転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話   作:飴玉鉛

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アーサーさんがブリカスだなんて言われるのは納得がいきません! 彼はただ効率を重視しているだけなんですよ! やめてくださいよ、まったくもう……!




後編の聖杯問答のお話

 

 

 

 

 

 場に沈黙が落ちる。痛々しい沈黙だ。聞いた者が己の耳を、言った者の正気を疑う。

 単なる世迷言だと切り捨てられないのは、言い出したのが騎士王だからだ。最強の聖剣使いにして、最強の聖槍使い。この場で最も世に知られし大英雄の言葉を、子供の妄想と言えなくさせた。

 しかし、しかしだ。これまで傍観者を決め込んでいたランサーですら――騎士として敬意を懐いている好敵手の言に、堪らず反応してしまった。

 

「なあ……騎士王。今のはオレの聞き間違いか? お前は今、恒久的世界平和と言ったのか?」

「貴公は聞き間違いなどしていないさ。私は確かに恒久的世界平和を望んでみた」

 

 アーサーを凝視する切嗣の目に気づいていないなんてことはない。なのにとうのアーサーは完全に彼の存在を黙殺し、彼の懐く理想を己のものとして語っている。

 ギルガメッシュはすぐ看破した。そんな夢想を語る愚か者ではないと見抜き、この世迷言の主はマスターであるあの男なのだろうと勘付くと、ニヤリと口元を歪めて衛宮切嗣を一瞥する。

 イスカンダルとてらしくないとは感じていた。英霊の座に招かれた者であれば、あの聖剣の輝きを見間違うことなど有り得ないように、アーサー王の偉業や逸話を知らぬ道理はない。アーサー王の伝説から透けて見える彼の本質は()()にある。悪魔とすら言われる女王モルガンの施策、円卓の騎士の確執、理のズレ、それらを正道に導き和を成した者なのだ。

 現実の見えていない戯けに成し遂げられることではない。なにより、実際にこうして対面して話していると、アーサー王の知性と理性は確固たるものだと感じられていた。今更妄言を垂れ流されても本気だと信じられないのである。

 

「……冗談は止せ。騎士王よ、主催たる貴様が道化を演じても余は笑えんぞ」

「冗談? 人様の夢を笑うなんて悪趣味だ、笑わなくて正解だぞ征服王」

「……本気か?」

「くどい。冗談にしろ本気にしろ、一度願望として口に出したのなら撤回する気はないぞ。撤回させたくば私の理想を叩き潰してからにするのだな。さすれば私も()()()()を口走るだろう」

 

 イスカンダルも悟った。この余りに痛々しい理想は騎士王のものではない。おそらく彼の縁者か現世で縁を結んだ者だろう。となるとそれは……一人しかいまい。

 憐れむ視線を向けられた切嗣は憤慨するも、何も言わなかった。微動だにせず沈黙を守る。彼の様子など知ったことではないとでも言うように、アーサーは唱えるように語った。

 

「恒久的世界平和――この願いは誰にも否定できない、尊い理想だ。だが人の身には到底叶えられまい。故に、聖杯が真に万能であるならば、その奇跡で以て叶えてもらう他にないだろう」

「莫迦め。如何に優れた器であろうと、貴様らが奪い合う聖杯は人が作り出した物なのだろう。ならば万能であったとしても限度はある、我を含めぬ英霊によって生み出したリソースなどで、成し遂げられる奇跡ではなかろう」

「そうかもしれない。だが英雄王、そんな道理で返されても私は納得できないんだ。たとえ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()としても、叶えたいんだよ」

「ハッ――! 世界中の神霊を、聖杯に叩き込むだと? それは愉快だ、是非とも成し遂げてほしいものだ! 特等席から眺めてやる! さぞかし笑える光景になる故な!」

「そんなことは不可能だ。もし出来たとしても、器の方が保たんで破裂する」

 

 呆れたように嘆息したイスカンダルに、アーサーは向き直った。

 

「なぜ貴公らは揃いも揃って不可能だの、限度があるだのと決めつける? 聖杯が叶えられる範疇で、可能に出来る選択肢はあるはずだ。まずはその方法論を語ってみせるべきだろう」

