手に入れたい、私だけのものにしたいと願う。でも、本と違って独占は出来ない。
だから、彼女はこう動いた。
最近、見慣れない本が増えてきたような気がする。
「うーん……あれ?」
「ど、どうされました? 先生?」
シャーレの休憩室。手に取った本を見て首を傾げる私に対し、本日の当番であるトリニティの図書委員長、古関ウイがこちらを見上げながら首を傾げてくる。
「いや、こんな本あったかなって思って……ウイ、これ知ってる?」
「えっと……あ、これは、私が持ってきた子ですね」
「ウイの?」
大事そうに抱えているウイの姿を見て、意外さに目をしばたかせる。古書を『あの子』と呼び、傷付くことすら嫌がる彼女が古書館の外から持ち出すとは想像出来なかったからだ。
「そ、その……シャーレでも、この子達と一緒にいたいと思いまして……置かせていただいたんです。
ご、ご迷惑でなければ、宜しいでしょうか……もちろん、先生に読んでいただいても、構いませんので……」
恥ずかしそうに本で顔半分を隠し、見上げる形でウイが利いてくる。無許可で持ってきたことに、少しの申し訳なさを感じる視線を送りながら。
私はそんな彼女に対し、笑みを浮かべて応える。
「もちろん、構わないよ。手伝いで来てくれる度に持ってくるのも大変だし、ウイの薦めてくれる子達はどれも面白いからね。
ただ……」
「ただ……? な、なんでしょうか。何か、条件でも……?」
「いや、ここに置いておくと他の生徒が触れたりするかもしれないけど、大丈夫かなって」
「……あ」
その可能性は考慮していなかったのだろう。ウイは声を上げ、顔を青くする。古書の子達が誰かに傷付けられたり、盗まれたりするのを想像してしまったのだろう。
(後者はともかく、前者は普通にありそうだしなあ)
当番に来る子はほとんどがいい子だし、シャーレ内で暴れたりすることは滅多にないけど、絶対とは言い切れない。トラブルは日常茶飯事に起きているし。
「せ、先生、どうしましょう……?」
「うーん……それなら、図書館に使っていない棚があったはずだから、そこに置こうか? 防弾性で鍵の掛けられる奴だから、他のよりは安全だろうし」
「そ、それは、大変ありがたいのですが……いいんですか?」
「まあ、この子達が傷付いて悲しむウイの姿を見たくはないし、それに」
「そ、それに……?」
オウム返しで問い返すウイに対し、私は近付いてウイが持った古書に手を触れ、
「置いてくれるってことは、またシャーレに来る気があるってことでしょ?
ウイがそういう風に慣れてくれたっていうのが、私としては嬉しくってさ」
「う、うえ?」
ちょっと臭いセリフだったかなと思いながらもハッキリ言うと、ウイは目を左右に泳がせまくりながら、赤い顔で「えっと、その、あの……」と言葉を詰まらせ続け、
「その、ありがとうございます、先生……私と、この子達のことを、考えてくださって……」
やっとの思いで紡いだ感謝の言葉は、確かに笑顔だったが。いつもとは違う、心底嬉しそうなものを向けられて、不覚にも胸の動悸が高まってしまった。
(ーーっ、ダメダメ。ウイは可愛いけど、生徒にそんな気持ちを抱くなんて……)
これじゃあ先生失格だ、と私は首を振って邪念を振り払う。キヴォトスで生徒と先生の恋愛が違法でないとはいえ、やっていい訳ではないのだから。
「……? 先生、どうされました?」
「な、何でもないよ。じゃあ、私も手伝うから、あの子達を移動させちゃおうか」
「は、はい……実は、三十冊ほどあるので、助かります……」
「……結構、持ってきてたんだね?」
「そ、その……先生にオススメしようと思ったのをまとめたら、いつの間にかこんな数に……」
「そっか。ウイのオススメは外れがないから、楽しみだな」
ウイの影響で読書が好きになった私が期待を込めてみると、
「は、はい……先生の好みは、全て把握してますので……」
珍しく、自信に溢れた笑みを浮かべてきた。それは素直に嬉しいけど、
(全部分かってるほど、好みの話をしたっけ?)
