背伸びしたい彼女は、どんな想いを先生にぶつけるのか。
※注意
一部、絆ストーリーのネタバレを含んでいます。
最近、ミドリによく見られている気がする。
「先生、こっちは終わりました」
「うん、ありがとうミドリ。私ももうちょっとで終わるよ」
「分かりました。じゃあ、待っていますね」
処理した書類を私の机に置き、ミドリはシャーレに持ってきたゼリーズのぬいぐるみを抱え、じっとこちらを見ている。
「ねえ、ミドリ」
「はい、何でしょうか先生?
あ、何か飲み物持ってきましょうか?」
「大丈夫だよ。もうすぐ終わるし、この後出掛けるからね」
「あ、そうでしたね……すいません。私からお願いしたのに、後のことを考えてませんでした。」
「ううん、気遣ってくれてありがとう」
いえいえ、と手を振る彼女は苦笑しているけど。なんだろう、それ以外のものが混じっているような。
ともかく、待たせるのも悪いのでさっさと仕事を終わらせる。幸い残りは少なかったので、三十分も掛からなかった。
「先生、お疲れ様でした」
「わ、ミドリ。いつの間に背後を取ってたの?」
「ふふ、先生を驚かせたくて。ステルス戦法は得意なんですよ。
ちょっと子供っぽかったですかね?」
「そうかな? 私も似たようなことやるし」
「じゃあ、お揃いですね。
それで先生。お疲れみたいですし、肩でも揉みましょうか?」
「え、うーん。ありがたいけど、これから出掛けるんだよね?」
「まだ遅い時間じゃないし、大丈夫ですよ。私から誘ったんですし、これくらいさせてください。
それに先生、さっき伸びしたらすごい音がしてましたよ」
「う。最近デスクワークばかりでなまっちゃったからなあ……
えっと、じゃあ、お願いしてもいいかな?」
「はい、任せてください! じゃあ先生、ソファに移ってもらえますか?」
ミドリは満面の笑顔になって、私の肩を揉んでくれる。人肌の温かさと程良い力加減が、凝り固まった筋肉を解してくれた。
「ん、ちょ……ミドリ。くすぐったいよ」
「ふふ、先生くすぐったいのに弱いんですね。かわいい……」
「かわいいって……」
一見すれば微笑ましい光景なのだが、ミドリが肩もみついでにあっちこっち触ってくるため、こそばゆい。何だか探るような手つきになっているのは、私の考え過ぎだろうか。
「こんなものかな。どうですか、先生?」
「おお、大分軽くなったよ。ミドリ、ありがとう」
「私も先生のかわいらしい一面が見れましたから、役得ですね」
「それについては勘弁して……モモイあたりに知られたら、絶対からかわれるし……」
「ふふ……大丈夫です。お姉ちゃんや皆には言いませんよ。私だけの秘密にしておきます」
振り返ると、イタズラっぽい笑みを浮かべているミドリ。どことなく嬉しそうなのは、『二人だけの秘密』をまた共有したからだろうか。
その後、ミドリの要望で私達が来たのはゲームセンター。仕事を手伝ってくれたご褒美として、やりたいゲームがあるミドリと一緒に行くことにしたのだ。
「あ、先生これです! 新作のパズルゲーム!」
「おお、運がいいことに空いてるね」
「あの、先生……いいですか?」
上目遣いでそわそわしているミドリに、もちろん私は笑顔で頷く。
「ミドリ、楽しみにしてたんでしょ? 私は見てるだけでもいいから、やってきなよ」
「! あ、ありがとうございます!」
許可を貰うと、リードから解き放たれた犬の如く新作ゲームにすっ飛んでいく。こういうところを見ると、いつものミドリだって思っちゃうな。
以前「ゲーマーの性、みたいなものですから……」って恥ずかしそうにしてたけど、それでこそミドリだなって思う。
(でも、最近のミドリ……なんだろ、色々探られているような?)
さっきの肩もみもそうだけど、私の知らない一面を探り当てようとしているような。
とはいえ、ゲームを堪能しているミドリは以前からよく知る、無邪気な少女のものだ。
多分、考え過ぎなのだろう。思考を打ち切って一緒にゲームを楽しんでいたら、ミドリがある方向を見て眼を見開き、
「せ、先生! ちょっとこっちに来てください!」
「え、ちょ、ミドリ!?」
急に私の手を引いて、人気のないレトロゲームの隙間に引き込まれる。
なんでこんなところに。口にしようとしたら、答えは先程私達がいた場所から聞こえる声で理解した。
「よーし、アリス! 勝った方が今日の晩御飯おごりだからね!」
「分かりました、モモイ! アリスの無限ハメコンボを見せてあげます!」
「いや、この格ゲーにそんなのないよ!?」
どうやら、モモイとアリスが来ていたようだ。何故隠れたのか不思議に思っていたが、
「ミ、ミド、むぐっ」
「シーッ……先生、気付かれちゃいますから……!」
私の口に手を当て、強制的に発言を遮ってくるミドリ。息がくすぐったいのか、抑える手が震えている。
というか、スペースが狭い上に端へ押し込まれたため、ミドリに身体を押し付けられるというか、抱きしめられるような状態になっている。
(これ、マズいでしょ……!)
