出撃までに君に与えられた時間は、きっかり1時間。あまり長いとは言えない準備期間だが、それでも君の足取りに迷いはなかった。最初に向かった先は、指令室から最も近くにある展望台。大きく開いた中央に空へと続く階段のある、君にとってもお気に入りの場所だ。
しかし今日の君は、ここに遊びに来たのではない。階段の一番上に設置されたスペースの中央でひざまずき、満天の青空の下で目を閉じ神経を集中させる。幾度となく繰り返したフレーズが、君の口をついて出た。
「…………RMAID338DRAGON372DEMON418……」
一見無意味にしか思えない英単語と、その間に挟まる徐々に大きくなっていくことの他は何の規則性もないように思える数字。実のところ、君自身もこの奇怪千万な呪文が何を意味しているのか、詳しくは知らなかったはずだ。
というのもこの出撃前のルーティーン、元々は君の発案ではない。最近やってきた新しいメンタルセラピーの先生、その人が是非にと強く勧めたので本来心優しい性格の君はそれに押し切られる形になったことは、今も軍属の人たちの間では記憶に新しい。
「……BEAST666。よし、あと2セット」
しかし、なぜか。そう、今はあえてなぜか、と言っておこう。出撃前にこの場所でこの呪文をぴったり3度繰り返してから精神統一を行うと、それまでと比べて調子が全体的に跳ね上がった状態で戦えるのだ。これは君の感覚や思い込みなどではなく、『術式』の性能までもが目に見えるデータという形で上昇しているとのことだ。奇妙な話だと君自身も思ってはいるようだが、しかしこうして結果まで出ている以上は続けない道理もない。いつの間にか、この作業は欠かせない工程に組み込まれていた。
「……BEAST666。私は、今日も必ず帰ってきます。国を、皆を、守るために」
最後に小さく呟き、君はゆっくりと立ち上がった。そしてオペレーターとの簡単な、談笑混じりのミーティングを経て、いよいよ君は空に立つ。
……この言葉を贈ることは、果たして君にとって正しい行いなのだろうか。などとは、あまりにも馬鹿馬鹿しい話だ。どの道、この声が君の耳に届くことはないのだから。それでもあえて、戦地へ赴く君の小さな背中にこの言葉をかけよう。これから始まる砲雷戦火は、決して英雄的行為などではない。前を向くための戦いでもなければ、誰かを守るための戦いでもない。結果的には誰かを守ることに繋がるかもしれないが、それは意図された目的の副産物でしかない。
もっとも、たとえこの声が聞こえていたとしても。君はおそらくこの広い空へと、そしてその先に広がる茨の道へと飛び出すのだろう。愛する国を、そこに住む人々を、ただ守るために。
「『閃刀』起動……エンゲージ!」
凛とした声が響き、彼女の声に反応した音声認証が承認される。出撃用のスーツに使われる特殊合金が淡い光を放ち、手にした黒地に赤い幾何学模様のラインが走る一振りの刀がそれと呼応するように同じく輝き出した。
「聞こえるわね、レイ?本時刻をもって北部地区E-10エリア内の領地、及び領空全域を作戦地点『エリアゼロ』と呼称。通常モードだと全力で飛ばしても1時間はかかるけれど……」
「はい。迅速に『エリアゼロ』へ向かうため、最初から『ハヤテ』を使用します」
君の耳の中に仕込まれた超小型マイクから、一切のノイズや途切れもなくその耳に馴染みのオペレーターからの声が届く。あまりにも鮮明なその音声は、目をつむっていればまるで目の前にその話す相手がいるかのようにさえ錯覚してしまうほどだ。
これは作戦時の必須アイテム、ハーキュリーベースとの円滑な通信を可能にする超小型通信機。君がどんな戦場にいてもその轟音にかき消されることなく指令室からの声を送り届け、君の声を喉のかすかな動きの段階で拾い上げることで君からは実際に発声することなく会話を可能にする文明の利器だ。当初のころは君もこの設備の性能には面食らっていたが、幾度も出撃を繰り返すうちにすっかり慣れたものらしい。もっともそれは君のような少女にとっては、一概に喜んでいい変化とも言い難いのだが。
