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アルニマから此処まで来る道中、僕様はティエラから2つの頼まれごとをしていた。1つはエルフの長老たちの説得、そして2つ目が“キズナ”という人物の為そうとする事に力を貸す事だ。
もっとも、そのティエラは今寝込んでしまっているけれど。
皆が各々の言葉をぶつけあっている最中、彼女は唐突に倒れてしまった。彼女の仲間たちを中心に凄く衝撃を受けて心配したのだが……どうやら、本当に寝ているだけらしい。
恐らく、アルニマで魂や精神にダメージが蓄積してしまい、それを癒すべく身体が強制的に意識を絶ったのだろう。
「えっと、ウインター…様」
「今の僕様は精霊モドキ。慣れないのなら“様”なんて堅苦しく呼ばなくていいよ。……そもそも、精霊はそんな風に敬服されるほど大層な存在じゃないしね」
「じゃあ…ウインターさん。ティエラさんの事をお任せします」
「あぁ、安心してくれていい。力の大部分を奪われてしまったとはいえ、僕様は精霊の端くれだ。絶対、無事に守り抜いてみせるさ」
キズナ、パハル、リエスの3人は倒れたティエラを酷く心配していたが、僕様やエルフの医者の言葉で何とか納得したようだった。
そして。彼らは僕様たちにティエラを任せ、エルフの戦士たちと共に機兵と戦いに行くこととなったのだ。
彼女がアルニマで口にした“使命”というのは、このキズナ少年がこれから為そうとすることに関係しているのだろう。なら、彼女自身がその枷となって足止めしてしまう……そんなこと、彼女は絶対に望んでいない。
「精霊様。私共の術が効果を発揮している様子がありません」
「……まぁ、そうだろうね。これは普通の怪我や病気とは根本から異なっているから」
「私共の力不足です。誠に申し訳が……」
「いや。魂の治療なんて奇跡の領域だ。出来なくて当然。君が気に病む事じゃない。……うん。とりあえず気持ちを落ち着かせる香草みたいなモノを用意して欲しい。それくらいしか、今の僕様たちには出来る事がないよ」
「は、はい! 了解しました!」
そう。
これは通常の医術・魔術でどうにかなるものじゃない。肉体の傷を癒す術は多々あれど、魂を癒す術は希少かつ特異に過ぎる。エルフの中にも治療魔術を扱えるヒーラーはいたが、今のティエラを治療できる者はいなかった。
こうなると、自然治癒に任せておくしか方法がない。
……もっとも、ティエラは眠りながらも治療魔術を自身に対して発動し続けている。しかも驚くべきことに、彼女の魔術は魂すら癒す希少な力のようだった。この様子なら、それほど時間をかけずに目を覚ますだろう。
だが、しかし。
安心すると同時、疑問が湧いてくるのも事実。
……本当に、彼女は何者だ?
こんな力、この幾多の世界が集うカオスだって滅多に見かけない力だ。
確かに、出力は決して強くない。彼女を超えるヒーラーなんて大勢いる。剣士・戦士という観点なら、彼女を超える存在は星の数ほどいるだろう。
だが、しかし。自らの意識が絶たれても尽きぬ無尽蔵の癒しの力。こんなモノ、長い精霊としての生でも見たことは無い。
悪辣王やその配下のような生来の……世界や時代、文化価値観が異なろうとも「悪」と評される生粋の悪ではない。それは間違いない。
しかし――
「おい、女衆を呼んでくるんだ。こんな武骨な戦闘服では治るものも治らん。直ぐに着替えさせて――」
「――やめなよ、エルフ。彼女はそのままで良い」
だが、それでも。僕様は彼女を信じよう。
多くの秘密を抱えた女性。
僕様を外に連れ出してくれた女性。
どっちも彼女であり、そんな彼女を僕様は信じると決めた。
「しかし……」
「いいから。彼女は大丈夫だよ」
納得しかねる様子の医者エルフを何とか下がらせる。
黒衣を剝がされてしまえば、きっと彼女の正体は白日の下にさらされるだろう。僕様も知らない、彼女の正体が。
それだけは避けなければならない。彼女が隠そうとしている秘密は何があろうと守って見せる。
「……全く。仕方がないとはいえ、スヤスヤ無防備に眠っちゃってさ」
彼女の人並外れて整った顔を眺めて呟く。
この大森林の木々のような、見る者の心を安らげる緑の髪。
長い睫毛と、陶器のように白い肌。
無意識に彼女の頬に手を伸ばし――
「これはこれは。成程成程? なかなかどうして、危険な一撃ですね。ワタシが姿を現さねばならぬとは」
――ソイツが現れた。
「サーカスは至極のショー。男に興奮を与え、女の胸をときめかせ、子供の目を輝かせる。あらゆる世界の娯楽を超えたエンターテインメント。故に故に――」
どこからか飛来した矢が胸に深々と突き刺さりながら。
何もない空間から現れた男は。
流血の一滴も、苦悶のうめき声1つあげず。張り付けた笑みを浮かべて、言った。
「――サーカスで流血沙汰なんて、御法度なのですよ」
◆◆◆
「なんとなんと。この超人的な弓術。カオス全土でも頂点に近しい腕前。……ふむふむ? 成程成程」
突如として目の前に現れた奇抜な格好の男。
ソイツは胸の中央を貫く矢を気にも留めず、何も無い空間から現れた大きな球体の上に片足で立つ。
そして、ごそごそと自らの服を探ったかと思えば、小さな球を7つ取り出した。
