転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話 作:飴玉鉛
サーヴァント同士の戦闘は、たとえ下位の戦闘力しか持たない者であったとしても、戦闘機同士の熾烈な闘争に匹敵するものとなる。これは過去の事例からも明らかだ。
上位の霊格を有するサーヴァント同士なら何をかいわんや。神話の頂点に君臨する者同士なら、一度の全力戦闘で一つの街が灰燼に帰す可能性は高く、その一度の戦闘ですら国土に深刻な爪痕を残すことも充分有り得る。故に此度の聖杯戦争は異例だと断じよう。
召喚された英霊の半数以上が、歴史に、神話に名高き英雄たちなのだ。英雄王、騎士王、征服王、輝く貌。これら錚々たる面々が、周囲に憚ることなく矛を交えればどうなるか――想像がつかない関係者は死ぬしかない。戦場を確保するのは当然で、無用な被害を撒き散らさないためにサーヴァント同士が無秩序に戦わないよう規制するべきだ。これらは全て本来は監督役の仕事だろう。
だが監督役が職務を全うしている様子はない。聖堂教会としては本物ではない聖杯に構う手間と時間が惜しいのは分かる。しかし神秘の漏洩を防ぐためなら労を惜しむべきではないはずだ。
マスターやサーヴァントの良心、自制心に期待するのか? バカバカしい、追い詰められ命の危機に瀕したなら、たとえどれほどの災禍を撒き散らそうと生き残りを図る者が出て来ても不思議ではないだろう。であれば参加者の良識に期待するのはナンセンスである。
以上の理由を以て、アインツベルンは聖堂教会の怠慢を糾弾すると共に、各サーヴァント、マスターの戦闘方式をトーナメント形式に移行し、隠蔽工作や戦場の選定を行うものとする。なお事後処理はこれまで通り監督役、ひいては聖堂教会が行い、職務を果たすことを期待する。もしもアインツベルンの動きを掣肘したいのであれば、相応の対案、または隠蔽工作等を全て代行せよ。
今すぐにだ。
四度目となる冬木の聖杯戦争という儀式は、近日以内に終結する見込みである。
迅速な対応を望む。
――という趣旨の文書を、聖杯問答を開くと決めた段階で、聖堂教会の本部へアインツベルン家の当主の名前で送りつけていた。無論アインツベルン家当主はこのことを知らない、現場の判断というやつだ。一族の頭目ならこの程度のお茶目は笑って流せる度量を見せてほしいものである。きっと許してくれるはずだ。許せ。許さないとは言わせない。
手筈通り久宇隊のホムンクルス達は行動した。セイバー対ランサーの戦場となるコンテナヤード近辺の人払いを済ませ、近隣住民には暗示を掛けて監督役のいる教会に避難させたのだ。
当然ながら収容可能な人数ではないため、監督役は今頃ホテルなどの宿泊施設の確保に忙殺されているだろう。だが、本来は言われる前に熟していて然るべき仕事なのだ。甘んじて忙殺されてしまうといい。その翌日はアーチャー対ライダーで、その次は最後の二騎の戦闘がある。マニュアルがないと大変な仕事になるだろうが、今まで雑で手抜きの仕事しかしていなかった自分たちを恨め。
「……つくづく思う。お前は、王様だな」
「生憎、私は副王だ。この手の仕事は女王陛下の領分だよ。それにこの程度、モルガンからすれば児戯に等しいはずだ。彼女ならもっと早く、もっと上手く筋道を立てていた」
視座が一兵士、一暗殺者とは一線を画している。切嗣はあくまで状況を利用し、ルールの抜け道を探すことに長けた暗殺者である故に、こうしたアクションに関しては専門外だった。
