転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話   作:飴玉鉛

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お待たせしました。


【最終話】物語の終わりは「めでたしめでたし」で

 

 

 

 

 

 正直、舐めていた。

 

「――美味しい。……モルガン、これ……美味しいよ……」

「え、ええ……し、信じられない……こ、これほどとは……」

 

 溢れ落ちる、味覚の感動。

 今生にて初の、舌を喜ばせる刺激の感覚。

 決して強い刺激ではない。だが、じんわりと染み込む味わいに、アーサーの眦へ涙が浮かんだ。

 ぽつりと呟いた言葉に世辞はない。故に愛娘のバーヴァンシーは大いに喜んでいる。

 彼女は、天才だった。紛れもなく料理の天才だった。いや、料理だけではない。家事に纏わるおよそ全ての事柄で、バーヴァンシーに匹敵する存在は在り得ないだろう。そう確信させられる。

 

 満面の笑顔でガッツポーズする、地上に舞い降りた天使の如き愛娘。この可憐なる娘が、天上の妙なる調べを口内で奏で、味覚を支配する絶対者に変貌するなど想像の埒外にある出来事だ。

 形容し難き未知の感動で心が透徹とする。はらはらと静かに落涙した。

 卓の上には惣菜がある。記憶が摩耗し、未来の味の悉くを忘却の淵へと追いやったアーサーには、出されたスープやサラダの名前は思い出せない。しかし確かに嘗て()んだ覚えがあった。

 薄くスライスされた上質な肉は、ジューシーな肉汁を滴らせるハムだ。雑味が強く、肉質も雑で、とても食べられたものではない魔猪の肉だとは到底信じられない。()()のあるスープには胡椒に似た香辛料の味もする。そんな高価なものはキャメロットにもないはずなのに、確かに胡椒という『食べる黄金』の味がするのだ。これは、不可解なことである。

 

 だが原因は分かる。

 

 彼女はアーサーとモルガンの実子である。アーサーとモルガンは、それぞれ人理側と神秘側の『ブリテン島の意思』の具現と言える存在だ。アーサーは純然たる人でありながら竜であり、モルガンもまた純然たる肉の身を有するが、神秘の化身である故に妖精の性質を持つ。だからモルガンは『妖精眼』を有しており、アーサーは人為的な『竜の炉心』を宿しているのである。

 そんな二人の実子であるモードレッドは、アーサーの血を色濃く引いた。父親ほどではないが強力な魔力炉心や直感を有し、類稀な武の才覚が遺伝している。ではもう一人の実子であるバーヴァンシーはどうなのか――彼女はモルガンの血を色濃く引き継いでいた。

 であるのにバーヴァンシーは凡庸である。無能ではない、しかし武や知の双方に秀でておらず、決して非凡とは言えなかった。それはなぜか? モルガンの血を濃く引いており、彼女自身の性格が極めて純粋で、無垢なものだったからだ。

 

 強い欲望がない、欠乏を知らない。だから妖精に近い性質を持つバーヴァンシーは、特に優れた能力を求めていなかった。やる気がないのではない、性格的な向き不向きがそのままダイレクトに素質へ現れるのがバーヴァンシーという存在だった。

 故に、だ。バーヴァンシーは性格的に向いているジャンルに関しては、両親譲りの才能的なポイントを全振りしていることになる。神域の天才魔術師、伝説の騎士王の才能の数値を、極限まで自らの適性に特化させているのが第一王女バーヴァンシーなのである。

 つまり。生活に役立つ魔術に関しては、有史上バーヴァンシーに並ぶ者がいないということ。しかし箱入り娘ゆえにその自覚がなく、政治や社交の勉強ばかりしていたから開花していなかったその才能が、聖杯を取り込んだことで大輪の花を咲かせた。

 

