転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話 作:飴玉鉛
……豚もおだてりゃ木に登るというじゃありませんか。ぼくは豚です。なのでおだてられたから木に登りました。
どのような経緯を経て、彼我の性能の差を競い合うことになったのか。
境界の竜■■■■■の記憶領域は殆ど破損し、思い出すことは叶わない。
だが、たとえ他の何を忘れ去ろうとも、相対した機体の全ては克明に思い出せる。
手にするは神造の聖剣、聖槍。背に負うは無敵の盾。嘗て境界の竜と相争い敗れ去った好敵手、その後継機。――名はア・ドライグ・ゴッホ。己と対を成す赤き竜。
人型の其れの性能は、己と比すれば明白に劣る。たとえ嘗ての好敵手でも、廉価品に等しいその身では到底己には及ばない。だが、それでも己は赤き竜との争いを厭うことはなかった。
何故という疑問はない。
己とドライグはそういうものであるからだ。存在する限りお互いの性能を競い合う宿命があったのかもしれない。今となっては思い出せもしないが、そうして己は赤き竜との争いに身を投じたのだろう。
己は幾度も放たれる魔力放出による砲撃、聖剣の極光を掻い潜り、聖槍の巻き起こす嵐の光をも相殺した。闘争は幾日にも及んだようにも、数時間程度の交戦に過ぎなかったようにも思う。
やがて無尽蔵の魔力に物を言わせての砲撃は止み、聖剣も、聖槍も、赤き竜は放つことなく防禦に徹した。己は果敢に攻め立て、赤き竜を幾度も屠った。
しかし赤き竜は不死身だった。体の半分を消し炭にしても、五体を粉砕しようとも、再生し復活し何度でも立ち上がった。嘗てのドライグにはない機能に私も攻めあぐねてしまう。
だが、攻略法の糸口は見つけた。ドライグは心臓と頭部だけは他の何を捨ててでも守っていたのだ。頭部から心臓にかけての部位が弱点なのだろう。己はそこを重点的に狙うことにした。
――だが己は見誤っていた。このドライグは、嘗てのドライグではない。勇敢で誇り高い、竜よりも人に近い性質だった赤き竜よりも、ドライグの後継機は遥かに卑小で弱い生き物だったのだ。
ドライグは喚いていた。
痛い、苦しいと。涙すら流し、逃げ出したいと願望を吐いていたのだ。
それを情けないと侮蔑し、怒る機能は己にはない。
しかし嘗てのドライグとは異なる存在だということに己はようやく気づいた。
どれだけの痛苦を味わおうと、どれほどの恐怖に脅かされようと、ドライグは逃げなかった。防戦に徹している目の光は、勝機を見極めんとする闘志に溢れている。性根が俗で卑小なくせに、決して勇敢さなどないのに、逃げずに戦う意志だけは決して曲げなかった。
次第に、己は得体の知れない畏怖に襲われた。そんなものを感じる機能はないはずなのに、脳裏に点滅する危険信号が鳴り止まない。こんなノイズを聞くのは生まれて初めての体験だった。
そうして、己は最期を迎える。必殺の策を捻り出した、ドライグの後継機の前に敗れたのだ。ドライグを、己は都合二十七回屠ったはずなのに。聖剣の鞘による再生を経て、嘗ては同型機だった好敵手の後継に、死闘の末己は遂に屠られてしまった。
『――そこだッ!