盤面の上で戦うのが戦術なら、盤面そのものを叩き壊して自分好みに仕立て上げるのが戦略というものなのだろう。それを理解した切嗣が呆れたふうに揶揄するも、とうのセイバーはどこか不服そうである。なぜなら聖杯戦争とは、戦術の前に戦略があり、戦略の前に政治があるものだからだ。政治方面できっちり盤面を整えてもらわねば、戦略とその後の戦術の確度が落ちてしまう。
不都合で不合理なルールを、ほとんど力技で押し流し、無理矢理にでも主導権を握る。こんなものは理想的なスマートさとは程遠い。有り体に言うなら、これは二流の戦略なのだ。
そう溢したセイバーに切嗣は苦笑する。
――聖杯戦争を始めた御三家は、人身御供になる魔術師を外部から招くために、ある程度緩い規則を立てるのに留めたという事情がある。あらかじめ入念な準備を整えられる御三家に、圧倒的なアドバンテージがあるのだ。間違っても外様の魔術師に、聖杯戦争で勝利させない布石は幾つか打たれている。だがセイバーもそんなことは承知しているだろう。その上で不細工と称した。
「彼らは英霊の良心に期待し過ぎだ。ついでに舐め過ぎてもいる。たかが令呪三画で、英霊を意のままに操れるとでも思っていたのか? 英霊――英雄って人種は、善きにしろ悪しきにしろ我を押し通した者ばかりだ。所詮は過去の影法師と自らを律し、現世の人間の意思を尊重するような行儀のいい連中ばかりじゃない。むしろ倫理観念で言えば『気に食わないから殺す』選択を容易く取れる野蛮人ばかりと言える。そんな連中とまともにコミュニケーションが取れるような、素晴らしい人格者が魔術師の中にいるとでも? 仮にいたとしても手綱を握れる保証はない……その辺りを見誤ったのがトオサカだ。擁護する余地がないほどに愚かだよ」
気が立っているのだろうか。長々と愚痴っぽく吐き捨て、セイバーは組んでいた腕を指で叩く。
どこか落ち着きに欠けている。切嗣は怪訝に思った。
「……どうした。らしくないじゃないか」
「ん……ああ、そうだね。
騎士王の勘である。くだらないと言って無視してしまえるものではない。
だが善くないこととはなんだ? まさか……ランサー陣営との戦いに不安を覚えている?
「それじゃない。ケイネスに君が負けるとは思っていないさ。だが……」
と、そこで車の走行音が聞こえる。
ちらりと視線を向けると、久宇舞弥が運転する車がやって来ているところだった。
取り決めた時間が来たのだろう。もう間もなく、ランサーとそのマスターとの決闘が始まる。
セイバーは舌打ちし、自らの体内から金色に煌めく宝具を取り出した。
「キリツグ。君にこれを貸しておこう」
「……これは?」
「私の家と同じ名を冠した宝具、聖剣の鞘『全て遠き理想郷』だ」
その力の真価と、付随する効果を聞いた切嗣は目を見開く。
破格の宝具だった。評価規格外である。これをセイバーが持っていれば、霊核さえ砕かれなければ事実上の不死身になるのだ。生前なら心臓が吹き飛んでも一瞬で蘇生する代物である。
「……なぜ僕にこれを? お前が持っていた方がいいんじゃないか?」
「万一の時の保険さ。それに、どうせその鞘はサーヴァント化に伴う複製品だよ。オリジナルは今も変わらず本体の私が持っている」
「そうなのか?」
「そうだとも。だから気にすることはない、君が持っているんだ。絶対に死なないためにね」
「……気持ちはありがたいが、これ抜きでアーチャーに勝てるのか? 相手は英雄王だぞ」
懸念を口にすると、セイバーは失笑した。
「それを言うなら私はアーサー・ペンドラゴンだ。大丈夫だよ、いざ負けそうになっても相討ちまでなら無理矢理に持っていける秘策がある。なんなら秘策抜きでも勝つ自信はあるさ」
「……分かった。ならコイツは僕が預かっておく。一応確認しておきたいんだが、これは自傷にも効果を発揮するのか?」
