「お祝いだぁぁぁぁあ!!!」
静謐な朝の時間に、もはや聴き慣れた声が響く。そして、大体の場合、この声から一悶着起きるのも、この屋敷の住人なら全員既に理解している。
「ええっと…スバル? どうしたの?」
今朝も、というより常に騒々しい声の主に、紫紺の瞳を微かに困惑に揺らしながらも、わざわざ朝食を食べ進める手を止め、鈴の音のような声で真意を問うのは、銀髪のため息が出るほど美しい少女だ。
「今日はお祝いしなきゃいけないんだよ、エミリアたん!」
「お祝い?今日は特に、なんでもない日だと思うけど…」
「それが、俺の故郷には、なんでもない日おめでとう!って言葉があってだな、昼間っから紅茶のカップを掲げながら、ティーパーティーを開くんだ」
「ごめん、ちょっと何言ってるかわかんない」
エミリアから急に表情が抜けまあ、、そっけない言葉をかけられるが、慣れたものでスバルの勢いは収まらない。
「まとめるとだな…最近みんな忙しかったじゃん?エミリアたんは、相変わらず王様になるための勉強頑張ってるし、もちろん俺たち使用人も日々頑張っている!」
「そーぉれを日常というんだけれどもねーぇ」
テーブルの上座に腰掛け、優雅な手つきで朝食を口に運んでいたピエロメイクの奇人、スバルの雇い主にして、このロズワール邸の主、ロズワール・L・メイザースが茶々をいれる。
「今回も出たな!有給休暇の敵、雇用主!」
「なーぁんだか、理不尽な呼称を使われてるよーぉな気がするけどもねーぇ」
スバルの不敬真っしぐらな敵視の言葉に、彼は心底おかしそうに笑う。無論、冗談と分かった上でだが。
「バルス、ロズワール様は妄言に付き合うほどお暇じゃないの。弁えなさい」
「ぐ…わかってたけど、姉様はそっち側か」
桃色髪のメイド服を纏った少女が、ロズワールへのスバルの態度を嗜める。わかってはいたが、ロズワール第一の彼女にとって、主人の予定を狂わせるのは容認し難いことであるらしい。
「それに、バルスも休んでいる暇がどこにあるというの。今日も、朝からアーラム村までの買い出しに、昼食の下準備、掃除に洗濯、庭の水やりに肥料やりがバルスの仕事よ」
「今日そんなに忙し…ん?ちょっと待てよ、なんか多過ぎない!?ちなみに姉様たちの仕事のご予定は?」
「ふぅ…何を言っているの、バルス。ラムとレムは、バルスが労働に勤しんでいるのを眺めながら、ティーパーティーでもしておくわ」
「鬼すぎませんかね!?あ!鬼だった!」
サラリと過労死スケジュールを提案してくる、鬼姉妹の姉の方にスバルは目を剥くが、ラムは取るに足らないといった風に紅茶を啜る。
「本当に、お前の思いつきに付き合っていたらキリがないかしら。今日は一日にーちゃと過ごす予定なのよ」
「んー、ボクは静観しようかな。リアがどうしてもって言うなら、やぶさかじゃないけどねー」
さらに、今朝も朝食のピーマルを嫌そうに避けているベアトリスも、眠たそうに空中で顔を洗うパックも、どうやら味方はしてくれないらしいと理解し、孤軍奮闘かと唸るスバル。
「スバルくんは、どうしてパーティーがしたいんですか?」
「レム!お前は俺の味方でいてくれるのか!」
そこへ、場を取り成すように、スバルへ開催の理由を尋ねる声が響く。その声の主は、メイド服に身を包む水色髪の少女レムだ。その肯定的な態度を見て、スバルは思わず名前を呼び、歓喜する。
「はい!もちろんです!スバルくんが望むのなら、スバルくんの仕事全て引き受けた上で、パーティーの準備まで全て完璧に仕上げて見せます!」
「うん!心意気はありがたいけど、見てる方の罪悪感がすごいから手分けしてやろうか!」
目を輝かせたまま、全ての業務プラスアルファでスバルのわがまままで叶えてくれようとするレムに、罪悪感をこれでもかと刺激されなんとか押し留めると、レムは「残念です」と素直に引き下がる。こうでも言っておかないと、本当にやりかねないのだ。
「それでーぇ?スバルくんは、結局のとーぉころ?なんでパーティーがしたいのかーぁな?」
スバルは、その問いかけにポリポリと頬を掻くと「いや実は」と前置く。
「本当に今日は、特に理由なくてさ。なんか、朝起きた時、急に浮かんだんだよ。今日は何かを祝わなきゃ!ってさ」
その、余りにも薄弱な動機を本人も理解しているため、尻すぼみに声が小さくなる。言い終わった後の静寂も、呆れによるものだと解釈し、非常に居た堪れない。
「これはそう…!呼ばれてないのに、誕生日会に行った時のあの空気感っ…!」
勝手にトラウマを掘り返して青ざめていると、静寂を終わらせたのはエミリアの恥ずかしげな声だった。
「あのね、変なこと言うかもしれないけど…今日朝起きた時、私も思ったの。今日は、お祝いしたい気分だって」
「へ?」
まさかのエミリアからの言葉への驚き半分、照れるエミリアに見惚れる半分で、スバルの喉から間の抜けた声が漏れる。すると、エミリアの声を皮切りに、食堂にいたメンバーが次々と口を開く。
「スバルくん!実はレムもなんだか、お祝いしたい気分でした!お揃いです!」
「…たまには、今日はバルスの思いつきに付き合ってあげてもいいかもしれないわね。泣いて感謝しなさい」
