転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話 作:飴玉鉛
未開拓の山々が聳える、冬木市郊外に広がる鬱蒼とした森。其処はアインツベルンの私有地となっており、踏み込んだ者を迷わせる魔境と化している。私有地全体に敷設された巨大な結界の探知能力は高く、名のある魔術師でもなければ探知の網を潜り抜けるのは困難を極めるだろう。そして森の中心には極東の国には不似合いな西洋城があり、その防備は堅牢という他にない。
魔境の中央にあるアインツベルン城は、常冬であるかの如く寒く、明かりが落とされるのは稀となる不夜の領域だ。対霊加工が施された城壁は木っ端の霊の侵入を阻み、それこそ英霊のように高い霊格でもなければ立ち入るのは不可能である。まさしく古き貴族の魔術師が籠もるに相応しい魔道の城塞で、攻め入った者は誰であれ相応の犠牲、出血を覚悟するだろう。
例外は、サーヴァント。斯くの如き不夜城に、雷鳴が轟く。
誰に憚ることなき車輪の回転、雄々しい牡牛の蹄が虚空を踏み砕く。戦車の疾走はいとも容易く魔境の森を耕し、城壁を突破するだろう。しかし彼らは城の主達に招かれた賓客、結界は解かれ城門は開放されていた。招かれた客も不法侵入を果たすわけではない故に、わざわざ森を焼き払いながら進んではいない。正々堂々、威風纏いし征服王として正面から入場した。
それを左右に分かれて整列し迎え入れる美女達。造形の整った白髪赤目の彼女達は、例外なく戦闘用に鋳造されたホムンクルスだ。人形めいて美しい彼女達は人間に有り得ない膂力を有し、超一級の魔術師であろうと対決を避ける強力な軍勢である。
今聖杯戦争で対抗できるのは、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトのみ。そんな彼でも勝機は低いと判断するはずだ。故に戦車の中にいた少年、ウェイバー・ベルベットは怯えてしまう。
「ら、ライダー……コイツら、襲って来たりしないよな……?」
本当は来たくなかった。だがライダーは強硬に招待に応じるつもりだ。この豪放磊落な英霊に言うことを聞かせられないと諦めていたウェイバーが、令呪の存在を意識しなかったわけがない。
しかし簡単に命綱である令呪は使いたくなかった。それに、ここに出向けばセイバーの真名を知れるとあっては、出向くだけのメリットもある。煩悶としたが、少年は渋々ライダーに同行した。
「安心しろ、坊主。小奴らは襲っては来ん。何せセイバーは王として余を招いたのだ。客人を襲ったとあっては王の名に傷がつこう。セイバーは自らの名誉に傷がつくことは気にせんだろうが、王としての名であるなら話は別だ。王とは国そのもの、謂わば看板よ。国の名誉を貶める真似はせん。……まあ仮に彼奴が血迷って襲って来ようとも、余には通じんさ。だからそう怯えんでもいい」
このホムンクルス達は、ライダー達に対する見せ札だ。自分達はこれだけの兵力を備えていると、いざとなれば投入可能だと示して武威を見せた。
生前であればこの程度の部隊、数からして恐れるに値しないが、通常規格のサーヴァントは現代にまで自分の軍勢を連れては来れない。故に相応の頭数を用意されると脅威になる。
セイバー陣営、恐るべし。そう思わせたいのかもしれない。
だが――ライダーに
ウェイバーはいつの間にかライダーの言葉を信じるようになっていたが、何もおかしくはない。何せ今の彼はまだ十代も半ばの多感な少年なのだ。そんな彼が史上にその威名を刻む大王と身近に接し、なんの影響も受けないというのはありえない話である。
「余のマスターであるならば胸を張れ。坊主、ここが度胸の示しどころだぞ」
「っ……わ、分かってるよ!」
戦車から降りるや、牡牛と戦車が消える。自らの脚で堂々と歩むライダーの後ろに付き、ホムンクルスが先導する後に続いて行く。
城の中の備品、調度品の質や量、背景は全てのバランスが計算され尽くしたものだった。まさに完璧というべきだろう。良い城だなとライダーが呟くが、無理もない。彼の生きた時代には無い、洗練された文明の差が征服王の欲望を刺激する。征服したいなぁ、余の城にしたくて堪らん。そうした呟きを聞こえていないフリをしてやり過ごすウェイバー少年だった。
