フェイト・テスタロッサには鮮明な記憶があった。
其れは揺蕩う夢の中、昔の想い出を掘り起こして、安寧で楽しかった頃の記憶を今も夢想するのが何よりの証拠だ。
以前のプレシアは、今よりずっと若々しかった。
何しろ忙しい仕事関係の弊害で早くに夫と離別したが、女手一つで子供を育てて、寵愛を余す事無く注いでくれた母だった。
未来では国のエネルギー源の要となるであろう、大型魔力駆動路の設計主任という立場に於かれている。魔導工学の研究者としても名を馳せるのも鼻が高く、自慢といえよう。
本人は所詮お飾りの主任補佐だと嘆く事もあったが、幼い____は謙虚だと判断した。
プレシアは研究が滞って帰宅時間が遅くなろうと、常日頃から娘を気に掛けて。そんな母に我儘を言うも、困り顔を浮かべながら何時も微笑みと共に謝罪を述べる彼女を、慈愛の象徴だと比喩するのは拗らせてるのかもしれない、などとフェイトはつい思う。
兎に角、そんな日々が永遠に続くと幼心では疑う事すらない。
草原を活発に駆けて芝生を踏み締め、黒い艶が美しい女性の膝下を抱き、心地良さに微睡む。
例え其処に、"フェイトをアリシアと呼ぶ母の優しい声"が耳に届こうと。
*
「っ…………、はあ…はあ……ッ」
夢から覚めたフェイトは上半身が跳ねるように勢いよく飛び起きて、額に滴る汗も気にせず呼吸の乱れを何とか整えようと試みて。
カーテンの閉まった窓から朝の陽光が差し込む。
既に夜が明けて暫し経った模様。
緩やかに荒れた息が整うのを自覚すると、次に金系が額に張り付く感触に気持ち悪さを覚えて、自分の前髪を手の甲で払って退けると漸く意識がハッキリとしてきた頃、身に纏う寝巻きが見慣れないモノである事に気付く。
「……そっか。昨日、なのは達とカナリアさんのところに泊まったんだ」
次第に現状を把握してきたフェイトが見下ろすと、隣で仰向けでスヤスヤと、否ニマニマと少し間抜け顔のなのはの顔がある。
僅かに涎を口許に残して、寝巻きの裾が捲れて臍が見える姿にフェイトの顔は綻び、指でツンツン悪戯する(他意はない。多分)
どうやら昨日の慌ただしい騒動でお疲れの様子。
そして先程の夢を思い出すと直様表情が沈み、其れを頭を左右に振って紛わす。
「うん。此れは昨日イザヨイが変な事言った所為。やっぱりイザヨイはイザヨイだイザヨイのバカ」
まるで十六夜の名を悪口の様に、恨めがましい口振りで連呼するフェイト。
もしやまだ寝呆けているかもしれないフェイトの発言に自ら苦笑する。
そこでふと、隣で就寝していた金糸雀の姿がない事に気付く。金糸雀はどういう理由かフェイトにとりわけ優しくしてくれて、本人も今では相当懐いている人物だ。
おそらく最近は実母に厳しく接しられた故の反動もあるのだろうが、何とも言えない感覚がフェイトを悩ます。
視線をあちこちへ這わせると狼形態で身を丸めて休む相棒アルフの姿も捉え。
「ん〜〜〜…ねむぅ……、………あれ!?こ、ここどこ!?」
「落ち着いてなのは。此処、カナリアさんの施設だよ」
隣で幸せそうな寝顔をしていたなのはも目が覚めて、共有で掛けていた布団を退かすと矢張り寝呆け気味。
そんななのはを諭すフェイトはクスッと微笑み。
「あ、ホントだ。にゃはは…昨夜の記憶が曖昧になるほど寝入ってたのかな」
「連日ジュエルシードを捜索したり、昨日は管理局と戦ったり、イザヨイがイザヨイだったり。なのはは管理局に連行されちゃったんだよね?……ッ!だ、大丈夫?何か変な事されなかった!?」
「ふえ!?大丈夫だよ!?ちょっと注意されちゃっただけだから!というか、十六夜君が十六夜君ってどういう事!?」
「念の為調べなきゃ。……なのは、脱いで?」
「はい!?」
怒涛の勢いで捲し立てるフェイトに、怒涛の勢いで誤解を解きに掛かるなのは。
唐突な申し出に見開く。
その間にもパジャマのボタンを外し始めるフェイトの手首をなのかが掴んで何とか制止させる。
「お、落ち着こうフェイトちゃん?わたしは大丈夫だからー!」
「そ、そう?……わかった。なのはが言うなら」
「………へ?」
然し意外にもアッサリ引き下がったフェイトに今度は違和感を覚え。
普段のフェイトなら、この好機に色々弄って来そうだが、其れ程までに切羽詰まっているのか。
明らかに可笑しい彼女の様子を心配して内心あたふたするも、以後沈黙したフェイトへなのはは掛ける言葉が思いつかない。
「おはよう二人とも。その様子だと、よく眠れたみたいで安心したわ」
声のした方に振り向くと、開けた扉の角を背凭れにしながら優雅な笑みを浮かべる金糸雀が居た。
起床時にその姿が無かった事から、おそらくは二人より先に目覚めて朝に必要な何かしらの支度辺りをしていたのだろう。更に確認した限り、室内にユーノの姿も見当たらない。
アルフを除けば自分達が一番遅くに起きたのは明白で。
姿勢を正すなのはとフェイトが揃ってベッドから出て、金糸雀の目の前まで歩み寄る。
「おはようございます!金糸雀さん!」
「おはようございます。カナリアさん」
「うん、二人とも改めておはよう。昨夜は直ぐに寝ちゃったみたいだけど、疲れは確りと取れた?」
「はい!もうすっかり元気です!」
「あの、私も。ちゃんと休めました」
快活な笑顔で応えるなのはと、表情の変化が乏しいフェイト。
