転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話   作:飴玉鉛

1 / 53
本編
転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話


 

 

 

 

 天啓。意味は神様が人に真理を示すこと。

 

 しかし僕に齎された啓示は、断じて神性に連なるモノから与えられたものではない。

 僕に示したのは僕自身だ。正確には僕の内から迸った、前世の記憶である。

 そう、前世だ。僕には前世の記憶がある。今から遥か未来の、名もない誰かの人生。そこに付随する経験や知識、思想などを思い出してしまった。

 だがそうなっても僕は僕のままだった。いや、正しく言うなら僕は最初から僕だった、というべきかもしれない。前世の僕の影響を受けて今の僕が変わったのではなく、前世の僕が記憶を失くしたまま今までの僕は存在していた。謂わば前世の記憶が欠けていたピースで、それがふとした拍子に僕のなにかに嵌まっただけなのだろう。

 

 だから唐突に前世を思い出しても、僕は混乱しなかった。

 

 むしろ今まで感じていた違和感の謎が氷解し、納得したものである。なるほど道理で、と。道理で僕は今まで何を食べても不味いと感じていたわけだ。

 食事は、今生では単なる栄養補給でしかない。素材の味を楽しむと言えば聞こえは良いが、素材の味しかしないものを食べ続けるには、前世の僕は美味いものを食べ過ぎていた。

 なぜ未来から過去に転生したのかなんて事、考えても仕方がないのでどうでもいい。だが僕の生きた前世は今よりもずっと先の未来で、飽食の時代の平和な国だった。そんな国で生まれ育ち、何不自由なく育った嘗ての僕が、記憶がないとはいえ雑で貧しい食事に満足できるわけがない。必然、今生の僕は食事に苦痛を感じ続けていたのである。

 

 とはいえ贅沢は言えない。僕の生まれ故郷であるティンタジェルは、他所の村よりマシでも貧しい部類だ。生きていく分には困らないのなら、食事に文句を垂れるわけにはいかなかった。

 何より食事に文句をつけている場合でもない。僕が前世を思い出すと、僕は自分の置かれている境遇に気づいてしまったのだ。――僕の名前はアーサー。ティンタジェルのアーサー。騎士エクターを養父とする、遠くない未来でアーサー王と呼ばれる者だ。

 なんの因果か、僕はアーサー王物語の主役として転生してしまっていた。なぜとか、どうしてとか、そんな疑問は全て脇にどけて。自らの置かれた状況に適応するために、僕は行動しないといけなくなっていたのである。さもないと僕は――課された使命に殺されてしまう。

 

 僕は死にたくなかった。王様になんてなりたくない、戦場に出て人を殺したりもしたくない。王様として誰かに死ねと命令するのも、誰かに命を狙われたりするのもゴメンだ。

 前世の記憶を取り戻した事で未来を知った僕の心にあるのは、自分の運命に対する悲嘆の念だ。前世で暇つぶしに読んでいたアーサー王伝説の顛末は、未だ記憶に新しい。逃げ出そうにも養父は僕を逃さないだろうし、マーリンという存在も僕を王の道へと駆り出すだろう。魔術というものが現実に存在するらしい事を知っていた今生の僕は、マーリンの脅威を明確に感じていた。

 

 アーサー王伝説は、架空の物語であるはずだ。過去の世界で実際にアーサー王がいたなんて想像したこともない。ましてや魔術なんてものが実在するだなんて、たちの悪い冗談と思いたかった。

 だが実際にあるのだ。前世を思い出す前の僕は、夢の中で度々()()マーリンから剣術の指南と、帝王学、軍略、風の魔術を教わっていた。そしてそれらを現実でも使用し修行している。

 自分で使っているのに存在を否定できるわけがない。そして教わった全ての点で、少なくとも今の僕ではマーリンに及ばない自覚がある。となると、マーリンは僕を王にしようとするはずだ。

 味方と思えるのは、義兄のケイだけ。彼だけは僕の味方をしてくれるという確信がある。だがケイと僕だけで何ができる? そもそも、僕は何がしたい?