 バーヴァンシーは、『五感で知覚した食材を、既知と未知に関わりなく、どのように調理すればよいかを知識として天啓を得られる』ようになった。そして聖杯を取り込んだことで、彼女自身の起源が『聖杯』と化し、望んだことを叶える魔力の性質を宿したことで、もともとバーヴァンシーが具えていた才能にブーストが掛かってしまった。

 『魔術で食材を最も望ましい最適な状態にまで変化させられる』ようになってしまったのだ。早い話が『製造直後のワインを数百年物の極上品に一瞬で変化させられる』ようなものである。

 破格の力だろう。バーヴァンシーは両親から継いだ才能の全てを、自身の性格的適性に全振りしているが故に、『知識さえあれば、ちょっとした練習だけで、完璧に実演できる』のだ。鬼に金棒とはまさにこのことであろう。手がつけられない規格外ぶりである。

 

 だからバーヴァンシーは、胡椒という黄金に等しい香辛料を、複数の植物の実を魔術で掛け合わせて再現・製造できる。そういうものがあると知識として知っていれば、それが能うのだ。

 

 そしてそんなバーヴァンシーの作り出した手料理を食べたアーサーとモルガンは、衝撃の余り心に空白の楔を打ち込まれ、ただただ美味という感覚に酔いしれてしまう。

 これは、爆弾だ。メシマズ国ブリテンに、否、たとえ世界帝国ローマであっても持て余す、文化核爆弾と称しても過言ではあるまい。会戦で功績を成した騎士に、なんの財宝も渡さずとも、この料理を振る舞ってもらえばそれだけで報酬になるだろう。外交でもこの料理をチラつかせれば容易く交渉を有利に終わらせられる。なんならバーヴァンシーを巡って世界大戦が起こり得る。

 それほどまでに凄まじい。もはや聖杯がバーヴァンシーを依怙贔屓しているとしか思えない。

 であるからこそ、モルガンは言った。

 

「バーヴァンシー。ああ……バーヴァンシー。お前はもう、許しがない限り、私達家族以外のために料理を振る舞うな……!」

「え? な、なんでなの、お母様……?」

「疑問に思うな、バーヴァンシー! アーサー、我が夫! 貴方からも言ってやりなさい! これは余りにも、味覚を有する生物には劇物過ぎる――!」

「    」

 

 アーサーは無心で食事を続けていた。

 心が虚無に近い、しかし何もかも満ち足りた心と貌である。

 その眼は目の前の料理しか映していなかった。

 

「っ……アーサー!!」

「!?」

 

 珍しく声を荒げ、叫ぶモルガンの声に、やっと我に返ったアーサーは顔を上げた。

 

「しっかりしなさい! 幾ら美味なれど、心を失くして貪るのは豚と同じ! 貴方は豚ではないでしょう!?」

「あ、ああ……すまない、つい。こんなに美味しいご飯を食べられるのは、千年以上先のことだと諦めていたからね……我を見失っていた。それで、なんの話だい?」

「……見るがいい、バーヴァンシー。あのアーサーですらここまで心を乱す。お前の料理にはそれだけの破壊力があるということだ。分かったな? 分かったなら言うことを聞くように」

「はぁい……」

 

 目をぱちくりさせ、若干不服そうにするも素直に頷くバーヴァンシーである。

 

 それがバーヴァンシーという伝説の料理人、聖杯の王女という異名で人類史に刻まれた者の力。

 

 ――後世の魔術史に於いても、本物の聖杯を宿した彼女の価値は、最上位のものとして定められることになる。英霊バーヴァンシーを召喚するか、はたまた彼女の遺体を発見できたなら、それだけで根源に到達し得ると目されるほどに、世界中の魔術師が欲したのだ。

 また聖堂教会も聖杯の王女を特級聖遺物に認定し、本物の聖杯としてのバーヴァンシーを求め、彼女を手に入れるという目的のためなら、魔術協会とも手を取り合うことすらあった。

 

 そうなることを予見したモルガンは、バーヴァンシーの死後の安寧を守るために一計を案じる。

 

