転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話   作:飴玉鉛

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早くも開幕、番外zero編。以後不定期となります。




番外zero編
アーサーが聖杯戦争に参加する話


 

 

 

 

 ――衛宮切嗣。

 

 魔術世界に悪名轟く【魔術師殺し】その人であり、フリーランスの魔術使いである。

 実戦を経験している軍人じみた武闘派の魔術師から、学者肌の高位魔術師まで、およそあらゆる人種の魔術師を容赦なく殺害した戦歴を有する破綻者。故に彼は魔術師から嫌悪されていた。

 だが忌み嫌われるその男の戦術は極めて有効であり、優れているが故に彼の戦術を模倣する者は増え続け、()()では魔術師間でも切嗣の用いる戦術への対策は進んでいった。

 近代火器への対処法を嗜むのは、もはや現代の魔術師にとって基本である。対処が能わなければ、切嗣の考案した戦術と銃火器の威力に対抗できず、ただ無残な死骸を晒すだけだからだ。

 衛宮切嗣の名は、魔術使いの業界では伝説に等しい。後にサブカルを嗜む時計塔のカリスマ、グレートビッグベン☆ロンドンスターは切嗣をこう評した。「奴は魔術界のゴ○ゴ13だった」と。

 

 時計塔でも有数の力と歴史を有する高位魔術師が、最低でも37名は魔術回路ごと轢断され殺害されているのだ。加えて時計塔に属していない魔術師を含めれば、衛宮切嗣に殺戮された者は百を超えるだろう。ともすると聖堂教会が誇る代行者以上の対人戦、対魔術師戦のエキスパートであると言える。――だから。冬木の地にて開催される聖杯戦争で、必勝を期するアインツベルンが魔術師殺しの衛宮切嗣と接触し、自陣営のマスターとして招聘するのは当然の選択と言えよう。

 

 思想も、性格も、考慮しない。ただ確かな実力だけを求める。そういう観点で言えば、聖杯を完成させることだけを望むアインツベルンにとって、衛宮切嗣は理想的な傭兵だった。

 戦闘に特化したマスターと、望み得る中で最強のサーヴァントを組ませる。そうすることで確実に聖杯戦争を勝ち抜けるはずだと、人造生命の一族でしかないアインツベルンは計算したのだ。

 

「――結構なことじゃないか」

 

 英霊召喚を目前に衛宮切嗣はぽつりと独りごちる。合理性しか見ていない、実際の闘争を知らない素人集団。それが切嗣から見たアインツベルンの実態である。

 確かにアインツベルンのホムンクルスは強力だ。戦闘機械としては規格外の性能を有している。だが性能だけで戦いに勝てるなら、人間はそもそも知恵を磨き、戦術を考案し、道具を作って群れることをしなかっただろう。人間は自らより優れた性能の持ち主達を駆逐したからこそ、この星で霊長の座を勝ち取れたのだ。性能()()()()戦闘機械などカモでしかない。

 教本で戦争を学んだだけでプロフェッショナルになれる道理はなかった。かつての失敗からそれを学んだから、アインツベルンは外部から切嗣を迎え入れたのだろう。聖杯を完成させるために。

 アインツベルンの聖杯戦争での戦績は無残の一言だが、そうであるが故に自分を選んだことには感謝してやってもいい。必ずや聖杯戦争を勝ち抜き、全てのマスターとサーヴァントを殺し尽くし、アインツベルンの悲願を成就させてやろうではないか。

 

 対価は、己の理想の実現。恒久的な世界平和だ。

 

 愛した妻すら生贄に捧げる。九年間の雌伏を経て、暗殺者としての精神を錆付かせながらも、切嗣は己の理想を実現するために過酷な戦争へ打って出ようとしていた。

 

「――告げる」

 

 英霊召喚を開始する。

 触媒は、アインツベルンの用意した聖遺物。

 コーンウォールで発掘したという、()()()()()()()()()()()()だ。

 これ自体にはなんの力もないが、この触媒で召喚されるのはただ一人の英霊に限定される。

 

