難産だった…
分かりにくかったらすみません。
これが今の私の精一杯です。
◆◆◆
「アンタは間違ってる。間違ってるぜ、リミエントさん」
『――何?』
彼は…パドロン・ザルフェダールだったか。
城塞都市ザルフェダール…ユピテリア帝国に属しながら、歴代の皇帝直々に完全独立した自治権を許される商いの都。
それ故の独立。それ故の自治権。皇帝でさえ手出しできぬ不可侵の都。
その最新の血筋の言葉。……ふむ。聞いてみる価値はあるな。
さて、どんな論理で、どんな根拠で、この我の革新を“誤”と断ずるのか。聞かせてもらおう、パドロン・ザルフェダールよ。
「アンタはラーメンを知らない。これが答えだ」
『――は?』
――は?
◆◆◆
――贋作は本物より価値があると言う者がいる。
――俺はそれを否定しない。むしろ、1つの真理だとさえ思う。
――だが。
「ラーメンって知ってるか。どっかの世界の料理らしいんだがな」
『……寡聞にして知らないが、それは料理なのか』
「獣の骨をじっくりと煮込んだ琥珀色のスープに、小魚の出汁や野菜の旨味が溶けだしていてな。それを穀物から作った細長い麺に絡めて食べるんだ。各種トッピングも美味だが、何といっても構成要素の全てが絶妙なバランスの上に成り立っているのが素晴らしい。何が最初というわけじゃないんだろうな。スープを作って、麺を合わせて、トッピングを選んで、更にスープを改良して、麺を改良して……そうやって、それぞれがそれぞれに合わせて“最良”になろうと足掻き続ける。互いを高め合うために進化し続ける。そこにあるのは歩みを止めない料理人の矜持であり、正に永遠の革新の料理とでも呼ぶべき……」
『…………』
「おい、グルメ馬鹿。向こうもアタシらも完全に引いてるニャ。さっさと本題に入れニャ」
……ちっ。舌の肥えていない蛮族はこれだから。
まぁ、だが。確かに少し喋り過ぎた。本題から逸れている。
『我の知らない料理が存在すること、それを君が病的な程に好いているのは理解した。……が、それが一体何だというのだ?』
「重要なのは、この料理が捨てられるはずの骨を有効活用した料理だってことだ」
『……それは再利用や無駄なく使うということか? それなら我らこそ専門分野だ。限られた資源を如何に効率的に運用していくかというのは重要なテーマの1つであり……』
「そうじゃねぇよ。効率の問題じゃねぇ。捨てられていくモノ、捨てるモノにどれだけ感情を抱けるかってことだよ」
『感情、だと? アニミズムの類か?』
「発展の為に不必要だと断じたモノを、アンタは振り返るか? 時折でも、申し訳ないとか勿体ないとか自分の計算が間違っていたかもと考えるか?」
『……ふむ。それは勿論NOだな。切り捨てた膨大なモノを振り返る時間があれば、次なる発展を模索した方が余程効率的だ。また、余計な感情を抱けば、その分だけ脳の領域を無駄に割かなければならない。故、我は振り返らんよ』
やはりな。
アンタならそう答えると思ったよ。今までの俺がそうだったようにな。
もしも仮に、俺がこの救世の旅に参加せず、そして父上が反対しなかったとしたら。
そのまま俺が領主になっていたとしたら。
そしたら、俺は俺を嘲笑っていた奴らを切り捨てても何の感慨も抱かなかったことだろう。奴らに価値があるかもなんて考える事は絶対になくて、振り返る事も絶対に無かっただろう。
「俺たちは全知全能にはなれない。アンタが今ラーメンを知らなかったように。俺がこの前までラーメンを知らなかったように」
ましてや、俺たちが今立つ世界は――
「そんな自分の城にばかり籠っていないで、この混沌の世界を良く見てみろよ。あらゆる世界が集っている。あらゆる法則が存在している。昨日まで正しかった世界のルールが、明日もそのまま残っているとは限らない。そういう場所だ」
朝目が覚めたら、隣に見知らぬ街が出現しているかもしれない。
朝食として、どこかの世界で発展してきた見た事のない絶品の料理が出てくるかもしれない。
それが有り得るのがカオスという世界。
そんな世界で、不変の数式が存在しうるのか。絶対の解が存在し続けるのか。
「全てが変わった世界で、これまで不要だと切り捨てたモノが解決策になる可能性は0か? 本当に無いのか? 機械都市の、アンタの計算は本当に絶対か?」
『……完全が無いということには同意しよう。0%も100%も存在しない。特にこの世界では、な。だが、だからこそ我らは少しでも確実な道を行くしかあるまい。1%でもマシな道を模索し、その他を切り捨てて進むべきだろう』
底が見えたな、リミエント・コーナストーン。