 境界の竜アルビオンの遺体を加工し、特別な礼装としてブリテンの土壌を改造し終えると、その礼装を改装し『ロンドン』と名付けた地の奥深くに埋め込んだ。そうしてアルビオンの遺体内部を神代の神秘を宿した迷宮と化させて、最奥に聖杯があると騙ったのだ。

 無論、バーヴァンシーの遺体をそんな所に埋葬するわけがない。彼女の遺体はアヴァロンへと極秘裏に運び込まれ、理想郷に墓を建てるとモルガンが墓守を務めることになった。故に後の『時計塔』には欺瞞が残されているのみである。そう、名を偽ったモルガンが時計塔の創設者となったのだ。娘の死後の安寧を守るためだけに、魔術師という人種をコントロールしてのけたのである。

 有史上、全魔術師の英霊の中で五指に入る天才であり、策謀に於いても傑出していたモルガンにしか出来ない芸当だろう。その気なら娘の遺体を用いて根源に接続し、魔法を会得することも能うモルガンだったが、そんな真似をせず純粋に愛娘への愛情を貫いたのだ。

 

 そして万が一、バーヴァンシーが召喚、ないしアヴァロンへの侵入を果たした者が現れた場合。その時は聖槍の神と化した騎士王が、全身全霊で阻みに現れる。事実上、最強のセコムであろう。

 

「お母様、私の料理、美味しかった?」

「……ええ」

「やたっ。ね、ね、お父様は?」

「とっっっても美味しかった。もうバーヴァンシー以外じゃ満足できないかもしれない。僕達のためにこんなにも美味しい手料理を振る舞ってくれる孝行娘を持てて、僕達は幸せだ」

「もう、褒め過ぎだぜ――なーんて言うわきゃないよなぁ! なんたってこの私が作ったんだからなんでも美味しくて当然だって! あーあ、お母様のご命令なら仕方ないけど、この私の料理が食べられないなんて他の奴らは可哀想ね。ね、お父様! お母様もそう思う?」

「思う」

「思うが……調子に乗るな。(心配になるでしょう)」

 

 見るからに上機嫌な愛娘に、父母は色んな意味で不安になった。

 いつかよからぬ輩に騙され、利用されてしまいそうな純真さを持つ娘である。こんなに目を離せない子に育ったのは嬉しい反面とても残念でもあった。

 分かっていた話だが、過保護になるぐらいで丁度良さそうである。

 

 ――斯くしてバーヴァンシーは、伝説に謳われる腕を家族の為にだけ振るった。

 

 以後アルトリアとモードレッド、ウッドワスは彼女に頭が上がらなくなったという。

 そして将来、そんなバーヴァンシーの傍らに侍る『聖杯の騎士』もまた、彼女の両親達の気持ちに心底から共感して、過保護なまでに尽くすこととなる。

 

 赤い踵のバーヴァンシー。

 

 幸福な王女。

 

 彼女は終生、大切な人達に囲まれ、幸せな時を過ごした。

 

 やがて臨終を迎えた時、バーヴァンシーの周りにはたくさんの家族がいたという。

 

『――バーヴァンシー。お前は、満足したか?』

『キャハハ! 久し振りに会ったのに辛気臭い顔しないでよお母様。もっちろん満足したに決まってるわよ! だって――皆、私が幸せにしてやったんだ。皆、皆、私がいねぇとなんにも出来ないんだぜ! だから――今度はお母様とお父様の番。これからはずっと一緒にいられるんでしょ? 昔よりもうんと腕を磨いて、レパートリーも増やしたから、たっくさん食べさせてあげるわ!』

 

 いつかどこかの約束の地。

 燃えるような紅い髪を穏やかな風で靡かせ、少女は笑顔の花を咲かせた。

 

 ――遥か未来のこの国で、産業革命が起こった時。

 バーヴァンシーの遺したレシピが、国の食文化の衰退を食い止めたという。

 故に、彼女は『台所の女神様』として崇められたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――うん。これで、僕達の仕事は終わりだね」