 グレートブリテン建国神話に於いて、建国の祖と謳われる女王、聖剣王だ。

 

 聖剣王は最高存在たる主神の名がない、非常に珍しい神話に紐付けられた王である。彼女はブリテンの伝説的君主、騎士王の写し身であり、聖剣王は騎士王に最強の聖剣を託されたらしい。

 彼女は戦場で不敗を誇った名将であり、魔術師としての逸話を複数有する上に、直接戦闘でも円卓有数の力を具える。家族を愛し、友を愛し、国を愛し、栄華の礎を築いた大英霊だ。

 恐らく全英霊の中でも最高位に近いであろう、聖剣王アルトリア・ペンドラゴン。彼女を召喚して衛宮切嗣に使役させる、アインツベルン必勝の策がそれだったのである。

 

「――汝の身は我がもとに、我が運命は汝の剣に。聖杯の寄る辺に従い、この意、この理に従うのならば応えよ――」

 

 個人的には、そんな英雄様なんかを喚びたくはない。自分にとって相性がいいのは、アサシンかキャスターだろうと切嗣は考えていたのだ。セイバーとしての側面が強く、キャスタークラスで召喚しても王であるアルトリアと自分の相性がいいとは思えない。

 正統派の英雄様が、そもそも切嗣は気に食わないのだ。綺羅びやかな武勇伝や伝説で、後世の人間を戦場という地獄に駆り立てる英雄を、彼は憎んでいる節すらある。故に不安は強かった。

 果たして負けられないこの戦いで、聖剣王などという英雄様と共に戦えるのか。マスターとして最低限の会話はするつもりだが、連携を取れるのかを彼は疑問視している。

 

 ――平行世界で()()()だったアルトリアを見た時、切嗣は彼女とのコミュニケーションの一切を拒絶してしまう。だがそれは本来騎士王が男性として語られていたのに、実態が単なる少女で、そんな少女に過酷な運命を背負わせた周囲へ義憤を懐いたからだ。そして切嗣自身に、少女王を受け入れられるだけの精神的余裕がなかったからである。

 

 故にアルトリアが最初から女性であり、その人生を歴史として知っている()()切嗣は、たとえアルトリアその人を喚び出したとしてもコミュニケーションぐらいは取ろうとする。

 性能を聞き出し、戦術を決め、指示し、阿吽の呼吸で戦えるだろう。戦闘のプロなのだ、それぐらいの連携は容易いのである。そしてそうなったなら、切嗣とアルトリアは並み居るサーヴァントとマスターを倒してのけていた。それだけのポテンシャルがあるのだ。

 

「汝、三大の言霊を纏う七天。抑止の環より来たれ、天秤の守り手よ――!」

 

 だから。

 衛宮切嗣やアインツベルンにとって誤算だったのは。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()ことであろう。

 

 

「――私の娘を召喚(拉致)しようとしたのは君かな? いい度胸だ、首を出しなさい」

 

 

 元来、争いを好まなかった愛娘アルトリア。

 彼女自身が望んで現界するならともかく、そうでないならどこまでも過保護になる神霊。

 ――よもや聖剣王の大元、騎士王が召喚されてしまうなど、予想できる者はいなかった。

 

 早速雲行きが怪しくなった。

 切嗣は冷酷な眼差しで自身を睨む青年を前に、令呪を強烈に意識してしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 切嗣にとって幸運だったのは、召喚されたのが騎士王のアーサーだったことである。

 

 聖槍の神アーサーよりも、遥かに会話を成立させやすいからだ。

 

 冬木の聖杯による英霊召喚は、七つの内の一クラスの枠に英霊を落とし込むもので、使役を比較的容易にしたものである。故にアーサーは本来の霊格を大幅にスケールダウンしなければ、英霊召喚に割り込むことができなかった。現代の世界に神霊のまま現れるのは不可能だからである。もし神霊アーサーが現界していたのなら、さっさと帰るべく無慈悲な刃が向けられていたところだ。

