『アームズ』が『敵』の前に立ちはだかった、その少し前。生き物は、その時もなお暗がりで進化を続けていた。成長促進のために、より強い力を手に入れるために、たとえそれが生身の体には危険な薬品であってもその成分が何らかの役に立つと踏めば、躊躇なくそれを取り込んだ。時にはわざと機器の配電盤に自らの触手を伸ばし、いくつもの細胞を焼き潰されながらも電気の衝撃を浴びもした。
そして、その結果は間違いなく生き物の体に現れはじめていた。意識せずとも肉塊となった体の一部が震え、ずるりと触手が生え、先端が分かれて指らしきものが生えたかと思えばまた体の中に引っ込んでいく。何もなかった箇所にぶよぶよした脂肪の塊が生まれたかと思えばそれが筋肉の瘤になり、鱗になり、樹皮になり。体中を駆け巡る遺伝情報がでたらめに交差してはその性質も見た目も、質量さえも刻一刻と変化する。それは、誰が見ても異常な進化だった。本当に、進化と呼べるものなのかも疑わしかった。それでも構わなかった。
「 !」
漏らした音は恐怖の絶叫か、歓喜の叫びか。それとも、体内で突如として発生した魚のような浮き袋にたまった内部のガスが、浮き袋が他の器官に吸収され消え失せると同時に体外へと排出された空気音程度のものだったのかもしれない。
しかし、生き物には時間があまりにも短すぎた。その時だったのだ、『敵』が研究所上空に到達したのは。今なお途上段階にある生き物の体は確かに強くなりつつはあったがあまりにも不安定で、到底実戦に耐えるような代物ではなかった。
だから、『アームズ』が動き出した。過酷な環境での進化を促されたこの被検体に芽生えた自我は直情径行で、最も暴力的で……そしてどの被検体よりも、種の保存と生物としての生存を求めていた。
自身が乗っ取った警備ロボットとは名ばかりの破壊性能、そのまま戦場に駆り出しても大量破滅兵器として一定の名を残せるようなその機体の性能を限界以上に引き出して蠢く肉塊と化した自らのオリジナルを『ミスト』共々研究所の最奥部、何層もの分厚い金属扉と魔術的封印で封鎖された地下実験場へと逃がし、自身は単騎研究所で生体細胞を増殖させ、肉の鎧として全身に纏う。『敵』が生き物の姿を知っているのかは定かではなかったが、もしその見た目をもって自らのオリジナルを殺そうとしているのならばきっとこの擬態が役に立つだろうと思ったからというのもあるし、この姿での戦闘経験を集合精神を通じて生き物と共有することにはきっと意味があると直感したからでもある。
しかし『アームズ』には、しかしあと一歩『敵』を倒すことが叶わず。いまだ生き物の進化は終わっておらず、どうしてもまだ時間が必要だった。不意打ちで『敵』の多腕のうち2本を握り潰して引きちぎりこそしたものの、粗暴ではあるが冷静なその自我はこんな手はもはや通用しないことも察していた。その程度の相手に、自分とルーツが同じ遺伝子を持つ『ビースト』は潰されはしない。このまま戦ったところで、すぐに体勢を立て直される。
ならば。煮えたぎる怒りを金属の殻に押し込めて、『アームズ』はあえて後ろに飛んだ。決して目線だけは予想外の行動に呆然としている『敵』から離さないまま、研究所の内部へと退避する。
だが、これは自分が追われるものとなることを意味しているのではない。そう『アームズ』は自分に言い聞かせた。すっかり扱い慣れた警備ロボットのアームで手ごろな壁をひと振りで破壊し、むき出しになった配線に触手を伸ばす。このロボットを乗っ取った時のようにまだ生きている機能に強制アクセスし、使えるものすべてにハッキングを仕掛ける。断じて追われる側ではない。迎え撃つ側になったのだ。
「今のは……?」
本当はそんなことを問う時間はないことは、今すぐにあのロボットに寄生したのであろう化け物の中身を追わなければいけないのは、君だってよく理解している。しかし、それでも問いかけずにはいられなかったのだろう。予想外の死角をついた攻撃を仕掛けて『カイナ』の腕を奪い、かと思えばいきなり退却していった。それは君が普段の戦場で相手する常に合理的な判断に基づいて、無駄がないゆえにかえって読みやすい、いっそ単調でもある動きで攻めてくる列強の無人兵器とはまるで違った感性による行動。
「あの型のロボットの出力で『カイナ』の腕を引きちぎる……?そんなことが可能なのか?いや、だが現にそうなった以上あの化け物が何らかの方法でリミッターを外したか、それか生体との融合により相乗作用が発生した?だとすれば原理が……」
しかし頼みの博士は完全に自分の世界に入り込んでしまっており、当面はまともな話ができそうにない。しかし心細さが君の胸をかすめたタイミングを見計らったかのように、馴染み深い声が君たちの通信に割って入った。
