『あなたが最初に「ビースト」を殺した時のことは、よく覚えています。私たちはみな個別ですが、全ての起源は同一。常に互いの自我の一部を共有し、死の瞬間までもを体験しました』
淡々と送られる言葉に目を伏せそうになるも、ぐっと堪えて視線を外さない。あの時の君にとって『ビースト』は名もなき怪物、文字通りの獣でしかなかった。だが『ミスト』はそんな獣にも自我があり、君の目の前で会話が可能な自分と同じだけの知性があったという。
あれはこちらに向けて襲い掛かってきた、恐ろしい化け物だ。だから返り討ちにすることにも、致命傷を負い落下していくその体に最後のとどめを刺すという判断にも間違いはなかった。実際にもしそうしなければ今頃死体となって散らばっていたのは君の、あるいはあの土地に生きていた何の罪もない民間人の方だったろう。軍人としての君はそう結論付けたし、仮にこの言葉をハーキュリーベースのオペレーターや博士が聞いていればそう君のことを励ましただろう。しかし軍人としての君はそれで納得できても、個人としての君は違う。
軍人。そう、君は軍人で、しかも経歴の長い優秀な軍人だ。基本的に相手するのは列強の無人機ばかりとはいえ、まったく人を手にかけたことがないのかと問われれば自分でもはっきりと頷くことができない。もしかしたらこれまで落としてきた戦闘機の中には、有人機が含まれていたのかもしれない。自覚はすれど無意識のうちに深く考えないようにしていた問題が、君の心の弱い部分を的確に突き刺しにくる。
「レイちゃん……?」
通信機から、困惑した声が聞こえる。オペレーターの彼女から見れば何をするわけでもなく敵とただ向かい合った君がいきなり辛そうに表情を歪め、それでも視線だけは外さずに小さな拳を握り締めて立ってるのだから当然の反応だろう。だが、それに対し安心させるような言葉ひとつ返すことができない。『ミスト』の声には、今のところ君を責めるような調子はない。鎧の向こう側に閉じ込められた実際の思いがどうなのかは君からはうかがい知れないが、ただ淡々と事実を述べているだけ、そんな印象を抱かせる。
だからこそ、その言葉は君の胸にかえってよく突き刺さった。
『……私は、仲間を失いました。しかし、あなたをただ非難しようとは思いません。恨みという念を私はあなたから教わりましたし、もちろん復讐したいとも思います。魔法やこの鎧の力などでは物足りない、この触手で直接その体を八つ裂きにしたいとも、幾度となく考えました』
本当に、奇妙な話ではあるけれど。続くこの言葉に、君はむしろ心のどこかでほっとしていた。非難されなかったことにではない。この目の前の生物から安易な許しの言葉や薄っぺらな救済ではなく、恨みと復讐の念をむき出しにされたことに対するものだったのだろう。君にとって自らの経歴は生涯自分が抱え続けなければならない重荷でありその背に刻まれた十字架であり、それを外されることの方がよほど辛いことだ。罪に対する罰が何も与えられないことは、時として罰よりも重くなる。
『ですが、私には「ミュートリア」として、何よりもオリジナルを守る義務がある。私たちの命などオリジナルに比べればどれほどの価値もない、そう考えました。その点では私の自我はやはり、死んでいった仲間とは違う方向に発展したのでしょう。だから私はその結論に基づき、これ以上あなたを攻撃しないと誓います。あなたは、神を信じますか?』
「神様、ですか?」
右へ左へと二転三転する話は、どこへ向かいどこに着地するのか君には皆目見当がつかなかった。おそらく当の『ミスト』の中ではこれらはすべてひと続きの話なのだろうけれど、それがその極めて高い知性ゆえなのか生物としての根本的な感性の違いなのか、判別しかねるうちに脳内に直接言葉が届く。
『私はその概念を最初に見た時、私の創造主とはすなわち人間であるという結論に達し大変に不愉快な思いをしました。創造主、造物主……呼び名など些末な問題ですが、私は人間が居なければ決して生まれることはなかった。身勝手に生み出された命にとって、創造主にどれほどの価値があるのでしょうね?そんな私が誓う、というのもおかしな話ですね。いったい何に誓い、そこにどれだけの重みがあるというのでしょう』
