転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話   作:飴玉鉛

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ランサー陣営VSセイバー陣営のお話 後編!

 

 

 

 

 

 

「……騎士王。いや、セイバー。この間の戦いで、オレはお前に負けていた」

 

 美貌の騎士の凪いだ声音には、様々な悔恨が滲んでいた。

 敗北を認める潔さはある。しかしそれが為に主君の信を失ったのだ。そして己にある呪いに等しい加護により主君の婚約者が惑い、生前に続いてまたも怨嗟を買ってしまっている。

 今度こそはという想いがある。仮初のものとはいえ二度目の生を得られたのだ、この僥倖を活かして生前の後悔を晴らし、今度こそ騎士としての在り方を全うする為に槍を執った。

 もはや己への主君からの信は地に落ちている。この失態を挽回するには、生前を含めても最強の強敵であるセイバーに打ち勝つ他にない。だが主は己に期待せず、防戦に徹しろと命じられた。

 どうすればいい。己はセイバーに勝ちたいのだ。だが主の指令を守らずして何が騎士なのかという思いもある。ランサーは煩悶としたまま、苦悩を満面に刻みながら宣言した。

 

「あの時はライダーの横槍で命を拾った。だが、此度の戦いに横槍はない。騎士として雪辱を果たし、なんとしても我が主に勝利を捧げたいが……主は、オレがお前に勝てると思っていない。オレの不甲斐なさのせいだ。口惜しいがオレはオレの騎士道を貫こう。オレは主の勝利を信じ――お前に勝たない。代わりに負けない戦いを演じよう。……悪く思ってくれるな、セイバー」

 

 ハッ、それでいい――魔術礼装『月霊髄液』を解放したケイネスは鼻を鳴らして嘲笑い、顎で切嗣に場所を移すよう促した。サーヴァント同士の戦いに巻き込まれては敵わないという計算はある。しかしそれよりも、一騎討ちを行うという契約を律儀に守ろうとしたのだ。

 サーヴァントの戦いの余波に巻き込まれても、どうとでも切り抜けられる自信がケイネスにはある。その自負は的外れではない――ケイネスの実力は極めて高く、未来において成熟したアインツベルンの最高傑作『イリヤスフィール』をも魔術戦で撃破出来るのだ。

 場合によっては『百貌』のアサシンの分身をも撃破可能であり、他クラスのサーヴァントに狙われても生き延びられる可能性を秘めた、まさにロードの名に恥じぬ実力者なのである。戦闘向きではない学者タイプの魔術師であるなどとは、到底信じられぬ天才なのだ。

 

 セイバーは慚愧の滲むランサーの言に肩を竦めた。

 銃器の収まるアタッシュケースを片手に、自身らから離れていく切嗣を尻目に飄々と応じる。

 

「己の主の武勇を信じ、私を足止めしようという心意気は買おう。だが防戦に集中し、自らの足を恃み一撃離脱を繰り返す手合いには慣れていてね……我が息子ウッドワスでも、私の手から逃れることは出来なかった。貴公は見事この私から逃れられるかな?」

「――猟犬騎士ウッドワスが。……肝に銘じよう、そして証明してみせる。円卓随一の機動力を誇る遊撃騎士を、このオレが凌駕していることを」

「よく言った。ならば一人の騎士として、アーサー・ペンドラゴンが受けて立つ。来いッ!」

「応ッ!」

 

 どっしりと腰を落とし、全身に甲冑を纏ったセイバーが、風の鞘で隠すことなく聖剣から黄金の煌めきを発する。真名が割れているなら隠す意味がないからだ。それを見てランサーも双槍を構えた。翼のように広げた赤の長槍、黄の短槍の穂先がセイバーを見据える。

 両者の間に緊迫感が満ちていく。空気が張り詰め、臨場感が増し、充満する殺気で大気が歪む。睨み合う両雄――夜気を引き裂く銃声が轟き、それが開戦の合図となった。

 

「――行くぞ、セイバーッ!」

 