 

 僕が前世を思い出したキッカケは特に無い。ある日、目を覚ました時、自分という人間の正体に思い至ったのだ。そして自身の行く末を知ってしまった。だからこそ僕はこう思ったのである。

 死にたくない、と。

 情けない話だが、僕は死にたくなかった。人を殺したくも、殺されたくもない。誰かに死ねと命令したり誰かを殺せと告げるのも嫌だ。だがこんな時代なのだ、殺生に手を染めずに生きていけるとも思えない。だから、僕は死にたくないという想いだけに注力する。

 

 王様としての運命だとか、そんなものは知ったことではない。ただ僕は身の回りの人に死んでほしくなくて、僕自身も死にたくないだけなんだ。

 自分の命にだけ拘れたら、どれだけ楽だっただろう。だけど僕はどうしても関わってきた人を不幸にしてまで、我儘で逃げ出したいとも思えなかった。半端な事に、僕は無責任になれないのだ。

 

 ではどうする? 僕はずっとずっと誰にも相談せずに悩み続けた。

 

 マーリンを排除したら良いのか? そうしたら僕が王様にならなくても、誰も僕を責めたりしない? だけど僕がアーサー王にならなかったら、ブリテンという国は纏まらないままだ。

 そう考えるのは僕の傲慢だろうか? だがこの懸念の通りなら、巡り巡って大事な人達が不幸になったりしないか? 考えれば考えるほど、僕は自分が王様にならないといけないと思うようになってしまう。どれだけ嫌でもその道から逃れたら誰もが不幸になるから。

 悩んで、悩んで、悩み続けて、失意に支配されそうになった。だがある日、僕は一つの妙案を思いついた。これしかない、こうするのがベストなんだと閃いた。この閃きに僕は賭ける事にした。

 幸い、僕には才能があったらしい。流石は未来のアーサー王だとでも言うべきか、僕は剣術の一点だけは師であるマーリンを超えられた。風の魔術も一流の域にあると太鼓判を押され、現時点では戦闘で僕に敵う人は周りにいない。王様として立っても、物語のように活躍できるだろう。そんな自信はないけど僕の直感がそう言っている。そんな僕の力を使ったら絶対に成し遂げられる。

 

 半ば祈るような気持ちで、夜の内に僕はティンタジェルから離れた。

 人目を避けて、夜闇に紛れて逃走する盗人のように。

 もちろんケイやエクターにも黙って村を出た。話せば止められるのは分かっていたからだ。

 

 目指すのは、ケルトの風情の残るオークニーである。

 

「――近頃名を上げてきた少年騎士、というのは貴方のことですか。貴方は我が夫、ロット王ではなくこの私に用があると聞きましたが、いったい何用で私を訪ねてきたのです?」

 

 僕に問いかけてきたのは、黒衣の女。色の抜けたかのような白髪と、扇情的な肢体の持ち主。傾城の美貌は氷のように冷ややかで、妖艶な佇まいからは息を呑む色香が漂っている。

 

 ――僕は旅の中で、様々なトラブルに見舞われていた。悪名轟く盗賊、腕の立つ騎士を幾人もその牙で貫いた魔猪、人を弄び破滅させる邪悪な妖精、圧政を敷く悪徳領主。これらを退治してきた僕の存在は、それなりに知名度を高めてきているらしい。だけど僕は一度も名乗ったことはないから、容姿と服装だけが噂になっているようだ。ただオークニーを目指していただけの僕の意識には、有名になって認知度を高めようという発想がなかったのである。

 

 失敗したな、と思った。こんな事なら名乗っておくべきだった。オークニーへと一日でも早く辿り着くために、人と余計に関わりたくないと思って急いでいたのが裏目に出たかもしれない。オークニーにやっとの思いで辿り着き、ぜひ王妃モルガンに会いたいと告げても門前払いされたのだ。

 決して卑しい思惑はないと言っても信じてもらえなかった。それはそうだろう、一国の王妃に無名の少年が会いに行って、簡単に通してもらえるわけがない。もし僕が有名だったら多少は聞く耳を持ってくれていたかもしれないが。

 

 そんな単純な結末に思い至れないほど、僕は焦っていた。視野狭窄に陥っていたのだ。だからどうすればモルガンに会えるのかと、ひとり知恵を絞る羽目になってしまった。

 だが自身の猪突猛進な行動を自省しながら策を練っていると、僕が宿泊している宿に、一人の女性が訪ねてきた。それが目の前にいる美しい人である。

 外見が美しい、というのもある。だがそれ以上に、その澄み切った氷のような佇まいと、類稀な知性を宿す瞳の美しさは言語を絶する。何かを求める凄まじい執念が滲み、その執念から滲む雰囲気にこそ魅入られた。想いの性質やベクトルなど僕にとってはどうでもいい。ただそこまで想える何かを持っていると、直感的に感じられるのが素晴らしいことなのだと僕は思った。

