転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話 作:飴玉鉛
適当に街中を散策する。
当てはあると言えばあるし、ないと言えばない。
だがそれでいいのだ。切嗣は軍の総司令官、一国の王に見立てられる。そんな立場の人間があくせく働くのは合理的ではないし、盤上の整理は無数の手駒にやらせ、盤面を整えて動くべきだろう。運用できる駒を用立てられるなら、積極的に投入するべきだ。
よって切嗣とセイバーが不用意に姿を晒すのは得策ではない。敵陣営の動向を調査している久宇隊の報告を待ち、好機が到来していると判断を下せた時にはじめて動くのが上策。――であるのになぜ彼らは人目に触れるところを、日中から歩き回っているのか?
「……どうだ?」
「今はまだ何も感じないね。流石に日が高い内から動く馬鹿はいないらしい」
答えは、ちょっとした調査をしているからだ。
久宇隊だけでは暴けない、他陣営が取っているスタンスの傾向を見ているのである。
真っ昼間から仕掛けてくる阿呆がいるならよし。好戦的だから簡単に誘引できるだろう。有利な状況を整えた場に誘い出し、撃破に持ち込みやすい相手だと判別できる。
夕方から夜で人気がなくなりはじめた頃なら、好戦的ではあっても多少は常識がある。通常のスタンスで応じて作戦に嵌めるだけでいい。その場で無理して仕留めようとする必要はないので、結構な強敵だと判定すればその場は退き奇襲の段取りを組もう。
ただそれだけ。簡潔で単純な行動に深い理由はなかった。
街中を散策するにあたって、多少でも目立つためにセイバーは実体化している。目立ちたくはあるが悪目立ちはしたくないので、セイバーは現代風の衣装に袖を通していた。
切嗣が着ているようなスーツや外套を纏っているが、絵に描いたような王子様然としているセイバーは、それはもう目立っている。ただ歩いているだけだというのに、女性達の黄色い声がそこかしこから浴びせられている状況だ。これだけ目立っているのに見つけられない無能は流石にいないと信じたい。
「夜中まで何もなかったら、
こうした状況に慣れきっているセイバーは全くの自然体で、まるでセイバーのSPか何かにしか見えない風体の、サングラスを掛けた切嗣に訊ねた。
――住宅街にある『マッケンジー宅』に、マスターらしき少年が潜伏しているのを久宇隊は発見していた。場合によってはこちらから奇襲を仕掛けるのは容易だろう。
件の少年は人気のないところでサーヴァントを召喚していたらしいが、久宇隊が高魔力反応を察知し駆けつけた時には既に姿はなく、手当たり次第に周囲を調べ拠点を突き止めたのである。
「
「それもそうか。トオサカが三騎士、コトミネがアサシン。そして昨夜始末したのがキャスターとなれば、
今はまだ見逃しておくのがベターか、とセイバーは色のない声で呟く。
マッケンジー宅に侵入しているマスターが、バーサーカーを召喚して完全に制御している可能性もあるにはあるが、その可能性は限りなく低いというのが切嗣達の見立てだった。
なぜならバーサーカーの制御は困難である。たとえ完璧に抑える自信があったとしても、暴走の危険性は常に付き纏う。住宅街で万が一暴走を起こしたらすぐに居場所が露見するのだ。魔術師のくせして一般人の家宅に紛れ込むような
それにセイバー陣営が全ての敵を倒す必要はない。他陣営同士で潰し合ってくれるだろうし、変に気負って狂犬の如く牙を剥く必要はなかった。とはいえ今後一度でも交戦し、厄介だと判断したら奇襲で一気に討ち取るのも考慮している。その場合はセイバーが正面から訪問して、サーヴァントを引きつけている間に切嗣が敵マスターを狙撃して始末をつける算段を立てていた。
「――マスター。早速おでましだよ」
日が暮れるまで散策したが、それまではなんの動きもなかった。
切嗣がバーガーを注文し、随伴に与ったセイバーが余りの雑さに顔を顰めたり、レストランで注文した食事にケチをつけ出して『バーヴァンシーのご飯が食べたい』と涙ぐんだ場面もあったが、平和な時間など瞬く間に過ぎ去るものだ。セイバーの台詞を聞いた切嗣の意識が、銃のトリガーに指を這わせた時のような冷酷なものとなる。
「誘いか?」
「そのようだ。あからさまに気配を出して、人気のない方向に向かっている」