静謐な、然しどこか沈んだ声音を妊み。
若干の落ち込んだ顔で、俯きつつ応答する姿は昨日の出来事をまだ気にしている様子すら伺える。或いは夢の内容の所為か。十中八九どちらも併せた起因だろう。
当初から張り詰めた様子や気概は郷愁を楽しむ暇もなく、心労も溜まっている可能性すらあると金糸雀もなのはも心配していた。
幸いにも今のフェイトにはその時や昨日の剣呑な雰囲気も感じず、一先ずは安堵する。
「そう。なら良かった。ユーノ君は先に居間に居るから、二人も"外出"用の着替えとか済ませたら朝食に向かいましょう。十分な睡眠後には十分な食事を摂らないとね」
おそらく金糸雀の持論なのか。
笑みを残して去る金糸雀。なのはとフェイトは顔を見合わせてクスッと微笑み合う。先程の気まずさも霧散して、私服に着替えた二人はまだ眠るアルフを気遣い起こさぬ様にそっとリビングへと向かう。
「おはようなのは。フェイトも」
「ユーノくん!うん、おはよう!」
「おはよう。そういえば昨日の夜、部屋から居なくなってたけど。まさかイザヨイのところに……?」
「えっ!?あ、あはは…流石に女性が4人も居るのに男の僕が1人っていうのは気まずくてね」
「ふぅん。獣形態になれるのに、繊細なんだね」
朝の挨拶も酣に、紅茶の入ったティーカップを持つ手がフェイトからの追及にビクッと跳ねて。咄嗟に誤魔化すも引き攣り笑いを隠せず、フェイトの懐疑な目に射抜かれる。
「イザヨイは?」
「十六夜なら早朝に出掛けたみたいだ。何か不貞腐れてたから、今日はもしかしたら帰ってこないかも?」
フェイトの問いに台本読みで応えるユーノ。
「確かに昨日、十六夜君の機嫌悪かったね。もう!フェイトちゃんに一言謝って仲直りすれば済む話しなのに」
「なのはは優しいね。私なら大丈夫だよ」
「…………」
頬を膨らませムッと苦言するなのはを相変わらず抑揚の少ない声でフェイトが宥める。
どうやら虚偽の応答には気付かれてない様子で、仲睦まじい二人の裏でホッと胸を撫で下ろす。
「全員準備は出来た────?アルフさんはどうしたの?」
「あっ、まだ眠ってます」
「……ええと、それは置いて行くって事?」
奥から現れた金糸雀の質問に要領を得ず、応答したフェイトやなのはも小首を傾げ。
「さっき言ったでしょう?"外出"用の着替えを済ませてって……その様子だと伝わってなかったみたいね。いえ、私もちゃんとアルフさんも起こすように頼まなかったから、そこはごめんなさい」
金糸雀の言葉に漸く合点がいき「あっ」と口を開けて唖然とするなのはとフェイトの双方二人。
額に手を当てて苦笑する金糸雀とユーノに慌ててフェイトが寝室へと舞い戻って行き。
「そういえば、朝食にするんですよね?」
「ええ。ユーノ君には事前に話したけど、西欧で知り合った人が近くにフランス料理店を開いてるのよ。私と、特に十六夜君はすっかり気に入ってて結構通ってるの。味は保証出来るし、折角だからなのはちゃん達もと思ってね」
「外食って意味だったんだ。フランス料理か〜。是非食べてみたいです!」
十六夜が気に入っている程の店と聞いた途端、少し驚愕するも直ぐに別の事に趣向を切り替え。
興味津々のなのはにクスッと微笑ましそうに笑う金糸雀。歳相応の反応が可愛らしいと愉しげに眺める。
「ふふ、なら良かったわ。それに丁度お寝坊さんも起きてきた事だし」
「お、おはようさん。皆起きるの早いねえ……あ、あたしも普段は早起きなんだよ?昨日はアレがコレでごにょごにょ」
「アルフ……」
金糸雀の言動と視線に合わせて、階段方面からアルフを伴ったフェイトが再び戻ってきた。
彼女も疲労が溜まっていたところに割と心地良い寝床の提供が所以で、眠りこけていた自分を恥じて頬を紅潮させる。
苦笑するフェイトを他所に、言い訳するアルフのそんな様子が可笑しくて一同笑い声を上げ、既に朝の昼の境界に差し当たる時刻の、それぞれの起床は平和そのものだ。
和気藹々とする子供組の面々を伴って、金糸雀は十六夜や丑松と同等の悪友と呼べる
*
プレシアが庭園の警告音声を聞いたのは、最奥の執務室にして殆どの時を其処で過ごす、応接間と研究のための書籍を備えて兼ねたメインフロアと呼ぶべき室内の椅子で、片肘を突いて深い思案に暮れてる時だった。
平時には冷静沈着な彼女が、この前触れも予兆も無い瞬間に鳴り響いた警告に顔を顰める。
そんなプレシアの行動は迅速だった。掌を翳して魔法陣を形成、後は"出現した人形達"に侵入者が蹂躙されてこの場に従順な使者が運び込む事だろうと高を括った。
まして反応が"二人"なら尚更だ。
フッと嘆息を吐いたプレシアがことの成り行きと結果報告を待機して。
次に響いたのは遠くで扉が破壊された騒音。
「………何事かしら」
「さあ。侵入者が善戦してるのではないかい?然しそれも何時まで保つか───」
不快そうに顔を顰めるプレシアに、深く被ったフードで目元は隠れているも剽軽な笑みを口許で作る男。
言葉を最後まで発する前に彼らが居る部屋の扉が蹴破られ、更に鉄塊が飛んできてゴトンッと、座ったプレシアが両肘を突く机の前の床に転がる。
「よう。土足で踏み込んだ挙句に無粋で悪いとは思ったが、ご自慢の鉄人形は全部ぶっ壊させてもらったぜ。恨むなら"たかが四体"で制圧出来ると、出し惜しみした自分を責めろ」
