転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話   作:飴玉鉛

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天敵の出現に苛つくお話

 

 

 

 

 

 英霊(サーヴァント)同士の戦闘は、間近にいる切嗣に視認すら許さなかった。

 

 腰を落としてどっしりと構えたセイバーの周囲、四方八方から火花が散る。繚乱する鉄火の眩さで暗闇が追いやられ、逆巻く颶風が地に落ちる砂利を礫と化させ周囲を打撃する。

 セイバーが動かす剣はおろか、それを握る腕の動きも目で追えない。恐るべき技量だ、竜巻の只中に在るにも拘らず傷一つすら負っていない。縦横無尽に振るわれる聖剣が、双槍の乱撃を悉く打ち落としていた。――姿すら見えない槍兵はまさに神速である。最速の座に招かれるに不足なし、超常の域の敏捷性は『フィン物語群』随一の名に恥じぬものだろう。

 最優たる剣の英霊は、時に身を反らし、不可視の剣を立て、踏み込んだかと思えば籠手で覆われた片腕を掲げて槍の片割れを叩き返し、堅牢な城壁の如き鉄壁を以て防御に徹していた。

 彼には槍兵の姿が目視できているのだろう――そして双槍という奇怪な槍術に目を慣らそうとしている。円卓にて最強の武技を誇る湖の騎士と、純粋な技量のみでも互角と謳われた騎士王の守りは堅い。その守りの城を容易に打ち破れはしないと悟ったのか、ランサーは距離を空けて足を止めた。

 

「流石はセイバー。賛辞を受け取れ、このオレの槍をこうも容易く打ち返せたのはお前だけだ」

「賛辞を受けよう。だが貴公も大したものだ、私の知る中で貴公に速さで並ぶ人間はいなかった」

 

 暗に人間以外ならいたと言っているようなものだが、槍兵は気にしていないらしい。確かに人外の怪物などの中には、ランサーを速さで上回るモノもいるだろうと思っただけである。

 だがここで彼が比較に出したのは、ランサーより十倍以上も速い境界の竜であり、比較の獣である。双方を単身で撃破しているセイバーを速度だけで圧倒するのは不可能だ。尤もランサーには獣と竜にはない隔絶した武があるのだが――セイバーの基準には、どれだけ修練を重ねてもついぞ互角のままだった湖の騎士がいる。技で圧したければ魔法の域に達していないと難しいだろう。

 

 ランサーは思案する。実際に武器を交えた手応えで、彼は実感していた。単純な正面戦闘で、武芸の技量は自身が劣っていると。口惜しくはあるが、喜悦もある。この強敵をどうやって上回ろうかと知恵を絞る感覚は、久しく彼が感じていなかった戦闘の愉悦だ。

 打ち返してくる剣の豪撃は、まともに受けたら腕が痺れていく。膂力が己より三倍近い。技量と力で劣ってしまっているのなら、唯一明白に上回っている機動力と速度を使う他になかった。だがそれでは足りない。セイバーは明らかに自分の姿を目で追えていたのだ。

 

「主よ! 宝具の開帳をお許しください!」

 

 ランサーが虚空に向けて求める。彼の魔槍は二本とも魔力殺しで封じ込められていた。

 宝具を容易に使うなというマスターの意向だ。だが宝具を抜きにして勝てる相手ではない。

 己の槍術に対応され始めては手に負えなくなる可能性がある。

 故に、なるべく早く状況を有利なものへと運ばなければならなかった。

 

 そのランサーの訴えに、どこからか返答があった。

 

『……いいだろう。宝具の開帳を許す。セイバーは強敵だ、確実に倒せ』

「感謝します、我が主よ。――そういうわけだ、ここからは殺りに行かせてもらうぞ」

「来い。できるものなら見事この私を討ち取ってみせるといい」

 

 ランサーが、短槍を捨てた。長槍を両手で握り、魔力殺しの封を解く。

 通常、サーヴァントは宝具を一つしか持たない、その通説を利用しての詐術だ。だがセイバーにはなんの意味もないことに、槍兵はまだ気がついてはいなかった。

 ランサーの真名を見抜いている上に、そもそもセイバー自身が宝具を三つ所持しているのだ。自分が三つも有しているのに、他のサーヴァントは一つしかないと判断する猪ではないのである。

 だが親切にそれを教えてやる義理はない。セイバーはそろそろだなと、徐々に機が満ちていくのを実感していた。ランサーは露わになった赤槍を両手で扱き、不敵に笑うと騎士王は肩を竦める。

 

 ――ランサーのマスターに、今の剣戟が見えたとは思いづらい。なら僕のステータスを見て判断したと考えるべきだろう。ランサーのマスターはやっぱり近くにいる。

 

 ちらりと切嗣を一瞥する。彼は首を左右に小さく振った。――この時点で切嗣は、久宇隊からの報告を受けてケイネスの位置を掴んでいる。後はどうやってケイネスを誘き出すかだ。

