転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話   作:飴玉鉛

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アーチャー対セイバーの話

 

 

 

 

 

 

「――死に物狂いで謳え、人間ッ!」

 

 展開された百の砲口。『王の財宝』から数多の宝剣、宝槍が射出された。

 大気の壁を貫き飛来する魔弾の群れは、さながら地上に墜落する箒星。破滅的な光を伴い殺到する原初の財宝には、並の英霊では太刀打ちできず、ただただ蹂躙されるしかないだろう。

 だが星の聖剣の担い手は、死の弾幕を真っ向から迎撃する道を選択した。

 炯と光る竜王の眼光。数と質を両立した宝具の弾幕は脅威だが、肝心の狙いがお粗末である。ブリテンに於いて無双と謳われたセイバーは、自らに直撃する軌道の対象のみを瞬時に見極め、右手で握る聖剣を縦横に振るい魔弾の群れを弾き飛ばした。

 

(意外と……重い!)

 

 手に痺れが蓄積するほどではない。しかし軽視もできない強さの衝撃だ。

 無造作に放たれるだけの魔弾が、セイバーほどの膂力の持ち主に脅威を感じさせている。

 だが問題はない。射撃は継続されているが、このまま弾切れまで耐え凌ぐのも手の一つとして視野に入れられる程度には余裕がある。飛来する魔弾も、その気になればこの手で掴み、投げ返すような真似もできるだろう。湖の騎士に並ぶ腕と、太陽の騎士に比肩する膂力を内包した身だ。境界の竜に比べたら、このぐらいはまだまだどうとでもなる。

 セイバーは二百の宝剣、宝槍、戟、弾丸の悉くを打ち払い財宝が底を突くのを待った。――だがその選択は失策である。嘲るように嗤うアーチャーは、己の後背に展開した波紋から、無尽蔵に宝具の原典たる財宝を撃ち放ち続けていた。

 

(………!)

 

 セイバーは見覚えのある宝剣を弾きながら目を剝いた。

 今の宝剣は、少し前に弾き返したばかりの物。同じ物が二つあるのか?

 戦慄して素早く周囲を見渡すと、地面には百を超える宝剣と槍などが突き立ち城の景観を破壊し尽くしていた。多くのクレーターや崩れた瓦礫で、一つの城が瞬く間に廃墟へ近づいている。

 その中に、セイバーに見覚えのある財宝は幾つかある。だが地面に突き立つ端から宝剣などが次々と消えていくのを見て取り舌打ちさせられてしまった。

 

(放った宝具を回収する力まであるのか……! なら弾切れは望めない!)

 

 セイバーがその事実に気づくのに、千近くの財宝が擲たれていた。並の英霊と言わず、高位の英霊でも十度は死んで余りあるだろう。円卓の騎士にすら、ここまでの絨毯爆撃を己が腕だけで無傷のまま凌げる者はいない。それが成せるのは、騎士王をはじめとする神話体系の頂点に位置する――ヘラクレスやカルナ、クー・フーリンなどの大英雄だけであろう。

 アーチャーの弾切れが期待できないと悟ったセイバーは、打って変わって攻勢に出る。今しがた切嗣からの令呪が効力を発揮し、彼の全身に力を漲らせたのだ。セイバーは右腕のみで振るっていた聖剣を下げて魔力を充填、左手で宝具『風王鉄槌』を放つと『王の財宝』の弾幕を一瞬だけやり過ごすや――戦の喜悦に浸る黄金の弓兵目掛け、聖剣の真名を解放した。

 これぞ反撃の嚆矢。挨拶代わりの名刺投げ。

 

完全拘束・聖剣鉄槌(エクスカリバー・ストライク)――!」

 

 少女アルトリアのような華奢な体なら、両手での振り下ろしでなくば満足に力を発揮できない。だが鍛え上げられた肉体を持ち隔絶した武を有する男性の騎士王は、己の筋力に物を言わせて片腕だけで聖剣を振るうことができた。魔力の充填を一瞬に留め、聖剣に課されている十三の拘束の全てを解かず、ほぼノータイムで放たれた極光が城壁の上にいるアーチャーに襲い掛かる。

 

「ほう……ならばこうだ。エアよ、薙ぎ払え!」

 

 財宝の魔弾全てを呑み込み、或いは弾き飛ばしながら迫る金色の光――聖剣の究極斬撃を、英雄王はニヤリと嗤いながら迎撃する。同じように乖離剣を一回転だけさせ風圧を発生させると、それを無造作に振るって解き放ったのだ。紅い死の颶風が聖剣の光を相殺する。