こうなったライダーの相手は面倒なのだ。本当なら悪態の一つでも吐いてやりたいところだが、ここは敵地。己のサーヴァントと反目していると思われたくなくて、敢えて無視する。
やがて回廊を抜けた先、豪華絢爛なる一室へと案内された。扉を開き恭しく一礼するホムンクルスに当然といった顔で入室するライダーと、思わず頭を下げ返してしまうウェイバーだったが。室内にいた面子を見て、彼らは主従揃って表情を動かしてしまった。
ライダーは微かに眉を。ウェイバーは、露骨に驚愕して腰を抜かしてしまいそうになる。
「ほぉ……こりゃ
「せ、
どういう意図で用意した物なのか、その部屋の中心には
一組はセイバー陣営。セイバーと無表情の衛宮切嗣。
一組はランサー陣営。ランサーとケイネス・エルメロイ・アーチボルト。
一人はアーチャー。無言で佇む彼の隣は空席だ。
ホムンクルスの戦闘メイド達が、残りの席にライダー達を導こうとするものの、ウェイバーは自らの師である男の顔を見て固まってしまっていた。
対して神経が細そうな金髪の男は、ウェイバーを見るなり不快げに顔をしかめる。
「――ライダーのマスターとは君だったのか、ウェイバー・ベルベットくん? よもやこの私の聖遺物を盗み、自ら聖杯戦争に乗り込む腹積もりだったとは……そんなにも私の特別講義を受けたかったのかな? 私も暇ではないのだが……こうなっては仕方あるまい」
「ひっ……」
堪らず喉を鳴らして短い悲鳴を上げるウェイバーを、憎たらしそうに睨むケイネス。彼は自らの愚かな生徒に向け、殺気も露わに魔術師の恐ろしさを教え込んでやるべく恫喝しようとした。
しかし、それを遮るようにセイバーが口を開く。さも意外そうに――いや、本当に意外だった。別に意図的に遮ったわけではない。
「ケイネス、彼と君は知り合いなのかい?」
まるで既知の間柄のような気安さだ。ケイネスはセイバーに声を掛けられるや殺気を消し、柔和な笑みを浮かべて応答する。師のはじめて見る表情にウェイバーは瞠目する。この男は、こんな顔をする男だったのか……? 時計塔で見たことがあるケイネスの、神経質な顔しか知らないウェイバーにとっては意外なものだったのだ。
だがケイネスは元々天才であるが、敬意を払うべき対象には相応の態度を取る。なぜなら彼は貴族でもあるのだ。誇り高き一門の当主として、恥ずかしい姿は晒せないのである。
「――ええ。この愚か者は、不本意ながら私の生徒です。
「いや、先日顔を見たばかりだ。しかし素晴らしい縁だ、彼には目を掛けてやるといい」
「なんですと? なぜ貴方様ともあろう御方が、このような者にそんなことを……」
セイバーがにこりと微笑みウェイバーを見る。あまりに華やかな微笑には、悪意など欠片もない。
「数多の英雄を統べた私の勘だ。ライダーのマスター……彼は一廉の人物たる器の持ち主だよ。彼が教え子だというのなら、ケイネス、君は幸運だ。才能の卵を育てる機会を得られたのだからね」
「この者が才能の……? いや、しかし……」
「思い当たる節はあるんじゃないかな? 何せ君は優秀だ、他者の才を見抜くなど造作もあるまい。見たところ魔術師としては……少し残念だが。彼の家は歴史が浅い、そうだろう?」
「御慧眼です。ウェイバー・ベルベットは三代目、魔道ではまだまだ新参。貴方様の仰るように、提出された論文などの、要点を整頓する才は評価に値しますが……如何せんまだまだ若い。如何に優れた着眼点を有そうとも、歴史の浅さ故のコンプレックスを前面に押し出すなど未熟極まる。このような若造のどこが貴方様のお眼鏡に適ったのですかな?」
ツ、と向けられた冷ややかな眼差しに背筋が凍るも、同時に意外の念にも駆られる。ケイネスの発言にはウェイバーを認めるような響きがあったからだ。時計塔では散々に酷評していたのに。
「色々とあるが今は重要じゃない、割愛しよう。君も師であるなら偉大な者を育てるといい。今は愚かで未熟であろうと、自ら聖杯戦争に飛び込むような行動力の持ち主だ。叩けば伸びるだろう」
「……他ならぬ貴方様の仰ることだ。一考しておきましょう」
「それでいい。ウェイバーくん、君も掛けなさい」
促されると気づいた。いつの間にかライダーは自分の席についている。慌ててウェイバーがその隣の席に座ると、セイバーは席から立ち上がって全員を見渡した。
「これで役者は揃った。残念ながらアーチャーのマスターは欠席するようだが……彼の自由意思による選択だ、責めはすまい」