物腰の強い仰々しく歩む金髪の少年。
無礼千万な逆廻十六夜の物言いに二人は直様値踏みする視線を向ける。
隣には銀髪の少年エルが、見た目の歳相応の愛らしくもどこか本能的に感じる胡散臭い笑みを浮かべており。
鋭い目線で十六夜とエルを観察したプレシアは儼乎たる口を開く。
「本当に。僅かな恭しい態度も無ければ、とんだ礼儀も何もない生意気な子供ね。まさか貴方が私の尖兵を倒したとでも言うつもり?」
「察しの悪いババァだな。そう言っただろ。貧弱過ぎて準備運動にもならなかったけどな」
「……何ですって?」
相変わらず物怖じしない十六夜の発言。
恐らくは送り出した刺客の魔導兵隊は全て悉く、撃退する筈の目の前の侵入者である十六夜に逆に蹂躙され返り討ちに遭ったのだろう。
プレシアは一層表情を険しく、睨みも強まる。
「もう、駄目じゃないか。彼女と交渉しに来たんでしょ?そんな喧嘩腰だと話しにもならないよ」
「交渉?」
諫めるエルの言葉に訝る黒いローブの男性。
かといって十六夜が恭しく項を垂れる筈も無く傲岸不屈で、そんな彼に少し興味を示して面白そうに眺めるローブ男が一歩前に出る。
「まあ兎も角。折角の珍しい客人なんだ。相手は子供だし、ここは一つ大目にね?」
「………そうね。それに貴方、良く見たらフェイトと一緒に居たわよね?」
唐突な問いにも十六夜は動じず。
「ああ、やっぱりあの金髪娘ってある程度は監視されてたのか。……まあアンタが
「ッ!?」
「……へえ?」
今度は十六夜が鋭い目線を送り、得体の知れぬ眼差しを浴びる感覚と、何より十六夜が述べた言葉に今度こそ驚いたプレシアは驚愕で目を見開く。
一方でローブ男は、其処で初めて十六夜という存在に興味を示す。
「……ねえ貴方。もしかしてミッドチルダの、それも管理局の人間かしら?」
そう言って虚空から手に鞭を出現させる。
プレシアが今述べた人物に該当するならば、データから推理可能だが。聞き慣れない地名、或いは国名や惑星名に疑問に思った十六夜だが、質問の意図は察しており鼻で嘲笑う。
「ハッ、其処ら辺は随分と監視が疎かじゃねえかよ。でもその推察が出来るって事は、アンタが只の狂気に染まった木偶の坊じゃないって判断材料になって安心したぜ」
「ちょ、だからイザッち!もう少し言葉を選んで…!?」
「いいから、質問に答えなさいッ!」
こう言ったが十六夜自身は、この事象は少なからず金糸雀の妨害が要因だろうと、内心は自己の解釈で納得した。
加えて言うなら、先程プレシアは十六夜に目線を向けて「貴方」と単体で差した。つまりプレシアはエルとフェイトが関わっている事実を知らず、其処からの推測は容易い。
この結果から導き出される可能性は、出会い頭か夜にフェイト達へ接触して拠点で食事を振舞った時、または国内温泉旅行時が有力候補になる。管理局に対しても警戒して訝る言動から昨日の騒動も満足に観測出来てないだろう。
エルの言葉を遮り曲線を描いて振るわれた鞭打ちは、十六夜が指一本で留めて軽く弾き返す。
「くっ……!」
「───しゃらくせえ!」
防がれるや否や、今度は手に紫電を放出して轟雷を撃ち出すも、放たれた紫電の一閃は無造作に振るった拳で祓われて消し飛び。直後癇声が上がると共に床を踏み抜いた十六夜、砕いた破片をサッカーボールの様に"手加減して蹴ると第二宇宙速度"に匹敵してプレシアと黒ローブの男の間を抜いて飛来。
室内の壁を突き抜けて時の庭園が在留する高次元空間を突き抜ける破片は、明後日の方向に向かい最早目視で捉えるのは不可能となる。
「……貴方、本当に何者?」
「ハハ、漸く自己紹介ができるな。逆廻十六夜。何処にでも居る自由奔放な傲慢で快楽主義者のクソガキ様だから、その分用法と要領を弁えた上で
驚いたプレシアの改まった問いに、獰猛な態度で名乗る十六夜が皮肉も付け足す。
「………」
「ほらまたそういう……ハァ」
途端に顔を顰めるプレシアと、咎めるのも疲れて嘆息を吐くエルが額を手で覆う。
止まらない問題児筆頭に苦労が絶えないも、此度の動向に付き合うと承諾した時点で覚悟していた事案である。
其れは諦めに近い。
「それから予め言っとくけど、俺は管理局の人間じゃないから。アンタの情報とかは向こうさんから貰った様なモンだけど、個人の目的としてもあっち側に付くつもりは無い」
「つまり貴方───逆廻十六夜の目的と私の目的が一致していると?」
「お、今度は察しがいいじゃねえか。アンタも伝説の都アルハザードに行きたいんだろ?実は俺も興味津々で夜しか寝れないくらいなんだ。ここは一つ協力関係を築いて、"伝説の都"の有無を明らかにしようと思うんだが」
「────、」
十六夜の発言にプレシアは言葉を詰まらせる。
此れまでの会話の応酬で目の前の少年が只者でないのはプレシアから見ても明白で、更に自分が召集した魔導人形4体を赤子の手を捻る如く打倒した事実から武にも長けるだろう。
「結構よ。ジュエルシードも残るところあと六つ。貴方の助けが無くても十分に猶予は有るわ。……勿論、
然し如何せん申し出を呑むには弱い。
この少年がフェイトの為にこの提案を出したのはプレシアも直ぐに理解し、尚且つ其れを強調して告げる。
