閃刀の銀、変異の黒   作:久本誠一

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7,ひとりぼっちの葛藤

「レイちゃん。わかっているとは思うけれど、その個体からは強い魔力反応が出ているわ。どんな手を使ってくるかわからないから、距離があるからって油断しないでね」

「はい」

 

 短く答える君の声は、緊張でやや引きつっていた。隠れ場所を破壊しつくされて炙り出されたのか、何らかの準備が整ったからこうして出てきたのか。なぜこうしてただじっと対峙しているのか、何をしてくるのか、それとも攻撃はすでに始まっているのか。『閃刀』を握る青い手甲の下で、君の両手にぐっと力がこもる。

 不気味な沈黙を破り先に動いたのは、化け物の方だった。たっぷり10メートルは距離を取ったままの状態で細い触手を1本つい、と浮かせ、何もない空間をひと薙ぎする。そんな静かな動作だけで、起きた変化は劇的なものだった。

 

「これ、は?」

 

 機械が軋む音がする。金属同士がこすれあい、勢いが失速する感覚。突如としてバランスを崩したのは、君自身は何の合図もしていないのに4つの盾が消えていき、全身を固める装甲もそのほとんどが粒子となって空に溶けていくからだ。それでも『閃刀』だけは離さず視線も目の前の化け物から外さないのは、戦士たる君に本能レベルで叩き込まれた技術だろう。その技術をもってしても何が起きたのか、何をされたのか分からず混乱する君に、通信機の向こうで博士が怒鳴る声が聞こえた。

 

「エネルギー低下?『シズク』維持困難、強制消失?馬鹿な、何が起きた!?データ分析急げ!」

 

 そしてついに『シズク』の力は君から完全に消え去り、素の『閃刀』スーツだけの状態で立ちすくむ。何かしようにも、今の攻撃で何をされたのかの予測すら立てられないため下手に動けなかったのだ。とにかく攻撃の手を休めないことでその反応から相手の能力の正体を探り出すのもひとつの手ではあるが、これだけの長期戦ともなると君の手持ちの武装もそう簡単に無駄打ちできる余裕はない。

 緊張が高まる中、不意に眼前の化け物がその鎧の中央にある目玉を光らせて何かの意思表示をした。

 

「    」

 

 それはこれまでの個体と同じような、どんな言語にも当てはまらない形容しがたい音階。しかし、君には不思議と理解できた。今の意思表示は、これまでの2体……怒りや警戒をあらわにしてきたそれとは、含んでいる響きがどこか違う。

 そして、君の脳内に声が届く。

 

『はじめまして』

「え?」

「どうしたの、レイちゃん?」

「今、誰か……」

「こっちでは何も音声は拾えてないわよ」

 

 そう答えながらも、その声色はどこか上の空で。オペレーターの答えが、君の考えを裏付けるように響く。まさか、この敵対存在が。その心の声を読んだかのようなタイミングで、再びその声が聞こえてきた。

 

『私は、「ミスト」。「ミュートリア」の「ミスト」です』

 

 男とも女とも、若いとも老人ともつかない声。機械的に合成されたそれにも似たような、それでいて生体特有の響きもあるような。頭の中に直接響くどこかぎこちない話し方からは君の判断する限り敵意は含まれておらず、ほんの少しだけ警戒を解く。

 

『最初に手荒なことをしたことは、お詫びします。あなたはとても強い。武装解除は話をするため、必要なことでした』

「やはり、これはあなたが……」

『はい。といっても、こんなものは人間の言う手品のようなものです。大した力ではありませんし、そう連続して使えるものでもありません』

「わかったわ、レイちゃん!どうして『シズク』が消されたのか!」

 

 突然会話に割って入る……とは、オペレーターの側から見ればつゆほども思っていないのだろう。何しろ彼女から見れば、君たちはただ向かい合い睨み合っているだけなのだから。

 

