閃刀の銀、変異の黒   作:久本誠一

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今更とはいえ先に警告しておきますが、ちょうど転換点はこの回あたりからですね。
モブキャラの存在感がぐんぐん増してきます。まさかあれだけ主張してくるとは、当の私本人でさえ思いもよらず……。


3,『シンセシス』

「これが、研究所……」

 

 不気味なほど人の気配を感じられない研究所を上空から眺めながら、君は小さく呟く。誰かの返事を期待したわけではなく、目標の位置に自信がなかったわけでもない。見下ろしているだけで感じる寒々しい感覚を自分の中で少しでも誤魔化したかったんだ。しかし君の予想に反し、通信機からは即座に返事が返ってきた。

 

「そうだね、間違いない。実に資料通りの外観じゃないか」

「博士!?」

 

 博士と呼ばれたその声の主が、小さく笑う。

 

「今はそれ兼、臨時でオペレーター代理もやっているけどね。まったく彼女ときたら、いかにもろくでもないことを考えている顔をしていたよ。さて、そんなことより今は任務、ひいては君の安全確保だ。どれ、今の形態は……『カガリ』か。1度その形態を解いたら、もう1度戻ることはできない。となると最大火力を発揮できるその状態からの換装は極力行いたくないし、ここは安全策でいこう。君の腰の右側に、小さなカプセルがついているはずだ。取り外せるかい?」

「えっと……あ、はい!ありました!」

 

 先ほどから通信相手となっている理知的な声の女性の役職は、君が言ったとおりの博士だ。ハーキュリーベース内の実用品の改造から携帯食料の開発、『閃刀』の整備までを一通りこなすエリート中のエリートではあるのだがいかんせん性格に難があり、ふと目を離すと研究室に住み着いては実験用のビーカーで平気な顔してコーヒーや袋麵を作るような生活を続ける神経のほか、気に入った相手のためにしか一切その頭脳を動かそうとしないという悪癖がある。幸い君や現在絶賛ハッキング中のオペレーターの人柄はどこが彼女の琴線に触れのかやたらと気に入られており、それゆえに交代要員として突然の呼び出しにも応じたのだろう。

 

「よし。それは私が開発した攪乱並びに牽制用小型兵器、名付けてMaxx "C(チャフ)"だ。使い方は簡単、てっぺんのボタンを押してからその研究所に向けて投げ落とすだけでいい。中身が飛散し、後は勝手に仕事してくれる我ながら優れものだ」

「は、はあ……でもこれ、具体的にどういうことができるんです?」

 

 君の疑問はもっともだ。中身の見えないカプセルはそう重くもなく、軽く振ると何か乾いた小さなものが中に詰まっているのかかさかさとした小さな感触が君の手に伝わる。博士の頭脳を信用していないわけではないが、オペレーターとは別の意味で頭のネジが数本飛んでいるという過去の経験に裏打ちされた確かな信頼はそれ以上に君の中で大きかった。

 

「あくまでも牽制用だから、そう大したものではないさ。その中身は撒き散らされると同時に周辺を自動で検知し、動く物体を発見したらそこに取り付いて電波を発生させる。今回は軽量化を最重点で作ってみたから威力も内蔵バッテリーも大したものを積めなくてな、ほんの気休めになればいい程度のものだよ。それでもある程度の数が集まれば、相手の状況によってはそれなりのダメージ源にはなるはずだ。なに、安心したまえ。君の『閃刀』スーツはその兵器のものと打ち消しあう特殊な電波を放っているから、君の邪魔になることはないと保証しよう」

「そ、そうですか……なるほど?」

「さ、早く投げてくれ。私は実戦でのデータが欲しいんだ、できれば上がその実用性の高さに黙らざるを得ないようなやつをね」

「博士、やっぱりこれ許可取ってないものなんですね……後でまた怒られますよ?」

「そうならないために君はそこにいるんだ。さ、早く」

「どうなっても知りませんよ?えいっ!」

 

 半ば押し切られるように、君は言われるがままスイッチを入れてカプセルを放り投げる。博士の説明通り、そのカプセルは空中で勝手に蓋が開き、中身が空中に散らばって落ちていき……すぐに、君の顔色はみるみる青くなった。ぎこちなく固まった表情で、通信機に声を絞り出す。

 

「は、博士、あれって」

「ああ、大したことでもないから言い忘れていたな。中身のモチーフは、ちょうど私の実験室にサンプルが湧いていたゴキブ……」

「それ以上喋ったら博士!私、博士との縁は金輪際断ち切りますからね!」

 

 珍しいことに人の話を遮ってまで、しかもどんな戦火の中にあってさえ見せたことのないような剣幕で君が力いっぱいに怒鳴ると、さすがにその本気が伝わったのか通信機も沈黙する。お互い押し黙った空白の時間がたっぷりと続いたのち、いかにもしぶしぶといった様子で折れたのは博士の方だった。