「まあ、どうしてもと言うなら付き合ってやっても良いかしら。決してベティーが祝いたい気分とかそういうんじゃないのよ。勘違いしたらいかんかしら」
「書類の山に埋もれるのも滅入ってきたしねーぇ。たまには良いんじゃなーぁいの」
「リアがそう言うなら異論はないよ。ボクも祝うのは好きだからね」
一気に場がひっくり返った現状に、ポカンと口を開けるが、スバルはゆっくりと息を吸い込み、指を天に突きつけてポージングすると、高らかに宣言する。
「ここに第一回ーーー『なんでもない日おめでとうパーティー』の開催を宣言する!!!」
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パーティーは、今日も一日それぞれが自らの役目を一通り果たした夜に行われた。会場設営は、スバルとラムで。立ち並ぶ料理は、レムが。
会場の目立つ場所には、得意の裁縫で急いで仕立てた『第一回 なんでもない日おめでとうパーティー』との刺繍が施された横断幕が掲げられている。
「さて、皆様。飲み物は手にとられたでしょうか。えー、では、僭越ながら、このナツキ・スバルが乾杯の音頭を取らせていただきます。今宵は月も綺麗で…」
「それでは、かんぱーぁい」
「「「「「かんぱーい」」」」」
「てめっ、ロズワール!?」
長くなりそうだったスバルの挨拶をロズワールの声が一刀両断し、他の皆は笑いを堪えながらグラスを掲げる。スバルも、一つ拗ねたように口を尖らせるとそれに続き、コップに注がれた果実水を飲み干す。
それぞれ好き勝手に料理を取り分け、好きに飲み、好きな相手と喋る。そんな、素敵な光景にスバルが目を細めていると、エミリアがそんなスバルの心情を察したのか、隣で微笑む。レムも、にこやかにスバルの横顔を見守っている。
「パーティーなんてしたことなかったから、とっても楽しいの。だからスバル、すごーくありがと」
「いや、今日は特に俺が何かしたわけじゃないから。強いて言えば、今日まで何か続けることを頑張ってきた、ここにいる皆のお手柄だよ」
「お料理の味はどうですか?スバルくん。今日も今日とて、レムが全力で腕を振るいました!」
「ああ!今まで食べた中でも抜群に美味いぜ!レム!」
ラムがロズワールに酒を注ぐ。それを目を閉じてゆっくりと味わうロズワールを、ほのかに笑みを浮かべてラムが見守る。
ベアトリスが、マヨネーズを大量につけたふかし芋のかけらををパックの口元に運んだ。パックは少し戸惑いながらも、おいし美味しそうに頬張っている。そんな愛らしい姿を、今にも頬ずりしそうなくらいに顔を赤らめてベアトリスが見つめている。
「ねえ、スバル。またしましょうね?パーティー」
「ん、そうだね。エミリアたん」
「その時は、またレムが腕によりをかけて料理をご用意しますね!」
「はは、そりゃ楽しみだ。明日からも頑張れるってもんだな」
きっと、何かを続けていけば、こんな楽しい夜が待っているのだろう。開け放った窓から見ているお月様が、その先を照らしてくれているような気がした夜だった。
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「ナツキさん?どうしたんですか?ボーッとして」
「スバルー?どうしたの?」
ぼんやりと、思い出を浮かべていると声がかけられた。一人は、灰色の髪をした優男。もう一人は、スバルの腹辺りまでの背丈の愛らしい少女だ。
「どうしちまったんだァ?大将」
「スバル様?どこかお加減でも?」
顔を覗き込むようにこちらを伺う、金髪の少年と、思案げにスバルの身を案じるこちらも金髪の女性。共通点はそこだけではなく、口元から覗く鋭い牙も、二人の血縁を如実に表している。
「いや、大丈夫だよ。ありがとな、オットーもペトラも、ガーフィールもフレデリカもさ」
「しっかりしてよお?お兄さん?言い出しっぺなんだからあ」
「悪かったってメィリィ」
そうやって、年齢に似合わぬ口調でスバルに苦言を呈す三つ編みの少女にごまかすように笑うと、あたりを見渡す。
「えー、みんな揃ったみたいだな。じゃあ、第二回なんでもない日おめでとうパーティーに、乾杯!」
「「「「「「「「「乾杯!!!」」」」」」」」」
先ほど思い出していた一年前より、随分と大きな声が響き渡った。
仲間が増えた。失ったものもあった。
手に持つ料理は、約束した少女の作ったものではなく、フレデリカが作ったものだ。気ままな精霊も眠ったままだし、開催場所だって焼け落ちてしまったせいで違う。
けど、続けていけば、きっとこんな素敵な夜が待っていることだけが、ただ嬉しかった。
「ねえ、スバル。またしましょうね?パーティー」
「もちろんだよ、エミリアたん」
スバルは、それだけ答えると、皿の上の食べ物を平らげると、ペトラと拙いステップを踏む、一年前とは見違えた幼女の手を取ると踊り出す。
そんな姿を、みんなが、姉に車椅子を押された少女が、見ていた。
「きっと、また」
そんなスバルの呟きを、お月様だけが、聞いていたのかもしれない。
最後しんみりしてしまいましたね。五章のプリステラ行く前なら、メィリィパーティーとか出れないかもだけど、それはスバルが優しかった。ということで。