閃刀の銀、変異の黒   作:久本誠一

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9,望まれぬ命の決戦

「そんな……!」

 

 君が伸ばした手は、もはやどうやっても『ミスト』には届かない。その手を掴む代わりに伸びてきたのは、君の両手でも抱えきれないほどにサイズ差著しい遥かに巨大な触手。神話の魔獣ヤマタノオロチを思わせる無数の蛇めいた鱗を持つそれらがうねり、その先端の眼球が我を忘れるほどの怒りに染まった視線で君を睨みつけた。

 

「……ちゃん、レイちゃん!」

「何してる、レイ!1度退けっ!」

 

 立ちすくむ君の命を救ったのは、頼れる仲間の声。はっとして後ろに飛んだその直後に君が立っていた場所を触手が薙ぎ、その風圧だけで軽い君の体はさらに大きく吹き飛ばされる。

 

「う、痛……」

 

 嵐に吹かれる木の葉のように一気に吹き飛ばされた衝撃は、君が並の人間ならば骨が折れていても不思議ではないほどのものだった。それでも君が即座に立ち上がれたのは軍人として体に叩き込まれた近接戦闘技能が無意識のうちに受け身を取らせ、さらに地面を転がってカバーしきれなかった衝撃を分散させていたからだ。

 しかし、そこで息つくほどの暇は与えられない。続けざまに入った通信が、君の耳を打つ。

 

「第二波、来るわよ!」

「狙いが荒いな。ずいぶん無差別に撃ってきているな?だが間違っても当たるなよ、エネルギー反応はなかなか異常な数値だ」

 

 すぐさま上を見ると、そこにはまたしても触手。だが他のそれとは違い目玉はついておらず、代わりに天上へと伸びたその先端からは激しい放電が起きている。

 

「     !」

 

 その音はこの任務中に君が散々聞いてきた、形容しがたい音声による叫び声。しかし体躯の大きさがまるで異なるため当然といえば当然ではあるがその声量は『ビースト』や『アームズ』のそれとは比べ物にならない。聞く者の魂を屈服させ、心をへし折り、対峙するすべてをひれ伏させる、そんな生物としての絶対強者の咆哮。

 しかし皮肉なことに、あるいは悲しいことに。あまりにたくさんのことが起きすぎて闘志が揺らぎかけていた君の心を再び奮い立たせたのは、まさにその生き物の叫びだった。魂を打つような慟哭に秘められた、仲間をすべて失ったことによる喪失の声。それが、君に自分もまた守るものがあることを……そして、それができるのは君しかいないことを思い出させた。

 つまるところ、君の本質は戦士なのだろう。平和を愛し、民を守り、国を護り戦い続ける、一騎当千の閃刀姫。だから、君は迷いを捨てた。『ミュートリア』の生まれた、そしてこうなってしまった経緯についてオペレーターや『ミスト』から聞いた話にはいろいろと思うところもあるだろうが、どのような理由があろうともこの存在をこのまま麓に下ろしてはどれほどの被害が出ることか。まずは無力化を図らなければ、何も成しえない。

 

「『閃刀姫-カイナ』!」

 

 凛とした声で起動されたのは先ほどこそ限界を突破した『アームズ』とほぼ負けに等しい相打ちで大破させられたものの、その接近戦におけるポテンシャルは随一のものである茶の『閃刀』……『カイナ』。天上から降り注ぐ無数の雷火、物理的質量をもって迫る触手のひと薙ぎ、あるいは先の戦いで見せられたようなサイキック能力による押し潰しやレーザーの雨あられ。それらすべてをいなし、受け止め、なおも耐えうるだけの自信が君にはあったのだろう。

 しかしそんな覚悟を打ち砕き嘲笑うかのように、突如として君の視界は歪んだ。

 

「な、にが」

 

 宙に舞おうとした君の体が、逆に崩れ落ちそうになる。足元はおぼつかず、飛びそうになる意識を歯を食いしばって何とか集中させる。黄色の光を放ちかけていた『閃刀』が、展開されようとしていた甲冑が、副腕が、すべて光の粒子となって元の姿に戻っていく。

