転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話 作:飴玉鉛
間桐臓硯。本名、マキリ・ゾォルケン。
五百年近くもの歳月を生き長らえてきた、極東屈指の大魔術師である。
彼の盟友アインツベルンが有していた情報によると、マキリは三百歳の頃にユスティーツァと出会い聖杯戦争のシステムを考案。英霊召喚システムや令呪などを開発したという。
マキリの魔術属性は水。使い魔の使役に特化した者で、吸収の属性を得意としているが、マキリは蟲の使役に全ての魔力を導入しているようだ。使役する蟲の種類は多岐に渡るが、アインツベルンが把握しているものでは主に術者と視覚をリンクできる視蟲、魔術回路を補強する刻印蟲、攻撃用の肉食虫である翅刃蟲などがいるようだ。
マキリは狡猾だ。自らの属性などの基礎的な情報こそアインツベルンに残されているが、それ以外となると殆どが知られていない。だが魔術師とはえてして自らの情報を秘匿するもので、そうした手合いを幾人も葬り、魔術師の手の内を分析するのを得意とする男がいる。
『
彼がマキリに対策を練る際に、真っ先に着目したのはマキリの実年齢。
五百年も生き延びる過程で、必ず邪法による延命を行なっているのは自明であり、アインツベルンが有していた情報と照らし合わせると、一つの仮説を立てるに至った。
その仮説を裏付ける為に、切嗣が次に調べたのは冬木市や近隣の市町村での
切嗣はこの事件の犯人がマキリであると断定している。行方不明者の行動範囲、行方が追えなくなった時間帯や人口密度を地図にマッピングしていくと、間桐邸が中心地近くに浮かび上がったからだ。こうしたプロファイリングは、外道の魔術師の居場所を調査する際にも活かせる技能であり、切嗣は現職の刑事としても一流以上に熟せる腕を有していた。
マキリは延命に用いる手段として、他者の肉体を定期的に摂取する必要があるのだろう。――マキリの得意とする魔術、属性、蟲の使役に魔力の全てを投入している情報、扱う蟲の種類――それらを総括して、罪なき人間を食い物にしている精神性や、明らかに邪法である延命法を加味することで、衛宮切嗣はマキリの正体を見事に看破した。
――延命の為、マキリは蟲を操る魔術を応用し、自らの肉体を蟲に置き換えている。
行方不明者が一定期間ごとに現れるところから類推するに、新しい蟲で肉体を構築・交換する必要があるのだろう。こうした魔術師の常として、マキリの本体の魂を収めた核を破壊しない限り、マキリを死に至らしめることは困難を極めるはずだ。
霊体そのものに直接ダメージを与えるか、『蟲』という小さな標的を全滅させねばならない。となるとサーヴァントでもマキリを完全に殺すのは非常に難しいだろう。
――これは切嗣の与り知らぬことだが、マキリは全盛期ではサーヴァント相手にも善戦でき、状況が良ければ倒せてしまうほどの実力者だった。謂わばマキリ・ゾォルケンは、ケイネス・エルメロイを凌駕する魔術師なのである。というのもマキリの家系は魔神柱に変質する運命を宿した者達であり、魔術王の遺伝子を継ぐ存在なのだ。それが生き残ることに執念を燃やしている以上、マキリ・ゾォルケンを完全に殺すというのは、現実的な目標には設定し辛い。
起源弾という切り札を有する切嗣であっても例外にはならない。
切嗣はマキリの正体を看破している。故に彼は『一度の交戦で殺し切るのは不可能』だと断じた。
だがマキリは一度交戦し敗れた相手には、決して近づこうとはしなくなるだろう。そうした生き汚さと狡猾さが、マキリの真骨頂とも言える。故に、初戦だ。初戦で可及的速やかに致命傷を与え、今後一切の活動が不可能になる状態まで追い込まなければならない。
マキリの肉体が蟲の群体なら、魔術で延命している以上、理論上は起源弾の一発で屠れはする。だが切嗣はマキリのような妖怪の経験値、対応力を甘く見ていなかった。もし起源弾を食らってもマキリは即座に対処し、被害が全体に行き渡る前に群体の一部を切り離すかもしれない。その後逃げの一手を取られては追い切れないのは想像できる。そうなればお手上げだった。
起源弾の一発で、一匹の蟲を撃ち殺すだけでは到底足りない。
