転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話 作:飴玉鉛
もとより、此度の儀式は
前回の聖杯戦争にてアインツベルンの犯した違反行為。そこから始まる聖杯の胎動。
前回でアインツベルンの小聖杯の欠片を奪取し、マキリの聖杯を生み出そうと図っているのだ。マキリの妖怪は不確定要素である大聖杯の異変を特定し、遠坂の小娘を苗床にマキリの小聖杯を完成させるまでは、ただ雌伏の時を過ごしているつもりなのである。
故に此度の第四次聖杯戦争にて、間桐からマスターを出したのは単なる余興だ。間桐を裏切り落伍した輩を苦しめ、藻掻き苦しむ様を見るためだけに、落伍者である間桐雁夜を急造の魔術師に仕立て上げてやったのである。雁夜には到底今回の聖杯戦争を勝ち抜けまい。どれだけ足掻いても、雁夜の肉体は内から自壊して死に至るのが確定しているのだから。
とはいえ雁夜が早々に絶望してしまっては面白くない。よって強力な英霊を召喚させ、勝機を見い出させ奮闘させてやろう。さすればそれなりには楽しめるはずだ。――臓硯はそう考えた。
しかし、臓硯はすぐにその考えを撤回する。聖杯戦争が開催される直前、雁夜に英霊召喚の触媒になる聖遺物をくれてやる前に、彼はまたしてもアインツベルンが仕出かした違反行為を察知した。それは多数のホムンクルス達による冬木市全土への浸透であった。
驚愕した臓硯は、すぐさま姿を隠して様子を窺った。
判明したのはアインツベルンのホムンクルス達が、魔術と科学の道具を駆使して情報網を構築して、自らに有利な狩場を作り出していることである。これには臓硯もホゾを噛んだ。あんな真似をされては全てのマスターの拠点や動向が丸裸にされる。しかも最悪の場合、臓硯が小聖杯の欠片を盗み、独自に小聖杯を作り出そうとしていることが露見しかねない。こうなっては雁夜にかまけている暇はないだろう、臓硯は遠坂桜――間桐桜を伴って隠密に徹することにした。
雁夜とはもう音信不通である。
あんな落伍者のために、自らの身と悲願を賭けてやる気はなかったのだ。
今頃雁夜がどれだけ狂乱しているかは定かではないし、興味もない。
(やってくれるのぉ……アインツベルン)
アインツベルンの所業は明白な違反行為……しかしそれを咎める力は間桐にはなく、遠坂や監督役も表立って咎められはしないだろう。何せ組織を用いての人海戦術など想定していなかったし、アインツベルンはおそらく神秘の秘匿を盾に強行するだろうから。
老獪な臓硯にはそこまで予想ができた。だが、あまりにアインツベルンらしくない行動でもある。さては外部から招き入れた傭兵の仕業かと思うが、少なくとも此度の聖杯戦争では打てる手がない。彼らは今回で確実に勝つために、全ての力を投入しているのだ。
今回で聖杯戦争が終わってしまう可能性が出てきたとあっては、流石の臓硯も焦りを覚えずにはいられない。さてどうしてくれようかと思案して、今は何もせず様子を見るしかないと結論した。
(ともあれ此度さえ凌げば、アインツベルンも暫くは弱体化しよう。儂がするべきは、様子見。だが何もせずにおるわけにはいかん……少しずつ、確実にホムンクルスを漸減させていくとするか)
裏からアインツベルンのホムンクルス達を、静かに始末していく。彼にはそんな手しか今は打てず、故に歯痒い思いをしながら全マスターの動向に気を配るのだった。
間桐のマスター、雁夜を除いて。
――どうせ彼奴は初戦で消えるのだ。
英霊召喚の触媒がない、縁に頼った召喚で何が出るのか。タイミングを見計らうに、おそらく雁夜はマスター達の中で最後に英霊召喚を行うだろう。
枠が埋まり切っているなら、雁夜に残されるのは狂戦士の座のみ。一応は何が喚び出されるのかを密かに見届けたが――召喚されたのは、雁夜に相応しい低位のサーヴァントだった。
あれで勝てる道理はない。臓硯が桜を連れて雲隠れした今、冷静な判断力も失っている雁夜に勝機など万に一つも有り得ない。すぐにでもアインツベルンの築いた情報網に捕まり狩られて終わる。
時計塔にも情報源を持つ臓硯は理解していた。アインツベルンのマスター、衛宮切嗣――相対すればこのマキリをも葬りかねない、危険極まる魔術師殺しの力量を。メイガス・マーダーの衛宮切嗣を相手にして、間桐雁夜が希望を掴める道理などないのだ。
となれば、臓硯の腹は決まった。雁夜は早々に敗退させ、密かに処分してしまおう。奴にはなんの価値もないが、令呪だけは回収しておく価値がある故に。
(――放置しておこうと思ったが、やめておくとするかのぉ。手早く自滅させ、処理した方が都合がよいわ)
「――よもや一夜の内に、王を僭称する輩が二匹も湧くとはな」