 ――極光と魔光の激突に、瞬きの間、音と色が死ぬ。その間隙を見過ごす手はない。本命はこちらだと言わんばかりに、セイバーは渾身の魔力放出による砲撃を行なった。聖剣に叩き込んだ魔力が黄金の光となって放たれたのだ。同時に地面を蹴って接近を試みるセイバーに対して――英雄王は余裕を崩さず、正確な次手を打っている。

 アーチャーもまた地面を蹴り、真上に跳躍しながら足元に蔵を開いたのだ。現れるは黄金の舟。その名も黄金帆船(ヴィマーナ)、思考と同じ速度で天を翔ける、天翔る王の視座。その玉座に着地したアーチャーは自然な流れで腰を下ろし地上から離れ空に飛び立った。

 瞬間アーチャーが直前までいた空間を、黄金の光が城壁ごと灼き飛ばす。恐るべき魔力砲撃だ、無防備に受ければ英雄王であってもただでは済むまい。だが畏怖で行動の遅れる男ではなかった。英雄王たる弓兵は即座に『王の財宝』を展開するや、中空に飛び上がっている騎士王たる剣士を四方を波紋で囲み、四方八方から無数の魔弾を浴びせてみせる。

 

「ヅッ――!?」

 

 セイバーの脳裏に警報が鳴り響く。ほぼ無意識に、しかし残りの半分は確かな経験と技で以て瞬時に反応する。思考すら置き去りにしたセイバーは、肩や肘、膝などの全身の関節部から小刻みに魔力を放出して体勢を変えつつ、空中であるのに器用に回転しながら四方から迫る宝具の弾丸を弾き飛ばした。人の域を超越した戦勘、そして対アルビオンにて確立した規格外の武技の結晶だ。

 

「ハッ! やるではないか、セイバー!」

 

 今の一手で確実に手傷を負わせるつもりだったアーチャーは、想定を超えられたことに感心しつつも、彼らしくなく素直に称賛していた。

 これはアーチャーにとって戦であって戦ではない。

 現世に受肉しておらず、聖杯を贋作と知り、そして自らが全力で戦うに値する人間と対峙しているのだ。故に今のアーチャーは、後のことなど少しも考えてはいない。勝つも負けるも派手に使い切ってもいい、生涯稀に見るお祭り気分なのである。

 黄金帆船を追い、体勢を立て直したセイバーが()()()()()。質量操作と気流制御の二重呪法に加え、風の絨毯を薄く張り、その上を足の裏から微細な魔力放出を行いつつ走っているのだ。言うまでもなく現代の魔術師には再現が困難な魔術絶技である。これをセイバーは、やはり境界の竜との対決時に編み出していた。さもなければ嬲り殺しにされるばかりであった故にだ。

 空中戦も熟せずして、単騎で竜の冠位に太刀打ち出来るはずもない。凄まじい速さで迫る竜王にさしもの英雄王も目を見開いて驚嘆した。次いで、可笑しさ極まり破顔してしまう。

 

「ハハハハハ! ……王の翔ける天に己が身一つで迫るか! ――控えよ、不敬であるッ!」

 

 幾度も解き放たれる黄金の魔力砲撃を、巧みに黄金帆船を操り躱しながら財宝が舞う。

 空を覆う暗雲を蹴散らし、大地の森を焼き払い、打ち砕き、城そのものが更地となる。

 

 人は見た。天に昇る黄金の舟を。地から天へ打ち上げられる極光の乱舞を。我が目を疑う超常現象はしかし――秘匿せんと奔走する教会勢力や、ホムンクルス達の働きで、辛うじて記録を免れる。

 下々がどれほど神経を使い、骨を折ったかなど知ろうともせぬ絶対者達の狂宴。力と財、武と知の激突の最中――不意にアーチャーは眉をひそめる。

 

(む……時臣め、我の赦しもなく討たれたか。下手人は――考えるまでもないな)

 

 これでマスターからの魔力供給、令呪の支援は消えた。だがそんなものがなくとも単独行動スキルで現界は維持できる。なんなら自らの財宝に魔力を回復する霊薬はある上に、その気になれば自力で受肉して霊基を安定させる手段もあるにはあった。

 だが、それは面白くない。人間が、人間の、小賢しい知恵を振り絞って挑んできているのだ。折角の祭りをくだらぬ行為で白けさせたくはない。ならば、アーチャーの意思は決まった。

 

 短期決戦だ。ダラダラと決着を引き伸ばしては熱が冷める。どうせならとことんまで白黒をつけてやろうと裁定を下した。そうと決めた途端、英雄王の頭脳が最大限に回転し始める。

 

(これまでに我が放った財は三千百五十――妙だな。セイバーは我から見てさえ桁外れの魔力放出を際限なく行なっている。にも拘らずまるで消耗しておらん。令呪で支援されているのか? いやそれだけではないな。奴め、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()な?)