そこで切嗣は秘策を練った。元より彼は冬木の聖杯戦争を、人類最後の流血にするつもりで臨んでいたのだ。謂わば聖杯戦争が切嗣にとっての引退試合、最後の戦いのつもりだったのである。
最後の戦いに出し惜しみはしない。起源弾を使い惜しむなど愚の骨頂。これまで数多の魔術師を一発で仕留めてきた起源弾を、ケイネス戦で十発近く消費したがまだ二十数発残っていた。
ケイネスを撃破した後、切嗣は亡き育ての母にして師の手で霊的処置を施された起源弾の内、十発を解体して独自の兵器に組み替えたのである。それが対マキリや遠坂時臣に特化した兵装だ。
うつ伏せに倒れていた切嗣の懐で、キンッ、という音が二回連続で発生する。
流石はマキリというべきだろう。心臓を翅刃蟲で喰い破った相手から、異音が発生した瞬間に、切嗣が死んだはずだという認識を改め警戒心を強めた。そして即座に切嗣から離れたのだ。そうした警戒心の強さこそが、マキリをこれまで生き延びさせてきた。
しかし、遅い。余りにも、速度として遅すぎる。
限界を遥かに超えての魔術行使。六倍速で駆動する衛宮切嗣は、平均的な英霊に匹敵する速度を叩き出している。彼は懐に潜めていた手榴弾を二つ、うつ伏せに倒れたまま腕の振りだけで投擲していた。
「なんッ――」
驚愕するマキリの左右に落下した手榴弾。それを目視したマキリは、咄嗟に老人の姿を捨て蟲の群体へと展開する。だが敢えて殺傷力が低くなる地点に落下させていた手榴弾では、マキリに対して有効打には成り得ない。だが爆風により四散しようとしていたマキリの群体が、元いた箇所からの拡大を堰き止めてしまう。――同時に、目にも留まらぬ速さで切嗣は立ち上がっていた。
衛宮切嗣の手には短機関銃。間髪入れず射撃されマキリの蟲達が次々と撃ち落とされていくが、マキリは瞬時に対応して自らの被害を抑えるべく、翅刃蟲の硬度を上げて弾丸を凌いだ。
その瞬間、射撃を続ける腕とは反対の腕が、別の生き物に操られているかのような器用さで、蹴り開かれていたアタッシュケースから別の武装を取り出している。切嗣は六倍速の世界の中で、灼熱の激痛に耐えながら詰みに入っていたのだ。――マキリを相手に長期戦は無い。徹底して短期決戦、攻撃開始から十秒以内に決着させるつもりだ。
「――じゃ、とォ……!?」
驚愕の叫びを上げるマキリは、自身に向けられた武器の正体を悟り必死に逃れようとしている。
起源弾の存在を知っているからではない。そんなものは知らない。だが魔術師殺しなどと渾名される男を侮らず、その攻勢に晒されている状況の危険さを理解しているだけだ。
だが如何に行動が正しくとも、その正しさを切嗣は封殺している。離散しようとしたマキリの群体を手榴弾の爆風で押し留め、更に逃げ続けようとする群体の端をキャリコM950で撃ち落とし続けて時間を稼ぎ、反対の腕で取り出した
火のついた液体を投射する、火炎放射器こそが対マキリの決戦兵装だった。
「ギャァァアアア――――!?」
炎に呑まれたマキリは、断末魔の絶叫を上げる。
なぜならそれはただの炎ではない。投射される火のついた液体には、十発分もの起源弾の粉末が溶け込んでいるのだ。すなわち、この炎全てが魔術師を焼き殺す代物なのである。
切嗣が携行していたアタッシュケースは、火炎放射器のバックパックへと改造されたもの。二本のシリンダーを内蔵し、その内の一本には可燃性液体が、もう一本には可燃性圧搾ガスが充填されており、シリンダーからパイプで繋がれた銃部に燃料を押し出す働きをする。
銃部は小さな貯蔵器、バネ式の弁、点火システムから構成されていた。トリガーを引くと弁が開き、ガスによって加圧された液体が点火システムを通って噴出する仕組みなのである。
起源弾を粉末状にしたものは、可燃性液体が詰まったシリンダーの中にあった。無論、切嗣の師ナタリア・カミンスキーという、サキュバスを先祖に持つ女が霊的処置をした起源弾を、粉末になるまで砕き可燃性液体に溶け込ませたとあっては、起源弾としての効果は一日と保たずして喪失してしまう。だが投射に耐える時間は僅かでいいのだ。
見るがいい、五百年を生きた妖怪の最期を。
一発の起源弾で、一匹の蟲を撃ち殺すだけでは不足。確実性に乏しい。ならば十発の起源弾を用いた火炎放射器で、数十から百近い蟲の群体を焼き払えばどうだ?