街灯の上に出現せしは金色の王。逆立つ金の髪と、目映い黄金の鎧。神性の滲む真紅の瞳には冷酷な光があり、端麗な容貌を悪魔めいた酷薄さに染め上げていた。
呼吸同然に発する重苦しい覇気は王のそれ。傲岸に全てを見下す瞳は、価値なき雑草を踏みつけんとする力を宿す。彼は視線を巡らし、征服王イスカンダルを、騎士王アーサーを、そして最後に輝く貌のディルムッドを見渡した。そしてつまらなげに鼻を鳴らす。
「この
見下す者は、不遜にも王たる己を挑発した浅ましき欲望の騎兵。私は名乗っていないんだがと不満顔の青年には見向きもしない。名乗りはせずとも否定しなかった時点で同罪なのだ。
ライダーは困ったように頬を掻いて、想像以上に居丈高な黄金の王に問いかけた。
「そう言われたところでなぁ……余は確かに世界に冠たる征服王なんだが。しかしそこまで悪し様に文句を垂れられたとあっては問わねばなるまい。貴様も王たるを自認するのなら名乗りを上げたらどうだ? 王たる者ならば己が名を憚ることはあるまい」
「問いを投げるか? 王たるこの我に向けて。――この我の面貌を見知らぬというのなら、そんな蒙昧は生かしておく価値すらないッ!」
尤もらしいようでそうでもないライダーの言を受け、黄金の英霊――おそらくアーチャーである男は眦を吊り上げた。分かりやすく激怒している様に、さしものライダーも困惑を隠せなかった。
一方でセイバーは、何食わぬ顔で切嗣に身振りで撤退しろと指示していた。現場での決定権は自分にあるのだ、サーヴァントだからと遠慮してやるつもりは彼にはない。契約を思い出した切嗣は舌打ちするも、銃撃された衝撃からケイネスが立ち直ったのを見て身を翻す。
少なくともこの場でケイネスを射殺するのは不可能だと諦めたのだ。それに指示に従わなければ確実にセイバーは契約を履行し、切嗣から令呪の一画を奪い去るだろう。これ以上は無益だ。
切嗣が撤退していくのを見届けつつセイバーはアーチャーを見遣る。彼の背後の空間に二つ、金色の波紋が広がり武具の先端が顔を出しているのだ。アサシンを偽装脱落させた際の茶番で見せたという、武具の投射戦法の前触れだと判断できた。あまり猶予はない。
「少し待ってくれないか、アーチャー?」
「――ほう、命乞いでもする気か、雑種」
「違う。人様を雑種呼ばわりするようじゃお里が知れると忠告したかったんだ。下品だぞ?」
「――――」
「何を煽っとるのだ、貴様は……」
真顔で告げたセイバーに、アーチャーはこめかみへ青筋を浮かべる。呆れたライダーだったが、とうのセイバーに反省の色はなく、むしろ何を言ってるんだとライダーを睨んだ。
「煽ってるわけじゃない。貴公も王であるならば、相応の立ち居振る舞いを考えたことはないか? あんな様だと自らが治めた国の在り様を貶めてしまうだろう。亡国まっしぐらだ」
「まあ、それはそうかもなぁ……余も幼き頃は王たる者の振る舞いについて、耳にタコができるほど説かれておったわ。今思い出してもうんざりするほどにな」
「――雑種風情が、我に王の在り様を説くとはな。そんなに死に急ぐのなら、もはや慈悲の一欠片すらも惜しいというもの。道化ですらない雑種の放言、不愉快極まる! 疾く死ぬがい――」
い、と。最後まで言い切ることはなかった。
不意にアーチャーは動きを止め、ちらりとコンテナヤードへ視線をやったのだ。
そこに。黒い波動を噴き出し実体化した者がいる。
ランサーが皮肉るように言った。
「おい、ライダー。新手だが……奴は勧誘しないのか?」
「誘おうにもなぁ……ありゃ見るからに交渉の余地がなさそうだ」
黒い輩は、ただただ怨念を纏っている。
恐ろしい形相の仮面を被り、両手に装着された鉤爪が怨嗟を刻もうと蠢いて。
ただただ、街灯の上に立つ王を睨んでいた。
「――誰の赦しを得てこの我を見ている? 狂犬、いや……犬以下の怨霊風情が」
アーチャーは不愉快そうに眉根を寄せる。身を屈め、今にも己へ襲い掛かろうとする怨霊に、金色の波紋から覗く武具を向けた。吐き捨てるように、彼は裁定を下す。
「下郎は視線すらもが汚物に等しい。不敬である、せめて散り様で我を興じさせよ、雑種」
凄まじい勢いで投射された武具を――しかし、怨霊は捌くことができなかった。
すんなりと顔面に直撃した斧で即死し、胸部を貫いた戟で五体が粉砕されてしまう。
惨殺され消滅していく怨霊を見て、セイバー達は顔を顰めた。
黄金の王による粛清。そうとしか見えない光景だ。顔を顰めたのは、予想以上にアーチャーの攻撃が強力だったからだ。見るからに宝具である武具を、ああも無造作に撃ち放つのは、英霊であるからこそ理解の埒外にあった戦法なのである。