「さっき例の通信施設からかっぱらってきた『ミュートリア』のデータの中に、もうひとつ別の兵器に関するものがあったのよ。レイちゃん、これあなたに対する特効兵器ね。『閃刀』と同じ特殊合金と魔力コーティングの合わせ技から作られた鎧は、対峙する同じ波長のシステムを強制的に打ち消す。まだ試作品で実践投入には程遠いレベルの代物みたいだけど、おそらくその化け物はそれを乗っ取ったのね。あの警備ロボットに寄生した『被検体』と同じ要領よ」

「だが、案ずるな。今こいつも言った通りその鎧は試作段階、『閃刀』の打消しもせいぜい今の1度が限界だ。データも列強に渡る前だから、この場でその個体ごと破壊すれば何も問題はない」

 

 オペレーターの言葉を引き継ぎ、博士からも科学的見地に基づいたアドバイスが飛ぶ。改めて目の前の『ミスト』と名乗った存在をまじまじと見ると、あちらも自分が見られていることに気が付いたのかその動きを止めてまっすぐに見返してきた。しかし君が視線を向けていたのは『ミスト』本体ではなく、その外殻となっている鎧の方だろう。『閃刀』と同じという特殊合金製の鎧は、いくら『術式』を駆使しても破るのは至難の業だろう。アフターバーナーでも貫けず、ウィドウアンカーも弾かれる。しかし全体に満遍なく負荷を与えるジャミングウェーブならば、鎧そのものは砕けずとも隙間から見える生身の部分を……。

 そこまで考えたところで君は首を横にぶんぶんと振り、無意識のうちに演算していた眼前の存在を殺す方法を一度頭の中から追い出した。『ミスト』は君に、話をしたいと言ってきたのだ。どんな思惑があるかはわからないが、それを聞きもせず手を出すことは君の流儀に反する。

 

「あの、2人とも。少し、待ってもらえますか」

 

 意を決してそう通信し、君はついに『閃刀』の切っ先を下ろした。

 

「お待たせしました。お話、聞かせてください」

『感謝します、では……』

 

 一拍置いて、どこかためらいがちに『ミスト』が思念を送る。語られた言葉は、君を心底驚かせるには十分すぎるものだった。

 

 

 

 

 

 幾重もの隔壁によって封鎖された、研究所の地下深く。あちらが集合意識を断ち切ったせいで具体的に何が起きたのかを直接知ることはできなかったが、それでも同じ遺伝子から生まれたルーツを同じくする同胞『アームズ』の死を、『ミスト』はその瞬間に感じ取った。

 『ミスト』は、他の『ミュートリアル』達とはまた違う価値観を持って育ち、自分でもそうだという自覚があった。『ミュートリア』がこの施設を掌握した当初、細胞を喰らい当面の進化を果たした時。『ビースト』が、貪欲な食欲をもって他の生命を。『アームズ』が、闘争本能による自らの機械の体への強化を。求めこの研究所内に物理的な欲求を満たすための獲物を探し彷徨っていた時に彼が真っ先にたどり着いたのは、膨大な研究データや過去の論文が整理された資料室だった。

 

 おそらくはその身に取り込んだきわめて純度の高い魔救(アダマシア)原産の魔力鉱石に含まれた力、魔法都市として名高いエンディミオンですらいまだその深淵を把握しきれていない人知を超えた叡智。それを細胞単位で取り込み、末端に触れ直接影響を受けたことからだろう。肉体的なそれよりもむしろ知識欲の飢えを、渇きを癒し全知の頂に辿り着きたいという欲求に悩まされた『ミスト』は、研究所にある限りのデータを取り込んだ。人語を解するのみならず自分からも意思を発信できるようになったのもその時だったが、この成果は他の『ミュートリア』の興味を引くことはなかった。その時にはもはや人間など1人たりとも残ってはおらず、仮に生き残りがいたとしてもそれとコミュニケーションをとる理由など皆無だった。

 