 

「空気が、歪んでいる?」

「なんという力場だ……こちらからでも目視できるレベルのサイキックとはな。『閃刀』を機能不全に陥らせるとは大したパワーだが、それゆえにサイキック武装最大の武器であるステルス性を失ったか?レイ、空間の歪みは半径2メートル程度、発生地点はお前の体を軸にした半球状!どうにか死ぬ気でそこから抜けろ、いくら『閃刀』スーツといえども雷にまともに打たれれば無事では済まないぞ」

 

 博士の声をかろうじて聞いた君は、ともすればもつれてその場に崩れ落ちそうになる足を必死に動かして自分を中心に取り囲む力場からの脱出する。周囲全てが抽象画のように歪んだ世界で、それでも足から伝わる固い地面の感触だけは確かなもので、その感覚を頼りにしたからこそ平衡感覚を失わずに済んだし、体がばらばらに砕け散りそうなほどに全身を圧迫する衝撃からも耐えきれたのだろう。

 しかし、外傷がなくても精神の方はどうだろう。脳がひっくり返るような苦痛を経て、君の意識にはいまだ靄がかかっていた。『閃刀』を使うだけの精神集中が、定まっていない。そうでなくても、この任務はあまりにもハードスケジュールなのだ。4時間倒れていたことを加味しても、元より万全には程遠い。

 

「敵さんの攻撃は現状、今のサイキックと雷だけ?パワーは凄いけど、なんか単調ね」

「体が急成長したせいで研究所跡地から抜け出せないから追撃に動けないのか、あるいは今日だけでさんざん同士を殺された敵にあたるわけだからな。わざといたぶって遊んでいるのか、そんなところだろう」

「だとしたら、レイちゃんも甘く見られたものね。ああもう、イーグルブースターさえ生きてれば無理にでも加速できたのに!」

 

 その言葉通り先の『ビースト』戦で使い物にならなくなったイーグルブースターさえ使えていれば、今まさに苦しんでいる君にとってももう少し事態は簡単だったろう。だがそれが現に使用不能である以上、これはつまらない仮定の話でしかない。それでもそんな会話をバックアップ組の2人がハーキュリーベース内で続けるのは、2人が薄情だからでも君の安否を気にかけていないからでもない。むしろ有効なアドバイスひとつ思いつかない無力さを、当の彼女たちが誰よりも噛みしめているだろう。それでも務めて不安や焦りを声色に乗せず、とにかく話し続けることで君の耳に声を届けその意識を少しでも保たてる。それが、消極的ではあるが唯一の対処療法だとわかっていたからだ。

 そうこうしているうちにやがて、雷のうち1本がすぐ近くに落ちる。その轟音と閃光もまだ君の目を完全に覚醒させるには足りなかったようだが、博士の目はその様子を見てむしろ光った。

 

「いや……これは、ふむ。もしかしたら、まだ運は我々に向いているかもしれん」

「どういうこと?」

「今の雷だが、いくらなんでもやはり狙いがそれすぎている、と思ってな。レイが今立っている研究所の廃墟、あの辺りはまだ比較的建物の形が残っているだろう?むき出しになった鉄筋コンクリートが、うまい具合に避雷針代わりになっている可能性がある」

 

 と思っていた、可能性がある。それは明らかに、普段の彼女からは考えつかないような希望的観測にまみれた言葉。だが同時に、その言葉には一定の理があった。

 まるで不自然なほど、降り注ぐ雷は無防備な君に当たらない。その事実には生き物も明らかに業を煮やしているようだが、先ほど自らの触手をもって君を吹き飛ばした際に物理的に次のもう一撃を叩き込める範囲からは外れてしまい、その下半身はいまだ地中に埋まったままである以上はこの雷やサイキック能力といった遠距離攻撃を持ってしか対応ができない。

 だが、そんな気休めがいつまでも持つはずもなく。雷の直撃を受けた屋根の、壁の残りは次々に砕け散っていく。

 