「……まさかソレだけでアルハザードに行けると思ってるのか?ハッ、とんだ笑い種だ。大方何者かに焚き付けられたんだろうが。だとしたら徹頭徹尾で思考停止してる」
「───何ですって?」
「イザッち、言い方。まあ確かにこのオバサン、頭が硬いというか柔軟な判断能力に欠けてるけど」
「………。ねえ貴方達、もしかしてただ喧嘩を売りに来たの?」
本日二度目の何ですって?を頂く十六夜。
終始プレシアを刺激する発言は何時もの十六夜通り乍ら、一向に進展しない状況にエルは心身共に頭を抱える。
だがそのエルも余計な本心が発露してしまい、咄嗟に口許を手で覆うも既に遅く、然しものプレシアも青筋を立てる。
「もしかして君は、既にアルハザードへ行く算段がついているのか?」
助け舟、というよりは何処か訝る様子で問い掛けるローブの男。
其の視線に察した十六夜が用紙を取り出す。
「下手な芝居は通用しないぞ。アンタが持ってるんだろ?コレの"オリジナル"と"
「────、」
「……もう其処まで推理が進んでたんだ?」
唐突な十六夜の質問にローブ男は表情を隠して無言。エルは感心と内心驚愕しながら問う。
何の事か皆目検討がつかないプレシアは、周囲よりも静寂するローブの相棒を睨み付ける。
「……ねえ、ミハイル。一体何の事かしら?まさかこの期に及んで隠し事なんて無いわよね?」
「ああいや、まだ解明されていないから君には後で言うつもりだったんだよ。信じるか否かは任せるけど、余計な気苦労をこれ以上掛けたくないって云う僕の良心とだけ言っておく」
プレシアの言及に観念したミハイルと呼ばれた黒ローブの男は、外套の内側に手を入れると中から一枚の羊皮紙を取り出す。
本心かどうか見極めるプレシアの刺す様な視線に動じず振る舞うミハイル。
「時間の無駄だから弁明は後にしやがれ」
そんな二人に構わず唯我独尊を地で行く十六夜が、ミハイルの持つ羊皮紙を心底興味有り気に見ては、徐に近寄り引っ手繰り。
其の様を愕然と見送るプレシア達を無視して羊皮紙と用紙を見比べる十六夜と、気になって横からエルが覗き込む。
「うーん……比較しても相違無しだね」
「だな。こっちなら唯一解けない箇所も、解明出来るだけのヒントが記されてる可能性に賭けたんだが……検討違いだった」
そして両者共に肩を竦める。
「………!?ちょ、ちょっと待ちたまえ!唯一解けないって、君はまさかこれが殆ど理解出来てるとでも言うのか!?」
始めて声を荒げたミハイルは心の底から驚愕した様子で十六夜に詰め寄り、彼がここまで焦った姿を始めて見たのかプレシアも目を見開く。
「そりゃまあ、そうだけど。ああ、解けない事は気にする必要無いぞ?アンタに地球───お前らの共有言語だと第97管理外世界だったか?兎に角、其処のギリシャ神話や聖書の知識が無いなら解けなくて当たり前だ。そんな外にこの問題を提出した出題者が底意地悪いだけだからさ」
十六夜の応答に今度こそ愕然とするミハイル。
次元世界にも一応、地球の知識や生まれの系譜を持った者も存在するが、流石にこんな与太話と思しきクイズに真剣に付き合う人物は居なかったのだろう。
本当に欲する者以外は。
「ほら。俺が協力するメリットも、流石に理解出来てきただろ?」
「───プレシア、彼は私達に必要だ。寧ろコチラから協力を申し出た方が賢明なくらいに」
「なっ…!?正気なの!?」
「勿論さ。先程彼も言ってたけど、ジュエルシードだけでは確かにアルハザードまで辿り着けるとは到底思えない。ジェイル・スカリエッティは確実に、意図して情報を秘匿している筈だよ」
「…………、」
普段の茶化す雰囲気を引っ込めて真剣な顔でミハイルが語ると、それが功を奏したか無言だがプレシアは首肯して容認。
ヤハハ、と軽快に笑う十六夜が羊皮紙の代わりにエルから貰った用紙をミハイルに押し付けて。
「無事に交渉成立。さてはて、なら先ずは俺がお前らにギリシャ神話のあらましを語るところからか」
「あ、それなら僕が引き受けたい!イザッちは要所で解説役に徹した方がわかりやすいでしょ?間違えがあれば修正もヨロシク!」
唖然とするミハイルを安定のスルーで、十六夜が当然の如く場を仕切った。
傍のエルが笑顔で挙手して名乗り出るも十六夜に異論は無く、一言「じゃあ任せた」と返すと語り部の少年は人差し指を立てて。
さあ。先ずは内宇宙から古神達に担がれた大地母神ガイア、そして天を覇すウラノス、海を統べるポントス、そして山岳のウーレア。彼らの誕生を通して手短に話そうか。
だが避けねばならない史実もある。
特に"ガイアの末子"や"タルタロスの末裔"とされる魔王テュポエウス。彼らとガイアが辿った、地獄を体現した悲劇だけは。
その内外に在る真実だけは。
全てを語るには、十六夜に聞かせられない話題もある筈のエルが名乗り出た理由は神のみぞ知る。
*
孤児院から出た金糸雀はなのは、ユーノ、フェイト、アルフを伴ってある近隣にある店の前まで来ていた。
フランス料理店"ドン=ブルーノ"に足を運んだ面々。
暖簾を見てなのはが顎を撫でる。
「うーん……此処、どこかで見覚えがあるんだよねえ。前に来た事があるのかな?」
「あら、それなら偶然ね」
「え?……そ、それよりあの。時間帯的に開店前だと思うけど、大丈夫なんですか?」