 

 男は、未練を残さず重荷を下ろした。

 長く、辛く、苦しい人生だったと思う。

 楽しかった時間よりも、苦しみと怒りの積もった時間の方が長かった。

 しかし、それでも。

 白亜の城キャメロットを遠望し、足跡を振り返ると驚くほど未練がない。

 積年の労苦は全て報われている。思い残すことはないのだ。

 全て、総て、凡て、激動の時代を共に駆け抜けた、最良のパートナーがいてくれたお蔭だ。

 

「い、いえ、他にもまだやれることが……」

 

 しかし最良のパートナーである女は、未練たらたらで重荷を抱えたそうにしていた。

 くすりと微笑み、アーサーはモルガンの手を取る。

 

「ブリテンの土壌は改善した」

 

 過去を振り返り、懐古する。

 

「法律も整備したし、気色悪いルキウスも消し去ってローマの脅威も打ち払った」

 

 戦場で嗤う、忌々しい男ルキウス。皇帝は地上の神だと驕った剣帝。

 その強さはアーサーの生涯で、アルビオンに次ぐものだった。

 

 ――楽しいことばかりの人生なんてない。だがやりきった。

 走りきり、バトンを次代に渡せた。

 ならきっと、自分達の役目は終わったのだろう。

 老兵は死なず、ただ消え去るのみ。誰が言ったのか忘れ果てたが、そんな台詞がするりと零れる。

 

「ブリテン島に残された神秘をアルビオンの遺骸に隔離し、ブリテン島に人理を定着させて滅びの運命を乗り越えた。ピクト人は殲滅したし、次代を担う人材の育成も恙無く済ませた」

 

 どうやって滅びの運命とやらを回避したかというと、いつも通り、モルガンが神懸かった手腕で成し遂げただけの話である。詳しいことは分からないが、妻はこう言っていた。

 ブリテンの滅びの運命を、アーサー王と女王モルガンの退去を以て実現したと見做すよう、人理の抑止力アラヤと契約したのだと。契約の対価はアーサーとモルガンの双方が、一度だけアラヤの走狗として力を振るうこと。――なんでもアーサー王は遥か未来に蘇り、異星の存在を討ち果たして世界を救うらしい。モルガンも同様のようだ。

 

 これはかつてアーサーがアルトリアの存在を知る前、聖剣エクスカリバーを湖の精霊から貸し与えられた際に、精霊から『エクスカリバーを返す必要はありません。()()()持っていてください』と言われたことがあるのを、モルガンに伝えた故に成り立った契約だ。

 星の触覚たる精霊が、異星の存在に最大の力を発揮する聖剣を個人に与えた――その事実から逆算した女王は、いずれ聖剣の力を必要とする異星の存在が現れると予見し、アラヤの抑止力にその可能性を伝えて契約を持ち掛けたのである。ここでブリテンの滅びの運命を見逃さなければ、自分とアーサーは決して世界を救う戦いに助力しない、と。果たして抑止力は、契約を呑んだ。

 ――嘗て白い巨神をも葬り去った最強の聖剣と、担い手としてこれ以上は望めない伝説の騎士王。更にはそんな騎士王のバックアップとして破格の力を有する女王モルガン。彼らの存在を、抑止力にすらどうしようもない脅威に対抗する保険にできるなら、アラヤ・ガイアの抑止力にとっても妥協を余儀なくされるものだったのだ。

 

 だがそれはそれとして、形だけでも滅んでくれと啓示で依頼された故に、モルガンはアーサーの人としての寿命を、ブリテン王国の最後という形式を整えたのである。

 

「『グレートブリテン統一王国』も建国したし、やれることは全てやったよ。後世への宿題はアルトリアが上手く片付けてくれる。だったらもう、僕達は立ち去るべきだろう?」

「我が夫……しかし……」

「しかしもカカシもない。約束したじゃないか、僕が人としての生涯を終えたら、ブリテンの支配をやめてアヴァロンに付いて来てくれるって」

「……はい。そうでしたね。名残惜しいですが……約束なら仕方ありません」

 

