転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話 作:飴玉鉛
「………」
「どうかしたの、セイバー?」
男が、だらしのない表情で、雪積もる森林の中を駆けている。
冷酷な戦闘機械じみていた、幽鬼の如き暗殺者の意外な一面を目の当たりにしたセイバーは、なんとも言えない複雑な表情で沈黙していた。
そんな彼を見かねたのか、アイリスフィールが声を掛けてくる。セイバーは男から視線を外して彼女の方に向き直り、やりきれないとばかりに嘆息した。
「いや。マスターは間抜けだなと憐れんでいたんだよ」
「……どういうこと?」
唐突な罵倒を聞いて、アイリスフィールはムッとする。
愛する夫の悪口を聞いて笑顔でいられるほど、彼女は我慢強くなかった。
しかしセイバーは可愛らしいアイリスフィールの苛立ちに取り合わず、再び窓から衛宮切嗣とその娘の憩いを見下ろした。
「見なよ。だらしなく弛緩したあの顔を。子供相手に真剣に遊んじゃって、大人気ないだろう」
「……いいじゃない。本気で遊んでくれて、イリヤだって嬉しいはずよ」
「そうだね。きっとマスターはあの子を愛しているんだろう。今日見たばかりの私でも、一目でそう感じたんだから間違いない。……だから間抜けなのさ」
「………?」
小さな小さな幼子。イリヤスフィール。彼女のムキになった顔と、切嗣に勝てた時の笑顔。子供は無垢で愛らしい……だからこそ、子供を見ればその親の愛情も推し量れるものだ。
切嗣は間違いなく、心の底から、掛け値なしにイリヤスフィールを愛している。その点に関して指摘する言葉に、アイリスフィールは首を傾げた。
「恒久的世界平和? バカバカしい。あんなに大事に思っている家族がいるのに、なぜマスターはそんな馬鹿げた理想を追いかけているんだ。アイリスフィール、君にはなぜか分かるかい?」
「………それは」
「分からないんだろう。
「――――」
喋り過ぎたねとセイバーは呟く。他人事の戦争である故に、やる気は全くないのだが、『父親と娘』が戯れる光景を見てついつい口が滑ってしまった。
セイバーは人の心の機微に敏い。鈍感な男に
「……私と貴方は全然話していないのに、そんなことも分かるのね」
「大したことじゃない。相手の背景を察したら、誰でも想像がつく」
「そうなの? 参考までにどうして分かったのか教えてくれる?」
「……まあ、いいかな」
迂闊なことを口走ったツケだ。それに大した話でもない。セイバーはもったいぶらずに告げた。
「マスターは過酷な人生を辿って来たんだろう。どれだけの地獄を経たら、あんな妄想じみた理想に囚われ、呪われてるみたいに生きるようになるのかは想像したくもない。だけど君は違うだろう?」
「……ああ、なるほど。それなら確かに察しがつくわね」
「だろう? 嫌な指摘に聞こえるかもしれないが、君はホムンクルスだ。ここで生まれ、育ち、子を産み聖杯戦争が開催されるのを待っていた。そんな君が外界を知っているわけがない。なのに外界で様々な経験を経たマスターの理想に共感していると言っても嘘臭いよ。マスターなら気づけるはずなのに、その素振りがないことを踏まえて見ると、答えは出てしまうんだ」
アイリスフィールは精神的に弱くなった切嗣を支える為に、口では彼の理想に共感していると言っているのだ。そして理想そのものは理解できずとも、彼に勝ってほしい気持ちは本物なのだろう。
少女のように困った笑みを浮かべ、小さく拍手しながらアイリスフィールはセイバーに言う。
「本で読んだ名探偵みたいで凄いわ。けど、セイバー。切嗣には……」
「言わない。彼から理解者を奪うのは、どうにも気が引けるからね」
「そう……でもセイバー、どうして切嗣を間抜けだなんて言ったの?」
「それこそ簡単な話だ。簡単過ぎて退屈で、陳腐で、くだらない失陥だよ。彼の理想はもう叶っているのに、叶っていないと思い込んでいるんだからね」
「え……? それってどういう……」
セイバーは苦笑して、再びアイリスフィールに視線を戻した。
見た目こそ成人しているが、彼女の精神が非常に幼いと気づいたのだ。
実年齢はおそらく10歳にも満たないのだろう。なら分からないのも仕方ない。
「気にしなくていい。なにせ私がいるんだ。マスターは必ず
