転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話 作:飴玉鉛
――キャスターのサーヴァント。真名をジル・ド・レェ。
かつて一国の元帥であり、貴族としての義務に真摯で、また軍人としても優秀な将帥だった。
だが彼は外道に堕ちた。高潔な軍人だった彼が堕落した原因は、敬愛した聖女の死にある。
苦悩があった。絶望があった。怨嗟があった。
しかし闘争の場に於いて、常にドラマチックな演出と共に過去が明かされるわけではない。
彼は確かに優れた軍人であり、指揮官だったが、ジル・ド・レェ自身は魔術師の素養がなく、またその意識もなく、堕ちた聖なる怪物でしかない。具える単一の戦闘力は高く見積もっても名も無き騎士より優れている程度で、神話級の英雄の武技には遥かに及ばなかった。
彼の敗因はそこにある。魔術師としての高い素養と技量、騎士としての隔絶した実力、そのいずれかでも具えていたのなら――彼は、
だが現実は無情だ。彼の聖杯戦争は、始まった直後に終焉を迎えた。
――いつも思うのだが、聖剣って使い辛い。
聖剣とは関係なしに、騎士の王国の副王という立場があったせいで、戦場でも基本的に相応の振る舞いを心がけないといけなかったわけだが、それにしても聖剣は残念な部分が目立つ。
騎士道に悖る行ないをしたら折れるってなに? 聖なる剣だろうがなんだろうが、剣は剣、兵器だろう。余計な縛りを担い手に負わせるのは聖剣ではなく魔剣の領分ではないだろうか。
どんな死に方をしても死は死であるし、殺人は殺人だ。そこに貴賤はないとまでは言わないが、正々堂々殺したとしても結果として殺したことに変わりはないだろう。聖剣で多くの敵を斬り殺してきたのだから、血で塗れている事実は不変である。
なら不意打ちぐらいさせてほしい。奇襲で後ろから刺させてほしい。どんな難敵にも正面から挑まないといけない辛さを理解しろ。ローマの剣帝とか後ろから刺したい気持ちで一杯だったんだ。
――しかしサーヴァントとなった今では、聖剣はともかく立場による縛りはない。
よって普通に不意打ちする。
「カッ――!?」
切嗣の発砲に合わせ、背後から忍び寄ったセイバーは、
一撃でサーヴァントの心臓――霊核を破壊する。掴み取った心臓を有無を言わさず握り潰した。聖剣で刺せたらいいのだが、聖剣は正々堂々とした騎士として振るわないと折れてしまう可能性があるので、わざわざ己の肉体で殺めたのである。セイバーは敵サーヴァントが完全に消滅するのを見届けて、そのマスターを
「楽な敵だったね、マスター」
「ああ。……だが、意外だな」
「何がだい?」
白い女――魔術界で錬金術の大家と謳われる、アインツベルンのホムンクルスだ。人間を凌駕している性能を有する女は、敵マスターの遺体を軽々と運び出していく。それを一瞥した切嗣が珍しく声を掛けてくるのに、セイバーは一度霊体化して返り血を落とし聞き返した。
「お前は騎士王だろう。なのに躊躇なく敵を後ろから刺すだなんて、お前には騎士としての誇りって奴がないのか? それに、妙に気配を消すのが上手かったが……」
「騎士としての誇りなら勿論あるとも。最初はそんなもの持っていなかったけどね、長く騎士らしく振る舞っていたら自然と身についていた。だけど楽が出来るなら楽をするべきじゃないか? だって誇りに殉じて身を危険に晒すだなんてバカバカしいだろう。――ちなみにマスターは生前の私をどれぐらい知っている? ブリテンの十三の宝については?」
「概ね知っているが……」
至極あっさりとした物言いに、切嗣は毒気を抜かれる思いだった。
騎士だから不意打ち、奇襲に関していい顔をしないと決めつけていたのに、実際は有効な戦術だとすんなり認め、自身もそれに合わせる柔軟性を見せてきたのだ。
当初は戦術面での連携に不安があったが、これなら不安に思う必要はなさそうである。案外、実戦に際しては切嗣との相性はかなりいいのではないだろうか。そのことを実感しつつ相槌を打つと、セイバーはなんでもないように種明かしをした。
「ブリテンの十三の宝には飛竜を召喚する角笛、モルガンの作った戦車、身体能力を上げる指輪とか他にも色々とあって大抵は宝具なんだけど、ほとんどはモルガンが制作したものとか、隠しておきたい娘の能力を誤魔化すのに用意した欺瞞だったりするんだ」
「………」
