理由はシンプルに難産。
◆◆◆
物心ついた時、俺は目の前にある“道”を認識した。
父、祖父、曽祖父……先祖10代300年の時の中で築かれてきた“城塞都市ザルフェダール”を背負って立つという“道”。それは俺の血肉に刻まれた責務であり未来。
一切の誇張も嘘も無く。パドロン・ザルフェダールの生涯は、徹頭徹尾その“道”を歩む為だけに存在していた。
それは、それしかないという諦念ではなく。
他と比べてマシだという妥協でもなく。
自動的に享受可能な特典としてでもなく。
俺は俺の意思で、その“道”を相応しい歩み方で進もうと決めていた。先祖に、民に、そして他ならぬ己自身に恥じぬ様に。その為に必要なあらゆる努力を惜しまなかった。
知、武、精神、あらゆるモノを磨いた。理想の“領主”に必要な全てを極めた。
だが、そんな俺に待っていたのは――
「パドロン。今のお前に領主の座を継がせることは出来ない」
他ならぬ父から突き付けられた「否」の言葉だった。
◆◆◆
エルフたちの協力を取り付けることに成功した俺たちは、機兵の足止めをエルフの戦士達と謎のヒーラー少女に任せ、再び機械都市を目指した。
ピエロは「何故か何故か、ワタシは都市長に嫌われてしまっているようですので!」と機兵と戦うために残った。
そうして、再び機械都市の真下へと到着。
すると。都市長リミエント・コーナストーンが、何やら半透明で巨大な姿となって目の前に現れたのだ。
『我は一向に構わぬどころか、その先に待つ未知に心が躍るのだが。そんな我にも“都市長”としての立場がある。故、こうして中に招き入れずホログラムでの対談となる事をご容赦願いたい。全く難儀な話だよ』
成程。敵対が明確である今回は、入口開けて空へ浮かせて…と招くのは流石に無理だったらしい。
しかし、その代わりに、この“ほろぐらむ”なる物を使って対話を行うという事のようだ。
『ふむ。機兵とエルフが戦っているという事は、あの狂人共を説得してみせたのか。成程。どうやら我は測り間違えていたらしいな』
その通りだ。最初に機械都市を訪れて交渉決裂した時とは明確に異なっている。
俺たちの……いや、キズナの語る“救世”の重みが違う。機械都市が出来なかった、出来ないと決めつけたエルフたちの説得をキズナは成し遂げた。
このカオスに集うあらゆる文化・種族・価値観を束ねまとめあげ、ワールドイーターという脅威へ向けて足並みを揃えさせる。バラバラの矢印を同じ方向へと向けさせる。
聞こえは良いが、大言壮語甚だしい妄言の類。正直、一緒に旅をしている俺だって未だに半信半疑なのだから、赤の他人であれば尚更だろう。
しかし、実際にキズナは1つ成し遂げた。エルフの協力を取り付けた。彼自身が理解しているかは定かではないものの、これは想像以上に大きな意味を持つ。
彼ならば或いは。そういう可能性を彼は示した。一つ一つ積み上げて不可能を可能とするのでは無いかと。そう期待させる実績をキズナは得たのだ。
とはいえ。
『だが。エルフたちの心変わりも、畢竟、我の正しさを証明したに過ぎん。加え、君たちの実績は我の歩みを否定する決定打とは成りえない』
そう。結局、エルフの停滞は打ち砕かれた。最初から、リミエントが言っていた通りに。
俺たちは必要に駆られてエルフたちを突き動かしたが、それは間接的に機械都市の主張を認めてしまう事と等しい。
『君たちが必死になる理由は様々だ。然れども、未知の脅威に際して自分が生き残りたい、大切な誰かに生き残って欲しい……そうした類の“生存”に関する欲求が根底にあるのは容易に想像できる。それはエルフたちも同様。彼らは彼らの生きる日常を守るべく立ち上がったと推測可能だ。大層な計画を立ててこそいるが、所詮は我らも同じ。畢竟、生物はそのように出来ている』
全くもって彼女の言い分は正しい。
そもそも、リミエントは“都市長”として最善の判断を行っている。機械都市の住民が生き残る為に何をすべきかの取捨選択をしているだけだ。
『一度受け入れたのならば次も容易い。彼らの“生存”に関する欲求を刺激し、我らの“変革”を受け入れさせるだけだ。さすれば全てが丸く収まる』
確かに。犠牲となるモノは大きい。エルフたちは大森林を出て機械都市で生活せざるを得なくなる。伝統的な森での生活は粉々に壊され、文化や価値観も変化を強いられるだろう。