「――ありがとう。優しいのね、セイバーは」
彼なりの励ましなのだろう。しかし、アイリスフィールは曖昧に微笑んだ。
たとえ切嗣が帰れても、そこに自分だけはいないと知っているから。
暫くの日数を経て。冬木の地を訪れた切嗣は、微かな居心地の悪さを覚えていた。
「……なんだ、セイバー」
何もない空間に向けて囁く。そこには霊体化したサーヴァント、セイバーがいるのだ。
マスターである故に彼の姿を視認できている切嗣は、セイバーが自分に微笑ましげな目を向けているのに気づいたのだ。なんとも生温い視線には、流石の切嗣も反応せざるを得ない。
隣でニヤニヤとされていたら誰だって気になるだろう。これから拠点であるアインツベルンの城に向かうというのになんだというのか。うんざりした調子で睨みつけるとセイバーは肩を竦めた。
『別に? アイリスフィールから面白い話を聞けて、君に対する印象が変化しただけだよ』
「…………」
『歴戦の兵が家庭だと別人のようになるのはよく聞く話だ。でも私はそういう話を聞くのが大好きなんだよ。なぜだと思う? 普段は無愛想で素っ気無い相手が、その実かなりの愛妻家だと知れたら微笑ましい気持ちになるからだ。君のことだよ、マスター。初々しいな』
「…………」
何を聞いた、と反駁したくなる。だがグッと堪えた。その話題を深掘りされたくないのだ。
こうしてセイバーが揶揄してくるのは何度目だろう。イリヤと遊んでいる姿を見られたのは不覚という他にない。以来何度も揶揄してくるものだから、切嗣の苛立ちはピークに達しかけていた。
まるで友達感覚で娘の話を振ってきて、娘談義しようとするのは本当にやめてほしい。あんまりにもセイバーが娘の自慢をしてくるものだから、うっかりイリヤの方が可愛いに決まっている! と叫びそうになったこともある。完全に黙殺して無視してやろうともしたが、無視するなら退去しよっかなぁ、なんて雑に脅してくるものだからタチが悪かった。
間違いない。この男、私人としては性格が悪い――切嗣はそう確信した。
『――そうそう、娘もいいけど息子もいいよ。かなりいい。ウッドワスは生真面目な子でね、反抗期が来なかったのが唯一残念なところだけど、親の私にも遠慮せず意見を言ってくれた時には感動の余り泣きそうになった。ああ、一人前の男になったな、ってね』
「…………」
『嫁を連れてきてくれて、この女性と幸せになると言われた時もよかった。孫を見せてもらえた時の喜びは筆舌に尽くし難い。それから半年でアヴァロンに向かわないといけなくなったのは無念としか言えないが、息子が『父親』になった時の感動は涙無しには語れないな。あの時はでかした! って声を大にして叫んでしまったよ』
「…………」
『マスターはもし自分の娘が反抗期になったらどうする? 私の子供達は不思議とそういうのがなくてね、機会があれば反抗期の子について語りたいと思っていたんだ。ああ、マスターの子供はまだ幼いから想像がつかないかな? なら子供が恋人を連れて来たら――』
「――イリヤは誰にも渡さないッ!!」
発作的に叫んでしまった切嗣である。
イリヤが恋人を紹介してきた場面を想像し、一瞬で頭に血が上ってしまったのだ。
場は空港である。雑多な騒音で満ちていたが、切嗣の怒号で一瞬空気が凍りついた。予想以上に大きく響いた声に、セイバーと切嗣は沈黙する。
暗殺者である彼は注目されることに慣れておらず、やってしまったと激しく後悔しながら早足になったが、そんな彼をセイバーは霊体のまま追いつつ笑いかけた。
『……ふぅーん? なるほど、なるほど。所詮はお父さん歴の浅い男だったようだね』
「……どういう意味だ」
冷静になろうとするも、なかなか激情が収まらない。マウントを取られていると勘づき、切嗣は怒気も露わにセイバーへ殺気を向けたが、まるで怯んだ様子もなく挑発された。
『娘は可愛い。息子もだ。男親にとって子供は天使だよ。いや天使なんて娘に比べたら羽虫に過ぎない。だけど、だけどだ。――孫はまた別の意味で可愛くて愛おしいものだぞ』
「…………」
『想像するといい。可愛くて大事な娘が、赤ん坊を抱いている姿を。新しい命を慈しむ母親になった姿を。私はこの気持ちを言語として出力できないが、至福の時だったとだけ伝えておこう』