 しかし、神霊ではなく英霊にスケールダウンしている故に、このアーサーは人間だ。生前の人間性を保っているからこそ、娘を拉致しようとした輩に怒りこそあれ、事情を聞いて裁定を下そうとする倫理観がある。召喚主の人間性を見定めようとする心があるのだ。

 

「――悪意があって私の娘を召喚(拉致)しようとしたわけではなく、あくまで聖杯戦争を勝ち抜くためのパートナーになってほしかった、と。そして召喚を拉致と認識してもいなかったか」

「……そうだ」

 

 英霊召喚を拉致と言い張る奴は、世界広しと言えどもコイツだけなんじゃないか。

 切嗣は頭の片隅でそんな事を思う。

 

「現界直後に私から恫喝され、瞬時に令呪とやらを使わなかった点も加味し、一応は本当のことだと信じよう。情状酌量の余地ありと認める。……ああ、いまさら令呪を使おうとしても無駄だよ。私の対魔力なら、令呪を二画用いないと行動を強制させられないはずだ。自害させたいなら好きにしていいが、無駄に手札を減らしたくないなら自重を勧めておこう」

「………!」

 

 令呪を切ろうとしていたことを見抜かれている。切嗣は背筋に嫌な汗が伝うのを感じた。

 現代の人間には信じられないほどの神秘と、莫大な魔力を内包した英霊。数多くの地獄を潜り抜けてきた切嗣をして、死を幻視させられた殺気。これは、令呪を発動される前に自分を殺せる。

 そんな予感とも言えぬ確信を懐き、切嗣はアインツベルンの当主を恨んだ。聖剣王などを喚び出そうとしたばっかりに、こんな親バカが出しゃばって来たのだ。予想できるわけがない事態とはいえ恨みたくもなる。だがいつまでも非生産的な恨み節に明け暮れるような男でもなく、切嗣は何事かを思案する目の前のサーヴァントを観察した。

 

 白銀の甲冑を纏う、貴公子然とした美青年。まさしく正統派の英霊サマ。

 名乗った真名はアーサー・ペンドラゴン。

 クラスはセイバー。

 マスターの特権として閲覧できるステータスは――

 

「――――!!」

 

 切嗣は驚嘆に息を呑んだ。

 セイバーのステータスが余りにも飛び抜けて優秀だったからである。

 筋力と耐久の数値がA+ランク、敏捷と魔力がAランク、幸運の値こそマスターである自身に引き摺られてかDランクだが、宝具はA++ランクだ。

 最優のサーヴァント――その謳い文句が脳裏を過ぎる。

 目の前のサーヴァントが真実、騎士王アーサーならば聖剣王を上回る霊格の持ち主だろう。しかも聖剣王が国の統治にかまけねばならなかったのに対し、騎士王は軍事に偏った英雄。こと聖杯戦争という舞台でなら、聖剣王よりも適任だと言えるはずだ。

 

 あらゆる神話、あらゆる伝承、あらゆる伝説に語られる全ての竜の頂点に君臨する、竜の中の冠位たるアルビオンを単騎で撃破した武勇。最強の聖剣と聖槍を携え、軍を率いれば無双を誇り、十二度の会戦を常に完勝に導いた戦神にして軍神、それがアーサーだ。

 勝てる――このサーヴァントがいて、敗れるようなことがあれば、それはマスターの責任だ。どんな無能でも彼がいるだけで勝利するのは容易い。そう思わされてしまうほどの能力だった。

 だが切嗣はそんな油断や慢心、甘い思惑とは無縁の男である。正面戦闘でこのサーヴァントを打倒できるモノなど想像もつかないが、それはそれとして確実に勝利するための策を練る。そのためにもまず、この英霊に自身のサーヴァントとして戦ってもらう必要があった。

 

 英雄なんてただの殺戮者だと嫌悪し憎んでいるが、所詮はサーヴァントだ。どれだけ綺羅びやかな伝説を引っ提げようと、過去の影法師であることに変わりはない。戦争で勝つための武器、道具の類いだと割り切れば、道具の整備と割り切りコミュニケーションを試みるのも苦痛ではない。切嗣はそう自分に言い聞かせ、ひとまずセイバーと対話を試み交渉することにした。

