転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話   作:飴玉鉛

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征服王の破天荒に見えて計算された行動のお話

 

 

 

 

 

 冬木大橋。冬木最大の交通量を誇る、日本初のダブルデッキアーチ型鋼橋。

 全長は伸縮継手(しんしゅくつぎて)間三百二十二メートル、赤く塗装された大橋は夜中であっても照らし出され、観光スポットとしても冬木市の顔と称される美景の地だ。

 恋人と夕方に訪れたなら、沈む夕日とのコントラストでロマンチックな雰囲気の演出に困らず、意中の相手と待ち合わせる者の姿が散見された事だろう。

 しかし幸か不幸か、あるいは当然と言うべきか。冬の季節での高所、夜間ということもあって歩行者の姿はなく、折よく幹線道路を走行する車両の姿も極端に少なくなっていた。

 

 故に、冬木大橋の描くアーチの頂上に、2つの人影があるのに誰も気づくことはない。

 

 対照的な二人だ。片や吹けば飛びそうな、華奢な黒髪の白人少年。片や筋骨隆々の赤毛の巨漢。巨漢に至っては時代錯誤な装束を身に纏い、落ちれば死を免れぬというのに平然と座り込んでいる。

 不思議な態度ではない。巨漢の正体は英霊、ライダーのサーヴァントだ。仮に無様に落下しても死亡するような、繊細な生命ではないのである。故に哀れなのは少年だけだ。

 黒髪の少年ウェイバー・ベルベットは、余りの寒さと高所の恐怖に身を竦めて、必死に鉄骨へしがみついている。無理矢理連れて来られた、落ちれば死ぬ危険地帯に心の底から恐怖していたのだ。

 無論、自らの命綱であるマスターを、ライダーがむざむざ落下死させるわけがないが、そんな当たり前のことにすら思い至れないほどウェイバーは怯えていたのである。

 

 しかし、怯えながらも帰りたいと喚くウェイバーを無視し、遠方にあるコンテナヤードでの戦闘を盗み見ていたライダーが口を開いたことで、彼らの状況もまた動き出すことになった。

 

「ぬぅ……マズいな」

「何がだよぉ……マズいのはこんな所でのんびりしてるオマエの頭の方だろぉ……」

「おう、言うではないか坊主。さては高所にも慣れてきたな? 景気づけにデコピンの一発でもかましてやりたいところだが、生憎それどころではなくなった。今は勘弁しておいてやろう」

 

 赤毛の巨漢は眉根を寄せ、呻き声を漏らした。

 傍らで情けなく声を震わせながらも、さりげに毒を吐いたウェイバー・ベルベットに、一瞬緊迫感が緩んで苦笑いしてしまいそうになったライダーだったが、気を取り直して腰を上げる。

 

「事は急を要するな、こりゃあ……。如何せん()()()()()()()()()

 

 自信が服を着て歩いているような男の様子に、少年は意外の念に駆られてしまう。

 相手がどれだけ強かろうと、ライダーこそ最強と確信している少年だ。そのライダーが強すぎるなどと評するのも意外であるし、同時に強い相手にこそ血潮を滾らせる男だと思っていたのだ。

 その通りである。彼こそ征服王、制覇してなお辱めぬ王者、幾人もの難敵を下した伝説の王。相手が強ければ強いほど高揚し、打ち破るために力と知恵を振り絞った人界の覇者なのだから。

 ――しかし。

 同時にライダーは、古代マケドニアという小国を率い、大敵に挑んだ()()()()()()()()()()()()。強い相手と正面からぶつかることもあったが、策を凝らして相手を弱らせたこともあった。強い敵に捨て身で体当たりするだけで、世界征服に近づけたわけではない。

 故に征服王たるライダーは、遠望した剣士と槍兵の戦いで、剣士の底知れぬ武略を本能的に察知するや、()()()()()()()()()()()と確信していたのである。

 

 それは征服王イスカンダルの、生涯を通して最強の宿敵だった大王をも超える――王の戦慄だ。

 