小柄ながら柔らかく、細い腕が腰に回され、ミドリから感じられる甘い匂いが鼻腔を満たす。密着した状態は、私の理性を削りにかかってくる。
「先生、すごくドキドキしてる……」
「むぐっ、むー……」
そりゃそうだよと言いたいが、口を抑えられているためまともに喋れない。見上げてくるミドリも顔が赤いから、誰かに見られたら言い訳出来ないシチュエーションだよこれ。
数分か、数十分か。「ああー、負けたー!? あんな切り返しあり!?」、「パンパカパーン! アリスはモモイをやっつけた!」というやり取りの後に足音が遠ざかるのが聞こえて、やっとミドリが手を離してくれる。
「あいた!?」
直前、手の甲を軽く噛まれた。痛いというより驚いたくらいだったが、ミドリの奇行に思わず目を白黒させてしまう。
「ぷはっ。ミ、ミドリ、色々聞きたいんだけど……」
「す、すいません先生。お姉ちゃん達には内緒にしたかったので、思わず隠れちゃいました……
あ、間違って噛んじゃったの大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫。ケガはしてないから」
隙間から出たミドリが慌てて私の手を取る。どうやら、焦って妙な行動に出てしまったらしい。
(そういえば、前にモモトークで言ってたよね。『ゲームセンター一緒に行ったこと、ミンナニハ ナイショデスヨ』って)
モモイにも言ってないようだし、誰にも知られたくないのだろう。独占欲みたいなものなのかな。
そう考えると、目の前で項垂れているミドリに対して愛らしさを感じ、思わず頭を撫でてしまう。
「ふわ。あの、先生? 怒ってないんですか?」
「うん、まあ。ミドリが秘密にしたい気持ちは、何となくわかった気がしたからね」
「……子供っぽいって、思いました?」
「ううん、可愛いって思ったかな。それに、二人だけの秘蜜って寧ろ大人っぽいと思うよ」
「そ、そうですか? でも、先生がそう言うなら、そうなんですよね……えへへ」
はにかむミドリに私も微笑み、もう一度頭を撫でる。頬を私の服に擦り付ける姿は、猫みたいだ。
「それじゃあ先生。この後よろしければ、ゲーム開発部に来ませんか?」
「もうゲームセンターはいいの?」
「はい、もう十分先生を独占出来ましたし。あんまり待たせるとお姉ちゃんがうるさいですから」
「そっか。ミドリとの時間が終わるのは、惜しい気がするね」
冗談っぽく、肩を竦めてみせたのだが。
「――本当に?」
そのミドリの一言で、空気が軋む音が聞こえた。
「ーーっ?」
「先生、本当に、そう思ってくださるんですか?
私が、先生を独占しちゃって、いいんですか?」
私の頬に両手を添え、じっと見つめてくるミドリ。その目は驚愕から、女を感じさせる蕩けたものに変じていきーー
「ミド、リっ」
「……ーーっ。す、すいません先生。ちょっと、舞い上がっちゃいました」
「い、いや。大丈夫だよ」
蛇に睨まれた蛙の直状態から解放され、慌てて離れるミドリに頷き、先程の密着とは別の意味で昂った動悸を、深呼吸で無理矢理落ち着かせる。
何だったんだろう、今のは。まるで、こっちを絡め取ろうとするような。
「そ、それじゃあ先生。行きましょうか」
「う、うん。行こうか」
その後は少しぎこちない感じになってしまったが、道中での雑談やゲーム開発部で遊んでいく内に、忘れていくことが出来た。
Side:ミドリ
「……はあ。もう、先生ったら。
ああいうこと平気で言うんだから、本気にしちゃいそうだよ……」
ベッドで寝返りを打ちながら、私は溜息を吐く。隣で爆睡しているお姉ちゃんには聞かれないのが救いだ、こんな姿は誰かに見られたくない。
(まだドキドキが止まらない……)
ゲームセンターで抱きしめた、先生の温もりが忘れられない。衝動を押し殺せず、痕を付けたいと思って軽く噛んでしまったのも良くない。
先生は許してくれるけど、もっと気を付けないと。
「眠れない……」
すっかり目が冴えてしまった私はベッドから立ち上がり、カバンの二重底に隠していたものを取り出す。
それは、アルバム。ゲーム開発部のみんなと撮ったものとは別で、全部の写真に先生が写っている。
中には明らかに隠し撮りのものもあったが、ヴェリタスや他校の人が勝手に撮っていたものを、『お願い』して現像したものだ。