 

「……確認したい。質問してもいいか」

「なにかな?」

「セイバー、お前は自分の娘が召喚されそうなのを察知し、こちらの召喚に割り込んだ、という認識で構わないな」

「ああ」

 

 横で話を聞いていた切嗣の妻、アイリスフィール・フォン・アインツベルンは困惑した。

 なにそれ、と。そんな出鱈目を仕出かせるなんて、聖杯である彼女にも理解不能である。

 戸惑う女を一瞥したセイバーは、冷酷な表情のまま切嗣を見据えて告げた。

 

「アルトリアは争いを好まない。子供の喧嘩レベルなら横槍を入れることもままあったけど、殺し合いとなると話は別だ。私も親だからね、子供が血腥い戦に喚び出され苦しむぐらいなら、私が矢面に立ち痛苦の一切を引き受けるさ」

「……どうやって召喚に割り込んだのかはともかく、動機は理解した。謝罪しよう、セイバー。お前の娘を不本意な殺し合いの場に引き出す真似をしてすまなかった」

 

 そう言って切嗣は頭を下げる。夫の態度に妻のアイリスフィールは驚いていたが、切嗣は頭を下げたままそんな彼女に合図を出した。なにもせず、なにも言わずにいてくれと頼んだのだ。

 流石に夫婦である。事前の取り決めもないのに、アイリスフィールは夫の合図で意図を汲んだ。

 どこか切羽詰まっている切嗣の様子に、アイリスフィールは黙って頷く。ここは切嗣に任せておこう。まずい事態になりそうなら、身を呈してでも切嗣を守る覚悟を決めて腹を据える。

 セイバーは自身に謝罪する男から視線を逸らさない。だが視界に入っている女の様子も捉えていた。男を守ろうとする姿勢を視認し、頭を下げ続ける男と女を前に認識を改める。

 

 セイバーは嘆息して腰に手を当てた。微かに漂う殺気が霧散する。重かった空気が緩んだ。

 

「困ったな……これじゃあまるで、私が悪者みたいじゃないか」

「………」

「降参だ。謝罪を受け入れるから頭を上げてくれ」

 

 ――セイバーからのマスターへの心証は決してよくない。

 今の彼は英霊だが、大元は神霊である。故に人の視座を超えた領域を有しており、セイバーの目はマスターが帯びる夥しい怨念を捉えているのだ。

 マスターは間違いなく多くの人間を殺し、怨まれ、憎まれている。そんな輩を信頼するには彼我の理解が足りていなかった。無論、怨念を帯びているからと、それだけでマスターの人間性を断定するような了見の狭さはない。彼の印象は人殺しに慣れた同類というものだ。

 そんな男が娘を召喚しようとした。普通なら釈明を聞く手間も惜しむところだったが――セイバーは白い女を視界の隅に置く。彼は経験上、人造生命の気配に敏感である。一目で白い女がホムンクルスだと見抜いていた。そんな女がマスターを守ろうと身構えているのにも気づいている。故に、マスターを見る目も若干変化したのだ。

 

 もしこの場にマスターしかいなかったら、セイバーはマスターの言い分に耳を傾けなかったかもしれない。見るからに穢れを知らない、無垢な女が傍らにいたから恫喝をやめ、なぜ彼らがセイバーの愛娘を召喚しようとするに至ったのか動機を聞いてみようと思った。

 

「君達がなぜ、アルトリアを召喚しようとしたのか。そしてなぜ、聖杯戦争に挑むのか。これらの動機を教えてほしい。事と次第によっては、娘に代わり協力するのも吝かじゃない」

「分かった。話していいね、アイリ」

「ええ。今はとにかく、セイバーの信頼を得るべきだわ」

 

 本人の前で信頼を得るべき云々と言うあたり、どうやら交渉事でもズブのド素人らしい。

 微かに呆れるセイバーだが、同時に微笑ましい気分にもなった。自分にもこういう考え足らずな時があったな、と。特殊な事情があるため、彼はホムンクルスに対し基本的に親身なのである。