だが、それでも。それでも、生き残ることは出来る。
あぁ、クソ。やはり俺は機械都市を否定できない。
何故なら――
◆◆◆
――思い出す。
あれは、そう。忘れもしない。あの言葉を父上から突き付けられた日の事だ。
城塞都市ザルフェダールの誇る最高の学び舎。ザルフェダール学院。その広い中庭には、先日実施された試験の成績順位が掲げられており、その周りに学生たちが集って口々に何かを話していた。
「また優勝はパドロンかよ。やってらんねぇぜ」
別に何を話そうと構わない。何を思うも語るも自由だ。
先祖代々が心血を注ぎ築き上げた城塞都市ザルフェダール。この都市は実に理想的で最高の都市だと、身内の贔屓目抜きで思う。民草の思想言論を一方的に弾圧するような、そんな狭量な都市では無いのだ。
「剣技大会で優勝。馬術大会で優勝。学院での座学も常にトップ。芸術やら美食やらのコンテストではゲスト審査員を任されてもいる。生徒の枠には収まらない神童、パドロン・ザルフェダール。……なんかもうさ、比べるのも馬鹿らしくなるよな」
なればこそ、次期領主たる俺もまた、奴らの言葉を聞き流すべき。
そうだ。そうあるべきだ。そうあるべきなのだ。
「ま、当然だろ。父親は領主で、小さい時から英才教育。かかってる金が違うよ。俺たち凡人じゃ逆立ちしたって勝てないのも当然ってわけ」
だが――
「それな。何て言うか、俺らとは住んでる世界が違うんだよな」
それ以上、俺は聞いていられなかった。
俺に出来たのは、何も言わず行わず、その場から去る事だけ。その場にいたら、俺は拳を握りしめて殴りかかっていたかもしれなかったから。領主にあるまじき感情任せの愚行を犯さない為には、それしか方法が無かった。
だってそうだろう?
何が「世界が違う」だ。馬鹿な事を言うな。
この混沌とした世界は1つ。1つだけだ。
確かに、人それぞれ与えられる環境は異なる。生まれ落ちる場所を生命は選べない。
だが、その後。何を掴み取るか。どのような道を進んで行くか。それを選ぶのは己自身に他ならない。
そんな事も分からず、分かろうともせず。ただただ自らの力不足を生まれや他者のせいにしか出来ぬ者の何と醜いことか。
これまで積み上げてきたモノ。血の滲むような努力の数々。それら全てが、あんな奴らの暮らしを守るべくあったのだと――その残酷な事実から目を逸らし続ける事は、とっくの昔に不可能となっていた。
そして。そうだとしても。
俺は俺の責務から逃げたりしない。ただ粛々と「理想の領主」という役目を果たすだけ。
そう、思っていたのに。
「パドロン。今のお前に領主の座を継がせることは出来ない」
「…っ!? そ、それは一体どういう事でしょうか!? いえ、そもそも俺以外に後継者はおりません! 俺でないのなら一体誰に継がせるというのですか!」
「その場合は、他の世界で発展してきたという『民主主義』なる仕組みを取り入れようと考えている。選挙制度を学び、整備し、より良い指導者にこの城塞都市ザルフェダールの行く末を託す……それも一興だとは思わんか、息子よ」
「何を、何を仰っておられるのですか、父上!」
「折角あらゆる社会形態が集う混沌の世界に在るのだ。学べるところは学び、取り入れていかなくては勿体ないというものだよ」
理解が出来なかった。
必死に学び続けたんだ。“民主主義”も“選挙”も知っている。知っているからこそ、理解が出来なかった。
だって。
「父上は! 俺の半分も努力していない奴らが領主となっても構わないと考えているのですか!」
結果次第では、あんな奴らが領主となる。
否。誰が選ばれるのだとしても、幼少期よりひたすらに努力を積み重ねてきた俺に勝る訳が無いのだ。
だというのに、父上は。
「お前の視野は狭すぎる」
「俺の視野が狭い…?」
「ここより先は自分で気付かなければ意味は無い。下がれ、パドロン」
◆◆◆
俺は“切り捨てる”事を正しいと感じている。
私情を捨て、感情を封じ。ただ粛々と取捨選択を繰り返す。己が領域における「最大多数の最大幸福」を実現し続ける。
俺の信じてきた“統治者”の在り方とは、正にコレだ。
理想の統治者とは、即ち、決して取捨選択を間違えない感情無き王。駒の犠牲を躊躇っていればボードゲームには勝てない。ただ粛々と正解の手を打ち続ければ勝てる。そういうものだ。
