転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話   作:飴玉鉛

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最後の戦いの前夜の話

 

 

 

 

 

 

 冬木大橋にて行われた、人界の覇者たる征服王(ライダー)と、人の世を開闢せしめた英雄王(アーチャー)の決戦。

 勝者は、黄金の英雄王。決着は酷く呆気なく、あっさりとしたものだった。

 戦車は破壊され、ライダーの切り札も破られたのだ。アーチャーの圧勝である。

 過程こそ固有結界『王の軍勢』が展開された為、確認できずに終わったが収穫はあった。

 アーチャーの手に握られている、三つの円柱を束ねた剣のような何かと、征服王の意地を魅せた最後の疾走を食い止めた鎖。この二つの宝具を視認できたのは大きい。

 ライダーのマスターである少年は、てっきりアーチャーの手に掛かるものと思ったが、どうやら見逃されたらしい。アーチャーのお眼鏡に適ったということだろう。大した少年である。

 

 新都のセンタービルの屋上から事の顛末を見届けた――偵察していたとも言う――セイバーは、ライダーのマスターのことを意識の外に叩き出すと、頤に指を添えて考察を始めた。

 

(ライダーが決着を待たずに『王の軍勢』を解除するとは思えない。となるとライダーの切り札を破る為にアーチャーも宝具を使ったはず。強制的に固有結界を解除する宝具? ……もしかして、対界宝具か? アーチャーが持っていた剣みたいな物、あれがそうなのか?)

 

 モルガンから習った知識によると固有結界を破る方法は二つ。術者の力量を上回る練度でより優れた固有結界を展開する、エクスカリバー級の聖剣で固有結界そのものを破壊する、この二点だ。前者が可能なのがモルガンとアルトリアで、後者がセイバーとアルトリア。他の手で魔術奥義である固有結界の破壊は不可能に近く、対界宝具でもなければ話にならないそうだ。

 アーチャーは、魔術師ではない。魔術行使を代行する宝具らしきものも手にしていなかった。代わりに剣のような物は持っていたが――となると、候補は一つだろう。

 対界宝具。存在自体は知識として識っているが、実物を見たことはない。だが原初の英雄王であるならば、所有していてもおかしくはないと考えられた。

 だとすれば極めて強力な代物だろうが――固有結界内部でもない限りは真価を発揮することはないと断定できた。下手に現世で用いれば、人理で固定されている世界そのものが排斥しようとするため、威力は大幅に落ちるはず。とはいえそれは聖剣なども同じなのだが、他にも警戒すべきものはあった。

 

(あの鎖……()()()()がしたな。なぜだ? ……最後にアーチャーが出したんだ、きっと特別な力を宿した宝具のはず。単なる鎖なら、ライダーの――サーヴァントの膂力で砕いてしまえるだろう。となるとライダーに特攻が入る力を有していると見るべきだ。僕が感じたあの嫌な感覚と……ライダーと僕の共通点はなんだ? ……もしかして、神性かな?)

 

 セイバーの精神性は普通の人間の範疇にある。だがその精神強度と経験値、具えている感覚と洞察力は決して普通の括りには収まらない。

 彼は卓越した将であり、騎士なのだ。アーサー・ペンドラゴンの研鑽が結実させた力の真髄は、武技による個人戦闘能力などではなく――たとえ魔法の域に達した技の持ち主が相手でも、()()()で完封してのけるであろう戦術技能・戦術眼にあるのである。

 故に少ない情報で相手戦力を見極め、勝機を固める手腕は断じて名前負けしていない。彼は騎士王であり、建国神話最高の伝説的君主の一人なのである。

 

(――ライダーはアキレウスの子孫を自称していた。となると少なからず神性はある。最低ランクに近いだろうけどね。あの鎖は神性を具えた相手に、より強い拘束力を発揮するのか?)