 アーサーは、人ではなくなっていた。聖剣を手放し、聖槍を主兵装として二十年。彼の霊子構造は神霊と化し、精神構造もまた人の視座にはありえない域に達してしまっている。精神構造こそ原形を留めているが、やはり人としての彼は死んだと言っていいだろう。

 聖剣はいずれ彼のもとに戻ってくる。聖剣(アルトリア)はアヴァロンに還るのだ。長く同化している以上、バーヴァンシーが聖杯となったのと同じように、彼女もまた聖剣と化しているに違いない。

 ならば不安に思うことはない。聖剣になってもアルトリアはアルトリアだ。クローンでも、大切な娘の一人である。アヴァロンに還ってくる時を心待ちにしていよう。沢山の土産話を期待して。

 

 そんな彼も本心ではブリテンから立ち去りたいと思っていない。むしろ本音はその逆で、これからも永遠に現世へ留まり楽園を築きたいと思っている。だがその心情は人としての己のものではないと弁えているし、()()自分自身に課した誓いを守ろうと決めていた。

 だからモルガンはアーサーを理想郷へ送り届け、共に永遠を過ごすことを約している。それは愛する夫と共に生きるためであり、夫が人としての在り方を見失わないようにするためであり、夫が神としての傲慢さを発露して暴走しないようにするためである。何よりも、ブリテンの支配という渇望は、満たされている。ならばブリテンよりも大事な者と生きていたいと彼女も感じていた。

 

「思えば、人の僕は数奇な人生を送ったね」

 

 しんみりと呟くと、困ったように魔女も苦笑した。

 

「――貴方がはじめて私の許を訪れた時は、こうなるとは全く想像していませんでした」

 

 キャメロットの城壁の上には、存命中の円卓の騎士や、王女達、新たな女王がいる。

 旅立つ二人の古王を見送っているのだ。

 

 知勇を兼備し騎士道を全うした、国家の精神的支柱のランスロット、ガウェイン、トリスタン。

 口は悪いし悩みの種にもなったが、最後まで心強い味方だったケイ。

 円卓随一の指揮力を誇り『円卓の将帥』と讃えられたベティヴィエール。

 法整備、宮殿建築、新国家の樹立に心血を注ぎ込んだ鉄血宰相アグラヴェイン。

 国内の綱紀粛正に務め、国家の番犬として不穏分子を一掃したウッドワス。

 長兄ガウェインに並ぶ騎士へと成長し、対ローマ戦役にて剣帝配下の幻想種を屠ったガレス。

 対ピクト戦役にてピクトの王を討ち取り、『ガリアの神の鞭』と称されたメリュジーヌ。

 義姉と共に戦い、スコットランド人やサクソン人の王を打ち破ったパーシヴァル。

 王女を巡った多くの事件、陰謀、戦闘を主君共々無傷で切り抜けた無双の騎士ギャラハッド。

 

 そして――新たな王の第一の騎士として、終生過酷な戦いに身を投じる兜の騎士モードレッドと、新国家グレートブリテン統一王国の基礎を固め、次代に繋いだ『建国の母』聖剣王アルトリア。

 

 後に――聖杯の王女とその騎士の子が、アルトリアの後を継いで――千年王国と謳われる栄華を築き上げていくだろう。

 彼ら、そして彼女達は古王らの旅立ちを見送りながら、男泣きし、微笑み、号泣し、感謝し、忠誠を示し、労り、離別を受け入れて。次第に遠ざかる偉大な二人の姿を、己の網膜に焼き付けた。

 文字による記録が乏しいブリテンの文化があった故に、ローマの文字を輸入して用い始めたアルトリアが、史上に残る建国の祖となるだろう。騎士王と妖精王は、建国神話の神として祀られていくことになる。だが伝説上の存在だと歴史に記されようと、今ここに生きる全ての人々は二人が確かに存在し、血と汗を流して懸命に生きた人間だと知っている。