「悪いわねレイちゃん、すっかり遅くなっちゃった。ほらどいて博士、ついでに私にもコーヒーお願い」
「……ん。遅いぞ」
「あはは、ごめんごめんって。それじゃレイちゃん、ここからは私がオペレーター戻るわね……で、ここからが本題なんだけど。とりあえず今の子を追いかけながら聞いて。いやー、国家機密だけあってセキュリティが固いのなんのって」
「は、はい!」
底抜けに明るい彼女の声を聴くと、不思議と戦場の寂しさが薄れる。君にとって、このオペレーターは博士共々欠かせない戦友だ。現に今だって、先ほどまでの混乱やそれから生じた不安が根拠もないのに大分晴れてきた。残り半分になってしまった『カイナ』の腕を研究所の廊下に引っ掛けないよう操作しながら、言われたとおりに気持ちを切り替えて大穴の空いた廊下へと飛び込む。
「それで、一体何が分かったんですか?」
電気が切れているうえに窓のない廊下は、君が飛び込んだ大穴から差し込む外の光が遠くなるにつれてどんどん暗くなっていく。幸いにもあの化け物はあちこちに足跡や壁の傷を残していっているため迷う心配はないが、狭くなる視界に罠に誘われている、そんな嫌な気持ちさえ芽生えてくる。
「そうね。まず最初に……」
そこからの話は、おおむね君たちが薄々感じていた予感を裏付けるものだった。化け物改め『ミュートリア』は他ならぬ君たちの国が見つけ出した未知の生物であり、この研究所ではその性質と進化をコントロールして兵器への転用を企画するも失敗。想定以上の自我と実力を手に入れた『ミュートリア』は、もはや誰にも制御できない存在となっている……。
だがそこまで聞いたところで、博士が横から口を挟んだ。
「ちょっと待て。尻拭いを押し付けられたのはまだいいとして、我々の任務はこの研究所でのデータ回収と何が起きたのかを突き止めることではなかったのか?本当はとっくに原因がわかっているのにこうして調べましたという体にする、それだけのためにレイを向かわせた?あまりにもリスクが大きすぎるぞ」
「慌てないで、博士。ここからがひどい話なんだけどね……博士は今の話を聞いて、どこのデータにハッキングしたデータだと思った?」
「うちの上官か、あるいは別の大臣様か……いずれにせよ、それなりの地位がある奴だろう。研究所ひとつでの研究内容を隠し通せる程度には、な」
逆に聞き返されて即答する博士に、そうよねえとため息を吐くオペレーター。周囲に気を配るのは継続しつつも気が付けばついその会話に耳を澄ませている自分に、君は気づいているだろうか。
「だったらよかったのにね。これ、列強さんとこの通信施設が随分うちの国境に近い変な位置で見つかったから少し覗いてみたら、そこで見つけた内容よ」
「む。それは……まずいな」
「ええ。いつからかはわからないけど、レイちゃん。あなたの今いる研究所は、とっくの昔に列強側に付いていたようね。報酬及び職員の亡命と引き換えに、うちの国家予算で作ったとっておきの新兵器を。まったく、いい迷惑な取引だわ」
国を裏切った。無論君はここにいた研究者たちの名前も顔も知りはしないが、君が愛する国を捨てようとした人たちがいるという現実を生々しく見せつけられた衝撃は、まさに頭をハンマーで殴られるようなものだったろう。君にとって、この国こそがたったひとりの戦場で戦い続ける何よりの原動力なのだから。
「そんな……それじゃあ、ここの人達がどこにもいないのって」
「いや、それは考えにくいわね。列強の方でも、こことの連絡が突然途絶えたのを怪しみだしたところみたいだから。職員の誰かが最後の力で向こうに送ったらしいこのデータは、見ての通り私が全部獲っちゃったし」
「科学者として、あまりこういった言葉は使いたくないのだが。これも天罰、か」
「…………任務を、続行します」
天罰。君はその博士の言葉を何度か頭の中で反芻し、呑み込もうとして、結局できなかった。それは清濁併せ持つことのできない君の弱さ未熟さでもあり、同時にいくら裏切り者と呼ばれる人間であっても、その死を天罰だなんて完全には切り捨てられない心優しさは君の強さや魅力でもある。
どう思うのが、正解なのだろう。人間として、兵士として、この国を愛しこの国のために戦う1人の存在として。いくら考えても答えの出ない問いに押し潰されそうになりながらも兵士としての君は任務から逃げられないし、個人としての君も決して目の前のことを放り出せる性格ではない。