「ッ……! 黙って聞いていれば、さっきからなんなんだ……! 何が言いたい……!?」
言われてしまえば想像してしまうのが人間だ。
確かに素晴らしいだろう、感動的だろう。だがイリヤは、とても長生きできる体ではない。
それを知るからこそ悲憤を覚え、逆上してしまいそうな自分を律しながら、切嗣はセイバーに子供談義の真意を問い掛けた。ふざけた答えならぶん殴ってやるとまで血迷いつつ。
『――なんのつもりかと言われたら、まあ……マスターの存在を喧伝したかった、ってところかな』
「――――なに?」
澄ました顔でセイバーは嘯く。ふざけた話を振るのではなく、急に真面目な話を始めた。
『一足先にホムンクルス達を冬木入りさせているんだろう? 情報収集のやり方は君が教えていたから、まあ基本は押さえているはずだ。当然彼らの存在は露見しているはずで、所在の割れているトオサカ、マトウ、監督役のコトミネの周りは固めている。そうだね?』
「僕の存在をアピールし、アインツベルンのマスターが衛宮切嗣だと事前に報せ、どの陣営が最初に動くか反応を見たかったのか。ふざけた真似を……無駄なリスクを負っているだけだ」
『そうでもない。反応した順番を見れば、自ずと見えてくるものがある。例えば――
「なんだと」
予想外の台詞を聞き、無言で切嗣はセイバーに続きを促す。本当なら戦術の方向が変わってくるほどの重要な情報だ。たとえばセイバーならキャスターを狙い撃ちし、奇襲を仕掛けて一気に仕留めるなど、盤面を動かすに足る情報なのである。
『反応が遅いなら私以外の三騎士、少しでも早く動きのあった方がアサシンかキャスターだ。御三家とかいうものは聖杯戦争で勝利するために、事前の準備はしているはずだろう? していないなら容易に踏み潰せるから考慮しなくていい。となるとマスターがアインツベルンに招かれたという情報を、最も手強いだろうトオサカは確実に入手しているはず。そうだろう?』
「そうだな。間桐が衰退している以上、御三家の中で最も手強いのは遠坂だろう。遠坂時臣は監督役の言峰璃正の息子、言峰綺礼を弟子にしている。その言峰綺礼が令呪を宿したという情報も僕は入手した。こちらがそうした情報を集めているように、アインツベルンに関する情報を向こうも漁っているだろう。それで、どうやってサーヴァントのクラスを特定するつもりだ?」
『私もマスターの纏めた資料を読ませてもらったが、遠坂時臣は典型的な魔術師だろう。だが同時に
「――自分が勝つために、自分のサーヴァントを補助させようとする、か。弟子のサーヴァントを利用して」
そうだ、とセイバーは頷く。
『だがほとんどの英霊は、聖杯戦争に参加する場合、相応の願望を秘めているはずだ。となると素直に他所の陣営と協力してくれるか怪しい。下手に強力なサーヴァントに現界されても困る。するとトオサカはコトミネに、キャスターではなくアサシンあたりを喚び出させようとするだろう。それなら情報収集をさせて盤面を固められるし、不要になったら簡単に始末できる。おまけに味方にアサシンがいたら暗殺される心配はなくなるだろう? 以上の点からコトミネがアサシンを喚んでいると予想しているけど、確実じゃない。だから反応の早さを確かめたいのさ。もしマトウが反応したら、マトウはキャスターを喚んでいることになる。今の私の予想ではトオサカは強力な三騎士狙いで触媒を手配しているだろう』
そこまで聞いた切嗣は、怒りを収めて内心舌を巻いた。
魔術師という人種は確かに貴族らしい部分がある。そこから逆算して予測を積み重ね、集めた情報から人物像を導き出し、様々な角度から照らし合わせていくと確かに――遠坂時臣は言峰綺礼に、アサシンを喚ぶように指示していてもおかしくないと感じられた。
これが情報伝達の手段が未発達だった時代で、相手の陣容から正確に弱点を見抜いたという騎士王の洞察力なのか。所詮は洗練された軍事学のない過去の遺物と侮っては痛い目を見るだろう。
だが。
「連中もバカじゃない。迂闊な反応を見せてくれるとは限らないだろう」
『そうだね。けどマスター、
無反応も反応の内。そうだな、と切嗣は頷いた。九割方、遠坂と間桐はアインツベルンのホムンクルスが多数、冬木に侵入しているのに気づいている。気づけないような無能なら、脅威度は遥かに低い故に想定する意味はない。よって気づいていると仮定するべきだ。