「方法論と言われてもなぁ……あー、坊主。貴様は何か思い浮かぶか?」

「……僕に振るなよ。そんなの分かるわけないだろ」

「発想が貧弱だな、雑種共。簡単ではないか、世界平和など容易く築けよう」

「流石は英邁なる英雄王、その簡単な方法を是非とも教示してほしい」

 

 ニヤニヤと嘲笑いながら切嗣を見る赤い瞳は、面白い玩具を見つけて弄ぶ、サディスティックな光を灯していた。

 ギルガメッシュは人類最高峰という枠をも超えた、人の限界を超越している頭脳の持ち主である。またその観察眼や洞察力も計り知れない域にあった。

 故にこの時点で切嗣の風体と、その理想から逆算される人間性、現代という枯れ果てた世を歩んできた経験を、概要のみとはいえ大まかに把握してしまっている。

 こんなに面白い男が自身のマスターだったら、暇を持て余すこともなかっただろうに。ギルガメッシュはそう思って愉悦の気配を滴り落とし、さも当然のことのように()()()()()を説いた。

 

「知れたこと。自らに仇なす悉くを鏖殺すればよい。さすればその者の世界は平和になろう?」

 

 論外だとアーサーは切り捨てた。そんな虐殺なんて認めない、そんなもののどこが奇跡なんだと。

 

「奇跡だろう。人の身には成し得ぬ規模で起こされる虐殺は、奇跡としか言いようがあるまい」

「馬鹿げている。私は今ある世界を救いたいんだ。それを破壊するやり方は断固として拒絶しよう。私は()()()()()()()()()()()()()()聖杯の齎す奇跡に縋ったんだからな」

「滑稽だな、騎士王。人の身に余る絵空事を語り、童でもなければ懐きもせぬ妄想を真にしようとするのに、()()()()()()()()()などに縋るのか? あまつさえ()()()()()()()()()()()()()()()()つもりだと? ハハハ! コイツは傑作だ! 聞いたか征服王、コイツはこともあろうに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだとさ!」

「……笑えん。余は全く笑えんぞ、英雄王。痛ましすぎて見るに堪えん。聖杯が真に騎士王の言う通りの代物であるなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ではないか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()などではない。現実が見えておればすぐに察しがつこう」

 

 気がつけば、騎士王と英雄王は切嗣を見詰めていた。前者は透明な顔で、後者は愚者を甚振る喜悦を滲ませた顔で、だ。征服王に至っては、顔を背けてしまっている。

 しかし切嗣は、そんなことなど気にもならないほどの衝撃を覚えていた。

 強すぎる衝撃で意識が朦朧とする。視界がグニャリと捻じ曲がった。そうした中でぼんやりと思う。そういえば、セイバーに理想は伝えたが、その方法については何も言っていなかったな、と。そして()()()()と奇跡に縋るばかりで、中身を何も考えていない自分に気がつき愕然としてしまう。聖杯なら叶えられるはずだと思い、思考を停止していたのだ。

 道理だった。正論だった。騎士王をはじめとする三王の言う通りである。

 自分は――()()()()()()()()()()()()()()()()()。分からないから奇跡に縋った。だがその奇跡ですらどうしようもないのだとしたら……自分はなんのために戦っている? なんのために愛する妻を生贄にしようとしているというのだろうか……。

 

 アーサーは切嗣の様子を事細かに観察し、彼の薄い反応からも受けた衝撃を察して内心嘆息する。

 

 そんなことだろうと思ったよ、と。

 具体的なプランがあると捉えるには、切嗣は精神的に弱すぎるし脆すぎる。確固とした確信があるならば、信念を持って一切ブレず、ただただ目的に向けて邁進するはずだからだ。戦いの最中であるのに、()()()()()になると途端に動揺するのは分かり易すぎる。

 

(――この様子を見るに、()()()()()()()()()()()

 

 深入りするつもりはない。ないが、性分なのだろう。アーサーは基本的に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そして切嗣は彼の手の届く範囲にいた。

 敵対している立場の人間と、その親類縁者にまで手を差し伸べるような愚者ではないが、少なくとも()()()()()()()()ことにかけては、アーサーはプロフェッショナルである。

