ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
あの任務から、数日が経過した。結局あの戦いは人知れず闇から闇に葬られ、研究所は正式に廃棄処分を受けた。空から落下した『ビースト』の肉片や『究極体』の威容を偶然収めた写真は都市伝説めいた噂話、オチのない奇妙な話の眉唾物な証拠としてひっそりと生きているものの、その話題を取り扱っているサイトにはハーキュリーベースのオペレーターが昔取った杵柄、色々と非合法な手を回して少しずつ消しにかかっているらしい。
……怖いのでそれ以上深く聞かなかったのは、内緒。
そんな少女が現在歩いているのは、住宅地からも基地からも少し離れたとある山の登山道。山といってもなだらかで見晴らしもよく、休日ともなればデートにピクニックにとカップルや親子連れに人気のある場所だ。『閃刀』スーツどころかいつもの軍服ですらない一見すればどこにでもいるただの少女と何ら変わりない私服姿はそれでもその癖ひとつない金髪と端正な顔立ちからよく人目を惹きつけるのだが、平日の昼間ともなるとさすがに人通りもないため好奇、あるいはもっと露骨な好色の視線にも曝されずに済む。
やがて、少女の足が止まった。展望台のある広場、下の町が一望できる頂上に着いたのだ。まるでその来訪を歓迎するかのように一陣の風が吹き抜け、金髪を後ろに引いて靡かせた。
「ん……」
それまで浴びていた木漏れ日から不意に直に降り注ぐ日光に切り替わり、ほんの少し眩しそうに目を細める。深く息をついて眺めるのは眼下に広がるこれまで自分が守ってきた、そしてこれからも守っていくのであろう町と人々の暮らし。今日も何も起きてはいないけれど、それこそが彼女たちの仕事なのだ。
一通り町の景色を楽しんで、また少女の足は動き出す。広場の端、小さな小さなスペース。そこに置かれた真新しい
知らない人が見れば町の安全を祈願するもの程度にしか見られないであろうそれの中には、あの日に少女が出会った生物『ミュートリア』との戦いの忘れ形見……『ミスト』がその体として寄生した対閃刀姫用特殊合金製の鎧の一部が収められている。本来は研究所や『究極体』の死骸ともども完全に廃棄されるはずの代物だったが、任務を終えて帰還する前に偶然見つけたほんの一部だけをアフターバーナーの出力を上げて切り取っておいたのだ。オペレーターには正直に報告しておいたので、不都合が起きないようにデータ類はすべて強制ハッキングからの改ざんをしてくれているはずだ。
「こうしてお参りに来るのは、初めてですね」
人気がないことを確認してから祠の前で手を合わせ、そっと語り掛ける。少女はこの場所を彼らへの墓標として、あの戦いを忘れないための戒めとして作り、あえて街を一望できる位置に建立してもらった。『ミュートリア』とわかり合うことこそついにできはしなかったけれど、それでも自分のしていることを、守るものを見てもらおうと考えたからだ。
「……それで、今日ですが。今日は、お話しをしに来ました。あの時の話、ようやく答えられそうな気がしたので」
無論、返事はない。幽霊の類は軍属の身として信じないどころかむしろ必ず存在するとさえ思っている少女だが、少なくともここに収められている『ミスト』の欠片は何も語らないようだ。しかしそれに気を落とす様子もなく、合わせたままの手をそっと放して話し続ける。
「あなたは私に聞きましたよね、全ての命は生まれたいと思って生まれてきたのか、自分を自分の造物主にすることは可能なのか、って。あなたの言ったことは、正しいと思います。私も、オペレーターさんや博士みたいな人も、みんなみんな生まれてくるときには自分の意思じゃなかったはずです」
でも、その言葉をそう続ける。背後で小鳥が、小さな翼の音と共にどこかへ飛んでいった。
「それでも私は、自分の意思で『閃刀』を取りました。確かに人間、レイは私の意思で生まれたヒトではありませんが、『閃刀姫-レイ』は、私がここから見えるこの国を、世界を守るために望んだ姿です。『カガリ』も、『シズク』も、その他の姿も。全部私が望むことで生まれた、私の大切な姿です」