 しかし、そうして得られたものの全てに使い道がなかったのかといえばそんなことはない。生き物が自らの体を強引に進化させる際、『被検体』成長データのより詳細な数値や薬品知識、撹拌機や培養装置といった機器の使い方に至るまで、その貪欲に得た知識はきわめて重宝された。自分の知識が生かされているという感覚から、それどころではないということはわかっていても自我の奥底から溢れて止まらない、初めての歓喜という感情を覚えたりもした。肉体的な衝動のままに動いた2体の、比較的満たされやすかった欲求と違い知識欲はどこまでも留まるところを知らなかったため、何かに満たされるという感覚自体をそれまで『ミスト』は得ることができなかったからだ。

 

 『ミスト』はその歓喜のままに更なる飛躍を遂げ、編み出した技術と魔法の全てを生き物の体に反映させた。実際に『ミュートリア』の総意として復讐の、そして反撃のための力が求められており、唯一それが可能な『ミスト』がそれを実行することで生き物がより一層の歓喜にわななくことがわかっていたからだ。

 

 そして今、そうして結果を出してしまったという事実こそが『ミスト』を苦しめ、悩まし、ついに『敵』……通信傍受の結果その名前がレイ、であることを知った彼女へコンタクトを取るという最終手段までもを選ばせた。

 この言葉を告げることがどういう意味かは、『ミスト』自身が誰よりもよく理解している。それは、仲間を守るため誰よりも早く大空へ飛び立ち、未知なる脅威へと生身の体で立ちはだかった『ビースト』の死を。殺された仲間のため自分の身も顧みず、あとに残した仲間のため命を切り捨て孤軍奮闘したであろう『アームズ』の激闘を。思いを託し散っていった同胞たちへの裏切りのようなものだ。ただ生きていただけなのに身勝手にも連れ出され『変異体ミュートリア』などと名を与えられ、そのくせそんな生き物自身がいざ生きたいと願えばそれを阻止するために手を打ち始める、そんな身勝手な種である人間に対し尻尾を振るような行動だ。

 それでも『ミスト』は考慮し、苦しみ、ひとりぼっちで考えた。あらゆる可能性の演算をし、目の前で起きていた抜き差しならない事態を幾度も分析し、自分だけでどうにかできないかとその場で可能なあらゆる魔術と科学技術の粋を尽くし、そしてその全ての努力が徒労として終わった。知恵も、力も、ただただ無力だった。

 

 どうだろう、この体たらくは。『ミスト』は自嘲する。自分だけではない。『ビースト』も、『アームズ』も。仲間を守りたい、どんな形であれ種を生き延びさせる。そう願い、戦い、そして破れていった。最大の脅威であるこの人間、レイを止めるという目的を果たせぬままに。同じ遺伝子から生まれた仲間が3体もいて、結局は何ひとつ成し遂げられていないとは。それともこれが、『変異体』から人為的に作られ産み出された命である『ミュートリア』の生命としての限界なのか。

 

 いや、そもそも『ミュートリア』とはなんなのだろう。知識を求め魔術の叡智に触れた自分でさえも、そのルーツひとつまともに掴めていない。オリジナルたる『変異体』も、自分がどこでどうしていたのか、ここに来る前は極端に自我が薄くただそこにあるだけの存在であったためにまるで記憶がないという。自分の細胞は過去に発見されたどのようなそれとも異なっており、まるで既存生物と一致するところがない。わかっているのはただ自分が、そして『変異体』が確かにここに生きており、『ビースト』も『アームズ』も間違いなくここで精一杯に生きていたということだけだった。

 

 そうして生きていたどこからきてなぜ生まれたとも知れぬ自分たちの在り方と、紛れもなくこの星の生命である目の前の種族、人間。この2つの命は、何が違うというのだろう。まじまじとその姿を観察しつつ、その視界の端に同時に映ったただ資料をめくり、データバンクに侵入し、機械を操作し、魔法を扱うために発展させた自らの触手を見下ろす。あの両手で掴めるものと、この触手で抱えられるもの。いったい、何が違うのだろう。

 

『……では、私にして、私たちのオリジナルを。「変異体」を、止めてください』

 

 

 

 

 

 ???先生の決闘☆解説コーナー

 