 今のこの状況は、断じて切嗣の理想の中身が薄っぺらいからと、吊し上げて笑いものにしているのではない。過ちに気がつけと諭しているのだ。足元が覚束ないまま歩んでも、道を踏み外し奈落へ墜落するだけなのだから。

 こういう相手は、まず己の根源を見詰め直させる必要があると経験上知っていた。故にアーサーは余計なお節介とは思っていても、ついつい世話を焼いてしまっているのだ。

 

 敵対者には悪鬼羅刹(ブリカス)になるアーサーも、そうでない者にはお人好しなのだ。だからこそ――切嗣の甘い見通しを、徹底的に叩き潰すのである。

 

「全知全能ではない『万能程度の奇跡』でも、やりようによってはどうにかなるんじゃないか?」

 

 幸い、ギルガメッシュは切嗣の矛盾や破綻に気づいている。その上で甚振り正論と道理を述べて踏み潰してくれる。イスカンダルも二人の会話の流れで全てを察してくれた。

 付き合わせて悪いなとは思う。だが愛娘の一人の弁当を分けてやったのだ、このぐらいは付き合わせても罰は当たるまい。

 

「ほう。やりようによっては、か。面白い、ならば具体的な案を出してみよ。我が聞いてやる」

「具体的な案か……そうだな、たとえば聖杯に願い、世界中の武器を奪い取るというのはどうだ? 恒久的な平和は無理でも、これで近代的な戦争手段は失われ、平和に近づくはずだ」

「馬鹿め。たとえ一時武器を失おうと、人という名の賢しき獣が闘争をやめることはあるまい。原始的な闘争にスケールダウンするだけの話だ。なんの解決にもならん上に、公権力が武力を失えば治安が乱れるのは必然だろうよ。大きな悲劇が消える代わりに、小さな悲劇が粗製乱造され、より凄惨で悲惨な有様が広がるばかりになる。それのどこが平和だ?」

「……おまけに仮に武器を失くそうとも、工業力の強い国が最も早く息を吹き返すだろう。そうなれば他国に武力をチラつかせ恫喝するのが目に見えるわ。平和なのはほんの一時のみだぞ」

 

「では武器の扱い方、作り方を忘れさせるのはどうだ? 大きな悲劇を潰せるなら、小さな悲劇は人の営みの一部だと妥協も出来る。戦争行為の一切を失くすことはできずとも、多少はマシだ」

「人の歴史は戦争の歴史だ。武器がなければ素手で、毒で、言葉で殺めようとするのが人間という生き物だろう。そして知識がなくとも新たに思索し、新たに作り出そうと創意工夫する生き物でもある。その方法には意味がない、無駄だ。奇跡の浪費でしかあるまい」

「余から言わせれば、()()()()()()()()()()()ほど恐ろしい者はいないがな。その方法なら現存する兵器はそのまま残るであろう? 知らぬまま無思慮に触れた結果、大惨事が起こる可能性は見過ごせんと思うが……」

 

「武器の有無に拘らず、結論は大きく変わりはしない、か。ではより根本的な解決策として、人の在り方を変質させるのはどうだ。たとえば人の本能に争いを忌避する心を植え付ける、とか。あるいは世界共通の法律として、戦争行為を禁じるものを作り遵守させるとか」

「おいおい……余には難しく感じるんだが、そいつは可能なのか? 騎士王」

「さあ?」

「――ハッハハハハ! 投げやりになるな! 我を笑い殺すつもりか? やるなら最後まで真面目にやり通せ! タイミングが絶妙過ぎて我、腹筋大激痛よ! ハハハハ――!」

「笑いどころはないと思うんだけど……まあいい。それで貴公らはこの案をどう思う?」

「法などその気になれば幾らでも抜け道を見つけられる。しかも有限の魔力リソースで、全人類に対する永続的な強制力など発揮できる訳があるまい。効き目はあっても無視できる程度が関の山だ」

