勇者と戦って、無事でいられるものは少ない。
聖剣に選ばれし人間。
その力は絶大だった。
剣を一振りすれば、術式は砕け散り魔族は息絶えた。
あまりにも無慈悲すぎるその力に先代の魔王は敗れた。
私はそんな勇者を倒すべく設計された。
「灰にしろ」
私の纏う黒炎が勇者に襲い掛かる。
勇者は聖剣で切り裂くが、その度に私の放った黒炎は再生していく。
黒炎は術式を切り裂く聖剣の対抗策として開発された術式だった。
焼き尽くす、最強の攻撃にして、最大の防御。
この再生する炎の鎧を突破できない限り奴の刃は私に届かない。
「面倒臭いね」
勇者が呟いた。
そして次の瞬間、勇者の姿が消えた。
「ッ!?」
一瞬で距離を詰められた。
黄金が閃き、黒炎が散っていく。
痛覚が反応する。
聖剣は黒炎を貫き、私まで届いていた。
それはありえないことだった。
私の頭には今までの勇者の戦闘記録が全て入っている。
この炎の鎧は勇者の力では絶対に貫けないはずだった。
今までの戦闘は本気ではなかった………いや、ちがう。
勇者は成長しているのだ、今、この瞬間。
「クッ、ク、ククク、クハハハハハッ」
笑いがこみ上げてくる。
自分が対峙している存在、その余りにも理不尽すぎる強さに。
いいぞ、勇者、そうでなくては。
約束された勝利などつまらない、だから、もっと抗え、もっと戦え。
その日、私たちは持てる全てをぶつけ合った。
しかし、決着はつかなかった。
♢♢♢♢
私が拒否しなかったため、リュウと私の婚約は成立してしまった。
それ自体は、まぁ別にいい。
どうせ拒否したところで、この婚約は強引に推し進められていた可能性が高い。
私は自分の正体を明かしてまで、リュウを助けたかった。
あの時、私と同じように苦しんでいる彼に同情してしまったからだ。
だから、婚約自体に不満はないのだ………
「聖女様には夜会に出席して貰わなければなりません。今までは年齢を理由に断っていましたが、今回の婚約を期に招待状が殺到しており……断ることが難しくなってきています」
………不満はないのだが、こうなるとは思わなかった。
「社交界デビューとなりますので、気合をいれて準備を整えなければなりません」
また着飾るのか私!?
しかも夜会となればダンスもあるかもしれない。
ダンス…礼儀作法……今からでもあの授業を受けなければいけないと考えるだけで冷や汗が出てくる。
あの授業は地獄だった……
あの教育係の女の罵倒……振るわれる教鞭……
思い出したくもない。
私が遠い目をしていると、部屋の扉がノックされた。
リアが開けた扉の向こうにいたのは、あの教育係の鬼女だった。
うえぇ!?今からやるの?
本当に…………? あの……勘弁して欲しいというか………
い、嫌だ!逃げ……………
ぬわあああああああぁぁぁぁぁっ!!!
その日から夜会当日まで、私はみっちり、こってり絞られた。
夜会は王城の近くの私邸で行われるようだ。
会場は立食形式で、音楽に合わせて踊ることも可能らしい。
私の婚約者であるリュウは私より先に会場で待っているようだ。
幸いなことに今日の体調を加味してリュウはダンスを辞退するらしい。
助かる!
婚約者である、彼がダンスを辞退するのであれば私もダンスを断る口実ができる。
これで私の下手くそなダンスを披露しなくて済む。
だいぶ練習はしたが、人前で踊れる気はまったくしない。
私が会場に足を踏み入れる頃にはもうだいぶ人が集まっていた。
私が顔をみせると貴族たちの視線が一斉にこちらを向くのがわかる。
うっ、視線が痛い……今回の夜会の参加者の中では私は特に有名人なので注目するのはわかるが……こうも露骨に注目されると気分はよくないな。
私は会場の端に座るリュウを見つけると、そそくさとそちらに移動した。
「今晩は、リュウ」
「やぁ今晩は、随分人気者だねヨル」
リュウは相変わらず青い顔色だったけど、笑顔を見せてくれた。
前あった時の楽そうな服装ではなく、今日は王族らしくきっちりと正装をしている。
私に合わせているのだろうか、黒を基調とした衣装だ。
私を手招きして、自分がいる席の隣へ案内してくれた。
「主催者が気を利かせてくれてね、君の分の椅子も用意してくれたんだ」
他のみんなが立食なのに、私たち2人だけ椅子に座るのは変な感じだ。
まぁ、リュウの体調を踏まえると仕方のない話なのだけど……
それからしばらくすると、音楽が演奏され始め、静かに夜会が始まった。
リュウが動けないため、こちらから挨拶回りに行くことはできない。
私はただ黙々と味もわからない料理を食べ、貴族たちが挨拶に来たら頭を下げ、授業で習った通りに挨拶を返す。
夜会って退屈だな。
「あちらにいるのは、西の辺境伯のご子息のダリウス様だ。その左にいるのは、東の侯爵令嬢のアリア様だね」
リュウが小声で貴族について私に教えてくれる。
私は貴族の人間なんぞに興味はないのだが……
でもすることもないので、彼の話に相槌を打ちながら料理を口に入れる。
「あ!見てヨル。今入ってきたのは勇者だよ!」
「んぶふぅぅぅッッ!」
思わず口に含んでいた食べ物を吹き出した。
ゲホゴホッ! 咳が止まらない。
ゆ、ゆ、ゆゆ、勇、者だとぉぉぉぉ!!??