「する。なんなら試しに首を掻き切ってみるかい? たとえ生首だけになろうとも、私が傍にいるなら首を繋いだ後に甦れるよ」
「……遠慮する。好きこのんで傷つく趣味はない」
己の体内に、沈み込むようにして消えていく聖剣の鞘に、なんとも言えない気分になるが。自分達の傍に停車した車の助手席を開き、乗り込みながら切嗣はセイバーへ言った。
「セイバー」
「なんだい?」
「……健闘を祈る」
堪らず噴き出した。
他にも何かを言いそうになったものの、寸前で堪えたように見えたからだ。
昨夜のあの話を経て、一気に憑き物が落ちたようだったが、こんなに変わるともはや別人だ。
いや……あるいはこれが、衛宮切嗣という男の素なのかもしれない。
彼はなんと言いかけたのか。『ありがとう』? それとも……。
走り去る車を見届けはせず、セイバーもまた停車していたバイクに跨る。アクセルを吹かして走行をはじめ、切嗣と舞弥の乗る車を追いコンテナヤードに向かって行った。
今は目の前の戦闘に集中しよう。勝利を手に入れる自信はあるが、人間時代からの戦歴と、先日の交戦経験を理由に油断していい相手でもない。
英雄という奴は、いつだって不可能を可能にしてきたのだ。故に――全力で臨む。勝機を完全な零にまですり潰して、無欠の戦果を手に入れるのだ。
ケイネス・エルメロイ・アーチボルトは、腹の奥底で渦巻く歓喜を自覚していた。
主君の婚約者を誑かす、伝承通りの不義の騎士ディルムッドがもう間もなく死ぬのだ。口では忠義を嘯く忌々しいその男が死ぬ時を、
だがケイネスは計算高い魔術師である。時計塔でも抜群の政治力を発揮する男は、
この戦いは、ケイネスにとってはどう転んでも損のないものだ。
己を銃器で不意打ちし傷を負わせた溝鼠、衛宮切嗣の粛清。己が召喚したとはいえ不忠の極みを犯した下劣な騎士、ディルムッドの無様な敗死。そして騎士王から齎される
これらは自分が得られる大きな利益だ。
それさえ手に入れたなら、このまま時計塔に帰ってもいいと思えるほどの。
ケイネスはランサーではセイバーに絶対に勝てないと確信している。ステータスでも敏捷の値しか上回っておらず、宝具を開帳したのに風の魔術しか使っていないセイバーに敗れているのだ。しかも奇策を用いてなお、正面から堂々と打ち破られている。それでどうして次こそは勝つという妄言を信じられる? 二度目も似たような結末を辿るのが目に見えていた。
自分は情報を得て、更に魔術師の面汚しに誅伐を下し粛清して、ランサーはセイバーに敗れる。これはケイネスの中では既に既定路線だ。なんとなればランサー亡き後、セイバーが望むなら再契約を交わしてもいいと考えてもいる。名高き騎士王を自分のサーヴァントにしたならば、ますます自分に箔がつくだろう。それは全く以て素晴らしい未来予想図だと言えた。
「――待ちくたびれたぞ、衛宮切嗣」
「………」
車に乗ってやって来た男と、バイクでやって来たセイバー。走り去る車には見向きもせず、彼らをランサーとともに迎え入れ、ケイネスは残忍な笑みを衛宮切嗣に向けた。
先日のあの宴は素晴らしいものだった。魔術師とは過去に向かう学者でもある。学者としてのケイネスは偉人たる王たちの問答の価値を正確に理解しており、時計塔に帰ったら本にしてみるのも面白いかもしれないと思ったものだ。だがそれとは別に明らかになった妄想。魔術師の面汚しである衛宮切嗣の、誇大妄想極まる願望まで知ることになってしまった。
まるで興味はなかったが、憐憫を覚えはした。大の男がどんな人生を辿ればあんな醜態を晒すのか一瞬だけでも想像はしてみた。理解は出来なかったが、憐れだとは思ったもので――しかしそれとこれとは話が別である。どうあれ衛宮切嗣が魔術師にあるまじき恥知らずなのに変わりはなく、ケイネスは彼に対する憎しみを少しも弱めることはなかった。