「仮に、仮にだ。もし仮に上手くいったとして。満足のいく強制力を発揮したとして、だぞ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? 外部から手を加えられ作り変えられた存在など、この城にいる人造生命の人形と何も変わらん。そんなものは雑種と呼ぶにも値しない、単なる塵でしかないわ。我はそのような末路を認める気はないぞ?」

 

 うーん、と。わざとらしく思い悩む仕草をして、アーサーは唸る。これ以外に方法論は思いつかない上に、あってもろくな結末にはならないだろう。

 ちらりと切嗣を見ると、彼は虚ろな眼で虚空を見詰めていた。やり過ぎたとは思わない。むしろ足りないのではないかと思ったが、もうこの話題を引っ張るのも無理がある。

 

「よし、分かった。恒久的世界平和なんて妄言、撤回しよう。流石に無理があるみたいだ」

「騎士王……貴様、見た目に反してエグい奴だな……」

「褒め言葉かい、ライダー? ならありがたく頂戴しよう」

「我も余興としては思いのほか愉しめたぞ? なかなかやるではないか」

 

 ギルガメッシュは未だに半笑いのままで、酒を呷り、肴を口にする。かなり気に入ったようで、機嫌がすこぶるよかった。アーサーもまた苦笑いを浮かべて神代の酒を己の盃に注ぎ足す。

 ぐい、と一息に飲み干して、アーサーは何食わぬ顔でぬけぬけと嘯いた。

 

「いい感じに口も滑らかになっただろう。私もそろそろ願いを口にしてもいいかな?」

「いや、これ以上は蛇足ゆえ、やめておくのが賢明だな。我を笑い殺す気なら続けても構わんが、どうせ貴様に聖杯へ託す願いはないのだろう」

「よく分かったな、流石は英雄王と言っておこうか」

「侮るなよ、騎士王。臣下(マスター)の傷を開き、蒙を啓いてやるとは大層な聖者ぶりだが、あれだけ聞かされて判らぬようでは王を名乗る資格はない。貴様が現界したのは気紛れか、あるいはもっと別の訳があるのだろう?」

「黙秘しよう。今回の本筋には微塵も関係ないからね」

 

 哀れ過ぎるとイスカンダルだけが同情した。こうまで容赦なく、徹底的に折られたセイバーのマスターはどう立ち直るのだろうか。いや……もしかするとこれでいいのかもしれない。

 恒久的世界平和などという、呪いじみた願いを懐いたということは、一度心を粉微塵にまで砕かれでもしない限りは止まれないだろう。あまりにも哀れだが、これから先は騎士王がなんとかする。

 というかなんとかしなければ、征服王の名にかけて、騎士王にはきつい灸を据えてやらねばならんだろう。そうは思うが心配はしていない。難儀な男もいたものであるが、アーサー王がその手の男を導けないとはイスカンダルも思っていなかった。

 

 嘆息し、気を持ち直す。

 聖杯問答による王の格付けは、これより決まるのだ。

 

「――征服王は受肉を。英雄王は王を称する者の駆逐と不埒者の処刑を。そして私は何もなしと。強いて言うなら義務かな? これで各々の願い、動機、義務は明らかとなった」

 

 世界平和云々の下りをまるでなかったかのように謳い、アーサーはにこやかに告げた。

 

「そしてそれぞれの生前の業績、国の行く末を勘案した場合、誰の格が最も高いかは明白だ。それはすなわちこの私、騎士王アーサーだろう。異存はあるかな?」

「おいおい、異存ならあるに決まっておろうが。性急に答えを出すでないわ」

「寝言を垂れるなよ、雑種。久方ぶりに機嫌がよいのだ、水を差すでない」

 

 分かりきっていた展開だ。誰もが簡単に相手を上とは認めない。呆気なく格下と認めるような我の弱さで、史にその名を刻む事などできる訳もなかった。

 しかしそうであるからこそ、アーサーは朗々と続ける。

 

「では私の所見を述べよう。異論があるなら言ってくれていい。まずは征服王だ。貴公はマケドニアの王として君臨し、東への大遠征に打って出た。並み居る大国を打ち破り、世界征服にまで肉薄した偉業は称賛に値する。だが貴公の最たる偉業は、様々な国の文化に触れ、それに自ら寄り添うことで自国にも他国の文化を取り込み、多くの文化を掻き混ぜ進歩させたことだと思う」