結果はここに出ている。マキリは声の限りで叫び、残らず焼き尽くされた。
この場にいたマキリは本体ではなかろう。だが被害を留めようとする判断を――数十匹の蟲を纏めて焼き払われた激痛の中で正常に行えるか。一発ですら痛みに慣れ親しんだ魔術師を悶絶させ、無惨な最期を遂げさせる起源弾が齎す激痛に、衰えた妖怪の精神が保つと?
聖杯を求める怨念の妖怪、マキリ・ゾォルケンはここに斃れた。
後に残されたのは、一人の幼い少女の心臓に巣食う、たった一匹のちっぽけな蟲だけだ。それすらも瀕死の状態であり、彼が元の力を取り戻すには数十年もの歳月と暗躍を要するだろう。
幼い少女を唆し、利用して、蟲を集め、作り、血肉を束ねないと復活は叶わない。魔術回路そのものが轢断されていても、刻印蟲さえ作ればまだなんとかなりはする。マキリならそれはできる。
だが。マキリを殺し切れたとは確信していない切嗣の目から、数十年も逃げ切れるわけもない。ここにマキリの末路は決定された。彼は、魔術師殺しにトドメを刺されるのだ。
「フゥ――」
蟲の群れが燃え尽きたのを見届け、切嗣は火炎放射器の投射を終える。
長い吐息を溢し魔術行使を止めた切嗣は、背後を振り返ってアイリスフィールを見上げた。
そうして、くしゃりと表情を崩す。
「……ごめん、アイリ。君に近づく害虫を駆除するのに、ちょっと情けない姿を見せちゃったね」
切嗣は、何事もなかったかのように、そう呟いた。
全て想定通り、手筈通りの結末である。
仮にマキリが切嗣を襲わなかった場合、用意していた武器は無駄になっていただろうが、それならそれで構わなかった。別の手段を考案して、切嗣はマキリを始末していただろう。
理想は捨てても、外道の魔術師の存在を知って野放しにするような精神性はしていないのだ。
「それと、もう一つ謝っておくよ。ごめん、今から僕は……君に
見ていないのは分かっている。既に切嗣は、アイリスフィールが死んでいるのを知っている。
だがそれでも言わずにはいられなかった。
マキリ・ゾォルケンは外道である。だが――衛宮切嗣もまた外道なのだ。
柳洞寺の山門に気配が近づいてくる。足音が複数あった。
決戦は明日。それまでに確保したかった相手を、舞弥とホムンクルス達に確保させていた。
振り返ると、舞弥がやって来ている。ホムンクルス達を三人従えて。そしてその三人は、それぞれ眠らされている成人女性と、幼い少女を一人ずつ抱えていた。
遠坂葵。遠坂凛。間桐桜だ。
切嗣は魔術師の精神性を知悉している。家族が人質として機能する手合いばかりではない。だが遠坂時臣に通用するのか、しないのか、判断に困っていた。故に勝率を上げる為に人質を用意したまでだ。通用するならよし、しないならそれはそれでよしである。
遠坂の宝石魔術は、起源弾と相性が悪い。必要な武装は揃えているし、策も練ってはいるが、ある意味聖杯戦争中で最も手強い相手になるだろう。打てる手は全て打つつもりだ。
――キリツグ。アーチャーは、トオサカを殺すだろう。私との決着がついた後でね。
脳裏に蘇る、セイバーの声。
――だけどわざわざそれを待ってやる必要はない。むしろマスターからの令呪や、魔力供給の援護が確実にない状態にする為に、トオサカは君の方で始末してほしい。勝率を上げるためにね。
「……アーチャーはマスターを守らない。それが分かっただけで充分だ」
切嗣は意識のない幼い少女たちと敵の妻を見て、誰かを連想しそうになるのを必死に止めた。
後、一人。
殺すのは後一人でいい。
衛宮切嗣が聖杯戦争で殺す最後の一人が、遠坂時臣なのだ。
次回はセイバー側に視点を戻し、切嗣の方にもカメラを向けながら、いよいよ最後の戦いに突入していきます。
その後は後日談。
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