 久宇舞弥やホムンクルス達は使えない。アサシンは余程慎重なのかどこにも姿を現していない。他陣営の目もある。ここで予備戦力を使っては後々不利になるだろう。よって切嗣が自力でケイネスを誘い出して、戦闘を行う必要があるわけだが……。そちらを気にするほど余裕はない。切嗣なら上手くやるだろうと判断し、セイバーは目の前に集中した。

 

 ランサーは、強い。倒されることはないが、逆に倒そうと向かって行っても脚の差で逃げられるだろう。故にまずは機動力を削ぐ。そのためにまずはランサーの策に掛かったフリをしてやろう。

 長槍のみで仕掛けてくるランサーと、聖剣で打ち合う。変幻自在の双槍術から転じ、正統派の槍術となった槍兵の意図を正確に見抜きつつも、赤槍と斬り結んだ聖剣の封が解れるのに驚いたフリをした。やはり魔力を絶つ魔術殺しの赤槍ゲイ・ジャルグだ。

 風王結界がほつれ、刀身が目視される。槍兵は野生的に犬歯を剥き嗤っていた。何度か打ち合い完全に得物を見られたと判断し跳び退くと、追撃せず赤槍で肩を叩きながらランサーが口を開く。

 

「確かに刃渡りを見て取った。これで見えない剣に惑わされることはない。だが……よもや名高き彼の聖剣の担い手と、こうして相見えられるとはな」

「……聖杯戦争の醍醐味とでも言ったところかな? しかし奇怪な槍だな。我が風の鞘を暴くとは……だがそれだけなら到底私には届かないぞ、ランサー」

「それはどうかな。試してみるか、騎士王!」

 

 おいおい、あんまり大声で呼ばないでくれるか、恥ずかしいだろう。あと、騎士王じゃなくて王騎士だ。――そんなことを内心呟く騎士王の心は、冷徹な竜そのものである。

 掛かった、と彼は確信したのだ。

 ただ多少の負傷は甘んじねばならない。たとえ一時的なものでも痛いのは嫌だなぁとは思うが、死ななきゃ安いという騎士道精神も具えてしまっている。難儀な職業だ……定年退職後までこうして駆り出されてしまう英霊は、ともすると可哀想な存在なのかもしれない。

 やっぱりアヴァロンに引き込もって正解だったなとセイバーは思う。――そんな余所事を考えられるほど、セイバーは余裕を持っていた。余裕を売ってしまえるほど余らせているのだ。

 

 そう。心の余裕を、である。

 

 彼は精神的にゆとりがあった。故に視野を広く持てている。ランサーが何を狙い、戦局をどう運ぼうとしているのかが手に取るように分かっていた。

 慎重に、しかし大胆に。セイバーは着実に()()へ入っている。切嗣も動き出した。槍兵との直線上に、常にセイバーを置きながら移動し始めたのだ。おそらく切嗣の動きはランサーのマスターにも見えているだろう。何をするつもりだと警戒しているはず。

 タイミングを合わせてやりたくはあるが、あまり欲張りすぎてはいけない。謙虚に、丁寧に、そして慎ましく。時に強引にされるのを好むのが勝利の女神というものだが、セイバーは勝利の女神を口説き落とすのは得意中の得意だ。今の勝利の女神(カノジョ)はこう望んでいる――初夜の時のように優しく、紳士的に、けれど野獣のように奪って欲しい、と。

 お望みのままに。

 セイバーはゆったりとランサーに歩み寄り、かと思えば渾身の力で豪剣を振るう。当然のように迎撃したランサーが後退(あとずさ)った。セイバーの膂力に圧されたのだが、見透かしているセイバーの目にはわざとらしく映った。俳優は無理そうだねと彼は思う。

 

 確かに全力のセイバーの筋力は、日輪の加護を得ている状態のガウェインに次ぐ。しかしランサーほどの騎士が真っ向からの剣撃を捌けないわけがない。

 再びランサーに切り掛かり、その体を吹き飛ばした。――ここまでで、ランサーはセイバーを誤解しているだろう。正面切っての対決を行い、更には聖剣を()()()暴いて剣士の真名を知った。騎士王ならこの戦いぶりにも納得だと思っているのが明らかである。

 やがてランサーの狙い通りに、そしてセイバーの思惑通りに、先程ランサーが捨てた短槍の位置まで移動した。セイバーの圧力に圧倒されたふうに後退った彼が、微かに体勢を崩す――もう少し上手く演技してくれよと嘆息しながら隙ありとばかりにセイバーは突貫した。

 

 聖剣の切っ先を背後に向け、風王結界を解き放ってジェット噴射し、砲弾の如くランサーに突撃したのだ。ランサーは掛かった! と思ったのだろう。足元の短槍を蹴り上げ、掴み取ると魔力殺しの封を解き、その穂先をセイバーに向けていく。

 だがセイバーは風王結界の風圧で翔びながらも、後ろ手に構えて起点にしている聖剣は()()()握っていた。鍛え上げた肉体を、膨大な魔力で強化している彼の怪力がそれを可能にしている。