 地を蹴るフィオナ騎士団の一番槍。初動で音速を超え、常人なら残像すら追えない域に達した。

 さながら地を駆ける戦闘機。そして戦闘機には有り得ぬ縦横無尽なる高速機動。ジグザグに左右へ駆け巡り、セイバーの視線を振り切ろうと疾走する。

 不動の構えでセイバーが迎え撃った。斜め前方から伸びる赤槍を弾く――軽い手応え、足元を狙う黄槍を穂先の根本を蹴りつけ斬撃を封じるも――次の瞬間には槍兵は剣士の背後に回っている。

 双槍によるそれぞれの一撃は、セイバーの背後に回るための牽制。まんまと後ろを取った槍兵が、弾かれた赤槍の反動を巧みに乗せ、曲芸めいた足捌きで回転しつつ剣士の後背を切り裂かんと迫る。だがセイバーはまるで見えているかのように半身になるや、籠手に覆われた左腕を掲げ赤槍の穂先の根本を受け止めた。長槍を片腕で振るえるランサーの膂力を、片手で軽く止められる怪力。驚嘆する槍兵だったが脚は止めない。止まったら終わるという確信があった。

 疾走する槍兵。鮭跳びの秘術なる跳躍走法を駆使し、小刻みに機動するランサーにセイバーは反撃に出る機会を得られない。しかし、四方八方から己を穿たんとする赤と黄の軌跡を、セイバーは死角からの強襲を含め悉く打ち払っていく。やがてセイバーは片手で握っていた聖剣の柄を両の手でしかと握り締めると、小振りの豪打を連続した。

 双槍を握るランサーの両手に、僅かずつ蓄積される衝撃。骨の髄にまで浸透する剣撃の威力に、輝く貌の美麗なる騎士は戦慄しながらも舌打ちする。気を抜けば槍を取り落とすばかりか、体幹を崩され致命的な隙を晒してしまうだろう。そうなれば、死が己を捉える。

 

 己の末路の一つを悟った槍兵は、その結末を切り抜ける道を探る。そうしながらも音速の世界で疾走しながら、ランサーは只管に己の槍術の粋を集めてセイバーを急襲し続けた。

 

 街灯と星光が照らすだけの暗い戦場に咲く、無数の火花。繚乱する火の花は鉄火であり、真昼の喧騒をも上回る剣戟を奏でる。ここに至るまで、双方全くの無傷だ。――しかし満面に汗する槍兵と、涼し気な相貌を崩さぬ剣士。どちらが優勢なのか一目瞭然だった。

 剣士はひたすら体勢を変え、足の位置を変え、最小限の所作で豪打を叩き込むのに終止するばかり。脚の速い獲物を仕留める術を知る、無双の戦巧者の真骨頂。

 弾く。弾く。弾き、弾き、弾き弾き弾き弾き弾き弾く――咲き誇る火花のリズムが僅かに乱れた。槍兵は腕の痺れが限界に達しつつあるのを自覚し距離を取ろうと一旦後退する。瞬間、セイバーの目が炯と光った。彼の敏捷性と最高速度もまた、ランサーには及ばないものの最高値。一直線に跳ぶだけなら引けをとらない。真っ直ぐ下がっちゃ駄目だろう? 槍兵は、そんな幻聴を聞く。

 ランサーは己の腕の痺れに気を取られ、セイバーを中心に地表へ広がる薄い風の膜があるのに気がついていなかった。突如として突撃してきたセイバーの剣を、双槍を交差させて受け止めつつ自ら後方に跳び、威力を散らすのに成功するも――背後のコンテナに()()()()()()()。同時、セイバーが溜めた力を解放する。片手を虚空へと突き上げたのだ。

 

「――風王鉄槌(ストライク・エア)ッ!」

 

 宝具『風王結界』の開帳。其は風の魔術を極めしセイバーが編み出した、改良発展型の応用魔術。彼を中心に密かに解放の準備が整えられていた暴風は、広範囲を覆い尽くしており――近隣一帯の地面に絨毯の如く敷かれていた。それがセイバーの咆哮と共に、()()()()()()()打ち放たれたのだ。ランサーは突如として己を襲う衝撃に驚愕する。

 自身が足場としたコンテナごと、天高く上空へ舞い上がったのだ。咄嗟にコンテナを蹴るも、同時に打ち上げられたコンテナの総数は目視しただけで二十はある。凄まじい風の魔術――セイバーもまた地面を蹴り、ランサーと同じ高さにまで飛来した。ランサーは別のコンテナに着地し、不安定な足場で双槍を振るってセイバーの聖剣を迎え撃つ。