しかしあれだけなら、どうとでも回避できる。防ぐのも容易だ。故にあっさり消滅した新手のサーヴァントには絶句してしまった。
「………」
「……低位のサーヴァントだったようだな。それを狂化してあれか」
「あれがバーサーカー。マスターは何を考えている? 言っては悪いが、アレを正面からけしかけるのは自殺と変わらないはずだが……」
理解不能だ。いや理解しようという気持ちにすらならない。
幾らなんでも考えなし過ぎる……後先を考える頭がないのか、それとも何某かの怨念に支配され短絡な行動に出たのか。全く以て度し難い。
失望したのはアーチャーもだろう。不快そうに鼻を鳴らしたかと思うと、片腕を横に薙ぎ、黄金の波紋を更に展開した。数は十――全てが異なる宝具の群れ。向けられた切っ先はこちらだ。
「つまらん。あんなものが英霊の末席に名を連ねているとは、やはり時を下るにつれ人は劣化の一途を辿っていたか。もはや戦とすら言えぬこの下らぬ余興に、我の時を費やすのも阿呆らしいわ。貴様らも早々に去ぬがいい」
おっと、これはマズい。セイバーがちらりとランサーを見遣ると、彼と視線が合う。
ランサーは頷いた。再戦を約するのだと思ったのだろう。たしかにその通りだ。セイバーからしたらライダーよりもランサーの方が与しやすい故に。
殺気が強まる。アーチャーの一斉射が近い。
それを肌で感じつつ、セイバーはライダーへと声を掛けた。
「ライダー」
「む、なんだセイバー」
「アレを呼び寄せたのは貴公だ。責任は取ってくれ。さらばだ」
「なっ――セイバー、貴様ッ……!?」
風王結界による風圧で、撃ち放たれた宝具の軌道を逸しつつ、いの一番に背を向けて撤退を開始する。ランサーまでも素早く地面を蹴り、己のマスターを回収して遁走し出した。
取り残される形になったライダーは、出遅れた! と悔しさを覚えるも、なんとか戦車を走り出させ雷撃を放ち第一波を凌いだが、逃げ遅れたライダーをアーチャーは冷たい眼差しで睨んだ。
まずは己を最初に愚弄した雑種から間引く。アーチャーはそのつもりなのだと悟り、仕方ないと割り切ると交戦するために剣を抜く。
――魔力放出によるジェット噴射で高速で戦線から離脱したセイバーは、霊体化して地中奥深くに潜り込み、どこかにいるだろうアサシンの目を撒きながら切嗣と合流しに向かう。
(聞くのと見るのとでは大違いだ。あのアーチャーは何者なのやら……)
あれだけの宝具を無造作に扱えるような英霊など聞いたこともない。これは切嗣と合流した後、真名を真剣に推察していかないとマズそうだと思った。
はっきりと断言はできないが、少なくともアーチャーと交戦したライダーは消耗するだろう。あの場でライダーが倒されてしまうのが理想だが、あまり高望みはしないでいた方が賢明だ。
騎士にあるまじき逃げの一手と言われようと痛くも痒くもない。あの場は即座に撤退を選ぶのが正解である。四つ巴の混戦など御免被るし、そもそもこれは敗走ではなく、槍兵との戦いを仕切り直すための戦略的撤退だと言い訳可能だ。戦歴に傷がつくわけではない。
負けたらモルガンに怒られる。情けないとか言われてしまう。子供達には最強無敵のお父さんだと思われていたいセイバーとしては、敗北の可能性は少しでも摘んでおきたいのだ。
だから――
(死んでくれライダー。少しでも長くアーチャーと交戦して、情報を引き出してからね)
手強そうな征服王の脱落を望む。どうせ英霊、どうせサーヴァントだ。所詮は死人なのだから、現世から退去しても構わないだろう。
――サーヴァントを過去の影法師だと割り切っているセイバーには、なんら罪悪感はなかった。
あの場にもホムンクルス隊がいる。リアルタイムで久宇舞弥へと、ライダーとアーチャーの戦法が報せられているのだ。労せずして情報を奪う……今回はベストとはいかなかったが、ベターの展開には持っていけたと思う。過程と結果を見たら
雁夜のサーヴァントは、縁召喚。やってきたのはバーサーカー適性があり、なおかつ雁夜に似ている性質の『ファントム・オブ・ジ・オペラ』君でした。そして普通に速攻で殺られて退場です。
臓硯がホムンクルス達に気づかなかった場合、ランスロットの触媒が渡され召喚されていたでしょう。……メリ子の姿で。
しかしそれだとネタ枠感が否めないのでボツ案に。
なおこの後は時臣がギル様を令呪で引かせました。ライダーが予想以上に粘るのもあるし、原作よりも慎重に隠れていたアサシンがホムンクルスに気づいた為、これ以上手札を晒したくないと判断したためですね。
本作は基本、セイバー陣営視点なので、描写されないシーンなのでここで明かさせてもらいました。
現在キャスターとバーサーカーが脱落しております。