それが、少女がすべて1人で出した結論。感情のままに紡いだ言葉はそこで少し言いよどみ、しかしすぐにまた溢れる思いを抑えきれないといった様子で口を開く。
「だから、あなたも。望んで生まれてきたわけじゃないなんて、そんな……そんな寂しいこと、言わないでください。私たちはどう生まれたとしても、そこから自分の生き方を決めることができるんです」
話しているうちに熱がこもってきた感情を収めるためにそこで大きく息を吐き、祠をその正面から見据える。ようやく以前に感じたものを言葉にすることができて、胸のつかえがとれたような気がした。
「……あなたの満足いくものかは、わかりませんが。これが、私の出した質問への答えです。ごめんなさい、少し時間がかかってしまって」
「いや、素晴らしい回答ですよお客様。少なくとも、私は感動しました」
「っ!?」
たった今まで間違いなく、誰もいないはずだと断言できたはずの空間。その背後から親し気にかけられた男の声に驚くあまりその両肩に力が入るが、すぐにその正体を理解してため息混じりに振り向いた。群で鍛えられた少女の直感から逃れてこの距離にまで接近するなど、そんなことが可能な存在はそうはいない。
「……あ、あなたでしたか。びっくりさせないでください、アルレキーノさん」
ラフな着こなしの派手やかな燕尾服に、トレードマークらしい装飾過多のこれまた派手なシルクハット。つい先日もどこからともなく次元の壁を超え、『変異体』を持ち去っていった姿は記憶に新しい。その名を呼ばれた青年は堂に入った優雅な一礼をし、非難の声にもめげずにこやかな笑みをたたえたままだ。
「失礼いたしました。あまりに見事なお話だったもので、つい聞き入ってしまいまして」
「もういいです。それで、今日はどうしたんですか?」
口をとがらせつつも話を先に進める少女に、そうでしたとポンと手を打つアルレキーノ。そして取り出したのは、ほのかな光を放つ1枚のチケットだった。
「これは私共が800のライフを支払い発行する特別な招待状、その名もアメイジングタイムチケットです。本日はこれをあなたに、と思いまして」
「アメイジングタイム、チケットですか」
聞きなれない名前に首を傾げながらも、根本のところで素直な少女は差し出されるままにそれを受け取った。紙のようでもあり極めて薄い金属のようでもある不思議な質感のそれをしげしげと眺めていると、その裏にもうひとつ何かが付いていることに気が付いた。
「写真……?」
何気なく見て、思わず目を丸くする。そこに映っていたのは記念写真か何かなのだろう、先日アルレキーノと共に少女の前へ現れた金髪の少女アンドロイド、コミカと彼女によく似た容姿だが活発そうな少女、そして二足歩行する熊のキャラクターといった面々に囲まれ中央でポーズを決める彼自身と、その横でリボンを付けられたうえ「本日の主役」と書かれたタスキを斜めにかけられた姿で佇む『変異体』だった。
はっと顔を上げると、そこにはすでに誰もいない。まるで先ほどまでの邂逅が夢だったような……しかしそれが夢ではないことは、少女の手に残されたままのチケットと写真が物語っている。
またしても、風が吹いた。涼やかなそれは少女の体を撫で、そのまま背後の広く青い、どこまでも続く空へと吹き抜けていく。その風に乗って、声が聞こえた。
「そのチケットは、いつの日にか君が戦争を終えた時に使うことを推奨します。さすれば新キャストも含めた私たちがめくるめく夢の世界、いつまでも、いつまでも楽しい驚楽園をご案内いたします。その時まで、しばしお別れを」
その言葉を最後に、今度こそすべての気配は消えた。しばらくは呆然としたままの少女も、やがて手にしたチケットと写真を丁寧に、折り目が付かないようしまい込んで祠に背を向ける。
いつの日か、戦争が終わったら。チケットは1枚しかないけれど、オペレーターや博士といった友人を誘うことはできるのだろうか。皆で遊園地で遊ぼうといったら、あの2人はどんな顔をするだろう。そう考えるとなんだか無性におかしくて、その表情は本人も知ってか知らずか優しい微笑みを浮かべていた。