「あなたは……生まれたことを、産み出されたことを、後悔しているんですか?」
どこか自虐的な語りに思わず口をついて出たその問いかけに、どんな答えを求めたのかは君自身にも理解できなかった。しかし『ミスト』は君自身すらその真意を把握しきれていない感情のままぶつけられた問いに対し、ただの少しも逡巡することはなかった。その目は、気が付けば夕日の残滓も沈んだ廃墟を遥か上から明るく照らす満月の光に包まれて、どこまでも穏やかだった。
『私は、この世界に生まれたいと思ったことはありません。ですが私の得た知識によれば、この世界のあらゆる生命はみなそうではないのですか?自らを自らの造物主とする、そんなことが可能なのですか?』
「……」
予想外の質問返しに、咄嗟に何も思いつかずに沈黙してしまう。心では何か言わなくてはと思いつつも君の口はまるで張り付けられたように開こうとしないし、喉には石が詰まったかのように何も口にできない。あらん限りの意志力を振り絞り、か細い声でこう返すのが精一杯だった。
「……少し、考えさせてください。必ず、答えますから。あなたの言葉は正しいのかもしれませんが、でも、そんなの私は、嫌、です」
『嫌、とは?』
「だって……だって、せっかく生まれた命がみんな、自分のことを生まれたいなんて思っていなかったなんて。私は、そう思いたくないからです。私の守るこの国が、この世界が、そんな悲しいことを思って欲しくないからです。きっとあなたの質問には、私なりに答えて見せます。だから、少しだけ待ってください」
支離滅裂な感情論ではあるけれど、それだけにその言葉は嘘偽りのない君の本音だった。おそらくは、言いたいことは伝わらずともその強い意思だけは伝わったのだろう。『ミスト』の中央からのぞく目が、ふっと柔らかくなったような気がした。
『その答えを聞くことを、楽しみにしています。しかしその前に、私たちのオリジナルを止める必要がありますが』
その答えにはっとして、君の『閃刀』を握る手に力が入る。いつの間にか話が逸れていたが、元々はその話をするためにこの『ミスト』は君の所を訪れたのだから。
『あなたのような価値観の異なる知的生命体と、こうして話をするのは私にも初めての経験でしたから、つい夢中になってしまいました。もっとも、急いだところでどうにもできはしませんでしたが』
『ミスト』は、驚いていた。目の前にいる存在は人間の仲間であり、しかも同胞を殺しながらここまでやってきたもっとも憎むべき仇敵でもある。しかしそんな存在と、武器ではなく意見を交わすことにその探究心や知識欲といった感情は、これまでにないほど満たされていた。研究所内の人間を特に意味もなく皆殺しにした時点で失われ、別に顧みられることのなかった異種との交流という可能性。こんな方法で飢えを、渇きを癒すことができたとは。
『まず初めに、私たちのオリジナルですが。私は今、この研究所の地下深くにいます。何重もの隔壁によって遮断されており、先のあなたの攻撃も届きませんでした』
思いのほか本題から外れた会話に時間を食ってしまったが、しかしそれだけの価値はあったから後悔はなかった。
しかし、『ミスト』にはひとつ気にかかることがあった。地上に出ると決意してからあえてオリジナルから遮断した集合意識の隅で、先ほどからチリチリと焦げ付くような、引きずり込まれるような感覚を常に感じていた。それが何を意味するのかも理解していたが、今はまだその感覚を無視できる。
『オリジナルは「ビースト」の死の直後から、自らの体を直接進化させることに心血を注ぎました。この研究所に存在する薬品や装置といったあらゆるものを使用して自らの細胞を増殖させ続け、時にはあえて暴走に身を任せつつも確実に巨大に、そして強くなっていきました。それを可能としたのが私たちをこのような形にした研究の成果と、そして私の得た大量の知識です。私にも責任の一端はある、ということです』
真剣な顔で自らの話を聞いている人間に、なんと言ったらいいものかと少し思案する。『ミスト』自身にとっては他ならぬ集合意識を等しくした相手、ある意味では自分自身のことであるため説明も容易なのだが、それを他者に伝えるにはどうするべきか。少し迷いはしたが、最もわかりやすい例えがその脳裏に浮かんだ。あちらとしてはそんなことを聞いたら極めて不愉快になるだろうが、意図せずして仲間に助けられた、そう感謝する。