「博士!何かないの、こう、無断で付けた新兵器とか!」

「あるといえばあるが、あれはここで使う意味がない……!」

「ほんとにあるのね、そこはもうないって言ってほしかったわ……」

「おい待てそこで素に戻るな」

「2人、とも、もう、大丈夫です……!」

「「レイ」ちゃん!」

 

 不毛な方向に会話が転がり始めたのを止めるかのように、ただ朦朧と歩くだけだった君の目もようやくその焦点が合った。感謝を述べる君に対し、すぐさま頷き返す駄目な大人2人。

 

「お礼なんていいのよ、むしろおかげで博士がまだなにか仕込んでるってゲロッてくれたわけだし?」

「……嵌められたか。レイ、次からはもう少し早く立ち直ってくれ」

 

 まったく、いつでもこの人たちときたらこの調子なのだから。非現実的な背後に迫る惨状とはあまりに対照的な日常そのままの姿に、場違いな笑みがこぼれそうになるのを呆れ言葉とともに君はぐっと堪える。先ほど『カイナ』の出力が強制解除されたことはむろん忘れたわけではないが、それでも不思議と絶望はなかった。『ミスト』は君に、『変異体』を止めてほしいと頼んだのだ。ハーキュリーベースで待つ2人は、君が生きて帰ってくると信じているからこそバックアップに全力を注いでいるのだ。

 そしてふと、君は自身の記憶からあることに思い至った。

 

「あの、博士。先ほどあれと同タイプの『ミュートリア』を相手にした時ですが、サイキック能力での防壁には確か少しとはいえクールダウンの必要があるようでしたよね」

「あの警備ロボが内部に潜んでいたやつか?確かにこちらで観測できた限りのエネルギー反応から見ても、そういう印象は受けたな。防壁生成後は一時的に全体のエネルギーが落ちて……なるほどな、いくらあれよりも進化した形とはいえ同種なら弱点は同じ、か。試す価値はあるな」

 

 それは、か細い論理。希望的観測と不確定要素に塗り固められた、か細く、弱々しく……それでも君にとっては光り輝く、一筋の希望。

 

「だけどレイちゃん、今のあなたは……」

「はい、わかっています!」

 

 そんなさしあたっての方針が決まったところで、君は手にした『閃刀』を固く握り正眼に構え目を閉じた。先ほどの『カイナ』が強制解除された際、君と『閃刀』の結びつきは1度切れてしまっている。普段ならば『エンゲージ』や『マルチロール』を通じて再び『閃刀姫』として立ち上がるところだが、とてもじゃないが今の君にそんな余裕はない。

 

「……!」

 

 つまり、ぶっつけ本番でやるしかないわけだ。ただの少女だった君を軍人の道へ引きずり込んだ、君の物語全ての元凶であり力の源、『閃刀』との再接続を。

 精神統一を始めた君の耳から、今の今まで届いていた体の芯に響く雷鳴の音や触手が地面を叩く破砕音、その体からいきなり噴き出しては地面に垂れた粘液の塊が白煙とともに響くじゅうじゅうという嫌な音が次第に遠ざかっていく。ここで失敗でもしようものなら目も当てられない、この地が、国が、それどころか世界がどうなることか?そんなプレッシャーも、溶けるように君の心から消え去っていく。すべては無我の境地のままに。『閃刀』が、その内側から光を放ち始めた。最初は薄くぼんやりと、しかし次第に強くはっきりと。

 

「レイちゃん!」

 

 オペレーターの悲鳴が、遠く響く。極限まで集中された君の神経は、その理由が何であるのかも把握できていた。避雷針となっていた研究所の廃墟は相次ぐ落雷によってついに完全に崩壊し、続けざまのもう一筋の雷光が空を裂き君の頭上から迫っている。

 回避どころか認知すら不可能な光の速度であるはずのそれが、しかし今の君にはひどくゆっくりに感じられた。五感を占めているのはただひとつ、『閃刀』の力が再び流れ込んでくる感覚だけ。大切な人々を守るためにかつての君が受け入れ慣れ親しんだ、人知を越えた力。

 

「『閃刀姫-シズク!』」

 