「ハッ、よく言う。端から招く気がなかっただろうに」
混ぜっ返すようにアーチャーが嗤う。それに対してセイバーは肩を竦めた。
「まずは私の主催する宴に足を運んでもらったこと、厚く感謝する。そして主催した者として、改めて我が真名を告げておこう。――私の名はアーサー・ペンドラゴン。ブリテンに於いて騎士王の号で知られた者だ」
「き、騎士王だって!?」
「ほほぉ……なるほど道理で……貴様が騎士王であるなら、余に対する侮蔑にも納得がいったわ」
あまりにすんなりと名乗られた真名に、ウェイバーは驚愕してしまう。
ライダーも不敵な笑みを口元に刷いた。
アーサー・ペンドラゴン。グレートブリテン建国神話において語られる伝説的君主。その名を知らぬ者は西欧諸国はおろか、極東たるこの地にもほとんどいないと言っても過言ではない。
数々の偉業を成し遂げ、終には神へと至り人の世から去った、聖四文字の化身とも謳われる大英雄。あのケイネスが敬意を示すのも当然だとウェイバーは理解した。おそらくこの席に招かれる以前から真名を知っていたのだろう。騎士王とはグレートブリテン統一王国の、建国の祖と言っても過言ではないからだ。貴族でもあるケイネスならば、傅いても不思議ではない。
――それだけではない、とはウェイバーは思い至らなかった。
貴族であるから騎士王の名に傅くのは必然というのはある。だが彼は魔術師でもあるのだ。
さもなくばこうも上位者に対するような態度など取りはしない。無論、裏で取引があったことを明かす気はケイネスにはなかった。
「はじめに手元の盃を干すといい。それは我々が用意した酒を不味いなどと大口を叩いたアーチャーが、わざわざ供出してくれたものだ。宴を始める前に、まず口を潤しておこう」
円卓の上には黄金の盃がある。中身が酒であると知らぬまま、ウェイバーは恐る恐る口を運んだ。毒であると疑う気持ちは今のウェイバーにはなかった。
それほどまでに騎士王という名への衝撃は大きかったのだ。
果たして盃を口に運んだウェイバーは、その正体が酒だと認識する前に、余りの美味さに脳天を殴りつけられたかのような感覚を覚える。むほぉ! 美味い! そう叫ぶライダーの他にも、ケイネスやランサー、衛宮切嗣までも目を見開き呆然としてしまっていた。
「――うん、美味い。これほどの美酒、神代でも滅多に手に入らないだろう。流石はアーチャーだ」
「フン。我が蔵に収まる物はその全てが至高のものよ。粗末な酒しか出せぬ貧しい者などより、我の格が上である証拠だな」
「おいおい、そう結論を急くではないわ。酒の味の良し悪しで王の格が決まるわけがなかろう」
得意げに断ずるアーチャーに、ライダーが呆れたように言った。確かにその通りだ。幾らなんでもそれはないと全員が思う。――セイバーを除いて。
「いや、あながち否定はできないぞ、ライダー」
「なんだと?」
「財の豊かさは、すなわち国の豊かさにも直結し得る。国を富ませた結果として、これだけの美酒を手に入れたとするなら、アーチャーは紛れもなく王たる責務を果たした名君と言える」
「――
「ああ。素晴らしい財だ、羨ましくなる。だが生憎と、此度の席は
感心したように目を細めるアーチャーに、セイバーは頷く。それに、と彼は言った。
「
「ほう。貴様がそう言うのなら期待してやろうではないか」
アーチャーが秘蔵の酒を出し、飲ませ、格が決まったようなものと言ったことの
騎士王が手を叩く。するとメイド達が入室し、客人たちの前に配膳していった。量で言えば
最後にセイバーと切嗣の前に配膳すると、麗しきメイド達は一礼して退室していく。
「冷めても美味いが、まずは一口食べてみてくれ。後は思い思いにやってくれたらいい」
促されるままナイフとフォークを持ち、それぞれに出された物を口にする。
匂いからして絶品であり、涎が止まらなくなっていた。全員がだ。
「ッッッ!! 美味い! 美味すぎるッ!!」
絶叫する。征服王が雄叫びのように吠えた。口にした美食で頬が落ち、あるいは脳が痺れ、溶けるかのような至福の味。ウェイバーやケイネス達、生身の人間は途方もない悦楽に、無意識の内に落涙してしまうほどである。これにはさしものアーチャーも瞠目していた。
それぞれが思い浮かべたのは、それぞれの根幹にある想い、あるいは思い出――郷愁、敬慕、懐古。そして手放し難い理想。なんの魔術的な力もない料理で、心が満たされていく幸福。