 ……さて、これはこれは。止める者はもはやいないとはいえ、随分と思い切った決断だ。月並みなコメントで済まないが、正直なところ私もこの展開には驚いているんだよ。『ビースト』、『アームズ』の死を招いた張本人であるレイに対し頭を下げる、一体それはどれほどに屈辱的で、『ミスト』自身の尊厳も踏みにじるような行為だろう。

 だが、少し目を放していたうちにそこまで言わせるほどの何か、が起こったのだろうね。いよいよクライマックスが近づいてきた、そういうことなのだろう。おそらくここにいる君たちならばこの変異体が満を持して戦場へ出てくるときにはどんな姿となっているのか、それについては実際のところとっくに予想がついているだろうが、そればかりは仕方のないことだ。人の記憶とは、誰にも消すことはできないものだからね。むしろ出てきたアレに対しいったいこの場の誰がどう始末をつけるのか、重要なのはその点だ。

 さて、今日も少しばかり前語りの時間が伸びてしまったね。いつも通り振り返り、と言っても今回はほとんど盤面が動いていないが、ともあれ時間といこうじゃないか。

 

変異体

1,装備魔法、ミュートリア反射作用(A)発動。対象ミュートリアル・ミスト(A)。

2,バトルフェイズ。ミュートリアル・ミスト(A)で閃刀姫-シズク(A)に攻撃。

 

 ミュートリアル・ミスト 攻1000→閃刀姫-シズク 攻1500

 

3,ダメージステップ開始時、ミュートリア反射作用(A)、(1)の効果発動。閃刀姫-シズク(A)を除外。

 

 ミュートリアル・ミスト 攻1000→2700 守1200→2900

 

 今発動された装備魔法は、ミュートリア反射作用。レベル8以上のミュートリアにのみ装備できるというなかなかに厳しい条件を持つ。本来は対閃刀用、つまり列強の兵士なり無人機なりに装着されるであろうこの鎧に対しこんな条件が付いているというのもおかしな話だが、これは『ミスト』が手に入れた際に不正使用を拒む一種の所有者登録のようなものが自動的に行われたか、それともここの研究者が最初からミュートリアの実戦投入を見越して武装開発も行っており、最初から彼ら以外に装備させるつもりはなかったのか……どちらにせよ真相は闇の中、か。

 肝心の効果の方は2つあるが、ここで使われたのはそのひとつめ。装備モンスターから特殊召喚された相手モンスターに攻撃を仕掛ける場合という限定的な条件において、その相手モンスターをダメージステップ開始時に除外する。ダメージステップに対象を取らず破壊も介さないと除去性能自体はそれなりに高く、リンクモンスターを出さない限り基本的に話にならず、あまり墓地に送るタイプの除去を多用するとフィニッシャーとしてよく使われるアクセスコード・トーカーの弾丸にされかねない【閃刀姫】相手にはいい手だろう。これだけ墓地に魔法を溜め込まれると、シズクを出された時点で戦闘での突破は現実的でないからね。

 

4,レイ、閃刀姫-レイ(A)、(2)の効果発動。自身を墓地から特殊召喚。

 

 閃刀姫-レイ 守1500

 

 だが、追撃の手がない以上ここで……さて、もう幾度めになるだろうか。君たちは覚えているかい?フィールドに舞い戻るレイを止める手立てはない。もっとも、たとえそんな方法があったとしてもそれを使ったかは極めて疑問だけどね。『ミスト』は自分の身の安全のために、ともかく1度話を通すために反射作用を使いはしたが、ここで勝つあるいは時間を稼ぐことが目的ではないからね。

 

5,メインフェイズ2、カードをセット。ターンエンド。

 

エンドフェイズ時盤面

LP:2500 手札:0

モンスター:ミュートリアル・ミスト(攻)

魔法・罠:ミュートリア反射作用、ミュートリア超個体系、1(伏せ)

場:なし

 

 ちょうどここで終わり、かな。『ミスト』の言葉の真意や『アームズ』戦から今に至るまでの空白の時間に何が起きたのかは、キリよく次回に聞かせてもらうとしようじゃないか。

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