転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話 作:飴玉鉛
征服王イスカンダルの切り札、
心象風景の具現化という固有結界の展開と、サーヴァントの連続召喚という破格の力。単純な数と質を兼ね備えた、同胞たちとの絆の結晶。それを目の当たりにした英雄王ギルガメッシュは、征服王イスカンダルを己の敵と認め、手ずから殺してやると裁定を下した。
理想的な展開だ。ランサーとの先約を匂わせ、アーチャーとライダーが相争うように仕向けたとはいえ、素直にその誘導に乗るようなタマではないことぐらい読めていた。故に弓兵と騎兵がぶつかり合う可能性は半々と見ていたが、上手く事が運んでくれて喜ばしい。
キャスター、バーサーカー、アサシン。脱落したサーヴァントはこれで三騎になり、セイバーは残すところ二回の戦闘で勝利すれば聖杯戦争を終えられるところまで駒を進めた。
ライダーとアーチャーが戦えば、恐らくアーチャーが勝つとセイバーは踏んでいる。ライダーの宝具は極めて強力だが、アーチャーはあの英雄王……あれだけの宝具を大量に有しているなら、対軍宝具の一つや二つは持っていてもおかしくはないし、事前に『王の軍勢』を見ているのだから打開策を練るはず。ライダーの勝算は、限りなく低い。セイバーはそう結論していた。
マスターを連れ、戦車に乗って立ち去るライダーを見送りつつ、セイバーは過去を想う。王の軍勢という時をも超える絆の結晶を見たセイバーは、在りし日への郷愁を懐いていたのだ。
(宝具。伝承や逸話の概念を元にしたモノの中には、ああいうものもあるのか……)
自らが剣士のサーヴァントとして有するのは、生前にも所持していた聖剣とその鞘だ。逸話などを元にしたものなど一つもない。剣士という縛りのせいで単騎の戦闘力に特化しているからだろう。
他クラスでの現界にも多少興味を覚えてしまう。もし自分がライダーだったら、征服王のように円卓の騎士達を召喚できていただろうか? 恐らく、出来る。心象風景に刻まれている白亜の理想城キャメロット――あの光景は、全員が共有しているはずだと信じられた。
弓兵と狂戦士以外には適性があるのだし、また現界する機会があれば剣士以外がいい。正直な話として、聖剣は余り使いたくないのだ。そもそも聖剣は娘に貸したままのつもりでいるのだから。
(どうせ単騎で戦うなら、やっぱり聖槍を使いたいものだね)
基本的にどのクラスでも――それこそセイバーである今も――聖槍は有している。
そもセイバーは死者ではない。故に彼の本体は神霊などという、他者の信仰がなければ消滅したり変質してしまうような脆弱な存在ではなく、神そのものなのだ。権能も当然具えている。そんな存在が現世に現れたとあっては、世界の修正力が退去させようと全力を出してくるだろう。流石にそれは勘弁願いたい事態である。例えるなら
つらつらとそんなことを考えていると、マスターとサーヴァント達はアインツベルンの城から姿を消していた。よそごとを考えながらも
ランサーとの再戦は明日で、ライダーたちの戦いはその翌日で、両方の戦いで勝った者が明々後日に雌雄を決し聖杯戦争を終わらせることになっていた。これで仕事を片付けられる目処は立ったと言えよう。後は――マスターである切嗣のメンタルケアをするぐらいだ。
余計なお世話かもしれないが、流石に自滅への道をひた走る男を、そのまま見殺しにするのは良心が咎める。アフターケアも万全でなければ、仕事を完璧に熟したとは言えない。家に帰った後の土産話にケチがついてしまうのは避けたいところだ。
――セイバーには、余裕があった。心にも、力にも、時間にもだ。
こと軍事というジャンル。
それをしていない理由は、もちろん油断や慢心などではない。
どうにも聖杯戦争では本気になれないから……と言えば語弊はあるが、本腰を入れては現世に迷惑が掛かると思っているからである。神秘の秘匿という縛りと、アイリスフィールや切嗣という、これからも人生が続いていく者達の今後に、要らぬ影響を及ぼす可能性を懸念しているのだ。そうでなければさっさと終わらせている。英雄王に関しても相討ち覚悟で特攻していただろう。