 

「……わかった、わかったよ。悪かった、これの実用化は控えよう」

 

 

 

 

 

 生き物は、初めて味わう喪失感に苦しんでいた。集合精神により繋がった意識を持つ、自身と同じ細胞を持ちながらも違う存在として確立しつつあった『ビースト』を失ったことがここまで自分たちの痛手になるとは、残った『ミュートリア』たちにとっても少々意外なことだった。現に彼ら自身も、今の姿を手に入れるほどに進化をする中で無数の同胞のコピーを食い尽くしてきたのだから。

 それは『ビースト』が餌として手に入れた大量のDNAに刻まれた生物たちの本能、帰属意識や仲間意識が由来となり表出したものだとは生き物にはわからなかった。『ビースト』の死去と同時に魂に刻まれたその意識は集合精神の中に限りなく薄く広く解き放たれ、『ミュートリア』たちそれぞれの自我にまで影響を及ぼしていたとは、誰も知る由がなかった。

 

 突如として自身の精神に広がり、とめどなく湧き上がる怒り、悲しみ、嘆き……それらすべてを糧として、生き物の体が変異するスピードはさらに上がった。不安定な精神はそのサイキック能力を暴走させ、その刺激に反応し生き物の体はさらに大きく強くなっていく。膨れ上がった体からは無数の触手が飛び出、その先端には単眼が開く。湿った水音とともに指の先には爪まで生えた腕が、足が、そしてそれらよりもはるかに太い尾が、それぞれ1本ずつ突拍子もないところから飛び出した。

 生き物は、理屈ではなく感覚で理解した。この体ならば、戦える。『ビースト』を殺した『敵』に、その報いを与えることができる。『敵』が研究所上空に到達したのは、ちょうどその瞬間だった。生き物は自身のサイキック能力を使い『敵』を、『ビースト』の仇を直接視認することを妨げる邪魔な壁と天井を纏めて吹き飛ばした。ぽっかりと空いた瓦礫の向こう側に、同じくこちらを認識したのだろう『敵』の、『ビースト』最後の記憶にあったままの赤い姿が見えた。

 

「     !」

 

 こちらの姿を視認した『敵』もまた何か動こうとしていたが、その動きよりも生き物の進化したサイキック能力が届く方が早かった。純粋な不可視のエネルギー塊で、燃え盛る炎のように赤いその姿をねじ切らんとする。穴の向こう側から全身に小さなものが飛んできてはいくつも生き物の体に付着したが、その行動を阻害するほどのものではない。

 

「この……パワー……!ウィドウ、アンカー!」

 

 しかし上空の『敵』が苦痛の叫びと同時に何事か叫ぶと、その体から先端に金属製のアームが開く数本の触手が放たれる。それは生き物をどうやってかは知らないが自動で追尾しているらしく、空中で微妙に角度を調整しながらも速度を落とさず生き物へと向かってくる。生き物のそれよりもはるかに細いそれは一見すると脆そうな代物だったが、その光沢が『ミスト』の乗っ取った特殊合金製の鎧のそれと類似していることにはすぐに気が付いた。だとすると、下手に撃ち落とそうとしたところでその試みは徒労に終わる。いくら強大に進化した生き物も、あの金属をそう簡単に捻じ曲げることが不可能であろうことはよく理解している。しかしここであの触手の回避に専念するということは、すなわちせっかく獲物を捕らえたサイキックでの攻撃を中断するということでもある。『ビースト』の戦闘の記憶をたどれば、『敵』は驚くほどに素早く戦闘に慣れている。これほどすんなりと捉えることは、いくら不可視のサイキックと言えども2度目はないと思っていいだろう。

 当たるとまずい。しかしこのまま殺し切りたい。矛盾する2つの感情は生き物の心に強い苛立ちを生む。

 

 そして、生き物の中で何か壁の壊れる感覚がした。心の中にあった囲いが取り外され、一斉に世界が広がったような錯覚を覚える。その精神が強い苛立ちにより追い詰められたことを引き金にサイキック能力がさらに一段上のランクに到達したのだ……とまでは生き物にはわからなかったが、それでも自分が何をすればいいのかは不思議と理解できた。

 

「   !   !」

 

 叫びとともに発生した半透明なエネルギーの壁が、生き物の周りを覆いつくす。ほんのわずかに遅れて到達した金属と機械の触手は、しかしその壁を抜けられない。1本1本がトラックの1台程度なら軽々と振り回せるほどのパワーがあるはずのそれが、厚さわずか1センチもないであろうその壁を破壊できない。やがてエネルギーが尽きたのか、触手が『敵』から切り離されて力なく地面に落ちる。

 あと少し、あと少しだ。壁を解除した生き物が、渾身のサイキックを頭上の『敵』に叩き込んだ。

 

 

 

 

 

「落ち着け、レイ!そのスーツの耐久力は私が保証する、後は君の気力次第だ!」

「う、うう……博士、そんなこと、言われ、ても……きゃああっ!」

「レイッ!」

 