「ああ、大丈夫大丈夫。ドンとマダムは心が広いし、比例して味も美味。加えて私に借りがあるしね」
開店時間より30分早い来店に不安気に尋ねるなのはに、飄々とした笑みでなのはと同じく躊躇うフェイトの手を繋ぎ暖簾をくぐる。傍から見たら完全に親子で大家族の布陣だ。
入り込んだ店の内装は外観の地味さからは想像できないほど、モダンアートが特徴的で。
良く言えば独自性の強いハイカラ、悪く言えば趣味に傾倒した店。
──俺だけの
来客を不機嫌そうに見る調理人。
「……なんて日だ。久方ぶりに恩師が来たと思えば例の悪童は居ねえし、オマケに高町のところの嬢ちゃんを連れ立って家族来店を装ってやがる。今度はどんな厄介ごとを持ち込んだんだ」
皺だらけの厳つい顔を顰めさせて、より強面になるドン=ブルーノ氏。
事前情報通り西欧の血筋が入り混じる事が良く判るが、顔に刻まれた"苦労の跡"とその表情は、日本で云うところの頑固親父そのままだ。
その風貌に流石のフェイトもビクッと震わす。
「な、なのは……」
「───ああ!ドンおじちゃん!?」
顔を見て、数年前に旅行先で会ったのを思い出し、確信したなのはが声高に呼び掛ける。
「何だ、覚えていたのか。士郎の野郎が国外に出向いた時、偶々末娘を連れていたから印象に残ってたぞ」
「……ふぅん、じゃあ彼女のお父さんはやっぱり護法十二天と関係者?」
「馬鹿言うな。アイツは不破の本家筋とはとっくに縁が切れてるし、今は裏稼業からも身を引いてる。俺が相手にしたのは"只の高町"の嬢ちゃんだ。そういう事情なら丑松の奴に問い合わせろ」
「それこそ馬鹿を言わないで。
「フン、それより何を食べるんだ?何時ものパンプキンキッシュでいいのか?」
反撃とばかり片肘を突いて手に頬を預けながら、ニヤニヤと問い掛ける金糸雀と強引に話しを切るドン。
話しの趣旨が見えず尚も戸惑うユーノ達を四人席に誘い、金糸雀はドヤ顔で注文の品を口にする。
「ええ。寧ろそれが良いわ。貴方の作るパンプキンキッシュはフランスで一番だからね」
「あいよ。今度は十六夜の悪童も連れて来てやれ。あんなクソガキでも俺のキッシュを好物としてくれるお得意様だからよ」
オーダーを受けて機分良く下がるドンの去り際の台詞を聞いたなのは達は興味を示す。
「十六夜君って食事とかするんだね」
「いやいや、流石に十六夜に失礼だよなのは。……あれ?でも確かに。温泉に行った時も十六夜だけ夕食の席に居なかったし、彼が何か食べてるところを見た事ないかも……」
「十六夜君は割と小食なのよ。面白い遊びを見つけると一日中食べないで熱中する日もあるしね」
「はあ〜、十六夜にも意外と子供っぽい面もあるんだねえ」
なのはの物言いに苦笑するユーノだが、次第に気難しそうに顎に指を添えて思案する。
クスッと笑う金糸雀が補足するとアルフが感慨深く吐息を漏らして、染み染みと言った言葉にフェイトを含めて全員が同意の首肯。
そんな様子を面白そうに金糸雀が眺めて。
「ところで、フワって何の事ですか?」
ふと気になったユーノが金糸雀に尋ねる。
「あ、それならわたしから!多分お父さんの旧姓の事ですよね?家は婿養子らしいから」
「そういうこと。不破の一族は代々武家だから、仕事柄そっち方面にも携わってるの。特に織田信長の家臣を務めた事がある、不破光治なんかが有名なんじゃないかしら」
「──え!?は、初耳ですけど!?」
金糸雀の説明に目を見開くなのは。
──不破光治。15世紀末から16世紀末の戦国時代から安土桃山時代まで知武勇を掲げた日本の武将。織田氏の家臣で不破直光の父でもある。
父の旧姓は知っていたが、家系図までは把握していなかった様子。然し流派も代を追う事に様変わりしてきたので、まして9歳の子供が知らないのは当然と言えよう。
当然だが、不破という姓から事実関係はちゃんと洗った末の確定事項だ。
「確か前の代だと御神流だったかな?まあ彼の場合は、今の奥様に一目惚れして不破家を飛び出した破天荒な面もあったから、現在は和解してても当時は大変だったでしょうね」
「そうなんだ。……えっと、金糸雀さんって凄い詳しいんですね。もしかして昔の知り合いだったりしますか?」
つい十六夜に語る時と同様に話した金糸雀は「おっと」と小さく呟くと誤魔化した微笑みを浮かべ。
確かに士郎と桃子とは"一度だけ"会った事があるが、それは未だなのはの父が前の仕事に従事していた頃で、西欧から移動して南欧圏に居た時だ。
金糸雀はとある事件により、重症の士郎を日本の病院まで搬送した。プライベートジェットの手続きをしたのはこの件やイシの時を合わせて数度のみ。加えて士郎の搬送は、あの十六夜をイタリアの首都ローマに置いてまで必要な緊急事態だった。
尚十六夜は、金糸雀が帰ってき時には呑気にフィレンツェへ単独移動していたのだが。
まさか彼の娘と十六夜が邂逅していたのを知り、概要を調べたのはエルの報告を聞いた後で、この偶然には金糸雀さえも驚かされた。
「少し昔に一度だけ、仕事で知り合う機会があったの。その時に身元を調べる必要があったからってだけ。勿論其れは杞憂だったしね」
「……?なのはの親父さんはそんなに危険な仕事をしてたのかい?」
「あー…。えっとですね……」