 

 ともかく切嗣は余計なことは話さず、淡々と自分達の目的を話した。冬木の聖杯のこと、アインツベルンのこと、自分の略歴、そして理想。セイバーは真剣に耳を傾けてくれていた。

 その裏で切嗣はセイバーを観察し、分析する。

 性能ではない、その性質を、である。

 このサーヴァントは自害させられるのも構わないと言った。聖杯への望みなどないのだろう。単に娘が召喚されるのが気に食わないというだけの動機で現界している。嘘を言う理由はないはずだから事実と見ていい。なら、主導権はセイバーにあるということになる。

 セイバーには別に、切嗣のために戦う義理がないのだ。であるなら少しでも疑われないように嘘を言うべきではないだろう。そんな判断があったから、切嗣はセイバーの要求に従って聖杯にかける願いまで口にしたのだ。――事務的な説明を聞き終えた英霊は考え込む。

 

「――恒久的な世界平和、か」

「……なんだ? 僕がそんな絵空事を語るのが意外なのか」

「いいや、そんなことはない。素晴らしい理想だと思う。もちろん皮肉なんかじゃないさ」

 

 何かを言いたそうな顔をしたセイバーを睨む切嗣の表情を見てか、彼は曖昧に濁した。

 まあ――指摘する義理もないか、と。

 セイバーはあっさり切嗣の陥穽を見抜いたのに指摘しないでおいた。彼の歩んだ人生の経験で、そんな夢物語を真剣に追い求めるようになったのなら、初対面の者が訳知り顔で道理を説いても反発されるだけだろう。たとえ妄執に等しい理想に取り憑かれていようと、救いの手を差し伸べていい人間ではない。自分には彼の人生に深入りし、肩入れする動機が全くなかった。

 今のセイバーにとって大事なのは、マスターの人間性だ。

 少なくとも娘を外道な目的のために喚び出したのではない、それが知れただけで充分である。

 そしてマスターが外道ではないのなら、セイバーとなった自分の取るべき対応も明らかだろう。その枠から外れる気は今のセイバーにはない。

 

「よからぬ企みで召喚に臨んだわけではないと理解した。もし君の語った理想に偽りがないのなら、幾つかの条件付けで君のサーヴァントとなり、聖杯を手に入れるために戦うと誓おう」

「……いいだろう。だが条件(もの)によってはこちらからも条件を出してもいいな?」

「構わない。互いに妥協はするべきだろうからね」

 

 会話。会話こそ、最も容易にして困難、最善のコミュニケーションである。

 特に衛宮切嗣は対人のスペシャリストだ。相手の経歴だけで人物像をある程度推測し、脅威度を測定することも能う彼が、直接言葉を交わした相手の性質を見抜けないなんてことはない。

 相手の思考、思想、性格、行動パターンを正確に分析できなければ、確実な勝利を得ることはできない。そしてその手の分析を切嗣が外したことはなかった。

 

 そんな衛宮切嗣がここまでで導き出したセイバーの人物像は、『普通』だ。

 己の力に自信はあるのだろう。しかし自己の都合を押し付けようとはしない善性がある。子を持つ父親として当然の感性を持ち、こちらの事情を汲みとろうとする姿勢もあった。

 戦争そのものを忌避している節もあるが、完全に割り切ってもいる。闘争を賛美する性質ではなさそうだが、その反面必要なら手を汚すのを躊躇いそうにもない。『普通』のまま闘争に慣れ、『普通』のまま英雄として生きたのだ。故に彼は『普通』()()()()

 破綻者ではない。だが異常者だ。彼の伝説を知り、彼の人柄を分析するほど不自然さが浮き彫りになる。『普通』ではいられないはずの境遇で、人生で、こんな在り方を堅持できるのなら、それは間違いなく英雄という人種だけだろう。精神強度が桁外れなのだ。

 

 本質的に強い人間。それが切嗣から見たセイバーだった。

 

(――案外、僕との相性はよさそうだな)