 虚空にて打ち合う剣戟は鮮烈なる戦の華、しかし。(分が悪い――!)強制的に不安定な足場、それも空中での技撃の応酬をさせられたとなれば、力で圧倒的に劣る槍兵が不利なのは自明。

 これは堪らない。ランサーは本能的に一か八かの賭けに出た。無理矢理にセイバーの剣撃の合間を縫い飛び込んで、首の皮一枚を切り裂かれながらも強引に死線を突破する。そうしてなんとか地面に着地した様は、なるほど見事。彼が卓越した英雄である証左と言える。

 だが、セイバーは英雄を知る。この程度の死線は当然切り抜けてくると信頼していた。故に彼を詰ませる手を流れるように打っている。

 

「なッ――!?」

 

 空中で踊るように身を翻す騎士王。肩から、足から、背中から、小刻みに魔力を放出し体勢や位置を変えながら機動したセイバーが、空中を舞うコンテナを蹴り飛ばし、あるいは掴んで投げ、剣身の腹で殴打し、地上のランサー目掛けて打ち出した。

 その破壊力は差し詰め、城壁をも削る質量兵器。

 一つ目を咄嗟に赤槍で切り裂き、続く二つ目、三つ目――二十を超えるコンテナの投石を走り抜け躱していく。轟音が轟きランサーが脚を止めた頃には、彼は剣士の思惑を悟り愕然としていた。

 己の四方を囲むように、山と積み上がったコンテナの群れ。隙間はある、しかし狭い。これでは自慢の脚を活かしての高速機動を封じられたも同然。

 砲弾の如くランサーの目の前に着地したセイバーが、涼し気に微笑みながら告げる。

 

「――言っただろう。素早い相手には慣れていると」

 

 慄然とする伝説の騎士団の一番槍。そして、ランサーは知識ではなく、実感として理解する。

 

 ――円卓最強の騎士とは誰か。

 

 この論議をした時、真っ先に名が上がるのは二人の騎士だ。即ち太陽の騎士と湖の騎士である。

 片や日中なら三倍の力を発揮する最強として。片や巧みな武技を誇る最強として。しかし時代を下れば聖杯の騎士こそ最強と称する者もいる。だが聖杯の騎士、太陽の騎士、湖の騎士は揃って最強の称号を固辞した。なぜなら彼らは知っていたからだ。

 我が王こそが円卓最強の名に相応しいのだと。

 アーサー王――アーサー・ペンドラゴンはランスロットと同等の技量を具えており、円卓に於いてすら比類なき戦勘を具えていた。更には莫大な魔力に裏付けられる、激烈な身体強化により日中のガウェインにも匹敵する身体能力を具えている。人間時代ですら、だ。

 無双の怪力と、無双の武技と、無双の戦勘。

 これらを兼ね備えた神代における最後の大英雄が、底なしの魔力と体力を振るって半永久的な持久戦すら熟すのである。アーサー王が最強、これに異論を唱えられる者はいなかった。

 

 故に。ランサーより遥かに速く、疾く、捷い、境界の竜ですら彼の動体視力と戦勘を振り切れなかった以上――如何にランサーが死に物狂いで走ろうと、セイバーの剣技を乱すことは叶わない。戦働きを曇らせることは能わない。感動すら覚えながら、ランサーは言う。

 

「――流石は騎士王。こうまで見事に詰まされては、素直に称賛する他にないな」

「貴公の槍術と体捌きも見事だ。人間時代の私なら、今少し詰ませるのに時を要しただろう」

「……どういうことだ?」

「ここにいる私は、聖槍の神となった私の分霊だ。つまり……なんだ。私の経験値は、約千五百年ものということだよ。悪いが場数と研鑽の密度が違う。狡いだろう?」

 

 その告白に、ランサーは苦笑した。納得しているからか、曇りはない。

 

「狡くはないさ。尋常な立ち会いで言い訳をしては騎士の名が廃るというものだろう。しかし……そうか、お前と真に互角に戦うには、オレも影の国の女王か、光の御子殿と同等の域に達していなければならなかった……口惜しいな、今ほど自らの短命を呪ったことはない」