「――征くぞ、坊主」

「えっ!? ど、どこにだよ?」

「決まっておるだろう、セイバーとランサーの戦いに横槍を入れるのよ!」

「はぁっ!? オマエ今日は様子見しかしないんじゃなかったのかよ!?」

 

 足場に両手足でしがみついているウェイバーは、予想外の台詞を聞いて素っ頓狂な声を上げた。

 だがライダーは重苦しく告げる。

 

「事情が変わった。このままではランサーが脱落してしまう」

 

 戦況が一気に動いている。決着までの猶予はないと見ていいだろう。槍兵も見事だが、歴戦の征服王の勘が、セイバーが間もなく勝利すると叫んでいた。

 称賛に値する一騎当千の勇者達の決闘に、横槍を入れるのは無粋と心得てはいる。だがそれがどうしたというのか。汚かろうが自らに有利な戦局を作り出す手腕こそ国を統べる者の資質である。

 

 稚気はなく、王の顔となったライダーの予想を聞いて、ウェイバーは反駁した。

 

「いや、好都合じゃないかっ。敵が脱落するんなら、わざわざ手を出す理由はないんじゃ!?」 

「馬鹿者。余がここまで様子見に徹していたのは、他のサーヴァントが出揃うのを待つ為であって、断じて漁夫の利を狙う狡っからい考えがあったからではないわ! ()()()()()()()()()()()()()()! 獲物を横取りされたとあっては征服王の名が廃るというものだ!」

 

 それもまた掛け値なしの本音。どれだけ矛盾していようとも、否、矛盾をも内包し君臨するのが本物の王者である。理想を謳い、夢を語った裏で、人々を狂奔させ死に向かわせる。それもまた王の資質であり、自らの死をも見据え動き出せる勇気を持たねばならない。

 危険を承知で死地に飛び込める彼は王であり、戦略家でもあり、そして同時に多くの同胞の内でも特に優れた戦士でもあった。ライダーは王としての威風を纏い、ニヤリと笑った。

 

「そら早く立て坊主、それともここで待つか? 余はそれでも構わんが」

「こんなとこに置いてかれたら死んじゃうだろ!? 行く! 行くから連れて行けよこのバカっ!」

「その言葉が聞きたかった!」

 

 豪快に呵々大笑してチャリオットを召喚し、ライダーはウェイバーを連れて虚空を駆けていく。

 得難い強敵、或いは朋友に成り得るかもしれない者が待つ戦場を目指して。

 

 

 

 

 

 

 

 

「双方そこまで! 王の御前である、ひとまず矛を収めよ!」

 

 高らかに宣言するライダーと、彼の制御は無理だと諦めたウェイバー。少年マスターはチャリオットの中に蹲り、他者からの視線が自分に届かないように切に祈った。

 だがその祈りは無意味である。ライダーの宝具『神威の車輪』に守られているとはいえ、この場の全員がウェイバーの存在を察知しているのだから。

 一騎討ちを――しかも決着の瞬間を邪魔されたセイバーとランサーは殺気と怒気を露わにし、悪鬼の如き視線をライダーに射込んでいた。蛙の面に水とでもいうように、平然としているライダーの胆力こそ見事だが、そんな彼の威光に気圧される者はいない。

 突然の闖入者の登場で、場に満ちる()()()()()いなかったら、ライダーは即座に総攻撃を受けていても仕方がないだろう。事実、次の瞬間にはセイバーは、この()()()()()()()を即刻排除するべく行動に移ろうとしている。このタイミングで横槍を入れた存在は、高度な戦略眼を有しているのが明らかだからだ。そんな輩をむざむざ生かして帰すわけにはいかない。

 

 しかしそうした動きも、ライダーの大胆な行動で再び()()()()()()封殺された。

 

「――我が名は征服王イスカンダル! 此度はライダーのクラスを以て現界した!」

「なっ……」

 

 秘匿するべきサーヴァントの真名、それを堂々と名乗り上げる大男に、さしものセイバーも驚愕させられる。それは辛うじて気力を復活させたランサーも同じだ。

 なんだこのバカは、と。剣士と槍兵は呆気にとられてしまう。だがそれこそがライダーの狙い。一見考えなしの破天荒な行動の裏には、相手の出鼻を挫くという合理的な魂胆があったのである。

 ライダーは自身の行いを理解していた。勇者と勇者の決闘に横槍を入れたなら、たとえ自分が命の恩人でも双方から同時に攻撃されると。故に、サーヴァントが秘匿する真名を自ら明かすことで、両者の意気を崩し場を支配する必要があるのだ。

 

 何を考えていやがりますかこのバカはぁぁああ!!

