転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話 作:飴玉鉛
短編集という形で進めてるので、時系列は飛び飛びです。
円卓は、殺気立っていた。
居並ぶのは伝説の英雄ら。十名の英傑たる騎士。名高き円卓の騎士とは彼らの事である。
しかしそんな彼らは重苦しい面持ちで閉口していた。まるで嵐が過ぎ去るのを待つ只人のように。
英雄たる騎士らには余りに不釣り合いな、どこか耐えるような表情。何事があったのだと、この場を第三者が見たなら不思議がるだろう。それほどまでに彼らは不自然な沈黙に徹していた。
しかし彼らが覇気に欠けるのも無理はない。なぜならば、清廉にして純白の円卓議席では、今現在彼らが主と仰ぐ者達が殺気も露わに激論を交わしていたのである。
「再三にも亘って申し上げるが、此度の徴発は人倫に悖る。村一つを潰し軍の糧食を得るなど、女王陛下――貴女には人の心というものが解せないのか?」
「くどい! 人心を重視する余り合理性を欠いては、ピクトをはじめとする外敵に対抗できない。それとも何か、貴公は兵站を整えてもいない軍で、ピクトの蛮人やサクソン人に打ち勝てると?」
「戦うならば必勝の念を以て打ち勝とう。そのための我ら円卓だ。そして精神論だけで勝つと言っているのではない。軍の三分の一を解体し、不足している糧食の消費を引き下げればいい。そして軍が十全の力を発揮できる内に、次の会戦でサクソンらを打ち破る」
「何を戯けたことを。軍とは力、力とは法だ。力なき法に誰が従う? 軍の力を落とすような真似は愚の骨頂だ。何より軍から離された者はどうするつもりだ? 見放された兵らは不満を覚え、必ずや匪賊に落ちる者も出てくる。そうなれば我が国の治安は乱れ、威信は低下するだろう。安易に軍の力を削ぐ行いは巡り巡って我が国の首を絞めることになる」
「法を重視する余り、人心を軽視するのが貴女の悪い癖だ。人に寄り添う施政を今一度思い出して頂きたい。さもなければ今後更に、ますます貴女から人心は離れていくばかりだ」
「人心を鑑みるのはいい、だが大局を見据えられないのが貴方の欠点だろう。過程でどれだけの血と涙が流れようと、最終的に我が国の安寧が得られるのなら断固として実行する!」
睨み合う騎士王アーサー、妖精王モルガン。
彼我の位階は名目上モルガンが上位だが、実質的には対等である。常に民心に寄り添い、高潔な騎士として君臨するアーサーへの、騎士や民草の支持が極めて厚いからだ。
加えて単純な実力でもアーサーは図抜けている。人生で一度も魔術で傷ついたことのない強力な対魔力、赤き竜の心臓を有するが故の桁外れの魔力、修練と実戦の末に開花した剣術。そして彼が同時に有する聖剣エクスカリバーと聖槍ロンゴミニアド、聖剣の鞘アヴァロン。単体の実力で、完全武装のアーサーに敵う者は一人もいない。
望めば国を二つに割ってなお勝利し得る。本人は明確にモルガンを上位者として扱っているためそんなことは起こり得ないものの、事実として可能ではあるのだ。故に、アーサーは冷酷な氷の女王たる妖精王モルガンを、唯一真っ正面から諌められる唯一の存在であり。苛烈なる統治を行うモルガンから妥協を引き出し、折衷案を捻り出せる者なのだ。
――円卓とは、名目の上では身分の別なく意見を交わせられる場である。
独裁者たるモルガンは円卓を疎ましく思っていた。であるのにアーサーが円卓を創設したのを認めたのは、名のある騎士を集めての武威の発露に、一定のメリットを感じたからだ。
しかしアーサーの名声に釣られ、彼のシンパばかりで席が埋まるのも面白くはない。故に円卓の議席に自身の息のかかった者を数名送り込んでいる。そうして、円卓には派閥が出来ていた。
一国の王として充分なカリスマ性を有するアーサーを主と仰ぐアーサー派。
モルガンの王としての姿勢、実績を評価するモルガン派。
どちらも正しいとする中立派である。
アーサー派は以下の四名。騎士王の勇名を慕い、フランクの地より馳せ参じた湖の騎士ランスロット。モルガンの子でありながら騎士王を主君と仰いだ太陽の騎士ガウェイン。妖弦の騎士の異名で知れ渡るも、慈悲の剣を執りし時に真価を発揮するトリスタン。純粋な戦闘術に於いてはランスロットに次ぐ実力者の騎士ラモラック。超武闘派の面々がアーサーを主としている。