「スカサハとクー・フーリン……確かに私も手こずる相手だろうな。負ける気はないが。だが嘆くことはないぞ、貴公の槍からは確かに英雄の意地を感じられた。誇れ、貴公は真の騎士だ」

「――そう、か。そう言ってくれるのか、騎士王」

 

 晴れ晴れとして、笑顔でランサーは双槍を構える。セイバーもまた応じて聖剣を構えた。

 ディルムッド・オディナは、心からの賛辞とともに決着の覚悟を口にする。

 

「騎士王の剣に誉れあれ。オレは――お前と出会えてよかった!」

「――久方ぶりに心躍る一戦だった。私も、貴公の名を永劫に忘れない」

 

 同時に踏み込む。逃げ場はない、槍兵は正面から切り結ぶしかなかった。

 この囲いから逃れるのに徹することも考えたが、そんな無駄なことをしても結果は変わらない。ならばせめて、己の渾身の一撃に賭ける。ランサーの繰り出した双撃は――果たして空を切った。

 奇抜な双槍術にも、セイバーは慣れてしまっている。セイバーは双槍を躱し様、ランサーの体を袈裟に切り裂き交錯した流れのまま立ち位置を交換した。

 霊核を砕いた。致命傷どころか即死である。

 だがサーヴァントの常か、消滅する間際までランサーの意識はあった。

 

「……セイバー。恥を忍んで、頼みがある」

「なんだい? 騎士たる者の末期の頼みだ、聞くだけ聞こう」

「感謝する。……頼む、我が主を、見逃して欲しい。今からお前が駆けつければ、主は……」

「……貴公は、自らをあそこまで悪し様に嘲った主を救いたいと?」

 

 呆れたような口調に、しかしランサーは言った。

 

「決闘の結果、敗れて斃れるは戦場の倣い……どんな末路を迎えようと、オレはお前を恨まない。だが騎士として忠義を捧げた身として、主が生き残ることを願う。それが……オレの騎士道だ」

「……貴公の願い、確かに聞き届けた。安心して逝くといい、助けられる保証はないが、出来る限りの手を打ちはしよう」

「……すまない。そして、ありがとう。遍く騎士達の王よ」

 

 そう言って、ランサーは消滅する。

 セイバーは嘆息し、称賛する。ディルムッド・オディナ、彼はまさしく騎士の中の騎士だった。

 まあ……対人関係に関して、矢鱈と不器用で自分勝手なところもあるように見えたが。女性にだらしない部分を除いたランスロットによく似ている。

 だからこそ好感を覚えた。セイバーは急ぎ切嗣の許へ向かう。約束した手前、最善を目指すのは王騎士として当然である。セイバーもまた騎士なのだ、騎士としての在り方は裏切れない。

 

 ――銃声が止んだ。どうやら決着がついたらしい。

 

 セイバーが駆けつけると、ケイネスは血塗れで倒れていた。全身至るところを銃撃され、今にも息絶えようとしている。水銀が辺り一面に飛散しているのも目についた。

 全身至る箇所が壊死しているのだろう。魔術回路もグチャグチャだ。人としても、魔術師としても再起不能なのは明らかである。

 そんな彼の許に歩み寄り、頭部に銃口を突きつける切嗣もまた、浅くない傷を負ってはいる。しかし致命傷には程遠く、完勝と言える有様だ。聖剣の鞘の力で全快してもいた。

 

「セイバーか。どうやらそちらも終わったらしいな」

「ああ。彼はなかなかの猛者だったよ」

「そうか。こちらももう終わる」

 

 手持ちの短機関銃は弾切れらしく、ケイネスに突きつけているのは拳銃だ。それはトンプソン・コンテンダーではないが、瀕死の男を殺すのには充分な殺傷力を秘めた道具である。

 ケイネスは息も絶え絶えに、必死に這いずっていた。死にたくないという渇望、敗北を認めたくないという意地、自身の状態を理解しているが故の絶望。綯交ぜになった激情を抱え、しかしケイネスの口を衝いたのは、掠れた声で呼ばれる女の名だった。