 そして君の閉じていた目が、かっと見開かれる。瞬間的に、その全身に青色の重装甲が走る。先ほどは対『閃刀』兵器というあまりにも分が悪い相手にあっさりと解除されたものの、本来は絶対防御を旨とする君の力。雷よりもなお速く飛び上がった君が立っていた場所をコンマ1秒とおかずに特大の雷撃が貫いたが、すでに振り返るような位置に君はいない。高く高く空に浮かぶ君が真っすぐに見据えたのは、すでにその原型もなくした『変異体』の瞳。『閃刀』の切っ先を向け、そのエネルギーを転用した半透明の防壁が君の前面を張り巡る。

 

 

 

 

 

 生き物は、その時にはすでに自身の重大な計算違いを悟っていた。『敵』は、まだ気が付いていない。だがその失敗は、確実に生き物自身の体を蝕んでいた。

 でたらめな細胞増殖を誘発させて自身の質量を爆発的に増加させることでこの新たな体……言うなれば『究極体』とでも呼ぶべきこの姿を手に入れた、そこまではいい。拡張された神経は精神にも作用してさらに深い知性と遥かな演算能力、そして精神力の顕現であるサイキック能力の強化を招いた、それもいい。それぐらいの力でなければ、この小さな『敵』には到底敵いはしない。だが、これは……。

 

「     !」

 

 思考を、そこで中断する。脳内にいくつかの領域を持つに至った生き物は同時に無数のことを思考できるが、その脳内リソースのすべてを『敵』への対処に割り振っているため他のことを考える余裕はない。青色になり一回り大きな装甲を得た『敵』が手にした黒色の、光る武器らしきものの先端から無数の光の粒が発射される。触手の1本から熱線を放ち直線的に飛んできたそれらはすべて焼き尽くすも、その時にはすでに『敵』の姿はそこにはない。最初の攻撃を囮に背後に回り込まれたと気が付いた時にはすでに、触手と違い鱗どころか皮膚にすら覆われていない柔らかなゼリー状の肉がむき出しとなった箇所に無数のエネルギー弾が突き刺さっていた。

 純粋で鋭い苦痛が、神経を焼く。かつて生き物が『変異体』であった頃ならば、それだけでその命が尽きていても不思議ではないほどのエネルギー。だが、今の生き物の体のサイズならば、必然的に耐えきれる。そして生き物の知性は、同じ手をそう何度も食うほど浅いものではない。

 

「   !   !」

 

 後ろに振り回した触手の先端にある目が、『敵』の姿を捉えた。軽やかに急上昇してそのひと振りを躱し、今度はその触手めがけて手にした武器を構えている。近づいては離れを繰り返すことで触手の届く範囲外に逃れつつその動きを誘導し、この目を潰すことでこちらの動きを少しずつ封じる腹積もりだろう、生き物はそう判断した。

 だが、遅い。おそらくはあの銀の姿から青への変身が通ったことで、サイキック能力が何らかの理由で使えないと判断したのだろう。なるほど、確かにあの力は万能ではあるが無敵ではない。だが、すでにあれは「使用できる」。回避に見せかけて触手の向きを調整し、その動きに先回りするため『敵』がわずかに計算通りの位置に計算通りの速度で移動する。そして剣先が触手を向き視線と視線が合った瞬間を見計らい、空間を強く睨みつけて再び球状の力場を発生させる。

 

「そんな、もう……!?駄目、『シズク』が……きゃっ!」

 

 捉えた。力場によって空中に固定された『敵』の全身の装甲が軋み、関節部分からは煙が立ち上る。だがその全身を包む重装甲は硬く、その体はなかなか肉塊にまで押し潰されない。その装甲の隙間から、偶然手放してしまったらしい何か銃らしきものが落下する。反射的にそこにも小規模な力場を発生させて包み込むと、その小型銃は地面に届く前に粉々に砕け散った。これほどあっさりと『敵』も潰れてくれれば、どれほど楽だったことか。それを可能とするだけの力は間違いなくあるにもかかわらず、それを振るうことができない。生き物は、心の底から自分の体に生まれた重大な欠陥を恨んだ。