「了解。といっても、指令通り『閃刀』も『術式』も、現場にいるあなたの判断が最優先されるわ。こちらの承認を受ける必要はないから、思い切りやってちょうだい。ただ」
「わかっています。前回の出撃で損傷を受けた『カガリ』は展開できて1度、ですよね?すみません、私の力が足りなくて……」
カガリ。君の操る『閃刀』の中でも、もっとも一点突破の火力に優れた超攻撃的モード。致命的な損傷からは辛うじて立て直したものの、いまだ本調子でないことに変わりはないらしい。若干すまなさそうに目を伏せた君の耳に応えたのは、君の予想に反して明るく笑う声だった。
「何言ってるの、レイちゃん。あなたの戦果にお礼は言っても、そんな文句付ける奴なんてこのハーキュリーベースにはいないわよ?もしそんな奴がいたら、私がこの手でこう、えーいっ!ってぶっとばしちゃうんだから。だからレイちゃんも、目一杯やっておいで!『イーグルブースター』、スタンバイOK!」
この暖かい言葉は、一体君の心にとってどれほどに大きな救いとなるだろう。その大きさは計り知れず、だからこそ君は力強く声を放つ。
「……はい!『閃刀姫-ハヤテ』!」
その声が響くと同時に、君の姿は変化した。魔術的な召喚の技と最新科学の結合したその特殊スーツは、君の声と思いに応えて装いを変える。その全身には緑のエネルギーラインが走り、背面には二門の小型ジェットエンジン、腰にはその識別番号であるX-004の文字が刻印された丸盾が浮かび上がったかと思えば瞬時にその全てが実体化する。そして超高速移動を得意とする『閃刀』……『閃刀姫-ハヤテ』となった君の姿は、瞬く間にその場からかき消えた。おそらく、君が
自らを『ミュートリア』だと認識した生き物が最初に行ったことは、自分の細胞から生み出された3体の『被検体』に対し固有の名称を与えることだった。個々としての自我の他に同一の集合精神で繋がる生き物たちにそんな必要はどこにもなかったし、外見上の区別をつけることで得られる利点もなく、そもそも仮にその必要があったとしても『被検体』としての番号がすでに振られていたのだが、はじめて自らの名を得たことで生き物の精神は、明らかに普段と異なるざわつきを起こしていた。人間風の言い回しを使うなら、生き物は高揚していたのかもしれない。
それは数秒のうちの出来事だったか、それとも数分か、はたまた数時間を消費してのことか。いずれにせよ、それが決まってからは早かった。生き物は集合精神を使い、今もなお施設の中を徘徊する3体に自らの手による名を改めて与えた。
餌として喰らった大量の実験動物から吸収したDNAを解析、そして複製し、細胞分裂を繰り返し、自らの望むがままに気の向いた生物の特徴をその体に発現させた『M-05』は『ビースト』。
ミュートリアとは別の部門で開発の進んでいた試作品、『閃刀』スーツと同じ特殊合金に魔力コーティングを施した鎧と一体化したことでその機能を掌握、魔石の力に誘発されてそこに宿った魔力を使いこなせるほどの知能を手に入れた『ST-46』は『ミスト』。
そして『被検体』内では最大サイズでありもっとも血の気が多い自我を得たがゆえに、研究者たちの最後の抵抗により無差別破壊のプログラムを入力され研究所内を徘徊していた警備用ロボットにもあえて立ち向かいその全身に寄生、強制的に全機能を奪い取りプログラムを書き換えることでそれを自らの手足となした『GB-88』は『アームズ』。そしてその3体の総称として、『ミュートリアル』と。
自らの名づけに対しひとまず満足した生き物は、次いで手に入れたばかりのサイキック能力をより広域に伸ばしてみた。施設内に生きた存在が自分たちしか存在しない以上、そう遠くないうちに『ミュートリアル』達が必要とするであろう餌を求める必要があることに気が付いたからだ。