モルガン派はアーサー派とは打って変わって頭脳労働を担当する四名だ。
心情としてはアーサーに傾いているが、円卓内のパワーバランスを考慮してモルガン派に付いている鉄の騎士アグラヴェイン。現実的な視野を持つ、兵站の名人にして外交官たる辣腕のケイ。目的の為なら手段を選ばぬガヘリス。文武両道の豪傑、猟犬騎士ウッドワスだ。
そして中立派は二名。隻腕のベティヴィエールと、黒い肌のパロミデス。
誰もが一国の頂点に君臨できる英傑揃い。神秘終焉の間際、神話の時代が最後に咲かせた大輪の花ばかり。本来なら円卓の議席は一定周期で面子を入れ替えるはずだったが、『とある事件』を経たせいで円卓の騎士の面々は固定されてしまっている。その事件こそ、騎士の中の騎士と謳われるアーサーが、選定の剣を折ってしまった出来事である。
事件の原因はモルガンだ。彼女は女である、女である故に女王なのだ。だからこそ、所詮は女だと侮る者は初期の円卓の中にも数名いた。忌むべき魔女だと蔑む者すらいたのだ。そして、モルガンの美貌に魅入られた痴れ者が、彼女を軽視する者らと結託し、アーサーを唯一の王にしようと蠢動した。そうしてその痴れ者はモルガンの寝所に潜り込み、彼女を手篭めにしようとしたのだ。
無論、神域の天才魔術師であるモルガンが、簡単に陵辱されるわけもなく。彼女はいとも容易く痴れ者を捕縛し、結託した者らも一網打尽にしてのけた。だが事件はそれ以後が本番だった。
モルガンに手を出そうとした罪で、どのような罰を下すか円卓の議題に上げると、アーサーは凄まじい怒気を発して激昂したのである。彼らは夫婦だが仲は険悪だという噂もあったが、それを払拭するほどの憤怒で以て、アーサーは怒りに支配されて痴れ者をその場で斬り殺してしまった。それはある意味で騎士にあるまじき所業であり、だからこそ選定の剣は折れてしまったのだ。
騎士道に悖る行いに、担い手が手を染めれば折れる。カリバーンとはそういう剣だった。
だがこれによりアーサーの名声に傷がつくことはなく、むしろ人気は更に高まったと言えよう。
妻に手を出そうとした間男を、聖剣を折ってしまうほどの怒りで罰した。この一事は完璧すぎて聖者のようですらあったアーサーに、理解できる人間性があるのだと周知する結果になったのだ。
――故に、現在の円卓の騎士は知っている。どれほど激論を戦わせても、騎士王と妖精王が仲違いをする事はない、と。アーサーも、モルガンも、互いを愛し合っているのだと誰もが認識した。
だがそれでも怖いものは怖い。赤竜の覇気を全開にして気炎を吐くアーサーと、心胆を凍えさせる冷気を放射するモルガン。両者の間に口を挟む余地はなく、円卓の騎士は案山子に徹した。
やがて睨み合っていた両者は、同時に嘆息して矛を収める。
「……此度の議題は以上だな? 過ぎた事をいつまでも論議しているほど私も暇ではない。だが我が夫の言も尤もだ、以後の徴発は出来る限り無理のない範囲に留められるようにしよう」
「私も熱くなり過ぎた。だが私とて陛下の重んじる合理性の重要さも理解しているつもりだ。私の方でも現実的な代案を出せるように知恵を絞っておこうと思う。――失礼」
行くぞ、トリスタン。アーサーはそう言って赤毛の美丈夫を連れ円卓の場から退出した。
夫が去るのを見送り、モルガンもウッドワスを連れ退出する。そうして他の面々も重苦しい空気のまま解散となった。
モルガンは猟犬騎士を従え、自らの居室に戻る。そうしてウッドワスに一瞥も向けずに訊ねた。
「――どう思った、ウッドワス」
「茶番でしたな」
猟犬を模した兜の裏で、露骨に鼻を鳴らした。
その声は兜によりくぐもってはいるが、若く自信に満ち溢れたものである。彼の全身甲冑はモルガンの作成した宝具であり正体を隠蔽するものだが、作成者であるモルガンにまでは効力を発揮していない故に、その勇ましい声音を聞くことが出来ていた。
兜を両手で外すと、中から豊かな白髪が溢れ出る。
波打つ白髪は銀糸のようにきめ細かく、
当然だろう。彼こそはアーサーとモルガンの遺伝子を掛け合わせて産まれたホムンクルスである。如何なる作用か、肌が黒くさえなければ素顔を秘さずにいられたはずの隠された王太子だ。
彼に王位継承権はない。彼はただのウッドワスであり、新参の円卓の騎士である。だが両親譲りの図抜けた才能を有し、長ずればランスロットをも超える騎士になると目されていた。