 その手にしていたコーヒー入りのビーカーを乱暴に机に叩き置いた博士が、苛立ちを隠せずに唇を噛む。君は誰からも愛されているからね、君が苦しむ姿を見たいものなど少なくともハーキュリーベース内には誰もいない。健気にも全身が砕かれそうなほどの苦痛に耐える君のために、博士の灰色の脳細胞は過去最高に回転していた。『閃刀』の武装、そして『術式』のすべてを洗い出し、今すぐこの苦痛に対抗するための手段を割り出しにかかる。

 そしてついに、結論は出た。

 

「…………よし。レイ、聞こえるな?今すぐ『カガリ』を解除するんだ」

 

 飛び出した発言に、画面越しのレイどころかその場にいるスタッフまでもが驚いた眼で博士の顔を見返す。しかし当の本人は大真面目で、言動の端々には隠し切れない生き物への怒りを滲ませながらも務めて冷静に言葉を足す。

 

「なに、私は正気だ。全身を隙間なく抑え込まれている状態でそれだけのパワーが出ている『カガリ』を強制的に解除すれば、急に行き場を無くしたことで外に出ようとするエネルギーが発生する。両者の力を拮抗させれば、ほんのわずかにだが隙が生まれるはずだ。そして見たところ、あれだけの精神障壁を貼るためにはそれ相応のクールダウンが必要となるはず。その時間を稼がせる前に、ここでケリをつけようじゃないか」

「わか……り、ました!『閃刀姫-カガリ』、強制解除!」

 

 赤い『閃刀』スーツから1瞬で色が抜け、元の純白に戻る。君の体を取り巻くのが目に見えるほどに強いエネルギーは、まさに博士の言葉通り外に発散されず行き場を失った『カガリ』から放出されたものだ。そしてそのパワーは、果たして自身を阻み続ける生き物のサイキックパワーに対し牙をむく。

 純粋な、そして逆方向に作用する力と力。そのぶつかり合いは熱を生み、熱はすぐに火となった。不意に発生した小規模とはいえ至近距離での爆発に、君の視界は暗くなった。

 

 

 

 

 

 ???先生の決闘☆解説コーナー

 

 そろそろこのコーナーにも慣れてきてくれたかい?私?私は自分の名前を名乗れないという悲しい現実に慣れてきたところだよ。???……ほらね。では4ターン目、前回でなかなかのダメージを受けた変異体側の動きを見てみよう。

 

変異体

1,ドロー。

2,スタンバイフェイズ、レイが手札から増殖するG(A)の(1)効果発動。

 

 スタンバイフェイズに増G、何が何でもこのターンの展開に蓋をしてやろうという強い意気込みを感じるね。もっとも結果論からすれば、これはかなりの悪手だった。それにしてもMaxx "C"……日本語訳にして「増殖するG」とはね。あの博士、本人は知らなかったとはいえなんとも奇妙な名前を付けるじゃないか。

 

3,ミュートリア進化研究所(A)発動。(1)効果は使用せず。

4,フュージョン・ミュートリアス(A)発動。(1)効果により墓地の被検体ミュートリアM-05(A)、デッキ内のミュートリアル・アームズ(A)素材にシンセシス・ミュートリアス(A)融合召喚。ミュートリア進化研究所(A)の(2)効果により攻撃力アップ。

 

 シンセシス・ミュートリアス 攻2500→2800

 

5,レイ、増殖するG(A)効果で1枚ドロー。

6,シンセシス・ミュートリアス(A)、(1)効果発動。閃刀姫-カガリ(A)対象にとり、破壊。

7,レイ、セットされた閃刀機-ウィドウアンカー(A)発動。シンセシス・ミュートリアス(A)対象にとり効果を無効化、追加効果によりターン内シのコントロール奪取。

8,シンセシス・ミュートリアス(A)、(2)効果発動。ターン中、相手からの完全魔法耐性を自身に付与。

 

 さて、ここまででチェーン3。そしてそれらは順に処理され、まずシンセシスが魔法耐性を自身に付与する効果が最初に解決される。ウィドウアンカーが届くころにはもはやその効果が通用しなくなり、無効化に失敗したことで最初にシンセシスが発動した破壊効果が無事カガリに通る、というわけだ。

 

9,レイ、墓地の閃刀姫-レイ(A)、(2)の効果発動。自身を墓地から特殊召喚。

 

 閃刀姫-レイ 守1500

 

 カードゲーム的な処理ならば、これは単にカガリが破壊されたというだけに過ぎない。だが過去で起きている現実の戦いでは、その際の爆発によりカガリの中身であるレイまでもがその余波を受けている。この事実がこのターン中の攻防、ひいてはこのデュエルそのものにどのような影響をもたらすのか。次回はこの続き、変異体のメインフェイズ終了時から見てみるとしよう。

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