それがアンタの限界だよ。機械都市の限界なんだよ。
「そういや。さっきアンタは、失ってもそっくりのモノを生み出せば問題はない…そう言ったな」
『そうだな。先も述べた通り、後々必要となれば再現すれば良い。さすれば何も問題は――』
――贋作は本物より価値があると言う者がいる。
――あぁ、それは1つの真理なのだろう。
領主の息子として、いずれ商いの都の舵を取る者として、俺は芸術品に触れる機会も多かった。芸術分野では審査員を任された事だって一度や二度ではない。
だからこそ、言える。思う。
誰よりも本物に迫ろうとした贋作が、本物よりも本物らしくなることはあるだろう。
歴史を知らない別の世界の芸術家が、偽物の方が芸術品として優れていると思うこともあるだろう。
だが、それでも。
「本物は本物。偽物は偽物だぜ、リミエントさん。0を1にしている訳じゃない。……そんなことは、革新を求めるアンタが、アンタこそが一番理解していなければならないことじゃねぇのか?」
『…………ほう』
そう、本物は本物なのだ。その価値は永遠に崩れない。
本物が無ければ贋作は生まれなかった。その事実は覆らない。
そして、贋作を求め続ける限り、本物は――新しい始まりは生み出せない。
「言ってやるぜ、リミエントさん。アンタの王道は狭い。狭くて暗い一本道だ」
父上の言葉を思い出す。
――お前の視野は狭すぎる。
あぁ、やっと分かったよ。父上。
あの時、俺を否定してくれてありがとう。俺をこの旅に同行させてくれてありがとう。
「アンタは切り捨てた無数のモノの躯で壁を造って進むんだろうな。右と左に巨大な壁を、遥か先まで永遠と。そうして、自分の信じた答えの一本道を進み続ける。その脇道にあったはずのモノに目を向けようとはしないで……いや、高い壁のせいで見る事も出来ず。気付く事も出来ず」
『………………』
「その先に待つのは唯のどん詰まりだよ。いずれ必ず訪れる行き止まり。壁を打ち破る打開策が見つからない……新たな革新が生み出せなくなる終着地だ」
そして。きっと、その時になって捨てたモノを漁ろうとしても見つからない。
だって、壁の向こうにあって見えなかったんだから。見ていなかったんだから。
探しても探しても時間だけが浪費されていく。永遠に失われているか。永遠に気付けないか。どちらにせよ、待つのは避け得ぬ終末に圧し潰される、そんな結末だけだ。
「つまりさ。アンタは革新という言葉に逃げてるんだよ。革新という名の停滞、それこそがアンタの道の名だ」
『何だと?』
「新しい何かを生み出し続けていれば、何かを切り捨てた事実に目を向けなくて良いから楽なんだよな。背負っていくことから目を逸らして、これしかないって一本道を進んだ方がずっとずっと楽なんだよな」
分かるよ。アンタと背負うモノの大きさは全然違うけれど。比べるまでも無く小さいだろうけど。
俺にだって背負うモノが……背負いたいモノがある。
諦念でも妥協でも特典でもなく。意思なんて上っ面のものでもなく。
ただ、己の願望として。魂が求める願いとして。血肉が叫ぶ夢として。領主として背負いたいモノが、ある。
『そこまで言うのなら答えよ。貴様は如何なる道を進む。貴様の王道とは何だ』
やっと定まった。道が見えた。
これが正しいかは知らない。それを俺は生涯ずっと悩み続けるに違いない。
だが、それで良い。それこそが俺の選ぶ道だから。
そう、俺は――
「俺は全てを平等に捉える。己が領域にあるモノ全てを、己も含めて平等に位置づける」
だが、当然のように全てを抱えて進むことは出来ない。
現実は無情そのもの。理想論で世界は守れない。
なればこそ――
「先へ進むために切り捨てるべきは切り捨てる。己の決断で、不必要と決めつけて切り捨てる」
それはきっと、自らの身を切り捨てるように辛い事だろう。
だが、それ故にこそ――
「その痛みによって俺は俺自身に刻み込む。自分が切り捨てた存在の価値を、尊さを、在り方を。その価値を活かしきれなかった、切り捨てねばならぬ己の無力を、情けなさを」
己の指が切り捨てられたことを忘れる者はいない。己の足を切り捨てたことを俺は忘れまい。
そうして、俺は進む。傷だらけになりながら。無数の価値を…命の数だけ存在する“世界”を己に刻み付けて。その全てを背負い、見続けながら。
「俺は全てを見続ける。せめて全知に近づかんと。自らの領域の全てを知ろうと足掻き続ける」
革新の痛みを抱えて、それでも先へ進み続ける。悩み続けながら、自問自答を続けながら、あらゆる価値観を道標としながら。
それが。
それこそが、俺の――
「これが俺の、パドロン・ザルフェダールの切り拓く道だ」