ここまで一度も真名解放していなかった聖剣の鞘を用い、■■■■■たる己を囲い
だがこの必殺の状況を作り出したドライグに抜かりはなかった。思えば防戦に徹していたのは、己の全速力と旋回力、その他の基本性能を把握する為だったのだろう。ドライグは完璧なタイミングでカウンターとなる砲撃を用意していた。
『
完全解放された聖槍による一撃で己の突撃の威力を相殺し、同じく完全解放された聖剣で一瞬の隙を突いて、ドライグは己の体の殆どを破壊し尽くした。言い逃れしようのない敗北だ。
そうして、無残な残骸を残して墜落する己に、ドライグは言った。
『……すまない。君は、ただ世界の裏側に行こうとしていただけなのにね。けど、ごめん。
敗れた身には何かを遺す資格はない。墜ちた先のことなど知らなくていい。
故に己の残骸をドライグが回収しても構わなかった。己は負けたのだから好きにすればいい。
だがドライグも限界が来ていたのだろう。彼は己の左腕、その破片である細胞塊だけは回収し損ねていた。見過ごしてしまったのかもしれない。
まあ、いい。星の内海に向かえなかったのは残念だったが、竜として性能を競い合い、唯一己の好敵手たりえたモノの後継に敗れ去ったのも、悪くはない結末だった。
悪くない……本当に、悪くない――
――それが、
如何なる因果か、竜の残骸だった私は一人の女性に掬い出された。
女性の名前はエレイン。
エレインは美しい人だった。容姿もそうだけど心も美しかった。
……ちょっと思い込みが激しかったり、自分本位な部分もあるけど、私のようなモノを可愛いと褒めてくれて、
メリュジーヌ。水妖の名から取って、彼女は私にその名をくれた。その時の喜びは、とても言語では言い尽くせない。エレインは私に良くしてくれた。何かにつけては私を連れて回り、色んなことを教えてくれる。昔から妹が欲しかった、妹が出来たらしたいことが沢山あったのだと、嬉しそうに接しては振り回してくれている。それがとても楽しかった。
――私は竜の成れの果て。けれど竜であることに変わりはない。
いつか私は人の姿を保てなくなる。いつか、エレインと別れなくてはいけなくなる。それが恐ろしくて、私は人の姿を保つ術を求めていた。
そんなある時のことだ。私は稀代の魔術師モルガンの存在を知った。ブリテン国内を視察していた彼女を遠目に見ることができたのだ。そして未来を観測し得る竜種の本能で、直感的に彼女なら人としての私を保てるかもしれないと悟った。
そうなると止まれない。私はエレインに隠していた事実を話し、モルガンに会いに行きたい旨を伝えた。するとエレインは驚きながらも応援してくれた。その際、彼女は物憂げに呟いたのだ。
『メリュジーヌはキャメロットに行くのね……』
わたしには何も出来ないけど、せめて応援だけでもさせて。頑張って、メリュジーヌ――心からそう応援をしてくれる一方で、彼女の顔には羨望の色が浮かんでいた。
私はエレインの内心を目敏く察知する。この私がエレインの心の動きに気づかないわけがない。だから『君は何を羨んでいるんだい?』と訊ねると、エレインは内心を吐露してくれた。
彼女はカーボネックの姫だ。気軽に国元を離れてキャメロットへ行ける身分ではない。まして、エレインは当代の女の中で最も美しいと噂されるほどの美女。王である父は政略の駒として自分を手放そうとはしない。故にエレインは残念に思っているらしい。
だってキャメロットに行けば、きっと『ランスロット卿』に会える。自分はランスロット卿に会いたい。エレインはそう溢した。彼女はランスロット卿に恋をしているのだ。
エレインがランスロット卿に恋をしたのは、とある事件を経たからである。それは彼女の美しさに心を奪われた妖精が、エレインを攫って自身の領域に幽閉してしまったのだ。彼女の父王は手を尽くしたが娘を取り戻せず、やむなくキャメロットに救出を要請し、そこでランスロット卿が派遣されたらしい。斯くしてランスロット卿は妖精を斬り、見事エレインを救い出してのけた。
彼女はランスロット卿に恋をして、結婚を迫ったらしい。だが騎士として生きることを心に誓い、自身の主――王である前に騎士であるとする故に、自身を『王騎士』と称している――騎士王アーサーの許を離れるつもりはないと告げ、ランスロット卿はエレインの求愛に応えずに去って行ったのだという。