そして生き物は、気が付いた。何かが、これまで殺してきた人間と同じような大きさで、しかしそれとは比べ物にならないほど速い何かが、こちらに向けて近づいてくる。それの狙いがなぜ自分たちであるとわかったのかは生き物自身にも理解できなかったが、あるいはそれは生き物の、生物としての防衛本能の一種だったのかもしれない。同時に生き物は理解した。今動くことのできる、自分の分身とも言うべき『ミュートリアル』達は、恐らく殺されるだろうと。
かつて人間に発見された当初の生物であれば、自らの生命には無頓着だったろう。しかしより生々しい生を、動物的な本能を得た『ミュートリアル』達を介しその集合精神に感化された生き物自身の精神は、生き物に抵抗を呼び掛けた。戦え、自らを守るために、と。
幸いにも施設全体の地図とどこに何が保管されているのかは、『アームズ』が寄生した警備ロボット経由で研究所のメインコンピューターをハッキングすることで生き物も知ることができていた。『ミュートリアル』達が『被検体』だったころに受けていた幾度もの実験から、何の成分とどの種の刺激を与えることで自らの細胞にどのような変化がもたらされるのかも生き物は理解していた。
目当てのものの位置を確認した生き物は、最も細い触手と器用さを持つ『ミスト』にその役目を託した。集合精神により自分に求められていることとその結果何が起きうるのかを理解した『ミスト』が全てを用意を整え生き物の閉じ込められた分厚い隔壁を魔法の嵐で突破するまでには、そう時間はかからなかった。
実験は成功した。全身が熱いという感覚を、体中の細胞単位で生き物は覚えた。凄まじい勢いで細胞分裂を繰り返し、代謝し、成長し巨大化していく自らの体の感覚を、集合精神越しでなく生き物自身の感覚で味わい続けた。
しかし迫りくる脅威はあまりにも近く、そして速く。着実に自らの感知圏内を突き進んで自分の方へと近づいてくるその速度と自らの体が爆発的に巨大化していくスピードを天秤にかけた生き物は、このままでは自身が『ミュートリアル』達よりも戦えるほどの大きさを手に入れる前に驚異の方がこちらに辿り着くと結論付けた。
そしてその結論は集合精神を通し瞬く間に『ミュートリアル』らも知るところとなり、初めに動いたのは『ビースト』だった。『ビースト』が貪った実験動物と取り込み記憶した大量のDNAの中には、自在に空を飛ぶ生物……鳥や昆虫のそれが含まれていたからだ。
中庭にのしのしと出た『ビースト』が身震いしてその両腕を地面につき、四つん這いの体勢で全身に力を込める。表皮とも鱗とも外骨格ともつかないその体表がざわめき、内部に詰まった肉が、骨が、細胞単位で変化する。
そして始まった時と同じく唐突に、その変化は止まった。その背中はぱっくりと2か所が割れ、体液にぬめる新たなパーツがぬるぬると押し出される。右側からは、純白の羽毛に包まれた天使のような鳥の翼。そして左側には、悪魔のそれを思わせる薄い皮膜を持った蝙蝠の翼。左右非対称なその翼を降り注ぐ日光に当てて乾かしつつ動きを確かめるように幾度か羽ばたかせ、おもむろに後ろ足の蹄で強く地面を蹴る。宙に舞ったその巨体が、迫りくる未知の脅威に立ち向かうべく飛び出した。
???先生の決闘☆解説コーナー
さて、いよいよファーストコンタクトも目前に迫った両者。このコーナーでは私、???先生……む?私の名前は???……ふむ、どうやら私が名乗りを上げることは許されないらしい。
まあいいさ、構わないとも。どうやら名乗りができないだけで、声の全てが届かないわけじゃないみたいだからね。とにかく『閃刀』の麗しき姫君と『ミュートリア』を名乗る生き物たちの間でどんな応酬が行われているのか、私と一緒にひとつひとつ確認していこう。いいかい、もうデュエルは始まっているんだよ。実に素晴らしいことじゃないか。