「その内の一つが『グウェン』。これは四隅に林檎の刺繍を入れている白いマントなんだけど、私が風の魔術で姿を消した時に、私自身にはそんな力がないと思わせるために作った欺瞞なんだ。騎士達を束ねる副王が、そんな卑劣な能力を有しているだなんて思われたら、風評的に少し瑕疵がつきそうだったからね……つまり『グウェン』がなくても私は姿を消せる」
聖剣を風王結界で隠しているのと同じ原理だ。風の断層で光を屈折させ姿を消す、つまらない小細工だろうなどと嘯くセイバーに切嗣は呆れた。
何が小細工だ。セイバーほどの怪物が、姿と気配を消して忍び寄ってくるなど悪夢である。今回は聖剣ではなく素手で攻撃していたが、生前は聖剣以外の強力な武器で奇襲していたのだろう。
思えばアーサー王の逸話には、当時の騎士らしく単独での遍歴も含まれる。その際におよそ騎士らしからぬ行いに手を染めたものもあった。それは、シビアな価値観で以て行われたのだろう。
ともあれ、これでキャスターとそのマスターは脱落した。
犠牲にする必要のない無関係な一般人を惨殺する、不愉快極まる手合いのようだったが、具体的な被害を目の当たりにする前に始末できたのは幸運かもしれない。この手の破綻者は何を仕出かすか読めない不確定要素だったため、早期に排除に動いて正解だっただろう。
切嗣はかつての自分なら無視していただろう、無関係な一般人の犠牲を避けた自身の判断の甘さを自覚する間もなく、セイバーの醸し出す安心感に呑まれてしまいそうなのを自戒していた。
鮮やかな手並みだ。アサシンクラスのサーヴァントだと言われても通じる手腕である。これで指揮官としても騎士としても伝説級だというのだから、実に恐ろしいサーヴァントだ。
加えて言うと風の魔術まで一流である。当たり前のように纏うそのカリスマ性には、彼に全てを任せていれば大丈夫だと安堵させる力があったが、切嗣には彼に丸投げしてしまうつもりはない。
これは自分の戦いだから、なんてロマンチシズムに酔っているのではない。今回は相手がよかったから簡単に始末できたが、他も同様に片付けられると楽観するのは底抜けの阿呆だろう。
おそらくキャスターであろうあの巨漢は、自身の魔力や痕跡を隠そうともしない、まるで魔術に関する知見がないド素人のようだった。加えて呑気にどこかへ移動中であり、最低限の警戒はしているようだったが、なんらかの備えをしてもいなかった。
時間さえあれば何か対策を講じていたかもしれないが、召喚された直後の襲撃に対応できていないのなら意味はない。結果としてキャスターは真価を発揮することなく、いとも容易く脱落してしまったわけである。召喚直後に一般人の一家を惨殺せず、すぐに隠れ潜もうとしていたら結果はまだ分からなかったかもしれないが、無駄な残忍さを抑えなかったのが命取りだった。
久宇隊のホムンクルスが、キャスターのマスターの遺体と血痕を処理し、隠蔽を済ませている。切嗣たちが襲撃を掛ける前に、人払いの結界を張ってあったため一般人の目撃者もいないだろう。
今はまだ監督役から突つかれるのは避けたい。神秘の秘匿は守る必要があった。
「まあいい。予定とは違うが、結果として最優先目標は排除した。一旦拠点に向かい、次の標的を絞るとしよう。――セイバー? どうかしたのか?」
「………いや」
ふと切嗣がセイバーに視線を向けると、彼は秀麗な相貌を顰めていた。
何か気になるものでもあったのだろうか。微細な違和感だろうと共有しておくべきだと思い声を掛けるも、セイバーの反応は芳しくない。
「なにか、嫌な予感がすると思ってね……言語化が難しいから、違和感がもう少しはっきりしたら共有するよ」
「……? 分かった」
彼はサーヴァントである。故に聖杯から現代の知識を、全てではないにせよ魔術界の常識を含めて授けられていた。故に魔術師やサーヴァント同士の戦いは秘匿されるべきだと弁えている。
加えて幼少期はマーリン、少年期から晩年までモルガンを魔術の師として蓄えた知識もあった。本物の聖杯についても詳しく、冬木の聖杯がどういうものかもおおよそ察しがついている。
廉価版の物や魔力リソースとしての聖杯を、妻であるモルガンは自作できると言っていたのも覚えていた。だからセイバーは強烈な負の予感を覚えていたのだ。
今のキャスターのマスターは、切嗣の情報にはない。魔術師にも見えなかった。なら順当に考えて数合わせの一般人、巻き込まれた存在だろう。つまりは
……あんな快楽殺人者が、無色の魔力リソースであるはずの聖杯に選ばれ、令呪を与えられるものなのか? しかも喚び出したのが、一般人の一家を惨殺するような反英霊だっただと?