「方角は……あっちか。あそこはコンテナヤードのある区画だな」
まさか現代の食事で満足できないだなんて、舌が肥えたものだね――なんて余所事に思いを馳せながらも、セイバーは切嗣に意思を問う。
「どうする? 誘いに乗るかい?」
「……あの誘いに乗ったところで、アサシンや他陣営に見られるだけだ。無駄にこちらの情報を曝け出す必要はない……だがセイバー、お前はどのサーヴァントが誘っていると思う?」
「消去法で御三家のマトウ、もしくは時計塔から来ているケイネス・エルメロイ・アーチボルトだ。後者なら手札を確認するという意味で、誘いに乗るのもありかなとは思うね」
遠坂時臣は考慮に値しない。黄金のサーヴァントを使い、アサシンを偽装脱落させた今、ひとまずは静観の構えに移っていると見て間違いないからだ。
残るのはマッケンジー宅に潜む少年マスター、マトウ、外来のマスターの三人。しかし少年マスターに動きがあれば久宇隊に捕捉される。故に自動的に除外された。
「間桐の妖怪は狡猾だ、堂々と表舞台に立つことはない。仮にあるとしても、少なくともこんな序盤では有り得ないだろう。敵を挑発するように誘い出そうとしている点から好戦性が見える、十中八九ケイネスだと見ていいはずだ。他の陣営に動きはないことだしな」
「なるほど。それじゃ、私の意見は誘いに乗るの一択だ。第三者に覗かれても私は困らない。何せ私の弱点は神殺しや竜殺しぐらいだし、そんなピンポイントな宝具の持ち主がいる可能性は低いだろう。仮にいても、素直に食らうほど間抜けではないつもりだ。最悪真名が露見しても痛くない――騎士王の威名に敵マスターが恐れをなしてくれるなら好都合だ」
自身の知名度の高さを自覚して、それすらも利用しようという態度からは一旦目を背ける。
切嗣は慎重に、しかし素早く計算した。
幾らセイバーに目立った弱点がなくとも、無意味に真名を晒す愚かな真似はするべきではない。
伏せておけるなら伏せる。最後までだ。
だがセイバーの宝具はあまりにも有名である。一度でも開帳すればセイバーの真名を喧伝するようなもの。いずれどこかのタイミングで露見する可能性は高い。となると誘いに乗らず、人目に触れない別の機会で戦闘を行ないたいところだが……。
――しかし
「いいだろう。セイバー、誘いに乗るぞ」
「ん……意外だね。私は乗り気だったけど、君が賛同するとは思わなかった」
「隠れ潜んでいるしか能がないわけじゃない。
「オーケー。つまり今回は
「ああ。契約通り、戦場での判断は一任する。退き時は見誤るなよ」
「誰に言ってるんだか」
苦笑して、セイバーは悠然とした足取りでサーヴァントの気配を追った。
衛宮切嗣は暗殺者である。本来、サーヴァント同士が対決するような危険地帯に出向くような男ではない。だが既に契約が交わされている以上、
こそこそと隠れ潜み、死角から銃撃するだけが『魔術師殺し』の真髄ではないのだ。むしろ積極的に姿を晒し、相手の狙いを絞らせる心理の駆け引きもまた、切嗣の得意とするものなのだから。
完全に日が沈み、聖杯戦争二日目の夜が訪れる。
冷たい夜の風が地を這い、コンテナヤードに落ちる砂利を浚った。
「――よくぞ来た。一日中練り歩いたが、オレの誘いに乗った勇者はお前達だけだ」
短槍と長槍、二本の槍を携えた目も眩む美男。肌に密着するスーツは濃緑の色、髪は黒。肌は白く目元に泣きぼくろがあった。そんな得物で自己紹介しているに等しい英霊が待ち構える場に、正面から正々堂々と踏み込んだ切嗣とセイバーに、ランサーは称賛を口にする。
セイバーはジッと槍兵の顔を見る。次いで双槍と、出で立ちを確認した。
その上で彼は小声で傍らのマスターに言う。
「彼は
「――確証はあるのか?」
「忘れたのかい? 教科書に載ってると思うんだけど――
すんなり真名を看破したセイバーに驚きつつ、切嗣は頷いて一歩下がった。今の小声での遣り取りが、セイバーがマスターに下がるように求めた、というふうに見せかけるためだ。
切嗣はランサーの正体を、セイバーが看破した所以に納得する。
確かにセイバーはアイルランドを征服した。その際に口伝でしか伝わっていなかったケルト神話の詳細を文字として記録するようにと、後継者のアルトリアに言い遺したという。