最後の戦いでは、セイバーは自身の命を惜しむ気はないのだ。所詮は分霊、所詮はサーヴァント。実際に死ぬわけではないのだから恐れる理由がない。故にセイバーは、アインツベルンが望み得る中で最高の優勝請負人なのである。
夜風に身を晒し、城壁の上で佇むセイバーには、今後の展望が見えている。
彼の言動から推察できる動向、これは問題ない。彼がどれほど優れた存在だろうと、いや……優れているからこそ、王であるという自負による縛りがあれば予測は容易い。
しかし実際の戦力はまだ未知数だ。無数に展開した宝具を投射する戦法、あれはどれほどの威力を発揮するのだろう。同時に展開できる数の限界は? 種別は? あの戦法しか使えないと決めつけるのは危険過ぎる。他にも英雄王が切り札と見込む物はあると判断すべきだが、その切り札はどんなものだ? あらゆる宝具の原典を有している可能性は濃厚――では彼固有の宝具は……。
(……アーチャーにはどうあれ、ぶっつけ本番で対処するしかないか。となると考えるだけ時間の無駄だね。だったら残りの日数は、切嗣と話すのに費やしておくのがいいだろう)
セイバーはそう思い、答えの出ない思索を打ち切った。
それを見計らっていたわけではないだろうが、一人の男が歩み寄ってくる。
溢れ出る強大な神秘の塊、サーヴァント・アーチャーだ。彼はまだ去っていなかったのか。
振り返ったセイバーは、傲然と肩を聳やかすアーチャーを見遣った。
月下――向き合う騎士王と英雄王の間に、不思議と穏やかな空気が流れる。
「此処にいたか、セイバー」
「アーチャーか。なんの用だ? さっさと帰ってほしいんだが」
「この我がわざわざ足を運んでやったのだ、そう邪険にするな」
敵意も、殺意も、戦意もない。まるで数年来の知己に対するような気安さがある。
聖杯問答を終えたからだろうか。なぜか、アーチャーはセイバーに対して友好的だった。
――或いは。セイバーが英雄王の本質を見抜き、性質を悟ったように。アーチャーもまた騎士王の本質と、根源にある理念を看破したのかもしれない。
アーチャーはセイバーに対する侮りや、侮蔑をなくし、王を称する不埒な振る舞いを許していた。故に今ここにいるのは、寛大ではなくとも王たるギルガメッシュであったのだ。
「今宵は愉しませてもらった。となれば褒美を賜わしてやらねば我の沽券に関わる」
笑みを浮かべながら、アーチャーが蔵を開き、一つの黄金の瓶を取り出す。
ぴくりと眉を動かしたセイバーは、胡乱な眼差しで応じた。
「私は貴公の臣ではない、褒美などと称された物を受け取る気はないぞ」
「フ。王の慈悲を拒むは不敬であるが、赦そう。我は機嫌が良い。とはいえ、我の慈悲は貴様が王を僭称したのを見逃すことに当たる。故にこれは取り引きのための材料と思え」
「……取り引きだと?」
黄金の瓶を手に持ち、ゆらゆらと揺らすアーチャーの目を見据えながらも、セイバーは困惑する。
取り引きを持ち掛けられた理由が全くわからないのだ。王を僭称した罪を、慈悲で見逃す? 見逃すも何も、彼の認可など求めてもいないセイバーだが、英雄王がそれを言った時点で天変地異の前触れかと思ってしまう。それほどの大事件だ。更に取り引きをするために自ら足を運んでくるなど、およそ英雄王らしからぬ振る舞いだろう。何が狙いだと警戒してしまうのは当然だった。
だがセイバーの警戒など意にも介さず、黄金の英雄王はニタリと笑んだ。まるで、蛇のように。
「この酒は
「……何が言いたい」
「いやなに。貴様のマスターは、なかなか芯の通った愚者よ。余計な雑念を強迫観念として昇華し自らを縛りつけている。そんな男が理想を否定されたからと、すんなり諦めると思うか?」
「……マスターは凡庸な家庭に収まるのが相応しい。本人も心の底ではそれを望んでいる。理想を追うのに疲れ、罪過を背負うのも限界が来ているんだ。諦めさせてやるのが私の仕事だろう」