これの何が間違っている? 同情や縁故で判断を間違えば全てが瓦解するのだ。これまで先祖代々無数の民草が築き上げてきた「今」が、これから紡がれていく「明日」が崩壊する。
ならば、障害を切り捨てて進むことこそ正しい。それこそが正解の道で――
「お言葉ですが。大森林に住まうエルフたちのように急激な変化を望まぬ者だっています。そういったヒトの想いを否定する権利は貴女にも、誰にもありません。あるわけがないのです」
そこで言葉を発したのはリエス。
エルフでありながら、他ならぬ“変化”の象徴でもあるハーフエルフ。
成程、彼女であれば相応しい。その言葉を告げる資格がある。
それでも。
『急激な変化、か。まさしく愚者の言葉だな』
この女には通じない。
ありふれた一般論や常識、倫理道徳で動くような存在ではないのだ。
『変化を唐突と感じるのは、その者が受動的に生きているからだ。変革の最前線にて自ら新天地を切り拓く者であれば、そのような愚かな思考に囚われはしない』
「それなら、貴女の言う“愚者”は切り捨てて構わないという事ですか?」
『ふむ。キミは新顔だな。エルフの少年』
「ヒメロス・ワゥネロです」
『ヒメロス少年。キミの言う通りだ。不必要なモノを廃して我らは先へと進むのだよ』
そう、事ここに至り、俺たちは認めねばならない。
彼女の掲げる“計画”は正しい。機械都市とそこに住まう者達を生かすために行われる計画は紛れもなく正義の道であると。
「にゃんか…上手く言えにゃいけど、冷たいにゃ」
『言うに事欠いて唯の感想か。客観的なデータも何も無い、個人の主観にどれほどの価値がある?』
おい、黙ってろ蛮族アホ猫。お前が割り込める議論じゃない。
ピスカだけじゃない。俺も含めて誰であろうと、この目の前の女の信念は崩せない。
『然れども。これも一興だな。あえて諸君らの価値観に合わせて語るとしようか』
機械都市都市長リミエント。その信じる道は揺らがず、真っ直ぐで、理に適っている。
『冷酷でなければ果たせぬ発展もあろう。倫理道徳だけでは進めぬ道がある。モルモットに同情して新薬の開発を止めるのか? 今も難病に苦しむ幾万もの同族を見殺しにして? 冗談だろう。その方が余程、諸君らの語る“悪”ではないのか?』
「難しいことは正直分からんにゃ。アタシら草原の民も、いろんなモノ犠牲にして生きてるニャし」
そうだ。そんなの誰だって分かる事だ。
生命は他の命を食らわねば生きていけない。そういう風に出来ている。ならば、発展の為に何かを犠牲とすることに何ら不思議はない。だから――
「でも、いつだって感謝の心を忘れた事は無いにゃ」
――は?
「草原の民は狩りの前と後に儀式を行うにゃ。獲物の魂を混沌に還し、そして再びの邂逅を願う……この儀式を通して糧となってくれる命に最大の感謝を捧げるにゃ」
『感謝の念、だと? リスペクトということか。またスピリチュアルな話を。そんなものは自己満足に過ぎない――』
「かもしれんにゃ。獲物の気持ちにゃんて実際には分からんしにゃ。でも、それを忘れたら駄目にゃんだと思う。掟だからとかじゃにゃくて、もっと大切な何かを失ってしまうにゃ」
それは根拠も説得力もかなぐり捨てた、ただの“感想”。
主観と想像と伝統にのみ立脚したソレは、リミエントの“理論”とは比べるまでも無い。正に天地の差。雲泥の差。
だけど。そんな曖昧な事を、自信満々に言ってのけたピスカの姿を目にして。
俺は1つの料理を思い出していた。
◆◆◆
あれは、そう。湖の前で立ち往生する数日前、ナナシやパハルと合流して直ぐの事だ。
夕飯としてティエラさんが運んできたのは、毎度の如く見たことも無い料理だった。
「今日の夜ご飯は“ラーメン”ですよ。熱いので気を付けてくださいね」
「なんにゃコレ! すっごく旨そうな匂いにゃ!」
「スープが光ってて綺麗」
「まま、いただきます」
「どうぞ召し上がれ。あとママではないですよ」
そのラーメンなる料理は正直、衝撃だった。
運ばれてくる段階から鼻孔を直撃する香り。肉を中心に野菜を始め数多の食材が集結し、溶けあい高め合い1つの香りとなって押し寄せる。それは最早、“味”のある香り。――そう。香りが既に暴力的な程に美味なのだ。
そして、その見た目も素晴らしい。テラテラと輝く琥珀色の液体の中に中細のストレート麺。これでもかと乗せられた平たい肉や野菜のトッピング。