そうしなくてはならない理由は、ケルトにおける法律家にして神官であるドルイドの権威を失墜させるためだ。ケルトは文字で記録を残さない。伝承や契約、掟などを口伝で後世に伝えることで、それらを知悉するドルイドの社会的身分を守り高めていたのだ。
グレートブリテン統一王国にとって、そんな輩は邪魔でしかない。ドルイドの影響力を完全に排除するためには、彼らの持つ知識の全てを集め、時には無理矢理に吐き出させながら、文字として記録することで全ての権威を剥奪する必要がある。そうした計画をアーサー王が率先して行ない、アルトリア女王が引き継いで完遂したことでドルイドは滅びた。
その過程でセイバーはケルト神話についての全貌を知り尽くしている。であれば、
「――勇者、か」
ランサーのマスターは目視できない。それを確認してマスターを下がらせ、前に出たセイバーが苦笑しながら呟く。その様子をランサーが訝しむと、彼は溢れ出る威厳を醸しつつ皮肉を投げる。
騎士王のカリスマ性は、騎士の属性を持つ存在には覿面の効果があるのだ。ついランサーはその威風にあてられ、耳を傾けてしまった。
「私のマスターを讃えてくれるのは有り難いが、あんまり素直なのも考えものだな、ランサー」
「なに……?」
「私のマスターは姿を現している。翻って見るに貴公のマスターはどうした?貴公の物言いだと、まるで自分のマスターは勇者ではないと言っているように聞こえてしまう」
「む……そんなことは、ない」
「ああ、気分を害したか? すまないな。だが卑下することはない。私のマスターは
モルガンに鍛えられた舌鋒は、言葉で相手を突き刺すも、浅く突く(つつく)も自由自在だ。おまけに参考にしているのは天下無双の論客であるケイで、何度もディベート対決を行ない言い負かされ続けてきた。その経験がある今、そんじょそこらの相手に負けることはない。
口撃はもはや、王にとっては挨拶代わりだ。現代のサラリーマンが対面時に名刺を渡すのと同じである。口論の弱い王ならお飾りに徹して黙っているしかなくなる。セイバーは副王だが、妻が不在の時は王として振る舞うために、そうした心得も身に着けていた。
果たしてランサーは何も言い返してこない。根っからの騎士で武辺者だからだろう。ケイならどんなに不利でも、なんなら負けた後でもいつの間にか引き分けまで持ち込んでくるが、そんな真似が誰にでも出来るわけではない。こうして待ち構えていたのに、まんまと機先を制されて場の
「言葉には気をつけることだ。主の名誉も、栄光も、部下の不用意な発言でケチがつくのは珍しいことではない。貴公も騎士であるならば、主の面子にも気を配ってやるといい」
「……そうだな。だが今のオレはサーヴァントだ。口舌によって齎される名誉に価値はない、この槍で勝利の栄光を主に捧げてみせよう」
「結構。では
誘い出し、待ち構えていたのはランサーなのに、あべこべにセイバーが挑戦を受けた側にする。
ほとんど生前の習性だ。いつだって侵略戦争よりも、防衛戦や反撃の時の方が味方の士気が上がっていた故に、こうした形で『挑まれたのはこちら』という体裁を整えてしまうのだ。
険しい顔でランサーが双槍を構える。セイバーも不可視の聖剣を構えた。
そうしながら、さて――と彼は背後の切嗣を気に掛ける。
――久宇隊が近くにいるランサーのマスターを探している。
ホムンクルス達がランサーのマスターを、魔術や赤外線スコープなどで見つけ出すのが先か。
あるいは切嗣が独力でランサーのマスター、ケイネスを引きずり出すか。
邪魔が入る前に終わらせてしまおう。勝ち負けに拘らず、撤退も視野に入れつつ盤面を俯瞰した。
(マスターがケイネスとかいう奴を討ち取ってくれたら楽なんだけど……)
対峙してみると、ランサーから伝承に語られる通りの手強さを感じる。
セイバーは面倒臭さを覚え、内心溜息を溢していた。
強敵との戦闘では心が踊る。鍛えた技を競い合い、打ち勝てた時は気持ちがいい。人間である以上はそうした本能も具えているが、これはスポーツ感覚で楽しめる模擬戦ではない。
手を抜いて勝てる相手ではなさそうだが、積極的に勝ちにいくのも危険な相手だ。どうしたものかなと考えつつ、結論を出した。切嗣の言に倣い、
そのためにも、まずは騎士道精神に則り正々堂々と戦おう。
セイバーは
一番悩ましいのは、よそ陣営視点。むつかしい……。
まあいいや。