 

 厄介だな、と分かりきっていたことを再認識する。

 無数の宝具に、神性に刺さる拘束具としての鎖、そして聖剣以上の威力も想定せねばならない対界宝具。まるでセイバーに対するメタ要員として現界したかのような性能だ。

 

(幸いアーチャー自身は弱くはないが強くもない。僕なら一撃で斬り捨てられるけど……そもそも近づけなかったら意味はないね。アーチャーは如何にして僕を近づかせないか、僕は如何にしてアイツに近づくかの勝負になる。聖剣の鞘があれば、初見の時だけなら意外と簡単に倒せそうな気もするけど……()()()()()()()()()()()()()()()()()気がする。悩ましいね)

 

 勘だ。だが、この直感にセイバーは何度も助けられてきた為、疑うつもりは毛頭ない。

 自らの勘の鋭さを信じている故に、切嗣に聖剣の鞘を貸した判断を撤回するつもりはなかった。

 問題は、鞘抜きでどう英雄王を攻略するかだが。

 

(アーチャーが見せた金色の波紋――宝具の射出口の最大展開数は、今のところ五十前後。だけどアイツはライダーを相手にかなり余力を残していた。アーチャーは一歩も動かずにライダーを討ったんだ。更に倍は同時展開できると見ていた方がいいね)

 

 あるいは十倍か? 宝具の射出口がそれだけ展開された光景を思い浮かべ、セイバーは苦笑する。

 戦慄で鳥肌が立ちそうになるのは随分と久しい感覚だった。

 策を練る。策が破られたケースも想定する。十、二十と瞬間的に策を練り、悉くを棄却して更に五、三と策の数を絞り、洗練させ、研ぎ澄まし、これはと思う戦術を考案する。

 慣れたものだった。現場での即断即決など、騎士王として出来て当然。瞬く間に対アーチャー戦の基本骨子を打ち立てたセイバーは、現代のスーツ姿のまま携帯電話なる物を取り出す。

 

「私だ、キリツグ。たった今ライダーが脱落し、消滅した」

『――そうか。こちらでも消滅は確認している』

 

 通話に応じたマスターの声は、どんよりと沈んでいる。その声音で、彼が今どこにいるのかを察したセイバーだったが、何も言わずにおいた。

 無言の間が数秒流れる。沈黙に耐えかねたのか、切嗣はポツリと呟くように溢した。

 

『……アイリが、死んだよ』

「………」

『小聖杯に流れ込んだ、ライダーの魂で五騎分だ。彼女の自我は圧迫され、押し潰された。なのにアイリは……苦しいはずなのに、辛いはずなのに……最後まで、僕を……案じて……っ!』

「……いい女だね」

『ああ……ああっ。僕なんかには勿体ない……! けど、だからこそ、絶対に勝つぞ……!』

 

 勝って、聖杯を手に入れて、妻を取り戻す。痛みに塗れた理想を捨て、遅きに失したが家族のために戦うと決めた男は、涙ぐみながらも決然と宣言する。

 セイバーはそれに頷いた。

 義務であり、サーヴァントとしての責務を最低限果たすだけのつもりだったのが、随分と肩入れするようになったものだとは思う。しかし家族のために戦おうとする男には共感してしまうのだ。

 切嗣を勝たせてやりたいという想いを懐いた。それと同じぐらいアーチャーに『必要ない』と言い捨ててやらねばならないという想いもある。だが――やはり――嫌な予感は消えなかった。

 

『――アイリは聖杯を降臨させる儀式のために、舞弥とホムンクルス達に柳洞寺へ連れて行かせる。後は計画通りに進めよう。構わないか?』

「そうだね……キリツグ、計画の大筋に変更はないとして、令呪の使い途を決めておこう」

 

 セイバーは自分の勘を信じている。だが嫌な予感の正体がはっきりしない。

 故に彼は、アーチャー戦も加味して切嗣にこう提案した。

 

「三画ある令呪を使わずに終わるのは勿体ない。折角だし、勝算を上げる為にも一画目は私の強化にあててほしい。令呪一画分の魔力があれば、一時的に現役時代に近い状態で戦えるはずだ」

『いいだろう。明日の夜、アーチャー戦に入る前に令呪を使う。他には?』

「二画目は――――のタイミングだ。私からの念話があれば、間を置かず即座にやってくれ。()()()()()()()、不慮の事態には備えておくべきだろう? どうにも嫌な予感が拭えないしね」