魔術師とは冷酷な生き物なのである、敵対者に掛ける情けなどない。
「逃げずによくぞやって来た。今日が貴様の命日になるというのにな」
「……ここでお前と戦う、そういう契約だったはずだ。逃げたくても逃げられない」
「ハッ。己の分際は弁えているようだな。だが命乞いをしても無駄だ、私は貴様を殺す。これは覆ることのない決定事項だ。なぜならこれは決闘ではなく誅伐なのだから!」
王の宴、聖杯問答の開催以前、ケイネスらの宿泊していたホテルにセイバーが単騎で訪れた。
その時にセイバーから告げられた真実に、彼は腹を抱えて笑い転げたくなったものだ。
――時計塔の創設者が、モルガン・ル・フェであるなどと。
そんなこと、今日に至るまで誰一人として知らない秘匿情報だった。
無論最初から鵜呑みにしたわけではない。しかしセイバーから語られる真実と、ケイネスが時計塔のロードの一角であるが故に有していた情報、これらが合致した故に信じざるを得なくなった。
時計塔がモルガンにより創設された理由は、自身達が現世から去った後、残される聖杯を宿した娘を守るためだったのだ。彼女には聖杯の騎士と名高い、次代の円卓最強たるギャラハッドが常についていたため心配はなかったが、それでもギャラハッドや聖杯の王女の死後の安寧が守られる保証はない。故に欲深い魔術師や、過激な聖堂教会勢力を遠ざけるために、時計塔の地下にある迷宮――現代まで残る神代の痕跡、境界の竜の亡骸を用いて作成されたもの――を創り上げ、最深部に聖杯があると騙ったのだ。そしてその目的は現代でも誰も知ることが出来ずにいる。
証拠としてセイバーは語った。時計塔のロードや、一部の者しか知らない大迷宮『霊墓アルビオン』の階層や順路を、部分的にでも正確に謳い上げたのだ。それは現世にいないサーヴァントのセイバーには、ましてや衛宮切嗣やアインツベルンには知る術のない情報だった。
驚愕しながらもケイネスはセイバーの話を信じた。故に彼から提示された条件を呑んだのである。この後開催される聖杯問答が終わった翌日に、ランサー陣営とセイバー陣営で雌雄を決しようと。
条件はどちらかが脱落するまでの戦闘で、他者の手を介在させない一騎討ち――マスターはマスターと、サーヴァントはサーヴァントと戦うのだ。もしケイネスが勝てば、霊基アルビオンの最深部までの進み方を教えた上でアヴァロンに招待する。そしてケイネスをモルガンの弟子にするよう取り次ごう。セイバーはそう約束した。
妖精女王の弟子の座。探求の徒であるケイネスにとって、それは途方もなく魅力的な響きだ。なぜならばモルガンこそは、魔術世界にて五指に入る――いいや、魔術王ソロモンと一、二を競い得る天才魔術師だと謳われる存在。その叡智に触れられるのなら、ロードの座すら惜しくはなくなる。魔法使いに至ることも夢ではなくなるかもしれないのだ、乗らない理由がない。
「では始めようか、私の栄光に至るための儀式を! ランサー、早々に敗れてはくれるなよ? 私が奴を始末するまで保てばいい、防戦に徹し逃げまわれ。いいな?」
「……しかし」
「口答えをするな! どうせ貴様ではセイバーには勝てんのだからな! どうせ役立たずなら、せめて私の足を引っ張らないようにするのが貴様の責務であろう!」
「っ……!」
悔しげに俯くランサーには見向きもせずに、ケイネスは己が誇る至上の魔術礼装を開陳する。
手加減はしない。全力で、衛宮切嗣を殺す。
魔術師が喜悦の滲んだ笑みを浮かべ――ここに、再戦の火蓋が切られた。
やめて!(中略)
お願い死(全略)
後編に続く。さくさくいきましょう。