そしてそうであるなら、ホムンクルス隊を切嗣の助手、久宇舞弥が率いる故に久宇隊と呼ぶとして――久宇隊の目を盗んでの行動となる。多少なりとも動きづらさを感じているなら、取るべき行動は大別して二つになるはずだ。監督役を介して切嗣らに接触して抗議し、速やかに久宇隊を撤収させるようにと警告するか、或いはアサシンを使い久宇隊の情報網を撹乱させようとするかだ。
久宇隊の集める情報にノイズが走れば、アサシンかキャスターがいると自白するようなもの。このノイズの走り方で判別は容易だ。久宇隊に欠員が出ればアサシン、欠員がないのに誤情報が出れば暗示を使用したキャスターである。そしてこちらの動向を見極めようとして無反応だったら、こちらが警戒するには及ばない状況だと断定できる。どう転んでも、切嗣達の不利にはならない。
「戦争の基本だな。相手の嫌がることを徹底して行ない、
イリヤのことで揶揄されても、昔の切嗣なら完璧に無視できていたはず。やはり暗殺者として衰えているなと改めて自覚するも、セイバーの意図が読めずに問い掛けた。
するとセイバーは微笑む。稚気の滲んだ目をしていた。
『大した理由はないよ。僕はモルガン仕込みの風の魔術で、周囲の索敵が出来る。人じゃない何かがいて――
「――なるほど。周りに潜んでいる舞弥からの警告がなく、僕が何も感じられない中でお前が察知しているなら、既にアサシンが僕達を捕捉しているということか。だがそうだというなら一言入れればいいだろう。何も僕を怒らせることはないんじゃないか?」
『そうだね。そこは正直、無愛想なマスターを
そうか、と思う。やはりこのサーヴァントはふざけた奴だ。――切嗣は無言でセイバーを殴りつけたくなるも、簡単に受け止められて終わるだけで不毛だと自分に言い聞かせる。
ともあれ遠坂と間桐のサーヴァントのクラスを特定できればいい。言峰綺礼はアサシンで間違いないだろうと切嗣も思ったが、それは遠坂の動向を注視していれば自ずと明らかになるだろう。
故にアドバンテージを活かして、切嗣達が取るべき初動は決まっている。後はタイミングだけだがそれは何時頃になるのか。そう思案しながら城に向かった。
切嗣達の初動。それは――
アインツベルンの本拠で行なった作戦会議で、対魔力を有するセイバーの敵ではないだろうしキャスターは後回しにするべきだという意見は出ていたが、セイバーがキャスターは最初に脱落させておくべきだと主張していた。
時間をかけるほどキャスターは手強くなる。それに魔術は千差万別だ。尋常の魔術ならセイバーに効果はないが、幻術などの使い手が召喚された場合、セイバーと切嗣が分断され危機に陥る可能性は高いというのだ。切嗣もまた別角度の視点からセイバーの意見に同意し、採用した故にキャスターの早期撃破は決定事項となっていた。
故に
『――切嗣。
切嗣の右耳に嵌められているイヤホンに女の声が届く。
無線機だ。久宇舞弥からの予定にない報告を聞いて、彼は眉を顰めつつ小声で応答する。
「どうした?」
『住宅街で英霊召喚によるものと思われる強大な魔力反応を察知。αチームが調査を行なったところ、住宅内で惨殺死体を発見。急ぎ周囲を探索し、サーヴァントとマスターと思われる男を発見したとのこと』
「――なんだと?」
青天の霹靂だ。切嗣は詳細な報告を求め、顔を険しくさせていく。何事かとセイバーが様子をうかがってくるのに、彼は湧き起こる義憤と嫌悪を押し殺し淡々と告げた。
『何があったんだい、マスター?』
「αチームのお手柄だ。敵サーヴァントを発見したらしい。敵はキャスターと思われる。今はまだ捕捉して追跡しているが、いつ気づかれて撒かれるかは分からない。セイバー――」
切嗣は言った。
「今すぐに急行し、キャスターとそのマスターを始末するぞ」
やめて!アインツベルンの人海戦術で、冬木の至る所に情報網を敷かれたら、偶然聖杯戦争に巻き込まれた一般枠がサーチアンドデストロイされちゃう!お願い、死なないで龍之介!あんたが今ここで倒れたら、青髭の旦那やロ凛とのドラマはどうなっちゃうの?ライフはまだ残ってる、ここを耐えれば最高に超COOL!なんだから!
次回「龍之介死す」。デュエルスタンバイ!