私はリュウが指してた方向を食い入るように見つめる。
そこには私と同じくらいの、小さな男の子が立っていた。
私の知っている、金髪の、自信に満ち溢れた青年ではない。
髪は茶髪、猫背気味で、自信のなさそうな表情、まるで覇気が感じられない。
あの男が本当に勇者なのか……?
でも彼の腰には、確かにあの聖剣が携えられている……
聖女と同じく、勇者も代替わりしているということか。
現勇者には失礼だが……私は、ガッカリしてしまった。
何故だろうか、私の知る勇者がまだいる気がしていたのだ。
そういえば魔王だった頃の私が死んでから何年の月日が経過したのか、私は知らなかった。
調べてすらいなかった。
「どうしたの?」
急に動きを止めて固まってしまった私にリュウが話しかけてくる。
「いや……今代の勇者はまだ幼いんだな」
私は誤魔化すように返事をした。
なんだかクラクラしてきた。
私はなんとなく魔王だった時と今はそんなに変わらないと思っていた。
でも時代は、私を置いてきぼりにして確かに進んでいた。
少し………1人になりたい気分だった。
「ちょっと、涼んでくる」
私はリュウにそう伝えると、バルコニーに足を運ぶ。
外はひんやりとした空気に包まれていた。
夜風にあたり、頭が冷えていく……
……………?
室内にいた時は料理の香りで気がつかなかったけど、何か変な匂いがする。
なんだか……懐かしい匂い……
前にも嗅いだような………
突然、背後から尋常ではない悲鳴が響いた。
振り返る、ダンスを踊る人々、その中央の2人の片方の首がない。
血飛沫が上がり、その血は周囲の人々に降りかかる。
事態に気づいた人々が、逃げ惑うのが見える。
首のない死体と踊る男、その頭には捻じくれた角が生えていた。
それを認識した瞬間、攻撃術式を、起動する。
起動、したつもりだった。
「あれ?」
気づけば私の体は宙を舞っていた。
背中から料理の並ぶテーブルに叩きつけられる。
肺の中の息が全て吐き出され、視界が明滅し、意識が遠のく。
なんだ?何が起こった。
攻撃……された?
フラつく身体を無理やり起こして顔を上げると、私のいたバルコニーから魔族が会場に入ってくるのが見えた。
いや、私のいたバルコニーだけじゃない。
外に通じる全ての出口から魔族が現れる。
逃げ道が、塞がれた。
「同胞たちのために……今なお苦しむ家族のために……」
首なし死体と踊る男がまるで歌うように宣言する。
「死ね……!!」
術式が一斉に起動される気配がする。
「ッッッ!!!」
今私の保有している、ありったけの防御術式を起動し術式の相殺を試みる。
術式同士がぶつかり合い、魔力の残滓が散っていく。
衝撃で窓ガラスが割れ、建物全体が揺れる。
「ぐっ」
なんとか……防げた。
でも防御しているだけでは事態は変わらない。
私の防御術式も直ぐに尽きるだろう。
攻撃に、転じなくては。
「勇者ッッ!!! 防御は私がやる、攻撃を頼む!」
私は叫んだ。
私が防御で精一杯でも、ここには勇者がいる。
私ですら手を焼いた、あの聖剣に選ばれし勇者が。
でも…… 返事が帰ってこない。
勇者は聖剣を抜き、自分の使命を果たそうとしていた。
しかし、その顔には涙が浮かび、足はみっともなく震えていた。
私は、勘違いをしていた。
勇者とは超人的な力と精神力を持った人外の存在だと思っていた。
だって、私と戦った勇者はそうだったから………
でも、ここにいる勇者は聖剣に選ばれただけの、まだ覚悟も決まっていない幼い男の子だった。
私は、それを理解できていなかった。
「………あっ」
バキンッ!
私の防御術式が音を立てて砕ける。
会場にいる人々の絶望が伝わってくる。
もう、私たちと攻撃を隔てる壁はない。
やばい……
攻撃術式を起動する。
何人、倒せるだろうか?
この会場にいる人々は何人、助かるだろうか?
息が苦しい、うまく呼吸ができない………
「今代の聖女は、勇敢だな」
声が、聞こえた。
私の知っている声、でも私が知っているものより嗄れた声。
「それに比べてお前は、情けない。僕が鍛えているというのに」
黄金が閃き、術式が全て粉々になる。
勇者の傍に男が立っていた。
年老いて曲がった背骨、白髪交じりの髪、シワだらけの顔。
でも、その青い瞳に浮かぶ憎らしいほどの強い正義は、なにも変わっていなかった。
「そろそろ安心して引退させて欲しいのだけどね……」
私の知っている、あの勇者がそこに立っていた。