――長じられたらの話ではあるが。
ウッドワスはホムンクルスである。見た目こそ青年だが、実年齢は一桁だ。ホムンクルス故に心身は急激に成長しているものの、そうであるが故に彼は短命である。あと十年も生きられるかどうか、というのがモルガンの見立てだったが――当初は単なる駒として生み出していながら、モルガンはどうにもこのウッドワスが可愛くて仕方なくなっていた。
何せ自分に忠実で、アーサーと同じく心が清く嘘がない。妖精眼を有するモルガンにとって、これだけで気に入るには充分だというのに、自分の血をも引いているとなれば可愛がりたくもなる。
今の魔術師としてのモルガンは、如何にしてウッドワスの寿命を延ばすかばかり考えていた。
そのウッドワスは自身がホムンクルスで、
故に、アーサーとモルガンの手を煩わせる者を、彼は心の底から嫌悪している。
「もともと父上も母上の案に賛成なさっておいでだった。だが下郎共は母上の行う徴発に反発し、あろうことか不満を抱いていたらしい。故に父上は下郎共の不満を代弁し、それの軽減を図る羽目になったのでしょう。……全く、代案もなしに不満を囀るなど犬畜生にも劣りますな、トリスタンの戯けは」
「そう言うな。
「母上はお優しいからいいのでしょうが、生憎とこの身は我慢が利き辛い。今度の馬上槍試合でワタシがヤツを叩き潰してご覧に入れる。そしてトリスタンの戯けた根性を叩き直してやりましょう」
「ふふ、楽しみにしておこう」
卓に腰を下ろしたモルガンは、優美な所作で傍らに侍るウッドワスの髪に触れる。
ウッドワスは直立不動でそれを受けた。
氷の女王モルガンは、こうしてウッドワスの癖づいた髪に触れるのが好きだった。どうしてか子犬を愛でている気分になるからである。暇さえあればそうして過ごしている。
しばらくそうしていると、ウッドワスが身動ぎした。女王の居室に、扉を開いて勝手に入ってきた者がいたのだ。無論、モルガンも気づいている。だが二人とも反応は薄かった。
「……またやってるんだ」
入室するなり呆れたように言うのは、今年で二十二歳になるアーサー・ペンドラゴンである。成長を止める聖剣の効力が聖槍により軽減しているため、肉体年齢は十八歳ほどにまでなっていた。
長身の見目麗しき青年。誰しもが思い描く白馬に跨る王子様。そうとしか言い表せない容姿へと成長したアーサーは、人工的に生み出された息子とその母の憩いの空気に苦笑する。
彼の登場にウッドワスは困ってしまった。母が髪に触れているから不用意に動けないのだろう。そんなウッドワスの気配に、アーサーは苦笑しながらモルガンの隣に座る。
「僕の事は気にしなくていいよ、ウッドワス。でも辛くなったら振り払ってもいいからね?」
「いえ、辛くなどありませんが……」
「そうでしょう。この私に触れられるのです、嬉しいに決まっています」
「はいはい」
聞けば、二人は十年来の付き合いらしい。その馴れ初めを、ウッドワスも聞いたことがある。
まだウーサー王の後継者である事を知られずに過ごした少年時代、父が国の未来を憂いモルガンを頼ったのが始まりだ。以後真っ先にモルガンが手掛けたのが『花の魔術師』の封印だったという。
父であるアーサーはそこまでしなくてもと躊躇っていたらしいが、モルガンは断固としてあの魔女だけは見過ごせんと跳ね除け、アーサーを利用してまんまと封印に成功したという。
信頼していたアーサーが、モルガンを連れてくるとは夢にも思っていなかったらしい。マーリンなる魔女がどのようにして封印されたのか、二人はウッドワスに話してはくれない。だが封印の強度を維持する為、モルガンは度々アーサーから魔力供給を受けているらしい。
父の魔力量はウッドワスも知悉している。最高位の竜種に匹敵する魔力を、一時的に空になるほど捻出してまでマーリンの封印に充てているというのだから、モルガンがどれほどマーリンを嫌い、そして警戒しているのかが伺い知れるというものだ。
さておき、花の魔術師の封印を契機として、アーサーとモルガンは二人三脚で歩み出した。
十年間の戦いは、戦争であり、陰謀であり、政治であったという。頭脳労働はもっぱらモルガンが担当して、戦争などの軍事はアーサーが引き受ける体制は、そうして出来上がっていったものだ。
やがてモルガンとアーサーが真の意味で認め合い、人生のパートナーとするようになったのも必然というものだろう。苦楽を共にし、支え合った二人の信頼関係は不壊の宝具の域にある。