「む――他人の口から聞かされると、なんとも照れ臭いものがあるなぁ。だが余はそれを意識してやったわけではないし、やれと言われてやったことでもない。結果として偉業と讃えられるのは悪い気はせんが……論点がおかしくはないか?」

「そうか? 真っ当な評価だと思うが。だが褒めて終わる気はない。貴公の功績は大きいが、しかしそれを打ち消して余りある罪もある。たとえば只管に膨張政策を取ったことで、征服王の目が届かないところで国内の治安は最悪だったこと。略奪は横行し、民草を虐げ、弱者を踏みにじり、己の我欲を優先していた。あまつさえ肥大化した国の統治をまともに行わず、己の遺言によって死後に国を割り、大きすぎる混乱と混沌を齎した罪は重い。よって貴公は征服者としては他の追随を許さないものの、国を治めるべき王としては最低最悪の暗愚と結論づけるのが妥当だろう」

「ほう……言いよるわい。単なる事実の箇条書きにしか聞こえんがな。だがそこまで語って聞かせたのだ、最後まで耳を傾けてやろう」

「結構、次は英雄王だ。貴公に対する私の認識は、人類史の原点だ。一度は国を滅ぼすも、再興した国を次代に引き継ぎ、人類史を開闢させた功績は……正直私では正確に評価はできない。偉大過ぎるからな。しかし……言っては悪いが、貴公は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。どれだけ偉大でもブリテンを治め、滅びの運命を超え、アイルランドを征服し、大陸にまで影響を及ぼした私達には及ぶまい。しかも私の国は現代にも残っている。ハッキリ言って私以上の王など、我が妻モルガン以外にはいないと断じられる。どうかな?」

「――ハッ。思い上がりも甚だしい上に、論点をズラそうとする(こす)さが透けて見えるわ」

 

 正論、結果論、それらを巧みに用いアーサーが聴衆を納得させていく中で。ギルガメッシュは露骨に嘲笑い、彼の弁論の勢いをせき止める。

 英雄王は炯々と目を光らせ、王者たる舌鋒で論点の正道を説く。

 

「貴様の言い分は一々尤もだ。如何なる大義があれ、国と民に齎したものが大きく、息を長く永らえさせた者が偉大な王というのは。だが履き違えるなよ、この場は何者が最も偉大な功を遺したかを論じるものではない。()()()()()()()()()()()()――すなわち()()()()()()()()()()()ものである。大体にして功の偉大さで言うなら我が断トツで頂点に君臨するのが道理、後追いでしかない貴様らに原点を超えることなど出来んわ」

「部分的には余も同感だ。なるほど確かに騎士王に並ぶ業績を残した王は、世界広しといえども極僅かであろう。余の大功が貴様に及ばんというのは、少々癪だが認めざるを得ん。だがな、忘れてはおらんか? 余とそこな金ピカは、()()()()()()()()()。翻って見るに貴様は()()でしかない。王の格で言えば騎士王が最も低いであろうが!」

 

 一息に気を吐いて、征服王は大喝する。

 まさに王者に相応しい覇気で以て、彼は王のなんたるかを謳った。

 

「王とは! 誰よりも鮮烈に生き、誰よりも豪笑し、誰よりも激怒する――清濁併せ呑み人の臨界を極めたる者! 欲望を示し、夢を魅せ、先頭を駆けることで諸人に生き様を見せつけてこその王である! 王の背に魅せられた者が、やがては(われ)もまた王たらんとする憧憬の火を灯し、後に続かせてこそ時代は作られる! 騎士王よ、貴様は臣下や民へ王たらんとする夢を与えず、他の王を駆逐した暴君だ! 人を安寧の揺り籠に閉じ込めた貴様が最たる王などと増長するのは、ヘソで茶が沸くというものだぞ!」