何か、おかしい。たった一つの違和感を拾うだけで、セイバーの鋭すぎる直感が警報を発した。今はまだ漠然とした不安が胸中に過ぎるのみだったが、この違和感は忘れないでおこうと思う。
セイバーは切嗣と共に冬山にあるアインツベルン城に向かう。辺りを陰ながら警護する、久宇舞弥や名も無きホムンクルス達の気配を感じながら、剣の英霊は密かに疑念を強めていった。
――夜。切嗣達がアインツベルン城に到着したのを見計らったかのように、聖堂教会から遣いの者が訪れてきた。
事実見計らっていたのだろう。彼らも久宇隊の蠢動は察知している証拠だ。
実際彼らの用向きは単純だった。聖杯戦争のルールとして、マスターとサーヴァント以外が盤面にいるのは認められない。故に即刻ホムンクルス達を撤収させろと警告しに来たのだ。もしもこの警告を聞かなかったら罰則を与えるのも辞さないと使者は言う。
これに対し切嗣は鼻で笑った。冗談も大概にしろ、と。
監督役の存在意義はなんだ? 参加者が神秘を漏洩しないかを見張り、聖杯戦争の痕跡を隠すためだろう。履き違えているのはお前たちだ。セイバーは強力な宝具を有している、宝具を使用する際に周辺へ被害を出さないように、できる限りの対処をするために用意した人員でしかない。それの何が悪い? お前たちの仕事を楽にしてやっているんだ、むしろ感謝してほしいぐらいだ。
そう言って使者の言葉を一蹴する。その上で、中立的な立場から逸脱した措置を取られた場合、こちらもそれに対する報復を行う用意があると分かりやすく恫喝もした。
切嗣の言い分は一貫している。使者は舌打ちし引き下がっていったが――
「セイバー、お前はどう見る?」
「たぶんマスターと同意見だ。こちらのスタンスを探りに来ただけなのか、あるいは……」
「
要するに茶番だ。言峰と遠坂の繋がりは、少し調べたら分かる程度の情報だが、表沙汰にはなっていないのである。見え見えでも証拠がないのだから、建前を用意されたら追求できない。
警告をして、何某かの因縁をつけて、何かあれば難癖をつけ大義名分を振り翳し、監督役が遠坂に肩入れするための下準備をしている――といったところだろう。小賢しいが、堅実でいい手だ。
『切嗣。遠坂邸で動きがありました』
ほぼ同時刻のことだ、舞弥からの報告が入った。
遠坂邸にアサシンが侵入し、金色のサーヴァントに撃滅されたらしい。
その際に見た金色のサーヴァントの攻撃方法も併せて詳細に知らされる。
「マスターはどう思う?」
「欺瞞だな。こんな序盤も序盤でアサシンを脱落させる馬鹿はいない。問題はどうやってアサシンの脱落を演出したかだが……舞弥、アサシンは確かに消滅したのか?」
『はい。βチームの魔術に長けた者から、アサシンが確実に消滅するのを見たと。令呪により退避させられた様子もありません。
「……セイバー、監視している班からはアサシンは、確実に消滅したようにしか見えないらしい。そのマスターも教会に駆け込んだそうだ」
無線機にはイヤホンが挿されており、セイバーに舞弥の声は聞こえない。
故に彼は疑うことなく首肯する。
「マスターの言う通り、アサシンはまだ使い途がある。トオサカがコトミネと反目し敵対したとは考え辛い。なら普通に欺瞞だろう。問題は令呪で転移させられていないというところだけど、答えは一つしかないね。アサシンの宝具には死を偽装する力があると見ていい」
「宝具の詳細は流石にまだ分からないな……」
「強いて言うなら『幻術』タイプが有力だけど、決めつけはよくないね。まだアサシンは脱落していないとだけ覚えておけばいいか」
「そうだな。遠坂邸での一件で、他の陣営は動くと思うか?」