 

 彼女は自分がモルガンだと名乗った。こんな場末の宿に、一国の王妃が単身で訪れるわけがない。普通ならそうだ。だけど、矢鱈と鋭い僕の勘が告げている。彼女は本物だ、と。故に僕はなぜモルガンがこんなところに、なんて思うことはなく素直に迎え入れ跪いた。

 モルガンはすんなり自分を信じた僕に意外そうな顔をした。一応、そんな彼女に反駁する。

 

「その前に、お訊ねしてもよろしいでしょうか、王妃殿下」

「なんです?」

「なぜ王妃殿下はお一人で、私などの許へ足を運んで下さったのでしょう?」

 

 訊ねると、モルガンは冷笑した。

 

「無知な少年騎士が、身の程知らずにも王妃へ拝謁を願い出た……そんな話を耳に挟んだので、興味本位で顔を見に来たに過ぎません。言うなれば気まぐれです。……ああ、私に護衛がいないのが不思議ですか? 気にする事はありませんよ。仮に何があろうとここにいる私は単なる影、写し身に過ぎない。この私を害そうとも、城にいる本体の私は痛くも痒くもありません」

 

 まるで僕の心を読んだように告げてくるのに、僕は察する。本当に心を読んでいそうだと。魔術は学んでいるが、どうやらモルガンは僕の想像を遥かに超える魔術師であるらしい。なら心配して余計な諫言をしなくてもいいだろう。なんであっても、影だろうが写し身だろうが、わざわざ会いに来てくれた気まぐれに感謝しよう。おかげでスムーズに話を進められる。

 きっとモルガンは気まぐれなんかで会いに来てくれたわけじゃない。なんらかの思惑があるように感じる。無名である僕に、どんな思惑を持って近づいてきたのかは定かじゃないが、ともあれ僕は僕の要件を済ませよう。

 

「失礼しました。王妃殿下、まずは私が名乗ることをお許しください」

「許しましょう。ついでに、面を上げなさい。私の目を見て話す事も許可します」

「ありがとうございます。私の名はアーサー――アーサー・ペンドラゴンといいます」

「――――ッ?」

 

 顔を上げ、その美しい瞳を見つめながら名乗ると、彼女は目に見えて瞠目した。

 しかし流石と言うべきか、瞬時に動揺を抑え込んで僕を睨みつける。

 

「……嘘、ではなさそうですね。貴方からは確かに竜の因子を感じます。それに風貌も、微かに私に似ている。念のため訊ねますが、貴方の師は?」

「ウーサー王の宮廷魔術師だった女、マーリンです」

「………」

 

 眉根を寄せ、不愉快そうな顔をする。マーリンとモルガンには確執でもあるのだろうか? 名前を聞いただけで不快感を露わにするとは。

 まあそれはいい。そんな事より、僕には願いがあった。

 

「……よろしい。貴方を本物と認めます。まさかウーサーの忘れ形見が、こうして私のもとに流れてくるとは思いませんでしたが……ふふふ、さてどうしてくれましょうか?」

 

 不穏に微笑み、冷たい殺意を纏っていくモルガンに冷や汗を掻く。

 僕は内心慌てながら口を開いた。

 

「お待ちください、王妃殿下。まずは私の話を聞いてくれないでしょうか?」

「ふむ。……まあ、いいでしょう。どうあれ、最早貴方を逃がす気はありません。ふふ、不用心ながら一人で来た胆力に免じ、特別に話を聞いてあげます」

「感謝します」

 

 僕はなぜかモルガンに憎まれているらしい。僕はまだ王になっていないし、モルガンに何かをした覚えもない。接点などなかった。なのになぜ? 本当に意味が分からない。

 だが意味は分からずとも、肌を刺す殺気は本物だ。鳥肌が立つのを感じつつも、僕は自らの身の上を一から話し出した。僕がどこで生まれ、どう育ち、身の回りに誰がいたのか。そしてマーリンに鍛えられ、自らの出生を知らされたこと。全て真実を話した。

 この時、僕の頭にはモルガンを偽ろうという心意はなかった。嘘を吐いたらその時点で詰むと、鋭すぎて未来が見えている気になるほどの直感が叫んでいたから。

 