私は彼女の恋を成就させてあげたくなった。彼女の望みを叶えるのは、最早私の使命である。
だから、言った。
『私に任せて。私がランスロット卿とエレインが結ばれるようにしてみせるから』
根拠はないが、自分なら出来るという自信があった。エレインは大いに喜んで、私を送り出す。
私もまた自身の目的の達成を目指して、遠路キャメロットへと旅立った。
――そうして、私は再会してしまった。私の『死』に。
私はエレインの騎士を自称し、正面から堂々と王宮を訪ね、女王モルガンへの謁見を願い出た。当然普通なら会えるわけがないが、ならば普通じゃない方法を選べばいい。
円卓の騎士だ。現在の円卓は議席を有する面々が固定されているとはいえ、正面から正々堂々と決闘を挑み、打ち負かす事が出来れば倒した相手の議席を手に入れる事ができる。各地を冒険する遍歴騎士が、円卓の騎士に挑むというのはありがちな話であるというのは聞き及んでいた。ならば、私が円卓の騎士になれさえすれば、モルガンに会うのは難しい話ではない。
そう思っていると。たまたま『円卓議決』という会議を終えたばかりの、赤髪の騎士――トリスタンを連れていた王騎士が私の前に現れた。
『――――』
輝かしい金色の髪。整った容貌。私は彼の姿を目にした瞬間、全身が震えるのを自覚した。
がたがたと膝が震える。かたかたと歯が鳴る。だって、だって――それは、ドライグだった。
この時、私はやっとドライグの人としての名を知ったのだ。
ドライグは、アーサー王だったのである。
この事実に私は心底から震え上がった。
殆どの記憶を失ったとはいえ、自身を打ち破った存在を忘れるわけがない。竜として勝者を称える心はある、だが今の私は人として生きていたいのだ。死にたくないのである。私は最強だから、私を殺せる奴なんていないと思っているけれど――ドライグだけは例外だ。全盛期の私を真っ向から打倒してのけた彼こそが、人としての私の恐怖の象徴なのである。
ともあれ惨めに震えて泣き出してしまったのは恥ではあるし、思い出したくもないけど、結果としては怪我の功名だ。少女の姿をしている私が突然目の前で泣き出したとあっては、騎士であるドライグも慌てふためいていた。だから彼は私の話を聞いてくれたのだ。
「……どうするつもりです? アーサー」
僕からの話を聞いたモルガンが、半眼で訊ねてくる。
そんな目で見ないでくれと言いたい。僕だってこんな事になるなんて思わなかったんだ。
間違いなく僕の人生の中で最強の敵だった、境界の竜アルビオン。僕はモルガンの頼みで、最強の竜へと挑んだ。アルビオンは世界の裏側とかいう所に立ち去るところだったけど、こちら側の一方的な都合で襲い掛かったのである。あんな戦いは、もう二度としたくない。
後味が悪いし、痛いし、怖かった。聖剣の鞘を手に入れて以来、本気で死を覚悟したのはアルビオンとの戦いだけだ。個人的にはキャスパリーグより強いと思う。まあ、キャスパリーグと僕は相性が良かったから、ぎりぎり死にかけるぐらいでなんとかなったけど。
――今のキャスパリーグはモルガンの使い魔になっている。可愛いモコモコのリスみたいな姿で。
「僕としては、彼女とエレインの望みを叶えてあげてもいいと思うな」
頭脳労働は全てモルガンに丸投げし、僕はもっぱら戦闘訓練と軍略の学習に時間を割いている。だから本来の『アーサー王』に王様としては遥かに劣る自覚はあるけど、代わりに個人戦闘力と指揮官としての能力では負けない自負が生まれていた。
ランスロットと木剣で、常人の身体能力を想定しての訓練で、まる一日打ち合って勝負がつかない。今の僕の戦闘技術はその域にまで達している。これは自慢できるのではないだろうか。
とはいえ考えることを放棄しているわけじゃない。僕には僕の考えもある。
「モルガンはアルビオンの遺骸を加工して、ブリテンの土壌を改善する礼装を作るつもりなんだよね」
「ええ、それが何か? まさか今更細かな魔術理論を聞きたくなったと?」
「聞いても理解できないから解説しなくていいよ。ともかく、貧しい国土を豊かにするために、ブリテンを本当の意味で統一しないといけない。こんな狭い島国の各地に王様が何人もいたんじゃ、ブリテンは一枚岩になったって言えないから、諸王に宣戦布告し服従させて王冠を捨てさせる。これは既定路線だ。だけど無用な戦争を避けられるなら避けるべきだとは思わないかい?」