何やら物騒な雰囲気を漂わせる内容にアルフが疑問を抱く。
其の問いになのはが口籠もると、
「他人様にも言い難い事情があるんじゃねえか。ほらよ、焼き立てだから早い内に食え」
タイミング良く厨房から戻ってきたドンがテーブルに料理の乗った皿を置き、各自に配膳しながら話題を区切らせた。
なのはも内心ホッとすると、子供組全員が目の前のキッシュに瞳を輝かせる。
──キッシュとはヨーロッパの一部に伝わる郷土料理の一つだが、決して格式の高い料理ではない。寧ろ向こうでは民間に伝わる料理の一つだろ。
焼き立てのパンプキンキッシュから漂う甘い南瓜の香りと、湯気の立つパイ生地の香りに、先程の疑念も忘れてアルフは思わず溜息を吐く。
「おお〜、こりゃ美味しそうだねえ」
「うん。流石カナリアさんのオススメするだけあって、匂いだけでも食欲を唆る」
あまり食に頓着しないフェイトでさえも絶賛。
「うわ〜、懐かしいなあ。確か二年前だったかな?お父さんと食べたの」
「あの頃はまだ店を開く前だったから、個人で食わせてやった時だな。まあ何にしろあの時よりも美味くなってる筈だ。精々味わって食べな」
向かい側のなのはも感慨深そうに言う。
当時は父の仕事もあって、一度しか食べられなかったが、近隣に在るならば今後は何時でも食べに来れる点も喜ばしそうで。
「じゃあ早速いただきましょうか。香りだけじゃ無く、ドンのキッシュは本当に絶品なのよ」
「ったく、さっきから饒舌に煽てやがって。褒めてもキッシュくらいしか出ねえからな?」
照れ臭そうに頭を掻きながら厨房に戻り、新聞を広げて煙草を咥えたところで直ぐになのは達の事を思い出して、舌打ちし乍らも強面を何処か上機嫌そうに綻ばせて煙草をケースに戻す。
其の様をクスッと金糸雀が笑い、先導して行儀良く両手を合わせ。
根は真面目な少年少女の面々も倣って両手を合わせると揃っていただきますを言葉にする。
口に含んだパンプキンキッシュは金糸雀の前宣言通り非常に美味だった。
*
銀の少年が語る。
───昔々のそのむか〜し、在る処に古き神々に目覚めさせられた母なる女神ガイアという女性が居ました。
青き星の楔の役割を与えられた彼女は、それはもう愛くるしく純粋無垢な少女でした。
そんな女神に男神達はもうメロメロ。誰もが彼女に恋をして、ガイアの語ったとある未来に誰もが胸を馳せたのです。
まさに頂である彼女は、多くの種族や神々を産み落としたとされています。
そんな彼女によって産み落とされた一柱の天空神ウラノスはこう宣った。
「ガイアママンぺろぺろ」
「オイ待てコラ。何だその桃太郎みたいなナレーションから始まって、恰もガイアの生誕時代を語った様な前振りからの急に天空神変態認定と変化球にも程がある台詞は。宣うついでに盛大に血迷ってやがるぞ」
「そりゃあ僕も見てきたわけじゃ無いから、偏見と想像で語ってる自覚はあるけど。でもあながち間違いじゃないと思うよ?」
「まあ、確かにウラノスはガイアの子であると同時に夫でもあるけどよ。……待てよ、確かウラノスってクロノスに去勢された───、」
「おっとイザッち。それ以上は駄目だよ」
珍しく怒涛のツッコミラッシュする十六夜だが、次の発言に待ったをしたエルが本気で顔を顰める。
「え、ちょっと待ちたまえ。それってさ、つまり近親相k」
「言わんとしてる事はわかるが。ウラノスはガイアが自身の力で生み出した神だぞ」
「……ああ、なら遺伝子的にそうなのか定かじゃ無いって事なのか」
「そういうこと。ま、そもそも神様なんて近親婚は珍しいどころか、さも当たり前の様に行われてるからな」
ヤハハ、と十六夜が笑って付け足すと、ミハイルはフードの奥でゴクリと喉を鳴らす。
どうやらスケベ心を刺激されたらしい。
「それにガイアとウラノスの関係をそう捉えるなら、旧約聖書に於ける創世記のアダムとイヴも、神の力から生み出されたっていう類似観点でみれば近親相姦って事に───、」
「はあ!?いやいやいや!その解釈はちょっと僕の立場的に聞き逃せないよ!?」
悪戯心を孕んだ十六夜のニヤニヤとした笑みに、意外な人物から苦言が飛んでくる。
エルの勢いに驚いて十六夜が振り返り。
「あん?……ちょっとした揶揄のつもりだったけど、いきなりどうした。あとお前の立場って?」
「あっ。えー……と。…───、」
十六夜の訝る視線に顔を背け、
「ま、まあまあ。話しが逸れちゃうしじゃあガイアママンの事はある程度端折るよ?あの例文的にも黎明期は語る必要無さそうだしね」
「随分と雑な誤魔化しだな。脱線して話しが進まないのは同意見だからいいけど」
「…………」
下手な誤魔化しで、尚も怪しむ十六夜を無視して強引に続きを促す。
因みに静聴していたプレシアはこの茶番にストレスゲージが上がった。
「要するに大地母神ガイアが産んだ神々がなんやかんやあって、子孫とされるゼウスが神話の主神となってアポロンとかポセイドンとかアルテミスとかヘスティアとか色んな神様が居てオリュンポス十二神が平定。宇宙規模の戦争とかこれまたなんやかんやあってギリシャ神話だよ」
「さてはテメェ、説明するの飽きてるだろ」
怒涛の勢いで巻き舌たるエルを流石に睨み付ける十六夜が肩を竦め。
「いやね。実は僕もあまり詳しくは知らないんだよね。伝聞の知識だけだからさ」