『あなたはここに最初に来た時、「アームズ」と交戦しましたね。「アームズ」は確か最初にサイキック能力と分厚い細胞の鎧でその全身をくるんだ姿で現れたはずですが、今のオリジナルはおおむねあのような、しかしあれよりもはるかに恐ろしい力を持っています。「アームズ」が被っていたのはそのなりそこない、というよりも成長過程で排出された姿です』
「あれが、成長過程……?」
『はい。今のオリジナルは、例えるならば繭です。自らを休眠状態にして活動に使うエネルギーを極端に減らし、その全てを進化のためにつぎ込んでいます。あなたの見たあの状態から、さらに果てへと近づくために』
目の前の人間の表情が、先ほどよりも明らかに強張っている。恐怖、だろうと『ミスト』は判断した。しかし、それまでに見たことのある恐怖の表情……うろたえ、逃げまどい、無力に蹂躙された研究所の職員たちのそれと同じだとは思えなかった。同じ人間の浮かべる恐怖の表情であっても、両者には何か決定的に違うものがある。
それを知りたい。湧き上がる本能とでも言うべき探求心をどうにか抑えつけ、話を元に戻す。
『繭は物理的に極めて固いうえ、さらにそのサイキック能力によっても外敵から守られています。私でさえ、あのそばにはもはや近寄れません。あの繭が破られた時にどんな恐ろしい存在になっているのか、予測すら立てられません』
「だから、私に?」
『勝手は承知の上です。ですが私は、もう見ていられないのです。薬物投与による拒否反応に悶え、過剰な電気刺激に細胞を焼き、それでもなお自分を追い立てる進化への衝動だけに突き動かされる……』
『ミスト』の心に、最後に見た時のオリジナルの姿がよぎる。うずくまった肉塊、もはやその目は何も捉えてはおらず、裏返り自らの内面だけに向いている眼球。自分もその一部になれ、ひとつの存在に戻りこの体を作る糧となれと呼びかける共通意識に蓋をして、自らの意思でそこを離れた時のこと。
そしてその呼びかけは、このわずか1分ほどの間に急速に強くなりつつあった。つい先ほど、この人間と神の概念に関する問答をしていた際にはまだ余裕があった。共通意識を遮断し、自我だけでものを考えればほぼ無視できるノイズのようなものだった。だが、今は違う。先ほどまではまだあると見積もっていた余裕はとうに消え失せ、抑えても抑えても蓋しきれない強い衝動が、共通意識を通り越して『ミスト』自身の自我さえも侵食しつつある。
『……私は時々、思うのです。「ミュートリア」最大の性質とは、その周囲からの影響されやすさにあるのではないかと。柔軟に全てを受け入れ、全てを取り込み、全てを飲み込み進化する。オリジナルの自我はここの研究所にいた人間の欲望に呼応する形で目覚め、私たちの共通見解であったあなたという脅威への自己防衛と敵意により方向づけられ、最終的にはその感情に溺れてしまった。もしオリジナルがもっと平和な形で世に出ていたならば……などと言うのは、あまりにも無意味な話でしょうが』
それでも懸命に、残った自我と意志の力をかき集めてテレパシーを送り続ける。だがそうこうしている間にも抗い切れない衝動にその触手が震えながら向きを変え、研究所の地下入口へとその体を運ぼうとしていた。
突如として背を向けたことに困惑した声が、後ろから掛けられる。
「あ、あの……?どこへ……」
『申し訳ありません、時間切れです。私はひとつに還らなければならない。止められないし、なぜ止めなければならないのかもわからなくなってきました。これは私の意思であり、私の起源であり、私は私は私はここにここにここに』
繭が、破られた。精神の垣根を越えて流れ込んでくる穏やかな、あるべき形に戻るのだという安心に包まれた喪失感。それに抗う『ミスト』自身の自我は急速にその流れに飲み込まれ、薄れて消えていく。
『最後にあなたの「答え」、聞きた か で す』
目の前の人間が手を伸ばし、口を大きく開けている。何か叫んでいるのだろうが、すでにそれを聞き取るだけの聴力は失われていた。大地が震え、次の瞬間にはその内側からの衝撃によって土砂が、瓦礫が弾け飛ぶ。地下から地上へと、1本の巨大な触手が伸びる。廃墟と化した研究所の残骸をさらに下から突き上げるようにして破壊し、天上に輝く満月に向かって挑戦するようにうねる。自分の体が、その触手へと吸収されていく。
