ソシャゲで人気投票1位にならないと帰れない!   作:夢泉

99 / 105
4話 少なくとも病気ではない。【SIDE EARTH】

◆◆◆

 

 

 ()()()()()()、天まで届く魔法の世界樹も、宇宙を翔る機械仕掛けの都市も存在しない。

 今こうして腰を下ろしているビルの屋上も、この周辺では一番高いが、あの世界樹の高さには到底及ばない。

 眼下に広がる夜景は眩い科学の光で満ちているが、あの機械都市のテクノロジーには及ぶべくもない。

 それでも。

 それでも尚、ビルの上から眺める夜景は――あの混沌の世界に広がる如何なる景色よりも――美しく、尊いものとして映った。

 

『あ、秋イベの配信が始まったよ。今回はラーメンのイベントみたいだね』

「それは重畳。料理関連のイベントで、『人間(オレ)』の右に出る者はおるまい。これは独壇場だな」

『けど、作る側じゃなくて審査員側にいるよ?』

「アイツは阿呆なのか?」

 

 全く何をしているんだ、あの阿呆は。

 あの別れから3日。早くも新しい壁にぶつかっているらしい。それも割とどうでもいい類の壁に。

 

『…………あれ? プレイして様子を確認しないのかい?』

「確かにアレはどうしようもない阿呆だが、曲がりなりにも三位一体の精霊。『人間』の力が及ばぬ所は、もう1つの人格が補うだろうさ」

『ふぅん。信頼しているんだね? あの2人のことを』

「唯の事実だ。他意はない」

『へ~? ま、そういうことにしておくよ。それで? WFをプレイしないのなら、いったい何をするつもりだい?』

 

 空中に浮遊する長方形の物体――確か、スマートフォンと呼ばれる物――には目も鼻も口もなく、その表情は伺えない。しかし、発せられる音声には圧倒的な揶揄いの色がある。

 腹立たしいのは間違いなかったが、否定しても肯定しても藪蛇であるようにも思えた。

 それ故、努めて無視することとし、夜景の一点へと目を凝らす。

 より正確には、その先にある建物へと。

 

「『(オレ)』には、行かなければならぬ場所がある」

 

 ――『人間(アイツ)』の代わりに、と言葉にすることはしなかった。

 

 

◆◆◆

 

 

 消毒剤の匂いがする。嗅ぎ慣れてしまった、嫌いな匂い。

 あぁ、そっか。()()倒れたんだ、私。

 お母さんとお兄ちゃん、心配させちゃったな。本当、駄目だな私って。

 

 ……でも、変だな。いつもなら、もっと苦しいのに。苦しくて、痛くて、怖いのに。

 どうして今日はこんなに心地いいんだろう。

 

「…………駄目か。星の力ですら、宙音(そらね)の病は治せぬらしい」

『だから言ったじゃん。絶対に無理だって』

 

 声が聞こえる。凛とした女の人の声と……もう一つは何だろう? 声変わり前の男の子の声とも聞こえるし、小さな女の子の声にも思えるし、まったく違うような印象も受ける。

 共通しているのは、どちらも知らない声だということ。そして不思議と、ちっとも怖くないこと。

 

「黙れ、テラ。『(オレ)』は貴様の言を鵜呑みになどせん」

『あーヤダヤダ、年を取ると寛大さや柔軟さが失われていくよね。老害ってのはコレだから』

「すまんな、年のせいか貴様の真意に気づくのが遅くなってしまった。そんなに死にたかったのか。安心しろ、今すぐスクラップにしてやる」

『やめてやめてやめて! ごめんなさい謝るから! 今のボクは何の変哲もないスマートフォンでしかないから!! お星さま最高!! 若くてピチピチ水の星!! あ、ヒビ入った!!!』

「病院で騒ぐとは常識のない奴だ」

『誰のせいだと!!??(小声)』

 

 寝起きのフワフワした意識がようやく少しハッキリしてきた。

 定まってゆく焦点の中、1人の女性の姿が浮かび上がる。

 薄暗い病室で、月明かりに照らされた彼女の姿は――――

 

「……きれい」

 

 その姿を正確に表現する言葉を、私は知らなかった。

 春の新芽のような緑の髪。夏の空を閉じ込めたような蒼の瞳。秋の紅葉のような艶やかな唇。新雪のように真白い肌。

 全てが。彼女を構成する全てが、ただただ綺麗だった。

 

「すまない、起こしてしまったか」

「えっと、あなたは……」

「気にするな。これは唯の夢だ。明日の朝には忘れている、一夜の邂逅に過ぎん」

 

 夢。その言葉が余りにも自然に馴染んだ。

 だって、紐も無いのにフヨフヨと浮いているスマートフォンなんて変だし。

 第一、こんなに美しい人が実在しているとは思えなかったから。

 だから、これは夢だ。

 ……でも、どうしてだろう。ずっと、おかしな既視感があるのは。

 