 

「そ、ら……う……」

「…………」

「し……しにたく、ない……ぃ! わ、わた、しは……しぬ、わけに、は……!」

「…………」

 

 一瞬、切嗣の動きが止まった。だが撃鉄を起こした彼は、これ以上の苦痛を与えることをよしとせず、せめてもの慈悲として一瞬で即死させようと引き金に指を掛けた。

 それに、セイバーはランサーへの義理で待ったをかける。

 

「キリツグ」

「……なんだ?」

「もう、無用な殺生は避けてもいいだろう。あと一人以外は、殺さなくていいんだ」

「……なんだと?」

 

 言いながら、セイバーはケイネスのコートを大きめに切り取り、彼の血で術式と文言を描いた。

 条件は以下の通り。

 衛宮切嗣、及びそのサーヴァントから得た情報の全てを秘匿し、今後永久的に他者への伝達をあらゆる手段であっても禁じる。また同上の項目を、如何なる用途でも利用を禁じるものとする。

 また永久的に衛宮切嗣や、その縁者へ危害を加えるあらゆる行動の企図、計画の立案を禁じるものとし、衛宮切嗣がケイネス・エルメロイ・アーチボルトへ協力を要請した場合、これを最優先事項に設定し全力を尽くして協力すること。例外は認めない。

 治療を受けた際、用いられた宝具を一切の猶予なく速やかに返還すること。そして契約の締結後、以上の項目が直ちに効力を発揮するのを認めること。

 

 術式はセルフ・ギアス・スクロールだ。聖杯戦争中、何度も目にしたものである故に、妖精女王の薫陶を受けているため魔術への造詣も深いセイバーは、それの模写を可能にしていた。

 切嗣はその文言を見て顔をしかめる。

 

「……生かすのか、この男を」

「この契約条件なら、君や私になんの不利益も生じない。それどころか君は、強力な味方を時計塔内部に得ることになる。今後を見据えるなら、ケイネスを生かすのは益になると思わないかい?」

「……プライドの高いケイネスが、この条件を呑むと思うのか?」

「さあ、試してみないことにはなんとも言えないが……構わないね」

「……好きにしろ。僕も好きこのんで人を撃ちたいわけじゃない」

 

 切嗣は呆れ、諦め、タバコを取り出して口に咥える。そのまま背を向けた。

 セイバーは地面を這うケイネスの傍に膝をつき、契約書を見せる。目を見開いたケイネスが、食い入るように文言を見詰めた。

 死の淵にいようと、彼は優れた魔術師である。穴のない術式だと理解し、契約内容も理解した。

 

「温情だ。助かりたいならサインするといい。断っておくと、契約を結ばないなら介錯はしてやろう」

「ヒュー……ヒュゥ……」

「早くしないと死んでしまうぞ。迷っている暇はないはずだ」

「っ………!」

 

 血走った目で、指先を震えさせながら、ケイネスは己の名前を書いた。

 一方的に己に不利な条件にも拘らずだ。それほどまでに死にたくなかったらしい。

 なら、戦場に出てくるなと言われても仕方ないが、彼は驕っていた。自分が負けるわけがないと、死ぬわけがないのだと甘く見ていた。その結果がこれである。ケイネスは、必死だった。

 溺れる者は藁でも掴む、死を避けるためなら悪魔とでも手を結ぶ。

 果たして切嗣は嘆息し、自らの体内から聖剣の鞘を取り出すと、それをケイネスに押し込んだ。そこにセイバーが魔力を封入するや――瞬く間にケイネスの傷が治っていく。

 そして轢断されていた彼の魔術回路までも復元された。

 神秘による現象は、より大きな神秘に塗り替えられる。聖剣の鞘による治癒能力は、起源弾による破壊もまた塗り潰して治癒してのけたのだ。

 

「ぁ……こ、これは……」

 

 自らが全快したことを悟ったケイネスが、唖然としながら立ち上がる。

 呆然としながらセイバーと切嗣を見て、現状を理解すると顔面を歪めた。

 

「………」

 

 無言で自らの体内から聖剣の鞘を取り出し、契約通りに返還する。それを切嗣が受け取った。

 