 

 お高く纏まったお堅い騎士サマだろうと決めつけていたが、どうにもそんなイメージが湧かない。勝つのは当然、勝つのが分かっている、だから勝った後のことを考える、それが王の仕事だ。お国柄、清廉さを取り繕ってはいるものの、必要なら汚い戦術にも理解を示す。この男はそんな英霊なのだと切嗣は推測して――微かに胸中を過ぎる、不快な嫉妬を押し殺した。

 自分には真似できない。そんな立派な父親にはなれない。不必要な情報だと判断してセイバーに言っていないが、妻を生贄に理想を遂げようとする自分なんかには、彼の在り方は眩しすぎた。

 

「私から提示する条件は三つ。このいずれか一つでも破ったなら、君には令呪を使ってもらう。そして全ての令呪を喪失した後、更に条件を破ったなら私はサーヴァントの役割を放棄し退去する」

「……猶予を三回も与えてくれるなんて、随分と慈悲深いことだな」

「皮肉かい? 心に余裕がなさそうだね。それとも敢えて挑発して私の反応が見たいのかな。どちらにせよ忠告しておこう、あんまり()()()()()()()()()()()()()()()()。私は厳密には違うが……英霊も大部分は人間だ、嫌ってくる相手に好意的にはなれないよ」

「………」

 

 ――流石は伝説の騎士王サマだ。僕みたいな若造の内心なんかお見通しってわけか。

 

 見透かされたことに驚きはない。人間の尺度では測れない存在がこの世界にはいることぐらい、切嗣も先刻承知である。ポーカーフェイスだけで誤魔化せるなら苦労はないのだ。

 ともあれ、とうのセイバーは不快感を示していない。彼は淡々と条件を提示していった。

 

「条件を言おうか。まず一つ目。私が聖杯戦争で戦うにあたり、自己裁量権を認めること。戦場で私の判断に口を挟むな、ということだね。もちろん君からの意見を無視することはないが、最終的に決定するのは私だ。戦闘を行う前、戦術や方針を決める際にはマスターの指示に従おう」

「……いいだろう。司令部と前線の見解が一致するのは稀だ、その場合は前線に立つセイバーの判断を尊重する。こちらの状況でどうしてもお前を動かしたければ令呪を使おう」

「繰り返すけどそちらからの意見や指示に耳を傾けはする。令呪を早々に切って無駄打ちしないように注意しておくといい。では二つ目の条件だ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「――なに?」

 

 予想外の条件に眉を顰める。黙って聞いていたアイリスフィールが堪らず口を挟んだ。

 

「待って、セイバー。それは駄目よ。聖杯戦争はマスターとサーヴァントの一組で戦うのがルールなのよ? そんなことをしたら他陣営から袋叩きにされかねないし、監督役の教会が黙ってないわ」

「ルールね。それはもちろん理解している。理解した上で言っているのさ」

「ならどうして?」

「戦争にルールは必要だ。けど私は自分が最強無敵の存在だなんて自惚れるつもりはない。英霊の中には私よりも強力な者がいるかもしれないし、相性の差で歯が立たない相手もいるかもしれない。そんな相手と対峙し敗れそうになった時までルールを守り潔く散るのかい? 私は御免だ、戦争は絶対に勝たないといけない。勝てば官軍なんだ、負けて浮かぶ瀬はないよ。負けたら全てを失うのなら、勝つための布石は打てるだけ打って然るべきだろう」

 

 声には出さなかったが、その通りだと切嗣も同意した。話が分かるじゃないか、と。

 セイバーは言う。アインツベルンが持ち、他の陣営が持ち得ない最大の強みは『兵力』であると。彼は人造生命に対して慈悲深いが、それはそれとして戦争に利用できるなら利用する。

 勝てなければ全て終わる、そういう価値観があるからだ。守るべきものを抱え、決して抱えたものを手放さなかったセイバーの論理である。

 