「邪魔をしてしまったな。『(オレ)』はそろそろ帰るとしよう」

「帰るって、そっちは窓……」

「言っただろう、これは夢だと。夢だから、これで良いんだ」

 

 窓が開く。夜空より黒い外套がはためき、緑の髪が静かに靡いた。

 やっぱり、私は知らない。こんな幻想的な光景を見たことはない。

 声も違う。口調も違う。服装も違う。髪の色、瞳の色、肌の色、全部が違う。そもそも性別が違う。

 けれど――。

 

「おやすみ、宙音」

 

 あぁ、やっぱり。

 言葉、仕草、雰囲気。その全てとも思えるし、どれも違うとも思える。

 なにがと、言葉にして説明することはできない。

 でも、私は知ってる。込められた優しさを、温もりを、間違えるはずがない。

 だから――。

 

「ありがとう。おやすみ、()()()()()

「…………お前とは初対面だし、そもそも『(オレ)』は女だ。お前の言は的外れにも程がある」

「えへへ。夢だから良いんです」

 

 そう私が言えば、女性は恥ずかしそうに頬を染めて微笑んだ。

 そして彼女は、窓の外へ――夜の中へと消えていった。

 おかしなことに窓はぴっちりと閉められていて、あれは夢だったのだと訴えている。

 

 けれど。

 病室には確かに、優しい花の香りが残っていた。

 

 

◆◆◆

 

 

 ビルからビルへ。

 夜の街を翔けながら、思う。

 

『あれれ~? 何だか嬉しそうだね?』

「そうか、気のせいだろう」

 

 こんなこと、『人間』や『精霊』には絶対に打ち明けられないが。

 “ティエラ・アス”となってから、5年以上。ずっと、答えを出せずにいた問があった。

 即ち、()()()()()()()()()()()()()()()、という簡潔にして根源的な問である。

 地球という星の意思? ――否。

 確かに、星の意思が元となったのは事実。然れども、それ()()()()ではない。例えば、この身が今ここで跡形もなく消えても、本来の地球には何の影響もないだろう。

 畢竟、この心は偽物なのだ。

 曖昧模糊とした存在であるが故に、少し力を解放しただけで容易く消し飛んでしまった。

 

 ――――自分は、地球の影法師に過ぎない。

 

 その解を否定したくとも、事実は明白で揺らがず、そして残酷だった。

 

『ふ~ん? でも、顔が笑ってるよ。ほら、パシャリと一枚』

「貴様テラ!! そのデータを今すぐ抹消しろ!!!」

『え~~~? ボクやり方わからないな~~~』

「えぇい! やはり今すぐスクラップにしてくれる!!」

 

 然れども。ある少女が、この身に新たな定義を与えた。

 少女はきっと、それを意図して言ったのでは無いだろう。深い意味など無いのかもしれない。あれは泡沫の夢に過ぎず、言った本人も覚えてはおるまい。

 それで構わない。他ならぬ彼女が肯定した。その事実だけで十分に過ぎる。

 今宵『(オレ)』は、ようやっと確たる存在に――「星地 宙音」の“兄”という存在になれたのだ。

 故にこそ――――。

 

「テラ。()()は、何だ」

『何ってキミの、キミたちの妹でしょ』

「はぐらかすな。宙音が患っている病の事だ」

 

 先程、寝ている宙音に治療魔術をかけた。今の『(オレ)』にできる全力を注いだ。

 結果、宙音の表情は僅かに和らいだように見えたが……所詮は気休めに過ぎない。

 蓄積した疲労を取り払い、弱り切った心身に一時の安らぎを与えただけだ。

 

「いくら劣化しているとはいえ、母なる星の力が全く通じなかった。ほんの僅かも治すことが叶わなかった。地球で産まれた事象を、地球そのものが癒せぬなど道理が通らぬ」

 

 あれは病ではない。老いでもない。

 ならば虚妄か? それも違う。今この瞬間も彼女は苦しみ、肉体は死へと突き進んでいる。

 否。突き進むという言葉すら生ぬるい。止まることも、減速することも、道を変えることも許されず、唯々真っ逆さまに“死”という結末へ()()()()()()()

 

『……そうだね。彼女の病気はこの世界に由来するモノじゃない』

 

 “現代医療では治せない?”――当たり前だ。そもそもアレは医療医術の範疇には存在しない。科学をどれだけ極めても、魔法をどれだけ極めても、治すことなど出来ようはずがない。

 彼女は死ぬことこそが正しいのだと。そんな理不尽が、絶対的に正常な法則として存在している。

 そして、最悪なことに。

 

『彼女はもう長くない。もってあと一年……それがボクの見立てだよ』

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。