しかし君は、少なくとも1人ではない。戦場で肩を並べることはできずとも後方から君の背を支え、君と共に戦うことを望む人間はすぐそばにいる。そういう意味では、君はいい仲間を持っている。
「……そう難しく考えるな、レイ。これでもお前よりは長生きしてる身だ、人生相談くらい乗ってやる」
「ちょっと博士、それ私のセリフ!レイちゃん、帰ってきたら3人で飲み行きましょ!オレンジジュース奢ったげるから」
「……」
まだ子供である君の悩みに寄り添い、共にいてくれる。そういった存在の貴重さを、君は改めて強く噛みしめた。通信機越しでもこの年上の友人たちが固唾を呑んで返事を待っているのが伝わってくるのが無性におかしくて、君の口元が小さくほころんだ。
「はい、ぜひ行きましょう。楽しみにしてますね」
君の元気を取り戻した声色に、ほっとしたような空気が流れる。
「約束よ、それとこっちは新情報。被検体のパターンは、現在暴走が確認できているものが3種。そのうち1種、おそらく『M-05』が空中で仕留めた子だから残りは『ST-46』に『GB-88』。それと、『変異体ミュートリア』そう名付けられた全てのオリジナルがその研究所のどこかにいるはず。悪いわね、長らく留守にしたのにこの程度しか掴めなくて」
「とんでもないです、助かります……!」
「レイちゃんがそう言ってくれると、有難いわね」
目標の種類と、数。それが分かったというだけで、君が得られる恩恵は計り知れない。これまで君はこの完全にアウェーの地で、敵の数すらわからないまま闇雲に戦わざるを得なかったのだから。そんな万感の感謝を言葉に乗せてオペレーターへの感謝を口にすると、通信機からも明らかにほっとしたような声音が帰ってきた。
「私からもよくやった、と言っておこう。それにしても、後先考えずに生体兵器を開発したあげくに暴走とはな。まったく、人の迷惑という言葉を知らないマッドサイエンティストというものはいるものなんだな」
「……えっと、博士?そんなに鏡が見たいなら、お風呂でもお手洗いでも好きなところに行ってきていいわよ?」
「なるほどなるほど、つまりこの沸騰寸前のコーヒーは飲みたいのではなく頭からぶちまけてほしいと。随分変わったご趣味をお持ちのようだが、これも友人のよしみだ。ビーカーごと快くお前にくれてやろう」
仕事の時は気持ちを切り替える、そう思ったのもつかの間。本人たちにとっては真剣なのかどうなのか、淡々とした調子でいつも通りにふざけ合っているようにしか見えないやり取りに苦笑しながらもまたですかと諫めようとした、その瞬間。その瞬間をまるで狙っていたかのように。すでに暗闇に飲まれた廊下の向こう側で、血のように赤い光が灯った。光の正体は、照準を合わせるためのレーザーポイント。普段格納されているのであろう天井の一部が開き、小型の重がそこから顔を覗かせている。
「罠!?」
「いえ、落ち着いてレイちゃん。あの銃はここの警備システムの一部ね。作戦前に貰った地図にも、確かに記載があるわ。自立モードならもうとっくに他の箇所で反応してなくちゃおかしいから、まず動くことは……」
しかしそう言い終わるより先に、ガチャリ、と小さな音がした。反射的に君が『カイナ』の腕で防御を固めるのとオペレーターが叫んだのとは、どちらが早かったろうか。君がその位置に来るのを待ち構えていたように息を吹き返した警備システムにより、銃口が火を噴き轟音が廊下を反響し、さらには今しがた通ってきた後方からも床が開き、同じ型の銃が勢いよく射出され弾丸をばらまく。しかしその狙いは、どちらかといえば君自身ではない。時に防御し、時に『閃刀』の高速演算で導き出した射線から身をよじって回避した君をすり抜けて天井に突き刺さり……そこで、限界が訪れた。強力な弾丸と衝撃を連続で浴びせられた君の真上の天井が、一斉に崩落した。
『アームズ』は、完全に掌握した監視カメラの映像に強制アクセスし『敵』が瓦礫の下に埋まる様をじっと見ていた。もちろん、これで『敵』を完全に殺せたなどとは思っていない。しかしこの銃撃戦にはあまりにも狭い廊下であれだけの銃弾と瓦礫を受けて、全くの無傷で済むこともないはずだ。
いずれにせよ、ハッキング済みの罠はこれで使い果たした。あとは、この体がどこまで持つかの問題だけだ。たった今完成したばかりの瓦礫めがけ、廊下の角を曲がり一歩ずつ歩んでいく。
ギシリ。自分の足音やモーターの駆動音とは違うわずかな音を、内蔵センサーが捉えた。次の瞬間、装甲のあちこちをへこませながらもなお健在な2本の剛腕で巨大な瓦礫を持ち上げつつ、肩で息をつきながらも立ち上がる『敵』と目が合った。そのスピードは想定以上のものだったが、どのみち『アームズ』のやることに変わりはない。大きく腕を振りかぶり、無防備な胴体へとその先端に突き出させた丸ノコを叩きこんで両断する。ただ、それだけだ。