 

 そう叫び出しそうなウェイバーを、鋭い一睨みで黙らせる。今はウェイバーの姿を晒すわけにはいかない。セイバーはマスター狙いも辞さないだろうと、彼の眼力が見抜いていた。

 

「セイバー! ランサー! 其の方らの真っ向切っての一騎討ち、誠に見事であった! 余としたことがあまりに壮麗な戦の華に惹かれ、ついつい舞台まで引き上げられてしまったわ!」

 

 言いながら睥睨(へいげい)するも、彼は覇気を隠すことなく、そして常にセイバーを視界に入れたままだ。

 油断、慢心、そんなものは微塵もない。セイバーに動きがあれば、即座に戦車を始動させ、雷撃を放つ準備は整っている。その証拠に戦車の車輪と、戦車を牽く牡牛の蹄は帯電している。

 横槍を入れるだけの力を誇示し、力を示す。余は一筋縄ではいかんぞと、その姿で見せつけた。

 

 だがそれはそれとして、人材コレクターの征服王である。彼はセイバーに注意を払いつつも、それとなくランサーに眼をやった。

 

「戦士同士の正々堂々の一騎討ちに、横槍を入れた無粋をまずは詫びよう! すまんッ!」

「………」

「………」

 

 大上段に構えて、しかし戦車の御者台の上から軽く目を伏せる。目礼だ。

 軽々に頭を下げる気はないが、勇者の誇りを穢した後ろめたさはある。それ故の謝罪だった。

 微かに。そう、ほんの微かに、ランサーの目から険がとれる。

 依然として怒気と殺気は漲っているが、今すぐにどうこうという態度ではなくなった。

 

 それを見計らってか、勢いのままにライダーは勧誘した。

 

「それでだな、うぬの戦士としての力を見込んで相談があるんだが……()()()()()、ここは一つ余の軍門に降り、聖杯を余に譲る気はないか? さすれば余はうぬを同胞として迎え入れ、世界を手にする栄誉を共にする用意がある!」

 

 彼の勧誘を受け、ランサーは唖然とする。しかし、すぐに険しさを取り戻して一蹴した。

 

「――断る。オレが今生にて忠義を捧げた主はただ一人、二君に仕える不忠をこのオレが犯すと思うのか。そもそも……よくもオレとセイバーの戦いを邪魔してくれたな……ッ! 勝敗の如何に関わりなく、騎士として耐え難い屈辱だ……!」

「むぅ……待遇は応相談だが? それに、余は其の方の命の恩人だろう。感謝こそされど、罵られる謂れはないと思うが」

「本気で言っているのか? だとすれば征服王が聞いて呆れるな」

「無論、本気である。しかし本気ではない」

「……はぁ?」

「余とて恥は知っておる。だがな、生きてこそ恥を濯ぐことができるのだ。ランサーよ、うぬほどの忠義ある戦士ならば分かっていよう? 自らの前にある勲に目を眩ませ、華々しく散るのはいいが、それでは残された主の方が憐れというものよ。故に恥じても生き残るのが先決だろう? 少なくとも余が其の方の主であれば、むざむざ討ち死にされるより生きて帰ってくれた方が有り難いぞ」

「む……そ、れは……」

「それにな。今は余が睨みを利かせておる故に()()()()()()()()()()動けずにいるが……うぬの主は手傷を負っておる。捨て置けば主を失う可能性があるとは思わんか?」

「――――ッ!?」

 

 滅茶苦茶だ。

 自分の論を強引に展開し、勢いだけで論破するのを特技とするライダーの本領でもある。

 しかしそれはセイバーには通用しない。ランサーの愚直な在り様に苦笑いして、簡単に丸め込まれすぎて心配になりつつも、仕方なく口火を切った。

 