 マーリンは、僕がウーサーの息子だと話してくれていた。そしていずれ僕が王になる運命だとも。そうした話の中でモルガンの存在も伝えられている。僕が王になったら、絶対にモルガンは僕の邪魔をしてくるはずだと。なぜだと問うと、マーリンは言った。モルガンの母をウーサーが奪い、辱めた故に恨んでいるからだと。モルガンは恐ろしい魔女だから手強い敵になるとも言った。

 モルガンがウーサーを怨むのは分かる。だが親が仇敵だからと子である自分まで怨まれたのでは堪らない。そして敵対するにはモルガンという存在は惜しいし、何より恐ろしかった。マーリンという規格外の魔術師ですら警戒する魔女に狙われるなんてゾッとする。

 故に僕は考えたのだ。モルガンを味方にしたいと。彼女さえ味方に出来たらこれほど頼もしいこともないだろうと。

 

「だからウーサーの後継者たる自分に従えと?」

「いいえ。いいえ、違います王妃殿下」

 

 柳眉を逆立てる魔女に、僕は懸命に言い募る。全て本心でだ。

 

「私はマーリンに鍛えられ、それなりに力は付けてきたつもりです。ですが、ウーサー王の子がいるという話をブリテンの誰もが知りません。そんな中で私が旗揚げしたところで、ブリテンの諸王は素直に従うでしょうか? 私は有り得ないと思います。必ず反発し、敵対する者が出てくるでしょう。全ての諸王が私を認めず、叩き潰しに来る事になっても不思議ではありません」

「そうでしょうね。それで?」

「仮に私に付き従ってくれる方が現れても、現れなくても。私が諸王を切り従える事が出来ても、出来なくても。無用な争いでブリテンは荒廃してしまう。ただでさえ貧しいブリテンが、です。私はそれを避けたい。そして何より、そんな下らない争いで、私は死にたくないのです」

「……は?」

 

 僕が本心から告げると、モルガンは一瞬呆気にとられた。

 そして僕の言葉を理解すると、腹を抱えて笑い出した。殺気すら霧散させ、心底愉快とばかりに。

 モルガンは暫く笑い続ける。その笑いの火が下火になっていくのを待って、僕は更に告げた。

 

「故に、王妃殿下。貴方の力を借りたいのです」

「……私の力を? 笑わせてもらった礼に、特別にこう訊いてあげましょう。なぜです?」

「無名の上に若輩である私と違い、既に豊富な経験を王妃殿下はお持ちです。そしてマーリンすら警戒する知恵と、魔術の腕があります。そんな王妃殿下が味方となれば、最早万の軍と万の参謀を得たに等しい。仇敵の子の味方となるのは業腹でしょうが、ブリテンのためにも何卒私の手を取って頂きたい」

「なるほど。ですが返事をする前に、一つ誤解を解いておきましょうか」

「誤解ですか?」

「ええ。貴方は私に憎まれていると思っているようですが、私は貴方自身を憎んではいません。むしろ同情しているのです。マーリンとウーサーの謀で生み出され、運命に差し出された貴方に」

 

 どういうことだろう。言葉の意味をよく飲み込めずにいると、モルガンは薄く嗤った。

 

「どうやら自らの出生や、裏の背景については何も知らされていないようですね。いいでしょう、貴方の出生や、私の立場、ブリテンの状況を教えてあげます。そうすればなぜ私がウーサーとマーリンを怨み、憎み、その作品である貴方をも憎悪するのかも理解できるでしょう」

 

 僕を憎んでいないと言ったのに、なぜか憎んでいるとも言う。つまり、僕自身ではなく、アーサーという存在を憎んでいるようだ。それに僕のことをウーサーとマーリンの作品とも言った。

 何か秘密があるのだろうか。マーリンが僕に教えなかった秘密が。

 気になって拝聴する構えになると、モルガンは歌うように唱える。ブリテンに迫る滅びの運命、即ち神秘の終わり。モルガンはブリテンを救うために誕生した、神秘側の存在で。僕は同じくブリテンを救うために産まれたが、人理という存在の側だった。故に敵対は不可避のものである。そして僕はウーサーをも超える王となるため、竜の因子を組み込んで設計された存在らしい。