では先攻1ターン目、どうやら閃刀姫側が先攻を手に入れたようだね。
ターンプレイヤー:閃刀姫-レイ(以降:レイ)
1,トゥーンのもくじ(A)発動。トゥーンのもくじ(B)を手札に。
2,トゥーンのもくじ(B)発動。トゥーンのもくじ(C)を手札に。
3,トゥーンのもくじ(C)発動。トゥーン・デーモン(A)を手札に。
4,
はいストップ。同名カードをコストもターン1もなくサーチできる通常魔法、トゥーンのもくじ。彼女が出撃前に天儀台で3度唱えていたのは、まさにこのもくじから読み取れるトゥーン・ワールドに書かれた内容だね。もっとも天儀台という場所でこれを暗唱する、つまり締めの手札交換も含め、彼女自身は自分が何をしているのか自覚していないようだが。
ともあれこれを連打して墓地に魔法カードを溜める戦略は、実際に【閃刀姫】でも有効な戦術だからぜひ覚えておこう。???……コホン、先生との約束だ。この流れで再序盤から墓地に魔法カードを4枚も溜めることができたというのは、【閃刀姫】側にとって大きなアドバンテージとなるだろう。
5,閃刀姫-レイ(A)召喚。
6,閃刀起動-エンゲージ(A)発動。閃刀機-イーグルブースター(A)を手札に、追加効果で1枚ドロー。
あ、ちょっとここで口を挟ませてほしい。先ほどは実際の【閃刀姫】、つまりカードゲームとしての動きを引き合いに出したが、ならばこの操作には一言ある人も多いだろう。確かに君たちが実際にデュエルモンスターズを遊ぶ場合、ここでイーグルブースターをサーチ対象に選ぶのは……まあ、かなり珍しい動きだろう。しかしこれは彼女たちにとってはゲームではなく、実際の戦場だ。命を懸けて戦い、傷つけば血が出るし痛い。君たちから見れば不可解なプレイングもあるかもしれないが、それでも彼女たちは、あるいはこれから動き出すミュートリアも、懸命に自分の生を貫いている。そのことだけは、どうか忘れないでやってほしい。
すまないね、邪魔してしまって。
7,閃刀姫-レイ(A)素材に閃刀姫-ハヤテ(A)リンク召喚。
8,フィールド魔法、閃刀空域-エリアゼロ(A)発動。カードを1枚セット、ターンエンド
エンドフェイズ時盤面
LP:8000 手札:3
モンスター:閃刀姫-ハヤテ(攻)
魔法・罠:1(セット)
場:閃刀空域-エリアゼロ
初動は伏せカード1枚にフィールド魔法、ダイレクトアタッカーのハヤテをリンク召喚して終了、と。定石ならばカガリからシズクと繋ぎ手札を補強するのだろうけれど、これも彼女たちのいる世界の事情が絡んでいる。なにせデュエル自体は始まっているものの、まだ両者の距離は遠く遠く離れているからね。高速機動能力という設定を持つハヤテでないと、いつまで経っても戦場にすらたどり着けないというわけだ。
ではこのハヤテがぐんぐんと戦場への距離を詰めている間に、後攻を取った彼らの動きを見ていこう。
ターンプレイヤー:変異体ミュートリア(以降:変異体)
1,ドロー、スタンバイフェイズ。
2,被検体ミュートリアM-05(A)召喚、(1)効果発動。変異体ミュートリア(A)を手札に。
3,被検体ミュートリアM-05(A)、(2)効果発動。コストとして自身のリリース及び手札の変異体ミュートリア(A)を除外し、デッキからミュートリアル・ビースト(A)特殊召喚。
ふむ、まあこんなところだろう。今は両者とも操作を中断し、物理的な距離を詰めているところだ。次回はミュートリア側のバトルフェイズからスタート、ということになるだろうね。
それでは、また会おう。私の正体を明かせる日が来ることを、私も楽しみにしているよ。
今さらですがこの話、私の独自解釈全開で設定は作られてます。
今回のハヤテなんかはその最たるもののひとつですね。今のところ公式設定では、遠距離攻撃担当というだけでスピードが速いなんて設定どこひっくり返しても書いてないので。