『……分かった。最後に確認しておくが、僕が目的を果たす前にアーチャー戦には入るなよ』

「無論だとも。こちらは任せておくといい、そちらは任せる。次は事が終わった後に会おう」

『――ああ。頼んだ、セイバー』

 

 通話を終える。携帯電話、便利だ。これからはもっと現世に目を向けてもいいかもしれない。面白くて便利なものが、これから次々と世に出て来ていたような覚えもある。全てが終わったら切嗣が死ぬまでの間、彼の人生を見届けるぐらいはしてもいいだろうとも思った。

 サーヴァントとマスターは契約と魔力経路で繋がっている為、携帯電話など使わずとも念話を行えば事足りる。しかし敢えて携帯電話をセイバーが所持していたり、用いたりする理由は、彼の方から久宇舞弥に連絡して久宇隊のホムンクルスを動かすためだった。

 セイバーは次いで、舞弥に連絡を取る。セイバー対アーチャーの決戦の舞台は、アインツベルンの城である。戦闘の騒音やらを隠蔽する準備を指示し、更に別件で一つの任務を授けた。手筈通り事が進んでいるなら、この連絡ですぐにでも実行に移せるはずである。

 

 舞弥との会話は淡々としたものだったが、舞弥は最後に『切嗣を頼みます』と言った。直感的に愛されているなと思う。愛人かな? なら切嗣とお話しないといけないかもしれない。

 

 セイバーは、アインツベルンの森に向かう。マスターの傍を離れているのは危険だが、彼も歴戦を生き延びてきた男である。過保護になる必要はないし、()()()()()()大丈夫なように話し合いは済ませていた。

 今の段階で最も危惧するべき事態は、第三者からの奇襲である。それ以外に懸念はない。

 上手くやるだろう。切嗣は生涯で最も弱い状態だろうが、同時に最も強い最盛期を迎えている。今の衛宮切嗣を、現世の人間で討てる者などいない。セイバーはそう確信していた。

 

 城に向かう途中、着いた後、セイバーは決戦の時を迎えるまで、ひたすらにアーチャーに対する戦法を考案し続けた。それ以外は忘れる。セイバーのサーヴァントは精神を研ぎ澄ませていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 階段を上る。長い、長い階段だった。

 

 柳洞寺の階段だ。久宇隊に指示を出し、寺の人間には暗示を掛け避難させている。

 ここは聖杯を降臨させる霊地として一級品だ。聖杯を完成させる舞台としてこれ以上は望めまい。

 衛宮切嗣は、山門を潜った。

 奥へと進むと、アイリスフィール・フォン・アインツベルンが、十字架に架けられたかのような体勢で空中に浮いている。聖杯が完成する時が近づいているからだろう。

 愛する妻のその姿を見て、切嗣は沸々と込み上がるものを感じていた。

 

「アイリ……」

 

 余りにも愚かな男だった。本当に大事なものを見失い、失い続ける理想に捧げてしまった。

 今まで犠牲にしてきた罪のない人々に対する罪悪感はある。

 だが――それでも……切嗣は、自身が地獄に落ちるのは容認できても、愛する妻や娘だけは、たとえ悪魔と罵られようとも救い出したかった。

 エゴだ。

 今更家族だけでも救いたいと思うのは、底抜けに醜悪なエゴである。

 そんなこと、誰に言われるまでもなく理解していた。

 それでも……それでも、だ。贖罪も、裁きも、全てが終わるまでは忘れることにしている。

 

「アイリ。僕には、世界は救えない。けれど……君と、イリヤだけは――家族だけは守れる男になりたいんだ」

 

 ――セイバーを召喚して以来、切嗣は精神を解体しての睡眠もどきを行わずに、きちんと眠るようにと厳命されていた。切嗣が魔術による精神の解体清掃を行なっているのを見たセイバーが、それだけはやめろと、煙草よりも強く否定したのである。

 納得はいかなかったが、やむをえず通常の睡眠を取るようになり、その代わりにセイバーの過去を夢という形で見ることになってしまった。

 

