『私が
《彼》は誰に聞かせる訳でも無く、そう心の中で呟いた。何故そう思ったのか?そもそもこのような思考能力や感情を《彼》は持っていなかった。
《彼》がはっきりとした自我を持ったきっかけ。それはエヴァンゲリオン3号機の肉体を《彼》が得た事。
死海文書に記された《彼》の名はバルディエル。
霞と雹を司る天使にして、ヒトの女性と交わった堕天使の名を冠するモノ。
本来生命の実しか持たぬ使徒がヒトのような知恵を持つ事は出来ない。それはエヴァンゲリオン3号機の肉体を得たとしても、本来ならあり得ない事だ。アダムをコピーしたエヴァンゲリオンの肉体を得た事で、何らかの化学反応が起こったのか?それとも未知の要因があったのか。
はっきりした事はバルディエル自身にもわからないし、理解しようとする気も無かった。ただ《アダムに還る》本能をかなぐり捨てでも、バルディエルは
──決して、彼女に一目惚れしたから
■
─ 松代 ネルフ第2実験場 EVA3号機仮設起動実験場 ─
『3号機起動実験マイナス30分です』
『各部冷却システム順調、並びに主電源問題無し』
『第一、第二アポトーシス異常無し』
『両碗部圧着ロック固定終了』
『エヴァ初号機とのデータリンク異常無し。以後は作業をBチームへ移行』
「思っていたより順調ね。4号機の件が少し気がかりだったけど、これなら即実戦も可能だわ」
手元に用意したチェック項目を確認しながらそう呟くのは、ネルフ技術開発部技術第一課のトップである赤木リツコ。そもそも3号機がNERV北米第3支部から日本本部に移管される事となった理由が、NERV北米第2支部で開発、試験中だった機体──エヴァンゲリオン4号機が支部ごと消滅したからだ。
「ったく……強引に建造しておいて、事故が起こったらこっちに押し付けようってんだから良い根性してるわよ。バチカン条約のおかげで、エヴァが増えても同時運用出来る数は限られてるってのに。ま、即実戦可能な状態がリツコのお墨付きなら一安心」
リツコに応えたのは、ネルフ戦術作戦部作戦局第一課、葛木ミサト一佐。戦闘指揮官であるミサトとしては、さしたる問題も無く稼動していた機体、エヴァ2号機を封印してまで、3号機を無理に実戦配備する意味は無い。
それどころか、リツコが言った通りの重大事故を起こした4号機の兄弟機である事を考えれば、不安要素だらけと言っても良いと彼女は考えていた。
「3号機は2号機までの機体で得られたデータで建造された正規実用型。4号機は稼働時間の延長を目的として建造された次世代試験型。不安があったのは否定しないけれど、このデータを見る限りなら、先行量産機の2号機よりも安定してるわ」
リツコの言う通り、4号機は正規実用型の3号機をベースとした稼働時間の延長を図る為の試験機だ。NERV北米第2支部から半径89km以内の物体と、数千人もの人々を跡形もなく消滅させた未曾有の大事故を発生させたが、発生原因として考えられるだけでも、実に32768通り。
何故か4号機の実験は機体が未完成のままで強行された、という真偽不明の情報もリツコとミサトは聞き及んでいたが、今となっては真相は文字通り闇の中と言う訳だ。
『セカンドチルドレンの到着を確認。第2班は速やかにエントリー準備に入って下さい』
「アスカも無事到着ね。後は最終チェックを残すのみか──何も無ければ良いんだけど、ね」
『地上仮設ケージ、拘束システムのチェックの内容、問題無し』
『アンビリカルケーブル、接続作業開始』
『コネクターの接続を確認』
『主電源切替え終了。内部電圧は、規定値をクリア』
『エントリープラグ、挿入位置で固定完了』
『リフト1350までをチェック、問題無し』
「了解、カウントダウンを再開」
矢継ぎ早に流れる作業進捗を確認し、リツコが指示を飛ばす。3号機の起動実験まで、後30分。
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「へぇ……何だかバカシンジの初号機に雰囲気が似てるんだ、3号機って」