人間不信であり、人間を軽蔑しているモルガンをも絆したアーサーの人柄には、ウッドワスも素直に敬愛の念を抱いていた。何せ――ウッドワスは元はといえば、アーサーが変心し裏切った時のためにモルガンが生み出した、対アーサー戦を見越した兵器だったのである。
モルガンは冷静に、そして正確に戦力比を分析していたのだ。アーサーがその気になれば、モルガンは手も足も出ずに敗れ去ってしまうと。それほどまでにアーサーの対魔力と、戦闘力はずば抜けているのである。だからそんな彼に対抗できる駒を用意した。
結果として、ウッドワスとアーサーが刃を交える事はなかった。
妖精眼を以てすら、アーサーの心に嘘が一つもないまま共に過ごし、モルガンはアーサーだけは打算もなく信じられると思わされてしまったのである。そうなれば、モルガンがアーサーを気に入り『最後の我が夫』と定めるのも自然な流れだったと言える。
モルガンは、アーサーの心を愛した。アーサーの魂を愛した。元々ブリテンに対する執着以外、持ち得ない出生と環境だったせいだろう。今のモルガンは――あるいはもう少し未来のモルガンなら、ブリテンという国よりもアーサーの方に比重を傾けるようになるだろう。
そしてアーサーもまた、モルガンに惹かれた。こちらは俗な理由らしく、モルガンの容姿が美しくて、情の重さが心地よく、体を重ねていく内に情が移ってしまった、という事らしい。モルガンはそれを面白がってウッドワスに語って聞かせてくれた。
「ウッドワス、体の調子はどうだい?」
アーサーは時々、思い出したような口ぶりで訊ねてくる。短命だというウッドワスの体が心配なのが伝わってくる眼差しだ。くすぐったい気持ちで、ウッドワスはいつも決まってこう答える。
「は、大事ありません」
そしてアーサーはこう続けるのだ。
「それはよかった。長生きしてくれよ? 君には僕を超える男になってもらいたいからね」
苦笑する。自分がこの偉大な父を超えられるとは、到底思えなかったから。
だが期待されているのだ、それに応えたいとは思う。
「それで? アーサー、貴方は何か、私に用向きがあるようですが?」
モルガンがウッドワスの髪から手を離す。それを少々寂しいと感じてしまうのは、彼がまだ実年齢では十歳に満たないからだろうか。ともあれ、表面上は澄ました表情を保った。
だがそれは、父の切り出した話で、すぐに崩れ去ってしまうことになる。
アーサーは言いにくそうに切り出した。
「ああ……うん。……ほら、モルガンも覚えているだろう?」
「……なんのことです?」
歯切れが悪い。何が言いたいと怪訝な顔をするモルガンだったが、次第に顔色を険しく、次いで驚愕の色へと染めていった。
「ちょっと前の戦いで、僕が
「………まさか」
「そのまさかさ。……どうも、それをカーボネックのエレイン姫が回収したらしくてね。人型に新生して僕の所に訪ねてきたんだ」
絶句。
珍しく、モルガンも言葉を失っていた。
そんな彼女の様子を面白がるように、アーサーは続けた。
「エレインの為というのが行動原理らしくて、どうもランスロットとエレインを番わせたいらしい。僕を見た途端泣き出したのには驚いたけど、良い子だったからさ……どうしたものかと思って相談に来たんだよ」
「……あなたは、本当に。本当に……私を困らせるのが得意ですね」
驚愕し、絶句していた女王は、天を仰いで嘆息する。
ウッドワスもまた呆れ果ててしまった。父はまだ知らないのだろうが、母の中にはウッドワスの弟か妹が……自分とは違って本当の意味での嫡子が宿っているというのに。途方もない難事をなんでもないように運んできてほしくはなかった。
ははは、なんて笑っている父に、猟犬騎士もまた嘆息する。竜の中の冠位、境界の竜アルビオンの一部が来訪してきて、こうも能天気にしていられるのは彼ぐらいのものだろう。
どこの世界に、最強の竜を単騎で撃墜できる人間がいるのだ。
やはり父を超えるのは無理そうだな、とウッドワスは思った。
この後、完全体の自分を単騎で撃墜したアーサーに怯えるメリュジーヌと、忠義の騎士として生き抜くウッドワスと、モードレッド(パパっ子)の双子の姉として生まれる赤毛の娘(ママっ子)と、モルガンとアーサーが円卓の騎士を振り回しながら、楽しく国を統治していくみたいっすね(投げ)