 アインツベルンが錬金術の大家で、多くのホムンクルスから成る一族だと聞いた瞬間に、彼はアインツベルンが有する戦力をほぼ正確に読んでいた。そして魔術師という人種の用意周到さも知悉している。サーヴァント相手には敵わずとも、マスターを狙ったなら充分以上に脅威となるだろう。無論戦闘用ホムンクルスが部隊単位で冬木入りしたのなら、セカンドオーナーとやらの遠坂、監督役の聖堂教会に察知されるはず。だが何も問題はない。

 もしもセイバーや切嗣が敗れそうになったら投入する予備戦力だが、そうした事態にならない限りは裏方に徹させる。サーヴァント同士の対決で起こる被害を隠蔽するために、最低限の働きをして監督役の負担を軽減させればいいのだ。後は知らぬ存ぜぬで押し通せばいい。手助けしてやっているんだぞと、恩着せがましくして居直る面の皮の厚さを見せてやるのだ。

 

 当然だが、監督役や遠坂はいい顔をしないだろう。場合によっては対策を打つ。だがそれがどうしたというのか。勝てば官軍である、今回の戦争に全力投球をして確実に勝てたなら、後のことなんてどうでもいいのではないのか? 勝てさえすれば、後のことはいいのだ。

 セイバーの論に切嗣は全面的に同意した。流石にアイリスフィールは容易に頷こうとしないが、もしも今回で聖杯戦争を終わらせられなかったなら、次の聖杯戦争では自分の娘が――あるいは娘の後継となる存在が聖杯戦争に投入されてしまう。それを思えば今回で必ず戦争を終わらせようとする姿勢に、彼女の心情も大いに傾いていってしまった。 

 

 戦力をプールし、こちらの発揮できる戦術パターンを豊富にさせる。その上で万全の装備を整えて、確実に勝機を高めるのだ。そして()()()()()()()()()相手陣営が不正を行なっていれば、人海戦術で情報を暴ける。外来のマスター、他の御三家のマスターには真似できない、アインツベルンだけが発揮できる強みを全開で活かしていくべきだろう。

 むしろなぜ今までそうしていなかったのか、セイバーとしては不思議でならない。

 切嗣は仕方ないのだ、彼の発言力は弱い。傭兵として雇われた彼が何を言っても、雇い主がノーと言えば終わりだ。しかし無理もないのかもしれないとセイバーは思う。

 

 話を聞いた上で考えるに、アインツベルンは『機械』でしかない。

 

 アインツベルンがホムンクルスである以上、造物主がいるはずだ。しかし造物主はいない。なら必ずどこかで破綻している。機械であるとすれば融通の利かなさは容易に想定できてしまった。

 整備不良。あるいは、単一の目的しか持たない不完全な生命。

 哀れではある。だが同情はしない。しっかりとした自我を持つのは、この白い女(アイリスフィール)ぐらいではないだろうかとセイバーは思った。

 アインツベルンが機械であるならルールを大胆に破ろうとはしないだろう。ルール違反をするにしても強い英霊を喚ぼうとするぐらいに留まっているはずだ。随分とお行儀のいいことである。

 

 だがそんなアインツベルンも、自陣営のサーヴァントは無視できない。

 

 条件を飲まなければ退去すると脅されたら、呑める範囲で条件に従わざるを得ないのだ。令呪があろうとなかろうと、聖杯戦争に意欲的ではないサーヴァントに提示できる旨味がないのだから。

 事実セイバーは聖杯戦争に対してやる気がない。退去するのを躊躇わず、自らの死を厭う理由が特にないのである。だって――ここにいるのはあくまでもサーヴァント。つまりは影法師。本体ではない、分霊の切れ端だ。殺されても痛くも痒くもないのである。

 

「三つ目、これが最後の条件だ。マスター、()()()()()()()()()()()()()()()()

「なんだと?」

 

 出された条件に切嗣は思わず反駁した。

 衛宮切嗣は暗殺者である。闇に紛れ、情報を収集し、ターゲットを葬るのが基本だ。断じて表に出て、正面切って戦う者ではない。これは流石に承服しかねるが、セイバーに譲る気はなさそうだ。

 