 

 生き物の体は、確かに急激に進化した。だがわずか数時間で体積を数百倍では済まないほどにはね上げるほどのそれは無茶なドーピングに頼ったものであり、その危険度は『被検体』たちが体を得たときの比ではない。現に発生した反動は生き物の、そして『ミスト』の想定よりも遥かに大きかった。

 端的に言えば、生き物のこの体は早くも限界を迎えようとしている。半身をいつまでも研究所跡地に埋めたままでいるのは、下半身にあたる部分は溶け崩れた半固体状の、いわば生命のスープという言葉そのままの状態のままだからだ。『アームズ』が命を懸けて稼いだ4時間という時間をかけてなお、生き物の体は『究極体』と呼ぶには不完全だった。

 だから、生き物はひとつ賭けをした。同族の細胞を喰らうことでの、爆発的な細胞増殖……それは本来、体の巨大化を狙ってのものではない。まだ未成熟な胎児のような状態から『ミスト』を取り込むことで進化を締めようという前提の元、不完全なのは承知の上で強引に繭を突き破ったのだ。

 そして、幸運の女神は生き物に微笑みはしなかった。まだ形を成していない下半身は取り残し、上半身を構成する細胞だけはいたずらに大きく強く。それが、『ミスト』を喰らったことによる成果だった。

 

「     !」

 

 もはや生き物は、この場所から動くことはできない。その事実は絶望ではなく、強い怒りを真っ先にもたらした。触手の届く範囲と、それよりは多少長いもののそう大差のないサイキック能力の射程範囲まで……それが、生き物に届く全ての範囲だった。地団駄を踏もうにも、その足がない。無理に体を引き出せば、内臓がすべて下にずり落ちてしまう。両腕は常に上半身を支え続けていなければ、そのまま重力に従い体が倒れてしまう。『究極体』の名に相応しいのは半身のみ、無理に無理を重ねたことで生物として致命的な欠陥を抱えた生き物の姿は紛れもない『失敗作』だった。ハーキュリーベース内での会話など当然生き物には知る由もないが、いたぶって遊ぶなどとはとんでもない。むしろ全力で殺そうとして、にもかかわらず物理的に届かない範囲に関してはその程度の単調な攻撃がやっとでしかない。

 そのことに『敵』が気づくまで、あとどれほどの猶予があるだろう。それまでにこの戦いを終わらせるには、どうすれば。終わらせた後でどうするのか、という思いは、生き物には浮かばなかった。あるいは、無意識のうちにそれを考えないようにしていたのかもしれない。あらゆる思考回路を怒りで塗り潰し、生き物は再び咆哮を上げた。

 

 

 

 

 

 ???先生の決闘☆解説コーナー

 

 おやおや、これは驚きだ。あの『究極体』が、本来あるべき究極体としての姿を手に入れることができていなかったとは。カードとしての性能が劣ったり何らかのデメリットが付随するわけではないのだが、それはそれ、これはこれ。こうなると、私の今後の動きもまた変わってくる。いずれにせよ、もう少し見守らせてもらうけどね。さあ、今日も今日はでお勉強の時間だ。

 今回も前回の続き、究極体の融合召喚が成功した時点から見ていこう。

 

変異体

1,レイ、閃刀姫-レイ(A)、(1)の効果発動。自身をリリースし、EXモンスターゾーンに閃刀姫-カイナ(B)を特殊召喚。

2,究極体ミュートリアス(A)、(1)の効果発動。墓地の被検体ミュートリアST-46(A)を除外し、その発動を無効にして除外。

 

 まずレイ側が行おうとしたのは、先ほどもこの戦いで見せた自身の効果によるフリーチェーンでの疑似リンク召喚。特殊召喚時にモンスター1体の攻撃宣言を1ターンの間封じるカイナを呼び出し、どうにか凌ごうという腹積もりだ。なにせ彼女のライフは残りわずかで……うーん、まあ言ってしまってもいいか。正直にばらしてしまえば、この時の彼女の手札に閃刀姫モンスターや墓地のレイを回収、あるいは蘇生できるカードは存在しなかった。つまりこの守備表示のレイが戦闘破壊されてしまえば、次のドローしだいによってはモンスターを出すことができずに積んでしまう状況だったわけだ。実際のところ、ここで効果を使わない手は考えづらい。