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫……色とりどり7色のソレを、男は順繰りに空中へと投げる。
すると。球は投げた右手と反対側、左手へと収まっては再び右手へと戻る。結果、等間隔に続くカラフルな球が丸く放物線を描きだしていく。
……が。5周が終わった直後、赤の球が一際高く上に上がり、他の球も続いていく。
球はやがて重力に従って落下。男の頭の上へと降り注ぎ、順番に脳天にぶつかっていく。
衝突の度に男は大袈裟で滑稽な動きをし、ぶつかった球は跳ね返って周囲に散らばっていった。
失敗したのか、という思考が芽生えた瞬間、気付く。球が男を中心に綺麗な円を描いて落下している事に。
男は、軽やかな動作で球から飛び降り、どこからともなく出した黒い棒で球を小突く。
と、球はどんどんどんどん膨れ上がっていき、そして……
直後、大きな球と7色の球、8つの球が同時に破裂。それぞれからカラフルな紙吹雪やリボンテープが噴き出し駆け巡った。
その吹き荒れる虹の中、男はその中央で恭しくお辞儀をして。
そして。ゆっくりと時間をかけて頭を上げた男は、両手を広げて朗々と語り始めた。
「さぁさぁ皆々様! お待たせ致しました! 此度も最高の夢舞台、カオスサーカスの特別公演が開演致しますよ! 人種性別、世界に常識、全て全て何するものぞ! 大人も子供も、男も女も、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 是より始まる混沌の宴! 瞬きすら惜しい珠玉の時間を御約束致しましょう!」
どこか歌うように、或いは無数の聴衆へと呼びかけるように。
「恐れ多くも、此度の公演を取り仕切りますはワタシ、座長キング・サーカスに御座います!」
男は自らを“キング・サーカス”と名乗った。
道化師でありながら王。王でありながら道化師。それこそが彼。混沌と矛盾のピエロ。
「しかししかし、ワタシは道化師。此度の主演は別に居られるのです! えぇえぇ、大変お待たせ致しました! 主演の御登場です!」
次いで。
男は手に持った黒いステッキで何処かを指し示す。
そこに居たのは――
「エルフ最強の弓使い! 何者かに奪われた秘宝を奪い返すべく、全てを捨てて使命の旅路に殉ずる孤高の戦士! ヴァルト・ワヌ・ワウドゥ!!」
「……貴様、胸を刺し貫かれて平然としているとは一体どういうことだ?」
弓に魔術の矢を番え、狙いを定めたまま。
“ヴァルト”と紹介された男は、キング・サーカスを睨みつけた。
「今日皆様に御届けしますは、王道の英雄譚! あらゆる世界に共通して存在する物語! 眠り姫と騎士の幻想譚!」
サーカスはヴァルトの言葉に答えず……否。その言葉を舞台台詞の1つとして組み込むようにして。そうして、己の“公演”を創造していく。
「対するは! 姫を狙う悪鬼! 必殺の矢を物ともしない不死身の怪物!」
「……姫を狙う悪鬼、だと?」
「えぇ、えぇ! そうですそうなのです! ワタシの目的は、眠る姫君“ティエラ・アス”さんを頂戴していく事! 騎士様は眠り姫を守り抜けるのでしょうか!?」
最後に。
サーカスは一度言葉を区切ると、大仰な仕草と共に宣言した。
「さぁさぁ、遂に遂に! 開演に御座います!」
◆◆◆
機械都市の機兵。傀儡世界のマリオネット。秘宝を探す旅路で、ヒトならざる生命体は少なからず見てきた。だが、コイツはその何れとも異なる。
音は間違いなく人間だ。しかし、心臓に深々と矢を突きさされて、血の一滴も流さず平然としているなど常軌を逸している。
くそっ。頭も同じか。脳天を撃ち抜いても何も変わらない。
……とはいえ。あらゆる世界が集まる混沌世界。不死身の存在が居ないなどと断言できるわけも無い。
そして、そうであるならば。
「ほうほう、ほうほう! 素早く、かつ正しい判断ですね! 殺せぬのなら行動不能にしてしまおうとは!」
蹴りで吹き飛ばし、即座に神速の4連射。
両手両足を貫通させ、大木に縫い留める。
これなら、いくら不死身であろうとも――
「はいはい、人体解体ショーですよ! 皆々様、拍手!」
……そう簡単にはいかないか。
驚くべきことに、“サーカス”は己の身体をバラバラにして拘束から脱した。
両手も両足も付け根から外れ……
「……っ!?」
どういうことだ? 外れた手足が、消えた……?
溶けてゆくように、そこには初めから何も無かったように。サーカスから分離した手足は消失し、カランカランと4つの矢が地面に落ちる。
更に……
「どうなってやがる……!」
消えたはずの手足が、しかしサーカスには確かに揃っている。
五体満足。全くの無傷。
最初に刺したはずの矢もいつの間にか消えていて、当然のように手足・胸・頭部の全てに傷1つない。その奇抜な衣服にも穴一つ、ほつれ一つ存在しないのだ。
手足が生えたとか、そういう次元ではない。
これは、そう……
無くなったはずの手足が、突如として元の場所に出現した。
「言ったでしょう、騎士殿? ワタシは不死身の怪物なのですよ」
要望の多い掲示板ですが、章の最後にまとめてやります。申し訳ないですが、少々お待ちくださいませ。