「……どういうつもりだ? 僕の経歴は話したはずだ。僕の戦術も察しがついているはずだろう。なのになぜ僕がお前と仲良く前に出ないといけない?」

「簡単な話さ。この聖杯戦争で、()()()()()()()()()()()()()からだよ」

 

 確信を持っての断定に、険しい表情のまま説明を求める。

 そしてセイバーが取り出した宝具を見て、説明を聞き――切嗣の目に理解の光が灯った。

 なるほど、それなら確かに、と。

 彼はセイバーの条件を呑み、次いで自身からセイバーに条件を提示した。

 

 

 

 ――セイバーのサーヴァント・アーサーのスタンスは、究極的には『無関心』である。

 故にセイバーは切嗣の理想の落とし穴を指摘せず。アイリスフィールの正体や事情、それら全てを聞こうともしないでいた。

 現世の人間には、可能な限り干渉する気がないのだ。そして真に高潔であるわけではない故に、英霊にとって後世の人間全てが大事な宝だと言うつもりもない。

 

 今のアーサーには、やる気が微塵もなく。

 召喚されたからという、消極的な義務感しかない。

 

 彼が本気になるのは――アイリスフィールが聖杯そのものであることを知って。

 切嗣と彼女に娘がいることを知り。

 そして、今回個人的な因縁が生じる――()()()()()()()()()を待たねばならなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




歴史ヒストリア(?)
グレートブリテン建国神話。最高存在の主神はおらず、アーサーが聖槍によって神に至ったと言われる。また彼の聖槍がロンギヌスと同一視される故に、聖四文字が人として生まれた御方なのではと、後世で物議を醸しもした。そのためグレートブリテン建国神話は、聖書の亜種として位置づける向きもある。モルガンは女の大悪魔であり、彼女を教化させて改心させる物語だとも。




※以下にアーサーのステータスを載せていますが、筋力に+がついたこと以外は原作と同じです。何これチートとか言っちゃいけません。原作がチートなんです。
※スキルは全部強化されていますが、軍事一辺倒だった故の成長補正のようなものです。ぶっちゃけるとカリスマ以外はFGOで強化されたスキル名を採用しています。


真名「アーサー・ペンドラゴン」
クラス「セイバー」
属性「授業参観で出しゃばる親バカの極み」
クラス別スキル「対魔力A・騎乗B」
ステータス「筋力A+・耐久A+・敏捷A・魔力A・幸運D・宝具A++」

保有スキル「輝ける路EX・赤き竜の徴A・騎士道のカリスマA・神性C」

 詳細
・「輝ける路EX」(常時発動。「自分にとっての最適の行動」を瞬時に感じ取る能力。ほぼ未来予知の領域に達する直感。視覚・聴覚への妨害もある程度無視できる。また運命に纏わる因果を自らの行動・意思により変化させることが可能となった。これはとある魔術師の予言を覆した故のスキルである)
・「赤き竜の徴A」(魔力を自身の武器や肉体に帯びさせる事で強化する。弛まぬ鍛錬により鍛え上げられた肉体を、有り余る魔力で強化しているため、その筋力は無双を誇った。また彼の有する竜の炉心が稼働を止めることはない。魔力を帯びた存在との戦闘中は、彼の魔力は常に回復し続ける)
・「騎士道のカリスマA」(軍を率いる才能。ブリテンの副王であるため、率いる軍勢の士気は極めて高いものになる。通常ではランクBのカリスマとして効力を発揮し、一国を治めるのに十分な程度だが、騎士に分類される英霊や、騎士道精神を有する者にはAランク相当のカリスマとして機能する。これは、ブリテンの伝説的君主としての名声が形となったものである)
・「神性C」(彼の伝説が神話とされてしまった故に。また、聖槍によって神となった逸話があるため、彼は本来最高ランクの神性を有するが、神霊ではなく英霊として召喚されたため大幅にランクダウンしている)

宝具「約束された勝利の剣A++・風王結界C・全て遠き理想郷EX・(封印中「最果てにて輝ける槍」)」

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