などと考えてしまうが、本と一緒にいる彼女だからこそ、私自身よりも分かっているのだろうと結論付けることにした。
「先生が認めてくれた、私達の子……えへへ……」
移動が終わってから、古書館と同じく横に並んで読んでいたウイが何やらつぶやいていたが、どういう意味だったのだろうか。
数日後。トリニティでの用事を終えた私は、古書館に顔を出してみることにした。
「ウイ、来たよー? い」
「すぅ、んぅ……」
「あらら、寝ちゃってたか」
制服のまま、ソファで横になっているウイ。モモトークに返信が無い訳である。
「全く、せめて布団を掛けないと……風邪引いちゃうよ、ウイ」
机の上で作業途中っぽい古書が置かれているので、多分寝落ちに近い状態だったのだろう、少し寝苦しそうだ。
「……っと、いけないいけない」
いつの間にか近付いて、女の子の寝顔を眺めている状態を自覚した私。
流石に非常識だと反省し、とりあえず毛布を取ってこようと思ったら、
「んん……せん、せい……」
「? ウイ、起きたーーわ!?」
声が聞こえたので振り返るーー途端、ソファから伸びた手が私の背に回り。不意打ちで体勢が整えられなかった私は、そのままソファへ引き倒されてしまう。
「ウ、ウイ?」
「えへへ……先生、この子、喜んでくれて、嬉しいです……」
「まさか、まだ寝てるの……?」
目を閉じたまま、いい夢を見ているのか緩んだ笑みを浮かべたウイの顔が、目の前にある。少しでも動けば、唇が触れ合ってしまうような距離だ。
「……っ」
ソファに広がる、無造作に伸ばしながらも綺麗な夜色の黒髪。閉じた目の下に浮かぶ隈。外に出るのを嫌がるだけあって、病的とまでは言わないが白い肌。薄く瑞々しい唇。
本人は卑下するが、美少女と呼べる顔が間近にあり。抱きしめてくるウイの身体は細いが、確かに女の子らしい柔らかさも持ち合わせている。
(ウイの、匂いも……)
古書とインクと、女の子のものが混じり合った、ウイ独特の良い香り。普段は横に並んだ時感じられるものが、私を包み込んでいる。
意識しまいとしていたのに私の動悸は、否応がなしに早鐘を打ち。離れるのも忘れて、彼女から目を離せないでいる。
「…………っ。ウ、ウイ、起きて。お願いだから、起きてっ」
どれくらい、そのままの状態でいただろうか。無意識で近付いていた指と唇を離し、申し訳ないと思いながらも耳元で呼び掛ける。
「んん……んえ? 先生……?」
「うん、おはようウイ。すぐでごめんだけど、離してくれーーんぎゅっ!?」
軽く体を揺らしてから薄く開かれ、眼前の私を薄ぼんやりとした瞳で認識するウイ。
このまま驚いて離してくれると思ったら、逆により強く抱きしめられてしまった。
「ふふ……夢なら、先生と一緒でも、いいですよね……」
「ゆ、夢、夢じゃないからっ。ウイ、お願いだから起きて……!」
息苦しさと心地よさが一層強く感じられ、いよいよ心臓が爆発するんじゃないかと錯覚するレベルの動悸に、私は慌ててもう一度お越しに掛かる。
「ん、んん……んん? ……うえ?
えあ!? せ、せせせ先生!? な、なな、なんで、あ、あれ、夢じゃーーえええ!!?」
先程よりも覚醒した様子のウイが、眼前で抱きしめている私が夢ではないと認識した瞬間、呆然とし。見たことない機敏な動作で私を離し、ソファから起き上がる。
「な、なななんで先生が? さささっきのは夢じゃ、」
「お、おはようウイ。
その、ごめんね? 私が不用意に近付いたから、寝惚けたウイに抱きしめられちゃって……」
「ーーえ。えええええ!?
わ、私、そんな失礼なことを……!? す、すいません先生……!」
「い、いやいや、失礼なんてことはないよ! 寧ろーー」
「? せ、先生……?」
「な、何でもないよ!? とにかく、ごめんね?」
「い、いえ、私こそ……」
柔らかくて心地良かった。と言いかけ、慌てて口を閉ざす。危なかった、口にしたら叩かれても文句は言えない。
「そ、それじゃあ、また別の日に来るから……」
「は、はい。お、お待ちしてます……」
そうして謝罪合戦を繰り返してから、気まずい空気で私は古書館を後にする。流石にこの状態で読書が出来るほど、私は鋼のメンタルをしていない。
「はあ、ふう……っ」
帰り道。ウイの匂いと柔らかさ、間近にあった寝顔を思い出し。浮かぶ邪念を振り払うという行為を何度も繰り返したせいで、通行人から不審な目を向けられる羽目になった。
衝動で変なことをしないためにも、やむを得ない処置だったと思うしかない。
(ウイ視点)
「……行って、しまいましたか。襲ってくれても、私は良かったんですが……」
先生が去った扉を見詰め、私は溜息を吐いてソファに腰掛ける。
先程の行動が、寝たふりによる意図的なものだと知ったら、あの人はどんな顔をするだろう。
(でも、私を意識してくれた……んですよね)
抱きしめた身体から感じられた、大きく速くなり続けた動悸。薄目で見た顔は真っ赤になっていたし、
「先生……」