「
「…………」
確信のある声だった。そしてそれを、セイバーは否定しきれない。
他ならぬアーチャーがここまで強く断定するのなら、彼は衛宮切嗣という男を理解できたということだろう。つまらない嘘で他者を玩弄する男ではないとセイバーは感じていた。
玩弄するのなら、全て真実で。そうでなければ面白くない。英雄王はそんな悪趣味さがある。
口の中で舌打ちする。そしてその後、セイバーは深々と嘆息した。
「……私に何を求める? いや……なぜ私にそうも構う?」
「知れたこと。貴様が王であるなら殺すしかなかったが、そうではないと見做したからよ」
「なんだと?」
「
「……あの問答だけで私の全てを知ったかのような口振りだな」
「知ったさ。我を誰だと思っている? 英雄王たる我の眼力を舐めるなよ」
慈悲。そこに不穏な響きがある。ほとんど初対面で理解者面をされては、温厚なセイバーも多少カチンときたが、どうにも妙な予感がして邪険に話を打ち切る気になれなかった。
彼の見立ては、正しいだろう。あの酒も毒ではあるまい。そんな姑息で狡い真似をアーチャーがするのは有り得ないのだ。なら……話を聞くぐらいはしてもいいかもしれない。
「我が貴様に求めるのはただ一つ。我の問いに答えよ。さすればコイツをくれてやる」
「……いいだろう。答えるかはともかく、聞くだけは聞いてやる」
頷く。彼の出した酒は、正直ほしい。嗜好品としてではなく、業務用の備品としてだ。
しかしどうしてもという程でもない。故に答えられない質問なら返答を拒否するつもりだ。
だというのにアーチャーは嗤う。残忍な貌ではない、真実慈悲深い面持ちで――殺気を滲ませた。
「
「……そんなことを聞きたいのか?」
「そうだ。これは重要な問いである。我の見立てが過ちか否か、心して答えるがいい」
「………」
戸惑った。まさかこの聖杯戦争や、マスターなどに掠りもしない問いを投げられるとは。
暫し困惑しつつも、セイバーは念のため思案する。
答えてもいいのか。何か不都合はないか。
熟慮するも、何も不都合はないという結論しか出ない。
セイバーは浅く嘆息して答えることにした。
――まさかこの答えで、己が本気を引き出されるとは思いもよらぬままに。
「その通りだ。流石と讃えよう、英雄王。私は確かに貴公の見立て通りの末路を辿った」
「そうか」
アーチャーが酒瓶を投げつけてくる。それを掴み取ったセイバーに背を向けて、足元から霊体化し消えていきながら、アーチャーは呟くように裁定を下す。それはまさに、英雄王の裁定だった。
「であれば――
「――なに?」
「人間は神になどなるものではない。人間である貴様の
介錯してやるのだと告げられた。それが慈悲なのだと。
ぽかんとして間抜け面を晒してしまったセイバーだったが、彼の真意を悟り苦笑する。
自分のどこを気に入ったのかは知らないが……あの英雄王が殺しに来るのなら悪くない。
悪くないが――大人しく殺されてやる気は毛頭なかった。
どうやら負けられない戦いになりそうだ。この聖杯戦争は。己の手であの黄金の王を討ち果さなければ、余計なお世話だと突っぱねる資格は手に入らないだろう。
英霊でしかないギルガメッシュに、アヴァロンに到る術はない。だが――あの男ならなんらかの手段で、出鱈目なことに成し遂げてしまいそうな迫力がある。
そうなったら、妻子にも累が及んでしまうのだ。負けるわけにはいかなかった。
(……ああ。そういうことなら、受けて立とう。騎士王としてではなく、ただのアーサーとして)
セイバーの――アーサーの心に、やっと戦意が灯る。偶然の悪戯だが、こうなったからには本気の中の本気、全力全開で戦わねばならない。アーサーはそう決心して――
「ついでに、あの美味を生み出した小娘も頂くぞ? 生きた聖杯など、我の蔵にもない故な」
――顔だけ振り向かせ、ニヤリと嗤う英雄王に。
あ、コイツだけは殺さないといけないと、アーサー・ペンドラゴンは強く確信したのだった。