「……それでよく解説役を引き受けたねえ」
「どうせ白黒チビの事だからノリと勢いだろうよ」
「おお、イザッちが僕の事を理解してくれて嬉しいなあ!」
ミハイルの疑問も当然だろう。
キラキラと瞳を輝かせるエルを見て、十六夜は深い溜息を吐く。
どうやら神のみぞ知る大層な理由は無かった模様。
「にしても意外だな。お前の事だからギリシャ神話くらい知ってそうなもんだが……」
「それこそ買い被り過ぎる。勿論有名な事柄なら知ってるけど、例えば主神様は大抵が女好きっていうね」
「ほほう…?其の心は?」
またしてもミハイルが反応した辺り、こういった俗物的や性的な会話に興味があるようだ。
十六夜もヤハハ、と笑って説明する。
「コイツの言い方には語弊があるし、確信も無いけどな。これは主神だけに限った話しじゃないが、まあ主神だけで挙げるなら、ギリシャのゼウスや北欧のオーディンは様々な神との間に子を儲け、中には自分と姉妹や娘、人間との間とも関係を持った伝承が残されてる。仏教の守護神である天部の一つともされ、ゼウスと並ぶ程の雷神、軍神、英雄神、神々の王と色んな二つ名を持つ天界トップの
「まるでイザッちの将来の姿みたいだよね」
「俺の将来を勝手に決め付けてんじゃねえよ。それに帝釈天は其の裏で人の善性を愛し、月の兎の献身に涙して、人間よりも人間らしい神様と言われる説もあるんだぞ」
「ふむふむ。いやあ然し、神様も好き放題って感じでいいね。私も若かりし頃はいつかハーレムを築きたいなんて夢を持ったりもしたよ」
因みにエルの言う事は強ち間違いではなく、そんな十六夜が帝釈天との邂逅を果たす日が来るとは、この時は夢にも思わないだろう。
また仏教説話には、行き倒れの老人が狐、猿、そして兎に施しを求めた話しがある。猿は木の実、狐は川魚をそれぞれ与えたが、兎は老父へ捧げる物が何も無く、自らの無力を嘆いて其の身を火に飛び込ませ、自分自身を食肉として与え様とした。そんな兎の慈悲と献身に感銘を受けた老人が帝釈天という真の姿を顕し、後世までその慈悲行を伝えるべく、兎を月へ昇らせたのであった。
──これが所謂、月の兎である。
ミハイルはそれよりも神の女性関係に興味津々な様子で、矢張りこの男の強欲さが垣間見える。
長々とまるで世間話の様に語り合う野郎一同。途端に背後から机に拳を叩き付けた音が聞こえ。
「……ねえ貴方達、さっきから一体何の話しをしているの?」
「「「何って、男のロマンの話しだが?」」」
青筋を額に浮かべるプレシアが、男性陣の当たり前だろ何聞いたんだ?と言わんばかりの応答に、今度は両手で台パンをして身を乗り出す。
「アルハザードへの行き方についての話しはどうしたのよ!!ふざけるのも大概になさい!!」
怒髪天を衝いたプレシアが、室内を怒声だけで震撼させるのではないかという勢いで叫ぶ。
まさに堪忍袋の緒が切れた、近代風に言うなら激おこスティックファイナリティぷんぷんドリーム状態だ。
また紫電が飛来してきても面倒だと思い話しを改めようと思ったが、
「大体、何なのよ。男なんて所詮は神さえも女の事ばかり……こっちは必死で働いているというのに男なんて滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ滅べ───」
「ちょ、どうしたのさいきなり」
呪詛を唱える如く、瞳を据わらせたプレシアが、突如口から怨嗟を吐き出す。
若干引き気味のエルが顔を引き攣らせて問う。
「あー……実は彼女、前の旦那さんと一悶着あったらしくてね。風の噂では浮気されたとか何とか」
「おいおい、ならあの話題ってとんだ地雷原を踏み抜いてるじゃねえか。そういうのは前もって教えろよ」
ミハイルの言葉に流石の十六夜も、同情を禁じ得ないとばかりに苦笑して文句を垂れる。
「なら尚更手短に話すか。この例文を今一度目に通すぞ」
頭を抱えて呪詛を吐き出すプレシアを無視しつつ配慮した十六夜が羊皮紙を周囲に見せ、ミハイルとエルも共に同じ文面が記された用紙に視線を落とす。
───────────────────────
名=A Legendary Alhazred
記述に従い道を解き明かせ
導き手は
閉門の
開錠担いし
アーリアに倣いアストラを識り
汝が女神の代行者と為らん事を願う
青き星を守護する彼女は太陽の名の下
十二神の海とゴーゴンの系譜を穿ち───怨敵相対する刃より疾く愛しきタキオンの星を墜とす
叩けよさらば開かれん
かの地に辿り着きし勇敢なる者ならば、幕引きにて理想郷の虚栄を暴け
宣誓 異界の師と祖の名に懸けて、この謎が正当である事を保証する
"オウァイン・グリンドゥール"印
───────────────────────
「まず大前提として、上三つは飽く迄道を開く方法だ。細かい説明は
「うん。管理局のデータベースにはそう記録されていたよ。そしてある時盗まれたと。それにしても、よくノーヒントで気付けたね?」
「別にヒントが無かったわけじゃない。遺失物を管理するって側面を艦長のオバサンや黒髪チビが説明してたろ?俺がお前から受け取ったのが其処から流出したなら、ほぼ間違い無く原書に相当するこいつも組織が握ってる、または握ってたと予測したまでだ」
「おやや?ならば私が所持してるっていうのは?」