「夢を与えれば王なのか? 夢を魅せられなければ王ではないと? 臣下からどれだけ多くの王を輩出したかで格が決まる? ちゃんちゃら可笑しいとはこのことだ。王であるなら治める国と民の安寧を築かずしてなんとするか! 貴様の言い分は後先を考えられぬ暗愚の寝言でしかない。己が満足するまで駆け抜けて、後のことは知らぬと放り出した無責任な男が王を名乗るとは……貴公と、貴公の臣に虐げられた民草が哀れでならない。民草に無用な血と涙を流させ、あまつさえ破滅させるばかりの夢に駆り立てるなど、貴公こそ最も悪魔と呼ぶに相応しい! 貴公は王は王でも地獄の大王だ、違うか!」

「大いに違う! 余の生きた時代、余の駆け抜けた大地は、未だに多くの怪異と理不尽が蔓延っておった。それらを駆逐したのもまた我が軍勢、我が同胞である! 強き者こそが弱者を鍛え、強き者にならんとする道に導かねば、人は人の世に有り得ぬ不条理に蹂躙され食い物にされるだけだった! 夢とは人が生きるための指標、情熱! それを与えこそすれ奪うなど言語道断である!」

 

 ハハハハ! ――と。英雄王ギルガメッシュは大口を開けて哄笑した。

 激論を交わす二人の王の遣り取りに、笑えてきて仕方ないと。

 何が可笑しいと睨みつけるアーサーとイスカンダルに、ギルガメッシュは笑いながら言った。

 

「そこまでにしておけ。雑種共をこの場に集わせた理由は、こうした展開になるのが分かっていたからだろう。()()()()()()()()()を裁定する、第三者として雑種を招き寄せた。違うか?」

「……お見通しか。だが、その通り。私達がどれだけ論を展開し、謳おうと、それを評価するのは後世を生きる者達が最も適任だ。征服王、英雄王、私のこの計らいは滑稽か?」

「――いいや、何もおかしくはない。後世の者が評価するのは歴史の常、道理である。余は心して後世の者達の評価を拝聴しよう。おう、英雄王。貴様はどうなんだ?」

「異存はない。我の偉大さを、後代の雑種などに理解できるとは思えんがな」

 

 そうして唐突に水を向けられた人間たちは、王たちが撒き散らす覇気に当てられているのか、やや顔を紅潮させていた。尋常の人生を生きていたなら、見ることも聞くことも叶わない問答である。

 彼らはそれぞれが形や程度は違えど高揚し、興奮している。故に躊躇わずに言えた。

 

「――私は、騎士王陛下には申し訳ないが、英雄王を推そうと思う。なにせ私は魔道を本懐とする者だ、英雄王が神の軛から人を解放せねば今の私は在り得ない点を、無視してはいられない」

「……。……僕は、セイバーだ」

 

 ケイネス・エルメロイはギルガメッシュに。衛宮切嗣は失意のまま、黙りが許されないならと彼の性質からアーサーに、それぞれ票を投じた。そして最後はウェイバーに目が向けられる。

 彼は気圧されながらも、王の威風によって己を見詰められたのか、()()()()口を開く。

 

「僕は……僕は、英雄王を推す。歴史を始めた、これだけは英雄王がいなければいけなかった。後世を生きる人間なら、そこを軽視しちゃいけないと思う」

「………」

「は、当然だな」

「――だけど……だけどっ。()()()()()()()()()!」

 

 叫ぶように、ウェイバーが言った。イスカンダルは目を見開く。そして嬉しそうに目を細めた。

 

「歴史を始めたのは英雄王だ、人を守ったのは騎士王だ、けど……歴史は勝った奴が造る。だったらライダーが勝てばいい! 勝ったなら夢を……持てる。僕は()()()()()()……!」

 

 それは未熟な少年の――血の浅い魔術師の、切実な願いだった。

 王たちはそれぞれの思いで、彼の青い渇望を聞く。

 粛々とアーサーは頷いた。

 そして、イスカンダルは莞爾として犬歯を剥く。

 

「……英雄王の格が最も高い、か。いいだろう、私はそれで納得する。だが」

「格の上下など、戦って覆せばよい。――そうとも。余は生前、幾度も大国の王を追い落としてきたのだ。此度もまた余は()()()()()()……なんとも()()()()()()ではないかッ……!」

 