オリジナルは、まだ動けない。『ミスト』は、まだ出せない。確かに戦力が減る分だけこの命は危険にさらされることになるが、その方が種全体としての生存率は高くなるからだ。
そしてその確率は、この命を捨てることでさらに高くなる。ゆっくりと『敵』との距離を詰めながら自分の手足となったロボットの機能中枢に触手を、そして自分がまだ『GB-88』と呼ばれていた時に実験と称し電撃を浴びせられ続けたうちに分泌できるようになった特殊な粘液を、基盤や回路のひとつひとつに浸透させる。これを正規の信号だと誤認させることで命令系統に強制アクセスし、稼働限界の定義を大幅に書き換える。無理な命令に対し自動的にかかるリミッターを、「無理」の定義そのものを変えることで無力化する。
これらは全て先ほど、『アームズ』としての姿を表に出したその時から既に何度か折を見て行っていた行為だったが、ここから先は出し惜しむことがすなわち種の絶滅を意味する。全身のリミッターが外れ、外部装甲が急激に内部で発生しだした高熱によって赤く染まりだす。揺らめく蜃気楼が立ち上り、周囲の風景が歪む。内部だけで処理しきれなくなったエネルギーが、プラズマとなって散発的に体表を走る。
それは、明らかに危険な状態だった。確かに一時的に性能は限界以上にまで跳ね上がったが、その高熱はその体を動かし続ける生体部分にも多大な負荷がかかる。遅かれ早かれ、その先に待つのは死だ。集合精神の片隅で、その自殺行為を悟った『ミスト』と生き物が自分を止めようとしているのを聞き……一方的に別れの感情を送り付け、返事を待つことなく自ら生き物たちとの繫がりを断った。ただ自らが得た自我だけで、『アームズ』はそこに立っていた。
???先生の決闘☆解説コーナー
この『アームズ』とレイの戦いもいよいよ佳境。先ほどもそんな話が少し出ていたが、彼が寄生した警備用ロボットは本来ここまでの出力を出すことは不可能で、ましてあの閃刀姫と渡り合うなんてことは本来不可能だ。それを可能にしているのが生体と科学の融合による当の本人すら意図していない相乗作用、リミッターを外しての限界以上の駆動、そして何よりも『アームズ』自身の執念だろう。極端な話『ビースト』との戦闘を経ず彼女がこの研究所に直接来ていたら、この地での戦いの様相はもう少し変わってきていたろうね。
とまあ、そんなもしもの話はこの辺に。そんな変異体側の、というよりも『アームズ』のターンを見てみよう。
変異体
1,ドロー、スタンバイフェイズ。
2,補給部隊(A)発動。
ストップしておこうか。自軍のモンスターが破壊されるたびに1ターンにつき最大1枚ドローできる永続魔法、補給部隊。これは施設内部の仕組みというより、『アームズ』がデータを残すことで残る2体の戦闘が少しでも楽になるという意味合いがデータ的な意味を持った、ということだろう。この時すでに『アームズ』は、このターンで残り2枚の伏せカードを使い切る気だろうからね。
3,セットから仕込みマシンガン(A)発動。
相手の手持ちカードの枚数に応じてダメージを与えるトラップ、仕込みマシンガン。まさかこんなものを自分たちの場所に仕込むとは、随分と殺意の高い研究所もあったものだが……それくらいの覚悟がないと、ミュートリアの研究なんてまともな神経ではやっていられないということなのかもしれないね。まあここにいた彼らの場合、結局は失敗したわけだが。
と、話が飛んでしまったね。現時点で、レイの場と手札のカード合計は4枚。すなわち、800のダメージだ。
レイ LP5400→4600
4,セットからリミッター解除(A)発動。
ミュートリアル・アームズ 攻3400→6800
機械族全ての攻撃力を単純かつ純粋に倍化させる速攻魔法、リミッター解除。自壊デメリットを承知の上で、ここで勝負を付けに来たようだ。この攻撃がまっすぐ通れば、計算上はカイナを上から殴るだけでレイ側のライフは尽きる。
それにしても仲間との繫がりから力を得たレイと、あえて仲間を切り捨ててひとりぼっちの戦場を選んだ『アームズ』。どちらも仲間のために戦っているのは変わらないというのに、こうも結果が異なるとはね。これは両者の異種族ゆえの差なのか、後天的に育まれた人格から生じたものなのか……私としては、たとえそのどちらだとしても、それを理解した上でなお手を取り合えるような展開が好みなのだがね。
さて、せっかくの場面だが、そろそろお別れだ。名残は惜しいがまた次回、バトルフェイズにお会いしよう。