一口スープを口に運べば、それだけでラーメンという料理の奥深さを骨の髄まで理解させられる。ふわりと…恐らくは乾燥させた小魚の香りが優しく通り抜けたかと思えば、間髪を入れずに肉の力強さが突き抜けていく。あたかも突進する猪の如きソレは、しかし野生そのものでは断じてないのだ。
……そうか。骨を煮込んでいるのだ、コレは。じっくりコトコト長い時間をかけて骨から出汁を取っているからこそ、これ程に味わい深い味となっている。野生でありながら芸術。このスープは、その奇跡的な矛盾を見事に実現した。それが数種類の野菜たちのアシストで更に高い領域へと昇華されている。
麺も実によくよく考えられている。真っ直ぐで細い麺に、不思議なほど琥珀のスープが絡むのだ。結果、一口で“ラーメン”の全てが口内に押し寄せる。
これは一見すると荒々しい料理だが、実際は全てが計算されている。食材の取り合わせ、配分、煮込み時間……全てが黄金比の中にあると言えよう。
この料理にテーマを与えるのならば、“調和”。まるで異なる食材たちが、しかし個々の特徴と個性をそのままに、黄金の計算式の中で見事に共存している。決して互いを潰さず、尊重と相互理解の末に高め合っているのだ。
そして何といっても、この半熟のタマゴ。黄金の黄身が琥珀色のスープを吸って……もはや言葉は不要だろう。
「ねぇ、まま」
「ままじゃないですよー。……それで、何ですかルネ?」
「いただきます…って、なに?」
そして。スープごと飲み干して長い余韻に浸っていた時、ふとルネが片づけを終えたティエラさんに質問をしたのだ。
「その料理に関わる全てへの感謝を表す行為ですかね。食材となった動植物は勿論、育てたり狩ったり加工したり調理したり……料理の裏にある全ての存在へと“ありがとう”と伝える。そういう行為だとオレは思います」
『疑問。その行為に意味はあるのか』
「……意味、ですか。正直、そんなものはありませんよ。その料理の為に摘まれた命が“どういたしまして”と返事をするわけじゃないですしね。徹頭徹尾が自己満足でしょう」
『それならば何故――』
会話に加わったテトマの率直な疑問に対し、ティエラさんは身も蓋も無い事を言ったのだ。
だけど、その後。彼女は微笑みながら言葉を続けた。
「でも――その感謝の心を忘れたのであれば、間違いなく料理文化……だけじゃないですね、ヒトの文化の全てが衰退の一途を辿っていく事でしょう」
『――?』
「たとえば、さっきのラーメン。あれってスープは獣の骨から出汁を取っているんです。食べられない固くて大きな骨……本来なら絶対に捨てるはずの部位ですよね。それを捨てないで有効活用しようとしたからこそ、あの料理はあるんです」
興味深い話だと思って、語るティエラさんの方へ顔を向ける。
その青い瞳は、どこか遠くの景色を見ているようであった。たとえば、そう。遥か遠い故郷を思うような。
「コスト的に安かったからとか切実な事情も絡むかもしれませんが……でも、根本にはきっと食材への感謝があったんだと思うんです。“もったいない”の精神ってヤツですね。そこから生まれた画期的な物って凄くたくさんあるんだと、オレは思います。料理に限らず、あらゆるモノで」
その頃には、夕食後に思い思いの時間を過ごしていた誰もが、ティエラさんの話に耳を傾けていたのを良く覚えている。
恐らく、大小あれども皆が俺と同じ感情を抱いていたのだろう。
この話は単なる夕食後の雑談に片付けて良い内容ではない……漠然とそんな気がしていた。
「捨てたモノ、忘れたモノ。不要だと切り捨てたモノの中に、大切な何かが眠っているかもしれません。感謝や未練の感情に後ろ髪を引かれていれば、時々振り返って価値に気付ける可能性が残ります。料理、技術、ヒト、モノ、故郷…全てに通ずる事かもしれませんが。永遠に失ってからでは遅いのです」
◆◆◆
『大切な何かを失う、だと? それが何かは解らぬが、失ったモノとて発展の先に蘇らせることは可能だろう』
――あぁ、そうか。そういうことか。
『エルフが大森林を失っても同じこと。昔日の故郷が忘れられぬというのなら、後々そっくりの空間を造り出せば良いだけのこと。或いは、機械都市の技術であれば思い通りの夢を見せる事も容易い。永遠に過去の夢だけを見て過ごす事も可能であり――』
――やっと分かった。やっと分かったぜ、父上。
「アンタは間違ってる。間違ってるぜ、リミエントさん」
『――何?』