 イスカンダルの、ウェイバーを見る目が変わる。どう変わったのかは、今はイスカンダルにしか分からないだろう。だがそれでいいのだ、いずれはウェイバーにも分かるはずである。

 結論は出た。たとえ一般的な価値観の者が少ない舞台とはいえ、決まりは決まりだ。魔術師的な観点からの裁定とはいえ、英雄王が王者として最高というのに異論はあっても不服はない。

 もともと全員が、相手を認めたからと敗北を受け入れるタマではないのだ。結論を覆すのに武力を行使するのは、いつの時代、どんな国の王でも変わらないのである。

 何せ、彼らの背には多くの民と臣がいるのだ。認められるはずがないし、認めるようではそれこそ無責任の謗りを免れないだろう。抗い、勝ち取る。そうしてきたからこそ彼らは英雄なのである。

 

 ともあれアーサーは全く悔しくはなかった。だって僕は副王だし? どんな結論が出てもモルガンの名誉に傷はつかないよ? ――などと、心の中で予防線を引いていたから。

 狡い、小さい、卑劣、どうとでも言え。アーサーはそう思っている。何せ、目的は果たした。

 全ての目的を恙無く完遂し、目標を達成できさえすればそれでいい。アーサーは給仕役のホムンクルスを横目に見ることもなく、さりげない所作で拍手を二回する。――()()()

 掌を叩くという行為は、話の節目に行うことで自然なものに見せられる。他者の注意を自分に集める意味としても機能するのだ。その隙に給仕役は密かに懐の無線機を開局し、二度指先で叩く。

 

 

 

 ――全ての令呪を以て、我が傀儡に命じる。

 

 

 

「……結論は出た。聖杯問答はこれにて閉幕としよう。各々、何か言い残したことはあるか? なければこの後、誰が誰と干戈を交えるかを決めようと思うが――」

 

 アーサー王――()()()()()()()()()()()がそこまで言った時だ。

 室内の至るところに、大勢の髑髏面のサーヴァント達が出現する。

 アサシンだ。彼らは空間転移によりこの場に飛ばされ、更にはとある指令を強制されている。

 そのサーヴァントの出現には、ギルガメッシュですら眉を顰めた。時臣め、企みを暴かれたからとヤケになったか……? と。彼の視点からはそう捉えるのが自然な流れだと言える。

 アサシン達は出現するや、問答無用とばかりに短剣を投じる。狙いは――()()()()()()()()

 

「ッ――主よっ!」

「坊主!」

 

 ランサーが双槍を出現させ、即座にケイネスを狙った短剣を叩き落とす。イスカンダルもまた少年を守ろうとしたが、剣を抜いていては間に合わないと見たのか、素手で短剣を掴んだ。

 掌に刃が食い込み、皮膚を破り血が滲み出る。アーサーは無造作に武装するや数本の短剣を弾いて切嗣を守ると、返す刃で放たれていた短剣を叩き落として()()()()()を守った。

 その短剣には毒が塗られておらず、さらに肩に当たる軌道だった故に命を奪うには至らないと瞬時に見切ったが故に、一瞬で恩を売ると共に自身はアサシンの襲撃には無関係だと示したのだ。

 実際アーサーや切嗣と、アサシンに繋がりがあると思う者は一人もいなかった。そもそも接点すらあるはずがないのだから、疑う余地などないのである。

 

「貴様ら……」

 

 イスカンダルが静かに激高する。暗殺者たちの狼藉は、彼の怒りに触れたのだ。

 だが、状況はアサシンに有利。場は広いとはいえ室内であり、マスターの天敵と言われるアサシンは複数。このままマスター狙いに徹されては、反撃するのも難しいだろう。

 となれば――イスカンダルの行動は決まってしまった。もともと聖杯問答で気が高ぶっていたのもある、ウェイバーの心意気に応えようと思っていたのもある、そして好敵手達に自身の王道を示したいという欲求もあった。状況と、信条が重なれば、迷うことはない。

 

 次の瞬間、征服王イスカンダルが、その切り札を開陳した。

 

 

 

 

 

 

 

 




聖四文字「ブリカス」という評に草が生えたからやりました(誇らしげ)
感想評価よろしくお願いします。

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