修が目を覚ますと見慣れた自室の天井が視界に広がっていた。
(あれ?なんで僕家にいるんだろ..父さんと母さんと出掛けてて..迷子になっちゃって..それから..ッ!!)
昨日の出来事を思い出した修の意識は急速に覚醒した。身に覚えのない恐ろしい気配を感じ取った直後、目の前に空いた真っ黒な穴。そしてそこから現れた異形の怪物。必死で逃げるも追い詰められ、絶体絶命かと思われたそのとき、見覚えのない格好で現れ怪物を一瞬で仕留めてしまった父...
(恐い夢..だったのかな..)
いまだ恐怖と不安を感じながら、修は早く父と母に会おうと部屋を出てリビングへ向かった。
「修..ッ!!」
リビングへ入ると朝食の支度をしていた母が修に気づき、いきなり抱き着いてきた。
「大丈夫?どこか痛いところはない?」
「う、うん。大丈夫..おはよう、母さん」
いつもの冷静で落ち着きのある母はどこへやら。滅多に変わらない表情まで崩して心配そうに声を掛けてくる母に、修は大丈夫だと告げて朝の挨拶をすると、気配のあるソファへと目を向ける。
「どうやら大丈夫そうだな。よかった。おはよう、修」
「おはよう、父さん」
ソファには父が座っていた。挨拶を済ませると修と香澄にこちらへ来るように促す。それに従って2人がソファの空いている席に腰を下ろしたのを確認すると、父は語り始めた。
「まずは修。昨日なにがあったか、覚えてるか?」
父の質問に今朝のあれは夢ではなく、現実に起きたことのなのだと理解した修は再び恐怖を覚えた。少し震えながら父の問いかけに頷くと、父は「そうか..」といってなにやら考え始めた。暫くして整理がついたらしく、父が口を開いた。
「修、これから父さんのやってる本当の仕事について教える。昨日修が見たあのお化けがなんなのかも説明しよう」
「ちょっとまって昴さん。本当に話すの?」
「昨日話し合って決めただろう?これから先、修が自分で自分の身を守れるようになるためにも、話しておくべきだ」
「..そうね。ごめんなさい。続けて」
「ああ。悪いな修。じゃあ改めて..まずは父さんの本当の仕事の話からだ。修は父さんが橋を造ってるのは知ってるよな?」
「うん」
「これ自体は噓じゃないんだ。実際に父さんは橋を造ってる。でもこの『橋』は修の知ってる橋とは別物なんだ。父さんが造っている橋はな、別々の世界を繋げるための橋なんだよ」
世界を繋げる。父の影響か母の影響か、小学1年生としてはかなり賢い修でも父の言葉の意味が直ぐには理解できず、首を傾げた。
「やっぱり難しいか。う~ん..修、昨日黒い穴を見なかったか?」
「..うん。見たよ。」
「その穴の向こう側に、さっきいった別の世界があるんだ。別の世界はたくさんあって、この世界と同じように色々な人が住んでいる。父さんはあの穴の代わりになるように、あの穴の向こう側で橋を造っているんだ」
「穴の向こうにある別の世界..」
修は以前テレビでみたマルチバースというものを思い出した。確か、宇宙は1つではなく、数え切れないほどたくさんあるのだと。父の言っているものと厳密には違うのだろうが、おそらく似たようなもののはずだ。
「うん。分かんないけど、分かった」
「流石、修は賢いな。香澄譲りだ。じゃあ続きを話そう。その別の世界では、トリオンていうエネルギーを使って皆は暮らしているんだ。」
「トリオン?」
「ああ。人の体で作られるエネルギーだ。実はこの世界の人も持ってる。まあこの世界じゃ使う必要が無いから、気づいてる人はほとんどいないけど..別の世界ではこのトリオンが凄く大事なものでな。これがなくなると世界そのものが消えてしまうんだ。だから向こうの人達はこのトリオンを集めるために戦争までやっている。だけど最近、向こうの人達が気づいてしまった。今修や俺がいるこの世界にはトリオンをもった人間が有り余っているということに..気づてからは早かった。修が見たあの黒い穴、ゲートと呼ばれるそれを使って、少しずつこの世界から人を攫い始めたんだ。修が見たあのお化けを使ってな」
修は言葉が出てこなかった。こことは違う別の世界。そこで起きている戦争。そしてその世界からこの世界へと人を攫いにく化け物..当然完璧にとはいかないが、それでもなんとなく父の説明を理解できてしまう修は父に問うた
「..じゃあ、昨日のお化けは僕を別の世界へ連れて行こうとしたの?」
「ああ」
「なんで僕が狙われたの?たまたま?」
「いや、違う。修がトリオンをたくさん持ってるからだ」
「僕が..?」
「ああ。向こうの人達はトリオンをたくさん持ってる人を探してるからな」
「でも、僕いままであんなお化け見たことないよ?」