 ただしそれは全て、究極体の効果について情報がないという条件の下でならだ。究極体ミュートリアスは、1ターンに1度とはいえあらゆる効果の発動に対し同じ種類のミュートリアカードを手札、墓地、あるいは場からコストとして除外することでその発動を無効にし除外するという強力なカウンター能力を持つ。この『究極体』は色々と本来の姿から考えれば不完全な状態だが、その能力やパワーに何らかの制約が付いたわけではない。閃刀姫-レイは当然モンスターカード、だから同じモンスターであるST-46を除外したわけだ。

 無論カードとしてのレイが消えても戦場にいる彼女自身がパッと消えてなくなってしまうわけではないが、攻守も何も『閃刀姫-レイ』として参照すべき情報が一切存在しないという盤面。それがあの意識がもうろうとして歩くのがやっと、という該当箇所での彼女の状態に反映されているわけだね。

 

3,バトルフェイズ。究極体ミュートリアス(A)で直接攻撃。

4,レイ、セットからくず鉄のかかし(A)発動。攻撃を無効にし、自身を再セット。

 

 くず鉄のかかし……演出的に言えば、彼女が偶然辿り着いていた廃墟のむき出しになった鉄骨部分のことだ。ここが攻撃に対する避雷針の役割を果たしたことを博士は「運が向いている」と称していたが、どんな幸運であったとしてもそうそうそれだけで引き当てられる確率じゃない。これもまた、必然のひとつだったということさ。

 

5,メインフェイズ2、ターンエンド。

 

 1ターン1度制限のカウンター能力は既に使用済みで攻撃を防がれ、結果それ以上のことは何もできずにターンエンド。この盤面を支配していながらもあと一歩とどめを刺しきれないことへの苛立ちが、己の体が不完全であるという意識と相まって余計にこの『究極体』を苛んでいるのだろう。お互い、この戦いには余裕なんてものは存在しないのさ。それでも続けなければならないのだから、全く難儀な生き物たちだ。

 

エンドフェイズ時盤面

LP:2500 手札:1

モンスター:究極体ミュートリアス(攻)

魔法・罠:ミュートリア超個体系

 

 さて、一方こちらもこちらでこのドローしだいでは延命虚しく敗北もありうるレイのターンだ。かなり気合を込めてドローしていたこの場面は、ちょうど彼女が精神統一して『閃刀』との再接続を試みていた瞬間とリンクしているようだね。と、なると、結果はもうわかるだろう?

 

レイ

1,ドロー、スタンバイフェイズ。

2,閃刀姫-レイ(B)召喚。

 

 閃刀姫-レイ 攻1500

 

 見事願いは通じ、この土壇場で2枚目の彼女を引き当ててみせた。いまだやりにくいことに変わりはないだろうが、まだ話は分からなくなってきたわけだ。

 

3,閃刀姫-レイ(B)素材に閃刀姫-シズク(B)リンク召喚。(1)効果で究極体ミュートリアス(A)、攻守下降。

 

 閃刀姫-シズク 攻1500

 究極体ミュートリアス 攻3500→1800 守3000→1300

 

 発動を伴わない永続効果に対しては、いかに究極体といえども対処は不可能。もっとも前回シズクを出した時から、彼女の墓地の魔法カードの枚数は増えていない。つまり下降数値もいまだ1700のまま変わっておらず、結果バトルに入ることなくターンを終えた。このままではじり貧だが、それは誰よりも当の本人がよく理解しているだろう。

 

4,カードをセット、ターンエンド。

 

エンドフェイズ時盤面

LP:1300 手札:2

モンスター:閃刀姫-シズク(攻)

魔法・罠:2(伏せ)

場:閃刀空域-エリアゼロ

 

変異体

1,ドロー、スタンバイフェイズ。

2,メインフェイズ開始時、強欲で金満な壺(A)発動。EXデッキからランダムにカードを6枚除外し、2枚ドロー。

 

 そして一見場を支配しているようでいて、その実かなりの綱渡り状態だった変異体のターン。互いに互いのことを脅威と認識していながら、実はどちらもかなり余裕のない状態というのはなかなか面白い状況だ、そうは思わないかい?