相変わらず鋭い推理や勘と洞察力、記憶力まで併せ持つ十六夜。その頭の回転の速さに、エルは素直に感心を向ける。
ミハイルの尤もな問いに十六夜が応える。
「そっちは完全にカマ掛けだな。当然要素は拾える箇所が幾つも在ったけど、お前がこの羊皮紙を出した時点で星鍵の所持も間違いなくお前だろ」
「うわ、この子本当に只の子供?」
「彼が只の子供かと問われれば限り無くノーだよね。いっそ未来から過去にタイムスリップして来ましたって言われた方が現実味あるよ」
「…………、」
故に勿体ぶってないで早く出せよオラっと訴える様な十六夜の睨み。
然しエルの発言に暫し間を置き、
「今は話しが逸れそうな戯言は控えとけ。なあ、アンタもそう思うだろ?」
「え?……ええ、そうね。続けてちょうだい」
不意に話しを振られて戸惑うプレシア。
漸く我に返った彼女が十六夜の言葉を肯定して続きを促す。
「ようし、雇い主様からの勅命だぞテメェら。って言っても、今度はアンタに質問なんだけどな。……っつか此れの教えを請うならアンタがいい。技術者でもある元研究員のプレシアさんよ」
「……何よ?」
「この中文にある
途端に、十六夜は真剣な双眸を向けて、より年齢に相応しく無い表情と口調で問い掛ける。
まるで威圧された感覚が過るプレシアは息を詰まらせ、直ぐに持ち直せば静謐に応えた。
「そうね……虚数空間はあらゆる運動エネルギーが零になる概念空間。つまり魔法なんかも当然発動出来ない上に、一度落ちたら二度と出られず延々と空間の底へ落ちるわ」
「うわっ、まるでブラックホールみたいだね」
「ん?それだとちょいとばかり、俺の予想してた空間と異なってくるな。………虚数、タキオン、量子場、運転エネルギー……待てよ。特殊相対性理論だと、空間的な四元運動量と虚数の固有時、此れらを持つのがタキオン粒子だったか?常に超光速で運転するタキオンは、空間的な領域に制限されて光速以下の速度を出せない性質を持つ。なら空間内に於ける運動エネルギーも厳密には零ってわけじゃなく、つまりそういう事か?」
「……貴方学者でも目指してるの?」
「んなわけあるかよ。こんなの雑学程度の知識だ。本気で数学者とかを目指すなら態々アンタに質問せずに、自分で答えを導き出すに決まってるだろ」
プレシアの問いに仰々しい態度で返す十六夜。
「なるほど。じゃあ次は星辰体──って、これはもう今更考える必要は無いね」
「ああ。……にしても、西欧圏のラテン語と印度圏に於けるサンスクリット語、この古代語をダブルミーニングとして使うとは。いよいよ尤て出題者の素性が知れないな。それに俺の解答が全て当たるなら、まず間違いなく………」
「───イザッち?」
次第に声のトーンを落とした顰めっ面の十六夜を伺い、不穏な空気を覚えたエルが呼び掛ける。
羊皮紙に視線を落とした儘の十六夜は直ぐには反応せず、何やらプレシアと小声で話すミハイルを見ると、
「保険は打っとくべきだよなあ。悪いけど白黒チビには、プレシア・テスタロッサの相手を頼めるか?ちょっと確かめたい事がある」
「それは構わないけど。
「ほぼ確実にビンゴだろ。もっとハッキリ言うなら、それも含めて詮索するのに一見の価値はあると思うぜ」
意趣返しという訳では無いが、十六夜とエルも小声でやり取りを口にしては、最善主を模索した十六夜が行動に移る。
ミハイルの下は歩み寄った十六夜。
何時もの飄々とした風貌で、何処か訝るプレシアの視線すら躱して策謀を巡らす少年に、ミハイルは表向き警戒心も無く気付けば現在の部屋から去る。
一寸の不安を煽られたエルも、中々に奮闘するハメとなったかどうかは矢張り神のみぞ知る。
*
食事を終えた金糸雀一向。
そして向かったのは鳴海市で一番大規模な図書館で、向かい側になのは、フェイト、ユーノを座らせ。
傍のアルフは背丈で選ばれたという、適当な理由の席順も露知らず、目を点にするが顧みられず、
「それでは第一回、カナリア式講義を始めます」
「いぇええい!」
金糸雀の中途な宣言に一番反応が大きい、車椅子の少女が茶髪を揺らして右腕を掲げる。
───彼女の名は八神はやて。
先程知り合ったばかりだが、最早すっかり我が布陣とばかり、気丈な車椅子愛用の元気っ娘だ。
to be continued
プレシアの闇と病みが深まる……。
オマケ①
ミハイルに対する各々の反応
十六夜「胡散臭い」→看破
フェイト「胡散臭い」→違和感
耀「胡散臭さMAX」→嗅覚
ヴィヴィオ「何かやだ」→生理的
ヘラクレス「口が臭い」→本能
女王「やぁよ。あんな三下」→超上位互換
ジェ◯ル&ジェー◯ズ「仲良くなれそうだ」→親近感
オマケ②
エルの悪戯
突如、翔駒の携帯にメールが届く。
アースラ内に居る以上、一体何処から電波を受信したのか疑問を抱くも、一先ず画面を開いた。
するとそこには、
『ごめんねえ。超急だけど僕とイザッち、悪いけどこっち側に付くから。翔駒とは次からは敵だね!じゃヨロシク(*・ω・)ノ』
ご丁寧にエルがピースで自撮りする背景に十六夜とプレシア、更に怪しげな黒ローブの人物が写る画像が添付されている。
「………。無印編バッドエンドのお知らせ」
それを見た翔駒は白目で気を失い、結局クロノに叩き起こされたとさ。