「そりゃそうさ。何故なのかはよく分かってないけど、向こうの世界とこの世界は昨日行った三門市でしか繋がらないんだ。」
「ふぅん」
「修が狙われるほどトリオンを持ってると分かってれば連れていったりしなかったんだけどな」
「..ねえ、父さんが僕を助けてくれた時、光る剣みたいなの持ってたよね?あれはなんなの?さっきいってたトリオンとなにか関係あるの」
「おいおい、本当に小学1年生か?修。そうだな。あれについても説明しなきゃだよな。あれはトリガーっていう武器でな。向こうの世界の人達が作ったものだ。人の体にあるトリオンを利用して使うことが出来る。」
「なんで父さんがそんなもの持ってるの?」
「父さんはな、向こうの世界から来た人と知り合いなんだ。というか一緒に仕事してる。で、さっきいったけど向こうの世界は戦争してて危ないからな。自分の身を自分で守れるようにってもらったんだ」
「じゃあ、あのお化けとも戦ってるの?」
「まあな。だから父さん、実はめちゃくちゃ強いんだぞ。...さて、じゃああとは父さんの会社の話だな。父さんが働いてる会社の名前はボーダー。そこで最初にいったように向こうの世界で『橋』を造ってる。あとたまに戦ったりもしてるな。その会社には向こうの人はいないんだけど、向こうの人に助けてもらってるんだ。」
父さんに関しての話はこれくらいだな。昴はそう言っていつの間にか香澄が用意していたコーヒーをすする。正直、小学1年生の子供が理解出来るような話ではない。同年代の子供よりは賢い修も、完璧に理解することは出来なかった。しかし。それでも。昴の話を聞いていく修の中で、一つの思いが大きくなっていた。
「..父さん。トリガーはトリオンを使う武器なんだよね?」
「ああ」
「じゃあ..トリオンをたくさん持ってる人がトリガーを使ったら、凄く強くなれるの?」
「だめよ」
それまで静かに昴と修の会話を聞いていた香澄が言った。決して大きくはないが、良く通る力のこもった声音。
「修、あなたはまだ子供なの。あなたは優しい子だから、きっとそういうだろうと思ったわ。でもだめ。昴さんがやっているのはとても危険なお仕事なのよ」
香澄と昴がこれまで修に本当のことを話さなかった理由はこれだった。修はとにかく優しく、正義感の強い子なのだ。困っている人がいたら放っておけない。赤の他人でも迷わず助けにいってしまう。そういう子だと分かっているからこそ、この話をすれば必ず自分も戦うと言い出すだろうと2人には分かっていたのだ。
「..ごめんなさい。母さん。でも僕、出来ることがあるのに、何もしないなんて嫌なんだ。母さんが僕のこと心配してくれてるは分かってる。それでもお願い。僕にも父さんと一緒に戦わせて」
「修..」
香澄は悲痛な表情を浮かべて、昴へと視線を送った。あなたも修を止めてと。数秒して、昴が口を開いた。
「修。香澄の言う通り俺がやってるのは物凄く危険な仕事だ。下手をすれば間違いなく死ぬ。」
「分かってる」
「いいや、修。お前は分かってない。死ぬってことがどういうことなのか」
「..それでも僕h「だが正直、少し喜んでもいる」..え?」
「修が俺の話を聞いて、自分も戦いと言ってくれて..そう言える子に育ってくれて正直、嬉しい。..なあ香澄、俺は修をボーダーに入れようと思ってる。」
「昴さん..?!」
「三門市に行ったからって普通あんな簡単に襲われることはない。おそらくだが修のトリオン能力は相当なものなんだろう。だとするとこれから先、自衛の手段が無い方が不安だ。それに修の性格じゃあそのうち勝手に首を突っ込んでいくと思う。そのとき無防備なままでいるよりは、今の内から出来ることをやらせてあげたい。」
「...」
「大丈夫だ。修にはいざって時のために戦い方を教えておくだけ。向こうに連れて行ったりはしない」
「でも..」
「母さん。僕、わざと危ないことをする気はないよ。でも昨日みたいなことがあった時に何か出来る力が欲しいんだ。守ってもらってばっかりは嫌なんだ..」
「修..」
「..香澄、修が頑固なのは知ってるだろ?大丈夫だ。なにがあっても俺がいる限り香澄と修は絶対に守る」
昴の言葉に香澄は黙り込んでしまった。暫くして顔を上げた香澄は真っ直ぐに修を見ながら
「修、お父さんの言う事は必ず聞きさい」
「母さん..!」
「それから絶対に無茶はしないこと」
「うん」
「最後に..勉強はしっかりすること。学校の成績が悪かったら直ぐに辞めさせるからね」
「..はい!!」
「ははは..よし、じゃあ早速明日ボーダーへ行こう。まずはトリオンを測らないとな」
今日はひとまずゆっくりしよう。昴がそういうと香澄は直ぐに朝食の用意を再開した。