら掴むことが出来ず、無様に藻掻き足掻く日々が続き。
そして。
数年ぶりに大森林の近くを通りかかった時のことだ。そこで聴こえる筈の無い音を捉えた。
今頃は森の中で嫁入りでもして平穏に暮らしている筈の妹。その妹の音が、何故か森の外に存在した。
不思議に思った俺は、その音の元へと向かい――
――あの女と出会った。
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その女、ティエラ・アスを如何なる言葉で表現すべきだろうか。
料理や掃除に精を出し、戦闘では回復を行い、裏から仲間を支える。“水着”も仲間たちに譲ってしまう。
お節介で世話焼きで、それでいて、どこか一線を引いた女。
否、逆だろうか。一歩下がった所に居なくてはならないと自分を戒めつつ、それでも見捨てられずに手を差し伸べてしまう。そういう女なのかもしれなかった。
……ティエラを見ていると胸がざわつく。
妹のように危なっかしくて、何をしでかすか分からない。
でも、ティエラは妹とは明確に異なっていて。
俺にとって、あの女はどういう存在なのだろうか。
大森林にいた頃は修行に明け暮れ、出た後は使命に全てを捧げて突き進んできた身。そんな俺には、あの女を形容する言葉が浮かばない。
……だが、そうだな。最も近いのは“友”だろうか。
湖畔で「妹」について語り合ったのは実に楽しい一時だった。
そんな風に、己の中の良く分からない感情に結論を付け、そのまま“キズナ”という少年を中心とした一行を追った。
妹が心配だったからというのが最も大きな理由だが、ティエラたち一行とその旅路に少し興味が湧いたのも確かな理由だった。
……そして。大森林に迫る危機を知った。
機械都市と機兵。その圧倒的な災厄を。
故に。今、俺は一人、矢を放ち続けている。
確かに、ティエラも仲間たちも相当な実力を有している。だが、それでも全ての機兵を食い止めることは出来ない。
大森林は広く、機兵の数は多い。彼らの攻撃範囲外に逸れた機兵が、そのまま大森林に侵入してしまえば彼らの奮闘も意味を失ってしまう。
だからこそ。俺はティエラたちとは離れた場所で、彼らから離れた機兵を狙撃し続けている。
魔術で矢を生み出し、番え、音を聴き分け、弦を引いて放つ。無数の矢を放ち、広範囲の機兵を殲滅していく。
その作業染みた戦闘を延々と繰り返しながらも、俺の思考はある“
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少し前。妹たちが機械都市に入る直前の事だ。
“キング・サーカス”と名乗る奇妙な格好と怪しい言動の男が同行することとなったのだが、その際にティエラが呟いた言葉を思い返す。
「シスコンさん。アイツですよ」
あまりに小さな呟きだったものの、俺の耳は確かにその音を捉えた。
十中八九“アイツ”は“キング・サーカス”のこと。そして“シスコン”というのは、湖畔でティエラと会った時に聞いた言葉。指しているのは俺のことだろう。
また、湖畔で会話した際に俺の事情は話してある。故に、ティエラが呟いた内容は“サーカスが秘宝強奪に何らかの形で関わっている”と解釈できた。
なぜティエラがそんな事を知っているのか、なぜ湖畔で会った時に話さず今なのか。疑問こそ尽きなかったが、不思議とティエラを怪しむという思考が浮かび上がることは終ぞ無く。
俺は彼女の言葉を信じ、“サーカス”の言動に一層の注意を払った。
しかし、音を聴く限り、秘宝を懐に隠しているという様子は無く。奴が秘宝の一件に関わっているとしても、今まさに持ち歩いているという訳でもなさそうだった。
加えて。顔を合わせにくい妹が同行している事もあり、ただ警戒を続ける事しか俺には出来なかったのだ。
そのままズルズルと機兵との戦闘まで来てしまったが、戦闘を続けながらも俺は“サーカス”に注意を払い続け――そして、気付いた。
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「くそっ! どこだ! どこに行きやがった!」
機兵との戦闘の方は、高らかに笑う謎の少女が参戦したことで安定していた。
故に。俺は戦闘を離脱し、見失ったサーカスを探して走り回っている。
ずっと機兵と戦っているように見えた“サーカス”は良く出来た人形。偽物だった。
そして。最初に聴いたサーカスの音は、今どこにも無いのだ。
この俺が音を拾えない。
普通に考えれば、もう近くには居ないと考えるべきだ。この天性の聴覚で聴こえないなんて事は普通ならばありえない。だが、何年も旅を続けて手がかりすら掴めなかった秘宝強奪の下手人……それが真にサーカスであるのならば。そうであるならば、完全に音と気配を無くして隠れていても不思議はない。
「他の場所はどうなった。パハルやティエラは……」
思い出したように、他の場所に聴覚を集中させる。
……ティエラはまだ倒れているか。
詳しい事は分からないが。どうも、ティエラは“冬”の概念精霊様を呼びに行き、その過程で大きなダメージを負ったらしい。
だが。彼女がウインター様を連れて来てくれたおかげで、あわや戦いという状況は霧散し、各々が思いの丈を言葉でぶつけ合うこととなった。そして、遂に長老たちも折れ、エルフ一丸となって機兵に立ち向かうこととなったようだ。
キズナ、パハル、リエス、ヒメロスの4人は一足先に他の仲間の所へと向かい、そのまま機械都市に乗り込んで都市長の説得に再挑戦するとのこと。
一方、ティエラは起き上がる気配がなく、ウインター様と居残りのエルフたちが大森林の中で全てが終わるまで護ることとなったようだ。
「本当に、アイツはいつも無茶をする。自己犠牲も大概に……。……っ!?」
瞬間、気付く。
眠るティエラの傍、音の無い空間が存在する事に。
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故に。
判断は一瞬。
――番え。
「もはや逃げ場は無いと知れ」
――引き絞り。
「終矢」
――放つ。
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放たれた矢は天高く飛翔し、次には標的めがけて突き進む。
それは慮外の一射。知覚の外から冷酷に命を刈り取る死神。
それは過たず対象の心臓へと突き刺さり――
「これはこれは。成程成程? なかなかどうして、危険な一撃ですね。ワタシが姿を現さねばならぬとは」
その男は。
何も無い空間から突如として姿を現したピエロは。
キング・サーカスは、流暢に言葉を紡いだ。