「動くだろう。中には私達のように、アサシンの消滅が不自然だと勘付く者もいるだろうけど、いつまでも穴熊を決め込んでいるとは考え辛い。胡散臭さは感じていても動く陣営は出てくる。でもアサシンの影がチラつくのも面白くないね。なんなら教会を襲撃してアサシンのマスターを始末するかい?」
平然とした顔で物騒なことを言うセイバーに、切嗣は普通に一考の余地はあるなと思った。
なにせアサシンのマスターは、切嗣が最も危険だと見做している男だ。あの男を野放しにしているぐらいなら、多少のデメリットは無視してでも排除しておきたくはある。
だが。
「……流石にそれは早計だな。最終局面に入った後なら悪くないが、今はまだ手出ししたくはない。そんな真似をしたら教会は報酬をぶら下げて、僕達を始末するように他陣営を唆しかねない」
「最終局面に入ったらやる、と。オーケーだ、だけど舞台裏をうろちょろするのはヒサウ隊だけでいい、アサシンの姿を捕捉して証拠を握るように指示を出しておいてくれ。ヒサウ隊が目を光らせていたらアサシンも動き辛いだろう。もし運良く見つけられたら、大義はこちらのものだ。教会を襲撃し有無を言わさず敵マスターのコトミネを始末しよう」
「言われなくても指示は出している。だが期待はするな、アサシンを見つけられる可能性は低い。やる気があるのは結構だが、あんまり逸ってしくじってくれるなよ」
「安心してくれ、私にやる気はないさ。面倒な仕事は手早く済ませる主義なだけだよ」
やる気がないと堂々と宣うサーヴァントにマスターは嘆息した。
キレ者だし卑劣な奇襲も躊躇わない上に最優のサーヴァントだが、どうにも
子供を矢鱈と自慢してくる性格の悪さを除き、能力だけを見たら、信頼してやってもいいかもしれない。――英雄という存在を憎んでいた切嗣は、自然とそう思いかけていた自分に気づき、なんとも言えない気分の悪さを覚えた。
意地でもビジネスライクな態度を貫こうと、子供じみたことを思ってしまう。
「明日から動きがある。明日の内に最低一つは駒を落としておきたいね」
セイバーはそう予想して希望を口に出しつつ、切嗣の様子を密かに観察していた。
本体の年齢が1500歳近い故に、大の大人を見ても子供っぽいなと微笑ましい気持ちを懐きやすい。そんな感傷を心の隅に追いやりつつ、セイバーは内心で嘆息した。
(……どうも、僕に隠し事をしてるっぽいな……マスターは)
全て事情を話せって言ったはずなんだけどな、と心の中で呟く。
彼は些細な予兆も逃さず察知しているのだ。
ここは切嗣の拠点だ。侵入者対策はセイバーの目から見ても万全である。
それだけでセイバーは、切嗣が隠し事をしていると気づいていた。
まあ気にしないでおこう、親しくはないけど、どんな仲でも礼儀ありだ。
セイバーはそう思って詮索するのはやめていた。
――まさかその隠し事が、国外の本拠にいるはずのアイリスフィールが冬木入りしており。
そしてアイリスフィールこそが聖杯であることだとは、さしもの騎士王も全く予想していなかった。
愛する妻を生贄に捧げてまで理想を遂げようとしているとは、切嗣と接していて想像もつかなかったからだ。
夜が更けていく。翌日、セイバーと切嗣は、堂々と新都を散策して回ることを決定した。
次なる獲物を選定するために。
風王結界。刀身隠してるのはエフェクトで分かりやすいけど、実際は風のエフェクトもないので完全に視認不可。ならそれを全身にやれば?
プーサーもアルトリアも、できても絶対やらないことを普通にやるアーサーである。まあ一流の魔術師・戦士系サーヴァントには通用しない可能性が大なんだけども……その理由は今後作中で。
定時で帰りたい系サーヴァント。残業しないために合理性最優先でゴリゴリのパワープレイを展開し戦争を押し進めていく。