静かに口にし、静かに食器を置いたアーチャーが、爛々と目を輝かせてセイバーを見る。彼だけではなくライダーもまた見遣った。王達の瞳が自身を見詰めるのにセイバーは肩を竦める。
「どうかな? 出し物の素晴らしさで言えば、私の勝ちだろう。これでもまだ自らの格が最も上だと言い張れるのか、アーチャー」
「……いいや、
フ、と貴公子然とした笑みを湛え、彼はまずランサーを見た。
「今一度聞いておこう。ランサー、君は聖杯に何を望む?」
「――何も望まん。オレは生前の悔いを晴らすため、二度目の生である此度こそ、主に曇りなき忠義を捧げる。こうして召喚された時点で、既にオレの願いは叶っているんだ。故に、後は我が主に勝利を。そのためにオレは槍を振るうまで」
「結構。ではケイネス、君はどうだ」
「……一身上の都合です故、明かす気はありません。しかし私には聖杯に託す願いなどない。そのようなものに頼らずとも、我が望みはこの手で叶えられるので。畢竟、
ケイネスはそこで一旦言葉を切り、衛宮切嗣を睨みつける。
凄まじい怒りだ。もはや憎悪の域に達している。
時計塔の魔術師なら胆を潰す殺気を向けられるも、とうの切嗣は完全な無視を決め込んでいた。
「ただしそれは、そこな溝鼠を始末したらの話。……この者は卑劣にも私の不意を突き、あまつさえあのような野蛮な武器でこの私を傷つけた! この屈辱を晴らさずして時計塔には帰れない。貴方様のような御方のマスターには到底相応しくないでしょう、もし私がこの者に誅伐を下し、貴方様がランサーに勝ったのなら、私が貴方様のマスターに成り代わっても構いませんぞ」
「生憎と、依代を失った後でまで生き恥を晒すつもりはない。よって我がマスターが脱落したなら私は大人しく退去するさ」
そこまで言って、彼は再び全員を見渡す。今の遣り取りをするためだけに、ランサー陣営に声を掛けたのだ。いわゆる前座、デモンストレーション。宴の趣旨を見せたのである。
ランサーはなんとも言えぬ、不満とも取れる表情で悔しさを滲ませていたが……彼ら主従の関係性にまで気にする者はどこにもいなかった。
「――このように私の属する陣営は、ランサーとケイネスの陣営と約定を交わしている。後日、私とランサーは一騎討ちを行ない、どちらかが退去するまで戦う。同じように我がマスターとケイネスも一対一で戦うとセルフ・ギアス・スクロールにて契約している」
セルフ・ギアス・スクロールだって……!? そう愕然と呟いたウェイバーが、切嗣を正気かとでも言うように見た。この見るからに生気のない、うだつの上がらぬ男が、時計塔にてロードの座の一角を占める天才と戦う? 命知らずなのか。自殺行為としか思えない。
少年の視線に、やはり切嗣は反応を示さなかった。まるで心ここに在らずといった風情で、あまりにも何も見ていない。手元にある料理を見下ろし、深い苦悩の徴である皺を眉間に刻んでいた。
「――此度の聖杯問答とはつまるところ、
「ハッ。雑種が幾ら死のうと知ったことではないが……元より眼中にはない。自ら手を下しに出向くような真似、貴様が言わずともやる気はないわ」
「うむ。当然ではあるな」
「――実に結構。貴公らには武で勝利を奪うより先に、弁にて己の優位を説いてもらう。弁にて敗れても納得がいかぬなら武に訴えてもいいが、誰が誰と、どこで、いつ戦うかは決めてもらおう。こんな乱痴気騒ぎは早々に終わらせてしまうに限る。そうだろう?」
征服王が。
アーチャー――英雄王が。
題目を告げる騎士王を見据え、望むところだと、面白いと言うように嗤う。
セイバーは全く怯まず、にこやかに告げた。
「最後に。
「無いッ!!」
「あるわけがなかろう。言うまでもなく、我が頂点だがな」
男らしく頷く征服王と、傲然と構える英雄王。彼らを見比べ、騎士王もまた不敵に笑んだ。
――聖杯問答、ここに開幕である。
ランサー陣営との約定の話は、彼らとの戦いの時に明かします。
切嗣と綺礼の邂逅と、元気がない切嗣くんの様子の理由も後ほど。
聖杯問答にかこつけて、聖杯戦争をトーナメント式に持っていこうとするセイバーさん。さりげなくランサーと自分を結んでのシード枠を掴んだ。問答の推移次第で最悪ライダー・アーチャーとの連戦になるかもだが、そういう形にはならない、させない自信がある模様。