 交錯の瞬間。槍兵は目を見開き、剣士は冷淡に狙いを絞った。

 呪いの黄槍を躱し様、空中で身を捻ったセイバーが空けていた右腕を引き絞り、剛拳を振り抜いたのである。端正な美貌のド真ん中を打ち抜かれ、槍兵の体が吹き飛んだ。

 

 何度も地面をバウンドし、コンテナの山に埋もれ、轟音とともに彼の姿が見えなくなる。

 

「――後は仕上げだ」

 

 渾身の一撃をまともに叩き込んだ。これで脚を奪ったも同然。霊体化してコンテナの山から抜け出したランサーだったが、再び実体化した彼の脚は哀れにも震えていた。

 効いている。即死しかねない豪打だったのだ、まだ生きて意識を保てているだけ立派だろう。

 

「ぐ、ぅ……!」

「……いい策だった。だが、生憎だな。私は貴公を知っていたよ」

 

 そう言いながら詰め寄るセイバーは、ランサーにトドメを刺すつもりだ。

 生前。人間というカテゴリーでなら最強の敵だったローマの剣帝。ガウェインやケイ、ベディヴィエールを撃破した彼を仕留めるために、セイバーは自らの騎士王という看板を利用した。

 ()()()()()()()()()()()()という先入観につけ込んだのである。

 果たしてセイバーの目論見通り、剣帝は策に掛かって脚の自由を一時的に失い、()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()()上で、聖剣の真名解放を喰らい消滅したのだ。

 

 今回も同じだ。剣帝や輝く貌ほどの戦士、騎士であれば、風王結界による姿隠しは通用しないだろう。あれは凄まじい風の力でセイバー自身の体も対魔力を超えて傷つける上に、微細な大気の動きも大きくして位置を見抜かれてしまう。戦士系の英雄に通じる手ではない。

 だが一瞬。一瞬だけなら、目眩ましにはなる。まさか騎士王がそんな戦法を取るわけがないという心理的な死角が、目眩ましの効果を更に高めるだろう。その一瞬さえあればセイバーには充分なのだ。動揺させた瞬間に、殺せる。仕留められる。

 

 ――問題はこの状況を見た敵マスターが、魔術なり令呪なりで支援してくることだが。

 

 轟音が響く。次いで、苦悶の声が上がった。ちらりと見れば、いつの間にかコンテナの上にいた切嗣が、倉庫の屋根上目掛けて大口径の拳銃コンテンダーを向け、通常弾を放っていた。

 射撃の名手である切嗣は、ある程度近づき射程に捉えた敵マスターを、密かに装着していた赤外線スコープで目視し銃撃したのである。ろくに備えていなかったらしい敵マスターは見事に左肩を打ち抜かれ、衝撃の余り転倒してしまったらしい。

 つまりこの瞬間なら、ランサーに令呪の支援は来ないということ。セイバーは最後の仕上げと言わんばかりに、聖剣に風を溜めて振り上げる。それを地面に叩きつけて視界を封じた瞬間、姿を隠して一気にトドメを刺すつもりだ。顔面を顰め、敗着を予感してなおも立ち向かおうとするランサーに敬意を称し、一撃で即死させてやろう。せめてもの情けだ。

 

 しかし。

 

 セイバーがランサーを討ち取るのはマズいと見たのか、はたまた別の思惑があったのか――雷鳴を轟かせ、凄まじい雄叫びと共に襲来した第三者が、セイバーとランサーの間に割り込んできた。

 

 

 

「――双方そこまで! 王の御前である、ひとまず矛を収めよ!」

 

 

 

 なんだコイツ。

 

 あと一歩のところで邪魔が入ったセイバーは苛ついた。

 一目見た瞬間、直感的に「コイツ嫌い」と思ったのもある。だがそれ以上に一応は具えている騎士道精神が、一騎討ちに割り込んだ不埒者への怒りを覚えさせたのだ。

 だが絶妙のタイミングで()()()()()()()()()()。幾ら効いていると言っても、少しの時間があればランサーほどの騎士だ……震える脚に活を入れ動き出せるようになるだろう。

 

 それにこの赤毛の巨漢は戦車に乗っている――ライダーだ。そして戦車にはマスターらしき少年が同乗している。マッケンジー宅に潜んでいた輩だろう。この絶妙のタイミングを見計らっていたのだとしたら、この少年マスターはかなりの遣り手……何やら馬鹿を丸出しにしているライダーはともかく、迂闊に攻め込むのは危険かもしれない。

 

 セイバーはそこまで考えて、一旦剣を下ろした。状況を見て、もしランサーが撤退するようなら、このままライダーを聖剣で消し飛ばしてしまった方がいいかもなと思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




長くなりそうなので一旦切りました。

ウェイバーへの現在のセイバー評
「あの少年マスター……戦略を理解しているね。まだ子供なのに大したものだ。サーヴァントの入れ知恵なのかもしれないが、それでもライダーにわざわざ同行している点から見ても護身ができている。長ずれば一廉の人物になるだろう。ライダーは……嫌いだね(直感)」

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