 魔術を学んだ身としては、なるほど、と思う。スケールがデカすぎてよく分からないが。

 ともかくモルガンにとって自分こそがブリテンの真の王であるようだ。だから簒奪者のウーサーと、それに連なる全てのものが排斥と憎悪の対象らしい。そこまで聞いて僕は疑問符を浮かべた。

 

「王妃殿下。失礼ながらお尋ねしたいのですが、よろしいですか?」

「ええ。ここが貴方の最期の地になるのです、末期の問いぐらい答えてあげましょう」

 

 どうやらモルガンは僕を殺す気らしい。こんな背景があるなんて知っていたら、最初からモルガンを味方にしようと遥々やって来たりはしなかったが、ここまできたら後の祭りだ。

 全力で逃げようと思いつつ、僕は疑問を叩きつけた。

 

「貴女は何をしたいのですか?」

「………? 何を、とは………?」

「いえ、貴女が自身こそ真の王だと自負し、故にウーサーらを憎むのは分かります。では貴女はウーサーや私に代わり、ブリテンの王となった暁には、何をどうしたいのでしょう」

「……知れたこと。ブリテンは私のものです、故に支配します」

「支配とは?」

「え?」

「支配してどうするのです。どのように統治し、どのように運営し、どのような国にするのですか? まさか神秘とやらを守るため、人を全て殺し尽くすおつもりで? そうであるなら、なるほど私と相容れぬというのも納得ですが、そうではないと思いたい。如何?」

 

 問うと、モルガンは形の良い頤に指を当て、思案しながら答えた。

 

「……いいえ。私は確かにブリテンを支配します。ブリテンは私の全てで、ブリテンは私のもの。何者にも滅ぼさせなどしない。支配する過程で人を殺し尽くすつもりもない。確かに人は醜悪な獣ですが、人もまたブリテンの――自然の一部なのですから」

「であれば」

 

 僕は安堵して、言った。すると、モルガンは目を見開く。

 

「私達は手を取り合える。なぜなら私には王位への野心などありません。ブリテンを所有したいという欲など皆無です。王になりたいというなら、むしろ私が王妃殿下をお助けしましょう」

「なっ……」

「無為に人民を虐げず、無為に傷つけないのなら、私は貴女を王と仰ぐ。運命やら、神秘やら、そうした小難しい話はよく分かりませんが……どうか私を貴女の騎士として頂きたい。共にブリテンを救いましょう。そしてブリテンを支配して、国を守りましょう」

 

 アーサー王伝説は五世紀頃が舞台だった。そんな時代で民主的な国家なんて夢のまた夢で、馬鹿げた妄想としても笑えないレベルである。故に国としての在り方なんて、僕には考えるのも荷が重い。

 ならやりたい人にやってもらった方が良い。そして支配者が誤りそうなら近くで諫め、止められる立場になればいい。――僕はそう思ったのだ。跪いて剣を捧げた僕を、モルガンは唖然として見ていたが、やがて再び声を上げて笑い出した。

 

「――よろしい。ならばアーサー、貴方を我が騎士とする。ゆくゆくは副王として、あるいは我が伴侶として私を助けなさい。そうすれば、ウーサーの血統からなる正統性も私のものになる」

「え? ろ、ロット王はどうなさるのですか?」

「離縁するに決まっているでしょう。邪魔になるなら消します」

「え、えぇ……?」

「何を呻いているのです。当然の選択でしょう? 何より……貴方の心は、見ていて好ましい。一切の嘘、虚飾のない魂などはじめて見たのです。今の夫などより貴方を私は選んだ、それだけの事」

 

 

 

 ――斯くして、アーサー・ペンドラゴンはモルガンの軍門に下った。

 後にブリテンの副王、騎士王、王騎士と謳われる伝説の騎士が誕生する。

 彼は女王モルガンを諌められる唯一の存在として、円卓の騎士を統括した。

 そして天寿を全うしその命が尽きるまで、モルガンと自分自身、身の回りの大切な人の為にだけ命を懸けて戦った。――その在り方を人は高潔という。自己の保身と、半端な責任感は気取られず、ただただ騎士の中の騎士として伝説に名を刻んだのである。

 

 初代女王モルガンの伴侶にして、唯一無二の騎士。歴史上ただ一人の副王。女王と王騎士の二人の尽力は、やがて運命をも乗り越え――遥か未来の今も、ブリテン王国は存続している。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。