「……感謝しよう、騎士王陛下。だが……私は、これからどうすればいい?」

 

 情けを掛けられた屈辱も、決闘の最中に受けた仕打ちへの怨嗟も、晴らす手段などない。そのことを理解しているケイネスは、ただただ己の無力感へ打ちひしがれていた。

 魔術師の面汚しなどに助けられた事実が認められない。そんな輩へ敗れ、言いなりになることが確定した現実が堪らなく屈辱的だ。ケイネスは死の淵にいて――自身がどれほど詰んだ状態でいたのかを自覚していた故、全快して元通りになれた自身の体に驚愕を隠せない。

 動揺していた。理解の及ばない神秘に。そして、己の敗北と、この現実に。

 セイバーが切嗣を見ると、切嗣は首を左右に振った。その意図を察したセイバーが代わりに言う。

 

「国に帰れ。大事な女がいるんだろう? なら、無闇に危険な戦場に身を晒すんじゃない」

「……分かった。いや、畏まりました、陛下」

「ああ、それと……」

「………?」

 

 一礼して自らの礼装を回収し、立ち去ろうとするケイネスはピタリと立ち止まる。セイバーの声に反応して振り返ろうとしたが、それを制するように彼は言った。

 

「私が貴公の命を救うために、便宜を図ったのはランサーの頼みだからだ」

「――――は?」

「いい騎士を持ったな、ケイネス。彼は私に恥も外聞も投げ捨てて、貴公の助命を願ったんだ。もしもランサーが貴公のことを気に掛けなかったら、私はケイネス・エルメロイを見捨てていた」

「……………………」

 

 ぽきり、と。

 

 心の中で何かが折れた音を、ケイネスは確かに聞いた。

 何が折れたのかは分からない。だが、確実に何かが折れた。

 プライドか? それは切嗣に敗れ、助けられた時に折れている。

 では何が折れた? 何が……砕けた?

 ……ランサーが、自分の、助命を願った。

 それを聞いた瞬間――生まれて初めての挫折を、ケイネスは確かに実感したのである。

 己の人を見る目のなさ。曇っていた心を痛感させられた。

 有り体に言うのなら、天才が故に伸びていた鼻っ柱が折れたのである。

 

 ケイネスは無言で、途端に小さくなった背中を晒したまま、静かに戦場を後にする。とぼとぼと歩く彼の姿は、ようやく一人の人間として成熟を迎える兆しを得たように見えて。

 

「残酷なことをする」

 

 皮肉めいて切嗣が呟くと、セイバーは苦笑して応じた。

 

「戦争とは残酷なものだ。私は勤勉さを心がけていてね、『マスター』の今後も見据えてアフターケアもしてやろうと思ったまでだよ。これで、ケイネスは君の仲間だ」

「あんな仕打ちをしておいて何が仲間なんだか……」

()たなくても決着に持ち込めるなら上等だろう? 降伏させた相手は可能な範囲で搾取しないとね。勝者と敗者に別れたなら、徹底的に不平等条約で縛り付けるのが鉄則だよ」

 

 吸い殻を捨て、靴底で火種を踏み潰した切嗣が、呆れたように半眼で騎士王を一瞥した。

 

「……今の台詞で確信した。やはりお前は、()()()()王様だ」

 

 それ、どういう意味? 聞き返したセイバーに応えず切嗣は戦場を後にした。

 なんとなく納得がいかないセイバーだったが、まあいいかと意識を切り替えて停車していたバイクを回収しに向かう。彼は当たり前のことを言っただけのつもりのため気にしていないのだ。

 ――そうして、ランサー陣営は脱落した。

 サーヴァントとマスター、双方がセイバー陣営に完敗する形で。

 

 明日はライダーとアーチャーの戦いである。それの偵察が出来ればいいなとセイバーは考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ケ イ ネ ス 生 存
次回予告詐欺(元ネタ通りの生存)である。

なお「とある理由」でケイネスはロードの座を降りることになります。ウェイバーくんの台頭は動かず、ケイネスはウェイバーの後方先生面をしての相談役、最後に出てくる師匠枠になる模様。
なぜロードを降りることになるかは、後日談で軽く触れておこうと思います。とはいえお察しかもしれませんが……お楽しみに。

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