「……なるほど、そういう腹積もりですか」
最後まで言っていないのに、モルガンは僕の言いたいことを完璧に理解してしまったようだ。
けど一応は僕の口から全て話しておこう。彼女は妖精眼とかいうので、僕の心を読めるらしいけど、だからといって会話を怠るつもりは一切なかった。
「エレインとランスロットを結婚させる。そうすることでカーボネックは僕達の身内になる。彼女の父親は王位を失うけど、これまでの生活が崩れるわけじゃない。むしろ豊かになるだろうね。となると臣従させるのはそう難しい話じゃないよ。ケイを派遣したら話を纏めるのに苦労することもないはずだ」
「何より、ランスロットのことですね?」
「……まあ否定はしないさ。彼は僕の親友だからね、親友がいつまでも独り身でいるのは気にしてないけど、流石に女性関係の問題が多すぎる。これを機会に、いい加減身を固めさせて、落ち着いてもらわないと。それに彼はフランクの人間だ、いざとなったら簡単にブリテンから去れる身軽な立場でいてもらっても困る。エレインは彼にとって、公私両面でいい重石になるんじゃないかな?」
「そうですね。私は特に否定的な意見はありません。その通りにしてもいいでしょう」
「ありがとう」
僕が私情混じりとはいえ、政治的に旨味のある話を持ってきたのがそんなに嬉しいのか、モルガンは慈しみの眼差しで頷いていた。成長しましたね、と思っているのが妖精眼がなくても分かる。
恥ずかしいけど甘んじてその視線を受け止めた。何かと気苦労の絶えないモルガンに、今まで内外政の全てを丸投げしていたツケがきたのだ。今は戦争があるから僕が軍事にかまけるのは仕方ないにしても、いずれ平和な国になったら政治に無関心ではいられない。
これでも少しは勉強している。本当に少しだけど、足手まといにだけはならないようにしないと。
「……後は、円卓で独り身なのはケイとトリスタンとガウェイン、アグラヴェインぐらいかな。彼らにもいい縁談があればいいんだけど」
もちろん女嫌いのアグラヴェインに押し付けるつもりはない。ないが、トリスタンとガウェインあたりは押し付けてでも家庭を持ってもらいたい。女性関連のトラブルが、ランスロットと同等にあるからだ。何度「いい加減にしろ」と叱りつけても治らない悪癖である。
そろそろ本気でブチギレそうだから、いっそこちらで縁談を組み所帯を持たせてやりたいと考えていたところだ。浮気したら「去勢してやる」と脅せば大人しくさせられるはずだと思う。僕にだけ迷惑が掛かるならともかく、モルガンにまで手間を掛けさせるのは許し難い。
そんなふうに考えていると、ウッドワスが思い出したように口を開いた。
「――ああ、その件なのですが、父上と母上のお耳に入れておきましょう」
「なんだい?」
僕の顔を見てホクホクしているモルガンは流し、知らぬ間に出来ていた我が子に訊ねる。
彼はニヤリと犬歯を剥き出しにして言った。
「ワタシも常々、ガウェイン卿の放蕩ぶりには呆れ果てておりましてな。一度『卿はどんな女性なら生涯愛し続けられるのだ』と訊ねたことがあります。その答えを聞いて、暇があれば探していたのですが……丁度未婚の女性が見つかったので紹介しようと思っておりました」
「へえ、流石ウッドワスだ。その女性の身分と名前は?」
副王の義務として、一応は身分を気にしないといけないのは煩わしい。
だが仕方ないのだ。幾ら恋や愛に寛容なブリテンでも、身分差のある結婚は難しい。変な軋轢で関係が拗れたらガウェインが可哀想だ。紹介するなら身分を気にした方がいいに決まっている。
そうしてウッドワスはやっと面倒な仕事が終わったとでも言いたげな、清々しい表情で――ガウェインの運命の相手の名を告げるのだった。
「悪魔の呪いを自力で打ち破り、女だてらに騎士として身を立てた女傑ラグネル――ああ、呪いで狂った兄を討った際にその名を捨て、今はバーゲストと名乗っておりますな」
アルトリアって王様稼業の片手間であんなに強いんだから、戦闘を本職として訓練し続け、実戦を重ねてたらとんでもなく強くなってたんじゃ疑惑がぼくの中にありますね。