 

「……悪くありませんね」

 

 眩しそうに目を細め、淫靡にして淫蕩、悪辣外道なる魔女だったはずの女王は、慈悲と寛容さを有する才女の如き穏やかな微笑を湛える。

 まさか自分がこんな最期を迎えるだなんて。

 まさか、自分が自らブリテンを手放し、たった一人のために旅立とうとするだなんて。

 まさか――渇望していた支配を完遂し、他者に国の支配権を譲り渡してもいいと想えるなんて。

 愛する夫は数奇な人生だったと言った。それは自分の方にこそ言えることだと女は思う。

 

「不安はある。心配もある。未練も、悔いも、情熱も、まだまだ尽きてはいない。……しかし、なぜでしょうね。そうした欲を抱えたまま消えていくのも、存外心地よいと今は感じています」

「君がそれだけ国を愛していたからだろう。国という形態に固執するのをやめて、国という共同体に目を向けられた。だからやり残したと思う課題があっても、愛した共同体に残る者が乗り越えてくれると信じられる。そうだろう?」

「ええ。貴方と共に国の行く末を、我が子達の苦難を見守る。手を差し伸べたくなったとしても、残った者達が必ず上手くやってくれると信じ、託せる。それがこんなにも――」

 

 満ち足りた気持ち、心の落ち着く読了感を齎してくれるとは思わなかった。

 

 握られた手を、握り返し、乙女のように頬を染めたモルガンは、理想郷への道を開く。

 金色に煌めく位相を前に、彼女は神に成り果ててしまった青年を導いた。

 

「――行きましょう、我が夫。いつか来る星の終わりまで、永遠に」

 

 気の長い話だ。青年は苦笑して、愛する人が先導する道を歩んだ。

 二人の姿が、黄金に煌めく道の果てへと消えていく。

 見送る者らの頬に透明な雫が溢れ落ち、立ち去る者達の思い出に残った。

 

 グレートブリテン建国神話。『いつか未来に蘇る王』と、『未来の王を導く乙女』は、そうして表舞台から退場したのである。

 

 激動の生涯を駆け抜けた、悲劇で終わらない英雄譚を人々に残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ところでマーリンはどうしたんだい?」

 

「ああ、アレはキャスパリーグの力を借りて、平行世界に追放しました。いつまでも大人しく封印されている輩ではありませんからね、封じ込められている内に処理するのが最善でしょう」

 

「なるほど。でもそのうち帰ってきそうな気もするけど、大丈夫なのかな」

 

「帰っては来れませんよ。アレの眼は平行世界を含めた全ての『現在』を見渡せますが――この世界の座標を隠してしまえば、アレは永遠に世界の迷子のまま。きっと地団駄を踏んでいます。そうでしょう、キャスパリーグ」

 

ふぉうふぉーう(ザマァみろマーリン)!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




くぅー疲(以下略)
これにて完結です!

色々と足りない部分(多くのキャラとのコミュパート)がありますが、ブリテン時代だとやり辛いことこの上ないので、そうしたものの補完は番外編のカルデア編まで取っときましょう。気が向けばやります。その場合の最優先はアルトリア、モードレッド、その次に男性陣。モルガンとのイチャイチャや、「逆襲のマーリン」もあるかも。

でも次やるとしたらzeroなので、やらないで終わる可能性もなきにしもあらずです。

やりたいこと、書きたいところだけ書いた愚作ですが、お付き合いいただきありがとうございます。また、望外の高評価等を頂けて、さらにはたくさんの感想を頂けてとても嬉しかったです。重ねてお礼申し上げます。ありがとうございました。

ここで完結に表記を変えておきます。もし番外編をやっても、書きたいところだけ書くスタイルは変わりません。本当に続くかどうかは貴方次第です(責任転嫁)

それでは! サラダバー!
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