テスト用プラグスーツに着替え終え、上着を羽織った
頭部以外は2号機と同等の形状だが、全体から受ける印象はむしろ初号機に近い。単眼の零号機、四眼の2号機とは異なり、初号機と共通する双眼と顎部。特徴的な一本角が無い為か、幾分かすっきりとしたシルエットだ。
自身の乗機だった2号機と比べて凶暴そうに見えるのは、黒い装甲と顎部があるせいだからだろうか、とアスカは思案する──ふと、視線を感じてキョロキョロと周りを見渡すが、職員達は忙しそうにしているばかりで彼女を見つめる人は見当たらない。
『セカンドチルドレンに通達します。3号機起動実験の開始時間まで30分。所定の位置へ移動し、待機して下さい』
「りょーかい……っと。──気のせいか」
まさか
ずっと一人でいる事が当たり前だった。日本に来た時も他のパイロットと馴れ合うつもりも無かったし、みんなで仲良く、なんてものは苦手だし──エヴァに乗ってトップの成績を出し続ければ問題無いと思っていた。
それでも、エコヒイキ──綾波レイが企画した食事会と3号機の起動実験が被った事がわかった時、何故だか自然とミサトに連絡を入れていた。
他人の事なんてどうでも良いと思っていた筈なのに、バカシンジとエコヒイキが悲しむ顔を見たくないな、と思ってしまった。──バカシンジはともかく、あの無表情で鉄面皮なエコヒイキが悲しむ顔は想像も付かないが。
必要無いと思っていた他人との繋がりだったのに、いつの間にかバカシンジ達と一緒にいるのも良いかもしれない、と思い始めている私が居る。──私は弱くなった。だけど、それでも良いのかもしれない。
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『アスカ、プラグ内の異常は無いかしら。入念にチェックはしてあるけど、少しでも違和感があるなら遠慮なく言ってちょうだい』
「現状問題無しよ、ミサト。問題と言えば、このテスト用プラグスーツくらいね!赤いのはまあ……良いんだけど、ちょっと見えすぎじゃない?これ」
エントリープラグ内のインテリアは2号機のものと変わりない為、違和感を感じる事は無い。通信を入れてきたミサトに対して軽い口調で返答を返すが、実際このテスト用プラグスーツのデザインは気になる。北米支部の担当者の趣味か?と少し愚痴ると、苦笑したようなミサトの声が返ってくる。
『んー、確かにちょっち過激だけど、今回だけだから我慢してね。毎回アスカがこの格好だと、シンちゃんを悩殺しちゃうかもだし?サービスサービスぅ!』
「ば、ばっかじゃないの、ミサト!バカシンジなんかに見せるのはもっと恥ずかしい……って何言わせてんのよ!」
『はい、そこまでよ二人とも。アスカ、それではこれよりエヴァンゲリオン3号機有人起動実験を開始します──準備よろし?』
「──了解。いつでも良いわ」
ミサトの言葉で自分の顔が赤くなっている事を自覚するが、リツコの少し呆れを含んだ冷静な声でアスカは平常心を取り戻す。
すぅ……と軽く深呼吸をして彼女は思考を切り替え、インダクションレバーを握り直した。
「エントリースタート」
リツコの号令と共にテストが開始される。
『L.C.L.電荷』
『圧力、正常』
『第一次接続開始』
『プラグセンサー、問題無し』
『検査数値は誤差範囲内』
「了解。作業をフェーズ2へ移行。第2次接続開始」
『了解。オールナーブリンク問題無し』
『リスト2550までクリア』
『ハーモニクス全て正常位置、問題無し』
『絶対境界線突破します』
ミサトはごくり、と誰かが緊張で唾を飲む音が聞こえた気がした。パイロットの中で最もベテランであるアスカがテストパイロットとは言え、初めて乗る機体なのだ。スタッフが緊張するのは無理もないし、無論自分とてそうだ。
アスカを信頼しているが、
『──エヴァンゲリオン3号機、起動しました!シンクロ率80%。各種数値問題無し』
絶対境界線を突破し、エヴァ3号機の双眼に