その記憶を最後に、『ミスト』の自我は霧散した。
『ミュートリア』として存在する生き物は、生き物だけになった。もはや、その集合意識の中には誰もいない。だから生き物は、呼びかけるのを止めていた。意思は、意識は、もうどの個体とも繋がらない。
何本もの触手を寄せ集めて溶接したかのようなねじれた「両腕」が、その内側から不気味な赤色に発光しつつ地べたを押さえつける。そこを起点として地表にせり上がってきたいくつもの丸い目が、その全てがあらぬ方を向きながら絶えず周囲を見やる。いまだその下半身は地中に埋もれたままではあったが、地表に引っ張り出された部分だけでも雲をつくような破格の巨体。しかし、繭の中だけでその巨体が完成したわけではない。ほんの直前まで、生き物はもっと小さかった。だが『ミスト』の体を取り込んだことで、生き物自身もつい先日知ったばかりの自分たちに共通する生物的特性……同族の細胞を喰らうことでの爆発的な細胞増殖が巻き起こったのだ。
「そんな……!」
生き物の聴力は、確かにその声を受け止めた。この1日で幾度となく聞いてきた、憎むべき『敵』の声。無数の目玉が一斉に遥か下、小さな小さな人影を捉える。機械仕掛けの剣を手に、銀の装甲を身に纏う金髪の少女。
生き物は、天に向かって咆哮した。鋭く伸びた触手のうち1本の先端が激しく発光し、サイキック能力により体内で増幅され放たれた雷光が空を灼く。
???先生の決闘☆解説コーナー
やはり、というべきか、満を持して、というべきか。究極体のお出まし、いよいよ物語もクライマックスだ。それまでには私の方も、君たちにこの名を名乗れそうかな?いや、気にしないでくれ。あちらの世界でお互いにどう動くかによっては、また出方も変わってくるからね。
だが、私の話はどうだっていい。今回も、ゆっくりと振り返ろう。まずは閃刀姫のターンからだ。
レイ
1,ドロー、スタンバイフェイズ。
2,カードを1枚セット、ターンエンド。
レイ自身は守備表示のままでリンク召喚も、魔法も罠も発動はなし。ほぼ何もせずターンを流す、俗に言うドローゴー、とは厳密には違うけどね。もちろん動こうと思えばいくらでもやりようはあったろうが、今は『ミスト』の話を聞いて互いに休戦状態だった。そのことが、この盤面に反映されている。
エンドフェイズ時盤面
LP:1300 手札:2
モンスター:閃刀姫-レイ(守)
魔法・罠:1(伏せ)
場:閃刀空域-エリアゼロ
変異体
1,ドロー、スタンバイフェイズ。
2,セットからミュートリアの産声(A)発動。場のミュートリアル・ミスト(A)、墓地のミュートリアル・アームズ(A)、ミュートリアル・ビースト(A)をデッキに戻し、究極体ミュートリアス(A)融合召喚。装備対象不在によりミュートリア反射作用(A)破壊。
究極体ミュートリアス 攻3500
あらゆる時空、次元において観測されている『ミュートリア』の中でも現時点ではその進化の果てにして頂点となる、究極体。カードイラストに出ている分だけでも圧巻の巨体だが、それでもなお全長の……さて、どうだろう。半分も映っているだろうか?気になったのならば、ぜひ手元のカードの確認をお勧めするよ。君たちに見えている部分は、決してあの姿の全てではない。いったい地中にどれだけの体を埋もれさせているのか、それは私にも見当がつかないね。
それにしても、今回の異種間交流はなかなか興味深い対話だった。どうやら『ミスト』は薄々気が付いていたようで多少言及していたが、このミュートリアという生物は一見するとあらゆるものを取り込んで自らの力にするようでいて、実際の挙動はむしろその逆に近い。精神的にも物理的にもニュートラルな状態ではほぼ周りに干渉することはないが、周りの状況が変わりしかもそれが自身に影響を与えるとなると、その特性に応じて影響され、姿も思考も変わっていく。仮に『変異体』を穏やかに、そして愉快に過ごさせてやれば、今回のように怒りを制御できず危険な力を手に入れ、破壊をもたらすようになることもなかったはずだ。ただ、こうなってしまった以上……。