 しかし、つくづくこの両者の実力はその運に至るまで拮抗しているのだろう。先ほど土壇場で2枚目のレイを引き当てて最大のピンチをしのいだかと思えば、今度はこちらがここにきて強力なドローソースを引き当てる。もっともそれで何が引けるかはわからない以上、まだ断定には早いか……おや、言っている間に動き出したようだ。

 

3,最古式念導(A)発動。セットされたくず鉄のかかし(A)対象にとり、破壊。反動1000ダメージ。

 

 変異体 LP2500→1500

 

 最古式念導、またなかなかに渋い1枚だ。補足しておくとこの通常魔法は発動にサイキック族の存在を条件とし、選択したカード1枚に対し対象を取る破壊を行う。効果だけ見れば使い勝手はまずまずといったところだが、その際に発動者自身にも1000のダメージが発生するという諸刃の剣でもある。究極体やシンセンスの他にも被検体ら下級モンスターが全員サイキック族で統一されている彼らには、ダメージにさえ目をつむればそれなりに頼りになる1枚といえるだろう。そして邪魔をしていた廃墟が崩れ、サイキック能力が『シズク』を捉えるシーンに続く。

 

4,バトルフェイズ。究極体ミュートリアス(A)で閃刀姫-シズク(B)に攻撃。

5,レイ、セットから閃刀機-シャークキャノン(A)発動。変異体墓地の被検体ミュートリアGB-88(A)対象に取り、蘇生。

6,究極体ミュートリアス(A)、(1)効果発動。墓地のフュージョン・ミュートリアス(A)を除外し、その発動を無効にし除外。

 

 シャークキャノン。いまだ出番のなかった閃刀機のひとつであり、相手墓地のモンスターをフリーチェーンで除外または蘇生し奪うことができる強力な武装だ。

 それはそうと、ここはちょっと解説が必要かな。確かにこの場面でシャークキャノンを発動する意味は限りなく薄く、変異体も変異体でこれを無効にしていては戦闘破壊から続く閃刀姫-レイの蘇生効果を止めることが不可能になってしまう。これまでその効果によってさんざん戦線が維持されるところを見てきたのだから、ますます意味不明な行為……と、思われても仕方がない。

 だが、決してそうではない。フュージョン・ミュートリアス、ミュートリアスの産声……相次いで自分から墓地リソースを削り展開に回してきた変異体の墓地に、実は今モンスターはGB-88の1体しか存在しない。このシャークキャノンを通そうが通すまいが、攻撃宣言を行った時点でもはやレイの蘇生を止めることは不可能だったんだ。先ほどのターンは万一に備えシズクのサーチ効果をあえて使用しなかった彼女だが、このターンはあえて一歩を踏み出すことを選択したようだね。この攻防はまさに彼女の気迫の勝利、といっていいだろう。

 そして、戦闘は改めて行われる。

 

 究極体ミュートリアス 攻1800→閃刀姫-シズク 攻1500(破壊)

 レイ LP1300→1000

 

7,レイ、墓地の閃刀姫-レイ(B)、(2)の効果発動。自身を墓地から特殊召喚。

 

 閃刀姫-レイ 攻1500

 

8,メインフェイズ2。カードをセット、ターンエンド。

 

エンドフェイズ時盤面

LP:1500 手札:1

モンスター:究極体ミュートリアス(攻)

魔法・罠:ミュートリア超個体系、2(伏せ)

 

 このお互いの消耗具合から考えても、おそらくは次の激突で全ての決着がつくだろう。その時立っているのがどちらなのか……どちらにしても、そろそろ見守ってばかりはいられない、か。手遅れになる前に、ね。

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