「……昨日見た夢の中で、セイバーが言っていたよ。『自分を救い、家族を救い、身内を救い、自分達が幸せになる。そうして幸せになった分の余りで、国民を幸福にする』ってね。笑えるよ、アイツはそれを有言実行してみせたんだから。けど、それで気付かされたよ。自分すら救えない奴に、他人を救えるわけがないんだって……こんなこと、もっと早くに気づければよかった」

 

 アイリスフィールは応えない。当然だ、アレはアイリスフィールの抜け殻なのだから。

 それでも、切嗣は言った。

 

「アイリ……僕は、僕を救いたい。愚かだと、傲慢だと、嘲られるかもしれない。どの面さげてそんな勝手なことをって、僕に殺された人や遺族は言うだろう。だけど……僕は僕を救う。だってそうしないと……僕は君とイリヤを救えないんだ。だから、待っていてくれ」

 

 切嗣は、必要な武装や道具は全て所持している。アタッシュケースも持ってきていた。

 もうすぐ、ホムンクルス達が来る。セイバーが連絡しているだろうから、仕事を終えて。

 そこからだ。そこからが、最後の戦いだ。

 故に――()()()()()()()()()()()

 

 

 

「――カカッ。随分と青いことを言うのぉ、衛宮切嗣」

 

 

 

 ――完璧な不意打ちだった。衛宮切嗣にすら気づかせない、待ち伏せていての()()である。

 己の胸の中心を、何かが通り抜けた。鮮血を噴き出し、無様に倒れた切嗣は即死していた。

 刃状の角を有した蟲。それが彼の心臓を貫いたのである。

 

 無数の蟲の群れが集まり、一人の老人を形成する。それこそは間桐臓硯。漁夫の利を求め、アインツベルンのホムンクルス部隊を壊滅させる為に、虎視眈々と機会を伺っていた妖怪だ。

 

「そのような戯言をほざく者に、聖杯はやれんなぁ。アレは儂が貰う。そのためにも……聞こえてはおらんだろうが、貴様のサーヴァントを使わせてもらうぞ? なぁに、如何に騎士王といえど、令呪を編み出した儂にかかれば一画でも従えられるわ。ハハ、ハハハ――!」

 

 哄笑する妖怪。彼は切嗣が死んだのを理解していた。

 如何に悪名高き魔術師殺しであり、自身をも屠り得る可能性を秘めた凄腕であろうと、不意を突けばこんなものである。

 聖杯を完成させるために、柳洞寺を選ぶと確信していた臓硯は、数日前からずっとこの地に潜伏し待ち構えていたのだ。全てはこの時、衛宮切嗣を奇襲するために。

 嘲笑しながら臓硯は切嗣の遺体に近づいていく。彼の肉体を食らいつくし、肉体のガワだけを残して、セイバーを操るための道具に加工するためだ。

 

 だが、しかし。

 

 切嗣は――セイバーは――間桐臓硯の存在を忘れていなかった。警戒も怠ってはいなかった。

 故に、対策は万全なのである。

 

 全て遠き理想郷(アヴァロン)、起動。蘇生開始。

 

(――やはり来たな、間桐臓硯。本命の前座)

 

 死んだふりをしながら、切嗣は密かに魔術刻印を起動。固有時制御にて限界を超えた()()()を行使。

 激痛というのも鳥滸がましい灼熱の地獄が彼の体内に具現化する。だが、人生最高のコンディションに至っている『人間』衛宮切嗣は、全く表情を変えずに反撃の瞬間へ備えた。

 切嗣は内心独語する。

 

(無防備な背中を見せれば確実に来ると思っていた)

 

 『魔術師殺し』は獲物を選ばない。たとえ限りなく不老不死に近い妖怪が相手であっても。

 魔術師である限り、衛宮切嗣は天敵なのだ。

 

(来ると分かっていれば――いると分かっていれば――僕が、対策を練らないわけがないだろう)

 

 冬木の聖杯戦争を調べ、御三家を調べた段階で。切嗣は遠坂時臣、間桐臓硯に対する攻略法は導き出していた。交戦する可能性がある、それだけで彼には対策する理由は充分である。

 だからこそ、間桐臓硯は身を以て思い知るだろう。

 

 ――なぜ衛宮切嗣が、魔術師殺しと恐れられているのかを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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