『ミドリは凄いね』
『ミドリにはミドリの良さがあるんだよ。だから、モモイや他の人と比べる必要はないと思うな』
ページをめくるたび、先生がくれた大切な言葉が蘇っていく。お姉ちゃんと比較された私のコンプレックスを見抜き、私を認めてくれて、溶かしてくれた優しさを。
「先生、先生……」
愛しさは静まるどころか募る一方で、私はアルバムを胸元に掻き抱く。こうでもしないと、抑え込んだものが暴発してしまいそうだ。
いつからだろう、先生のことを一人の異性として、愛おしく感じるようになったのは。
いつからだろう、先生の色々な面を見たいと思うようになったのは。
……いつからだろう。先生の愛情を、私だけを見て欲しいという我儘を抱くようになったのは。
「皆、先生……」
ユズちゃん、アリスちゃん、お姉ちゃん。ゲーム開発部のみんなと、先生の姿が順々に浮かんでは、揺れ動く。
ゲームもみんなも好きだけど、同じくらい先生が好き。どっちかなんて、選べない。
「ダメ。まだ、まだだよ……」
分かっている。先生は皆の先生だから、例え告白しても断られるって。例え気付かれたって、先生は優しく(残酷に)、目を逸らしてくれるだろう。
だから、待つんだ。ミレニアムを卒業するのを、先生に生徒としてではなく、一人の女として見てもらえるのを。
だけど、やっぱり。
「苦しい、な……」
先生。私、どうにかなっちゃいそうです。
√エンド
「先生、ごめんなさい。ごめんなさい……」
「ミドリ? どうしたの?」
突然私を人気のない場所に呼んだ、ミドリは泣いている。混乱しているのか、うわ言のように謝罪を繰り返し、涙を地面に落としながら。
「もう、抑えられないんです。先生のことが、好きって気持ちが。
先生を愛したくって、苦しいんです……」
「それって……」
涙ながらの告白。それを聞き間違えるほど、必死の想いを間違えるほど、私は耄碌していないし、間違えることなどできない。
「ごめんなさい、ごめんなさい。今のままじゃ迷惑を掛けるのは分かってるんです。
でも、もう待てない……だから、聞かせてください。先生の答えを、ください」
「……」
縋るように私の両腕を掴み、見上げてくるミドリに私はどう答えるべきか。
そんな私の迷いを、ミドリは正確に把握していた。
「逃げないで、お願いだから逃げないでください。『先生』じゃなく、一人の男の人として答えてください。
じゃないと私ーーどうにか、なっちゃう。先生を独り占めするために、我慢できなくなっちゃうんです……」
「ミドリ……」
掴む力が強くなる。震えているのは、自分の激情を必死に抑えようとしているのだろう。
向ける視線は、間違いなく愛欲に狂っている。
だけど、真っ直ぐだ。だから私も、『私』として答えないといけない。
「……ミドリの気持ちは、嬉しいよ。でも、私が先生である限り、『独り占め』は出来ないと思う」
「……そう、ですよね。じゃあーー」
掴んだ腕が、引き寄せられる。濡れた翡翠の瞳と唇が、目の前に来る。
「私を、先生の『特別』にしてください。
他の人が、先生を好きなのは我慢できます。
でも、愛するのは……私だけに、してください」
それきり、ミドリは目を閉ざす。言葉ではなく、行動で返事をしてくれということなのだろう。
「……」
私はーーミドリを抱きしめ返し、その唇を一瞬だけ、重ねた。
「先生……! 嬉しい、嬉しいです!!」
ミドリは心からの歓喜に、抱きしめる力を強めてくる。
離したくない、逃がさないと。これが彼女の『愛情』なのだろう。
(これで、いいんだよな?)
自問するも、ミドリが向けてきた愛情を否定するなんて、私には出来なかった。
だから、彼女の頭を撫でる。これからの大変さを、今だけでも幸福で塗り潰すために。
後書き
ミドリの愛情は本物である。だが、それは『先生』という存在を独占したいという、歪んだものでもあった。
『今』は上手くいった。これからこの『愛』がどうなるかは、二人の選択次第である。
PS
ミドリ
タイプ:独占型
自分だけのものにしたく、監禁の手段もあり得る。
コンセプト:『姉へのコンプレックスからの背伸び、私を見て欲しい』
ゲーム開発部は、皆で作り上げてきて、皆のものにしてきた。
でも、先生は私だけのものにしたい。先生の『特別』は、私だけでいいの。