自分でも切ないと思う声を漏らし、恥ずかしいが、それ以上に嬉しさで紅潮する頬を手で抑える。
同じかそれ以上に心臓は早鐘を打っていたが、先生は気付いていただろうか。
(シャーレの方も、順調に進んでいますし……)
古書館の子達をシャーレに置かせてもらい、私個人の『居場所』を作る。古書を見る度、私を意識してもらうために。
計画というには回りくどいかもしれないし、直接的なアプローチには遠いが、強引に行くより私らしい方法で行こうと決めたのだ。
「それに、強引な方法を取って、嫌われたら……本末転倒、ですし」
シミコが持ってきた本、その中に紛れていた予定外の一冊。作業机の端に置かれたそれに、視線を送る。
分類としては恋愛小説だろうが、登場人物の女性が自分の愛情を暴走させ、片想いしていた相手を監禁するという、中々異端な部類のものだった。
最終的には結ばれているが、監禁したことで脅えられていたし、余計な障害を自分で増やしていたためご都合主義だなというのが、読後の感想だった。
「そうです……私は、私にとっては、これが最善のやり方……」
古書館へ先生を監禁し、認めてもらうまで愛する。安易で魅力的な方法は真っ先に思いついたが、この小説を読んでから考えが変わった。
「先生……私、を……」
漏れそうになる情愛を、言葉と息を吐いて必死に抑えつける。私にとって最善の機会、先生に受け入れらる時を迎えるために。
√エンド
「せ、先生、すいません……呼び出して、しまって……」
「ううん、大丈夫だよ。それで、話って?」
シャーレの図書室。『二人っきりで話がしたい』と言って快く頷いてくれた先生は、あの子達を入れてくれた棚の前に立ち、私は誰にも入られないよう、入口を施錠する。
「……え、っと。他の人に、聞かれたくないのかな?」
「は、はい……先生だけに、聞いて欲しいので……」
「それは、光栄かな?」
鍵の閉まる音が、妙に大きく響く。その瞬間、先生が唾を飲み込む音が聞こえた。
人間嫌いだからこそ人の視線や表情に敏感な私は、それに気付く。『私と二人っきり』という状況に、好意的な意味で緊張し、視線を向けていると。
だから、ここで一歩、先に進む。先生を手に入れるという、傲慢にも似た願いを叶えるために
「せ、先生……あの、私は……先生のことが、好き、です。
生徒と、先生という、関係では、なく……一人の、い、異性と、して……」
「……う、うん」
「も、もちろん、先生の立場や、事情も、理解している、つもりですし……ど、独占したい、という気持ちは、ありますが……縛り付けて、困らせたい、と言う訳では、な、ないです」
いつも以上につっかえて、愛の告白というには回りくどい言葉の羅列。それでも先生は、真剣に聞いてくれている。
「そ、それでも、その……先生さえ、良ければ……その、前向きに、考えて、欲しいな、と……」
「……ウイ」
「は、はい……」
先生に名前を呼ばれ、私は自然、姿勢を正す。これですぐ断られなければ、十分に芽はあるとーー
「……多分、卒業するまでは普通に付き合うのは無理だと思うし、ウイの言った通り、私は先生だからずっと一緒にいるって言うのは、無理だと思う」
「そ、そうで「それでも良ければ」……は、はい?」
「その、お付き合いをお願いしたい、かな。
私も、ウイのことが、好き、だから……」
「……!?」
照れながらも、真剣な目で告白の返事をくれた先生。予想以上の言葉に私は目を見開き、
「……ウイ、泣いてるの?」
「え? ……あ、あれ……?」
言われて気付く。私の目からは涙が流れ、視界を滲ませていることに。
「ご、ごめんねウイ。中途半端な答えで、嫌な気持ちにーー」
「ち、違う、違うんです、先生……私、嬉しくて……
わ、私で、本当に、いいん、ですか……?」
「……ウイでいいんじゃなくて、ウイがいいんだよ」
泣き続ける私を、先生は優しく抱きしめてくれる。
いつかと望んでいた光景が、現実になり。嬉しくて、愛しくて、どうにかなってしまいそうだ。
「先生……これから、よろしくお願いします、ね?」
「うん。こちらこそよろしく、ウイ」
「私も、この子達も……ずっと、一緒に、いてください、ね……?」
「……うん。私こそ、離さないから」
先生が微笑みながら、所有権を主張するように唇を奪ってくる。幸福感が溢れてきて、夢なのではないかと錯覚してしまうくらいに。
(まるで物語のヒロイン、みたいです……)
自分には似合わないと思っていた、配役。私は望外な幸運に溺れないよう、先生を強く抱きしめ返した。
後書き
周到に、気付かれないように好意を植え付けながら、最後の選択を先生に委ねたウイ。
導いたとはいえ相手の意思を尊重した想いは、確かに愛のあるものだ。
古関ウイ
誘導・夢想型
好きになってもらえるように、それでも恋の成就は夢に近い
コンセプト:『選択はあなたに、女性としてのコンプレックス故の現実主義』
自分は女の子としての魅力が足りない。だからといって、安易な手段はとれないし出来ない。
だから、片時も忘れないことで、意識をして欲しい。