「ランサーを臣下に誘っていながら、この私には一言もないとは……降る気は毛頭ないが、私は貴公のお眼鏡には適わなかったのか?」

 

 本来なら有無を言わさず斬りかかるところだが、それをしないのには勿論理由があった。セイバーには今、ライダーにされては困ることがあるのだ。

 ここには自分のマスターがいる。それも、ランサーのマスターを攻撃するために、少し離れた位置にいるのである。もし仮にセイバーが動こうとしたなら、その瞬間にライダーが戦車を駆って切嗣を狙ってしまう。そうなったなら――無傷で救出するのは困難である。

 ライダーは巧妙だった。セイバーとランサーの戦いに横槍を入れ、停止したのが切嗣の近くなのである。もし位置関係があと少しでもセイバーに近ければどうにでもなったというのに。

 

 ライダーは愉快そうな顔でセイバーを見た。

 

「おかしなことを言うな、セイバー。()()()()()()()()()。王たる者に戦う前から降れと言うほど余は傲慢ではない。刃を交え、下した後でなら、その時に改めて問わせてもらおう。余の麾下に加わり、共に見果てぬ夢を見る気はないかとな――!」

「――なるほど。それが貴公の王道というわけか。確かに私は国を預かることもあったが。甚だしく不愉快な男だな、征服王」

 

 気を吐いたライダーとは対照的に、セイバーは双眸に侮蔑の光を灯した。

 どういう男なのか、真名を含めて知って理解したのである。

 この英霊とは、何があろうと相容れぬと。

 セイバーの反応を見てライダーも察した。ぬぅ――どうやら、不倶戴天になりそうだ、と。

 

 残念で、無念で、しかし小気味よい。それでこそよと獰猛に笑う。そして彼は――ここまでの会話で()()()()()()()()()()()()()()()と判断し、最後の締めに入ることにした。

 ここで自分が退いてもランサーは生還するだろう。戦いぶりを見る限り、足の速さではランサーの方が上回っているのだ。撃たれたマスターを抱えて逃げることなど造作もあるまい。

 

「――おう! これほどの戦士達の戦いだ、よもや余の他に惹かれて出向いて来た者がおらんということはあるまい! であるのにこそこそと隠れ潜み、なおも姿を現さぬというのなら……この征服王イスカンダルの侮蔑を免れぬと知れ――!」

 

 大喝して、挑発する。

 無論だが本当にこの挑発に乗って現れる者がいるとは、実のところライダーも考えていない。

 なんせ本当に出てきたら大馬鹿だ。ライダーですらそう思う。もし自分がこんな挑発をされたら、まあ……出て来るだろうが、それは己が天下にその名を恥じぬ征服王の誇りがある故だ。

 であればもし現れるとしたら――征服王と同様、あるいはそれ以上に自尊心の高い者だけだろう。

 

 まさかそんな王が、たったの七騎しかいないサーヴァントの内に、他にもいるなどとはあまり考えてはいない。この挑発で誰も現れないなら、征服王は白けたとでも言って場を濁し、面子を保ったまま撤退するつもりでいた。

 

 だから、実を言うとちょっとだけ困ってしまったのだ。

 

 こんな安い挑発に乗って――安くても見過ごすわけにはいかぬ王の在り方を有する者が、この聖杯戦争に招かれていたのは。

 

「――よもや一夜の内に王を僭称する輩が二匹も湧くとはな」

 

 街灯の上に、実体化する黄金のサーヴァント。

 

 その威容を見て、ライダーは頬をポリポリと掻いてしまった。

 うぅむ、そう上手くはいかんか、と。内心呟きながら。

 

 

 

 

 

 




イスカンダルは、表だと破天荒で大胆不敵でしたが、裏にはしっかりとした勘やら経験、王や戦士としての戦略も透けて見えた気がしたので、こういう内心を描写してみました。本気で言ってるが本気じゃない、しかし全力で本気でもあるという矛盾の気配。こういうのがイスカンダルの人物像かなと。書き表すのはむつかしいね…。

そしていよいよ我様の到来。これにはイスカンダルもびっくり。

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