 

 竜の心臓、魔力炉心が機能している。反則めいた能力だろう。これでは事実上、セイバーほどのサーヴァントが、魔力切れを起こさず無限に戦い続けられることになる。

 となると如何なる事情があれ、持久戦は愚策だ。持久力では明らかに騎士王が英雄王を上回っているのだから。そうやって英雄王が思考を走らせ続けるのに対し、騎士王もまた情報を並べていた。

 

 

 

(幾度でも魔力放出を行える能力、あの剣捌き、初見で背後から我の財を受けながら捌き切る勘。これではまるで森の精霊(フワワ)の如しよな。面白い――人の身でそこまでに至った武、我が手ずから踏み潰すに足る器よ――!)

 

(僕の四方に開いた波紋。恐らくアーチャーの視界、いや認識する空間全てが射程圏内か。付け加えてあの黄金の舟に、舟の周囲に展開されている自動防御の盾……手札の数が尋常じゃないな。どう攻略するか、まるで糸口が掴めないぞ。このまま続けられたら困る、更に新たな鬼札を切られる前に、力技で強引にでも突破するか――?)

 

 

 

 黄金帆船に肉薄しようとするセイバーを、突き放すかのように急加速した舟が上を取った。そして物理法則上、有り得ぬ動きで船首をセイバーに向ける。

 剣士と弓兵の視線が交錯する。碧眼と赤眼が睨み合い、英雄王が玉座から立ち上がった。

 声を出さずとも意が伝わる不可思議な一瞬。刹那の交感の刻。

 

『――このまま続けては千日手だ。故に見せてみよ、貴様の全身全霊の一撃をな――!』

『――いいだろう。ならば受けるがいい、我が渾身の一刀を――』

 

 英雄王が乖離剣を天に掲げる。船首をセイバーに向けながら背後に下がる舟を追いつつ、騎士王もまた星の聖剣を腰溜めに構えた。

 

「いざ仰げッ! 『天地乖離す(エヌマ)――』」

「聖剣、抜刀。『約束された(エクス)――』」

 

 今宵最大規模の魔力が迸る。天地を砕く黄金と真紅、担うは共に最上位に君臨する英雄共。

 黄金の王者が王気を纏いて乖離剣を振り下ろし、蒼銀の王者が剣気を吹いて聖剣を振り上げた。

 

「『――開闢の星(エリシュ)』をォッ!」

「『――勝利の剣(カリバー)』ァッ!」

 

 正面から激突した極光と地獄の具現。

 拮抗は僅か、全身全霊を賭した一撃の交換、軍配が上がったのは――英雄王ギルガメッシュだ。

 乖離剣による一撃を、『王の財宝』によるバックアップで威力を底上げしたのである。聖剣の威力を信頼していたセイバーは、究極斬撃が破られるという生涯初の事態に瞠目した。

 宝具とはサーヴァントにとっての全てだ。

 それは己の人生の結実であり、或いは半身である。故に自らの宝具が敗れるのは屈辱を齎す。セイバーはその手の感傷とは無縁だが、それでも受けた衝撃は大きかった。

 咄嗟に並行して使用していた全ての魔術を中断し、全身に全力で魔力を回して甲冑の強度を増強させつつ防御態勢に入る。だが殆どの威力を相殺し、減衰しているはずの乖離剣の余波だけで、彼の肉体に甚大な被害が及ぼされた。甲冑の全てが剥ぎ取られ、全身を切り刻まれたが如き裂傷を負ってしまう。セイバーは苦悶の声を上げながら墜落し、地面に叩きつけられてしまった。

 

「ぐぅ……!」

 

 聖剣と乖離剣の激突、その余波の余波とも言えぬ残滓で、地上は火の海と化していた。山火事の一言では片付けられぬ被災地の中、取り込んだ魔力で肉体の表面を修復し、なんとか立ち上がったセイバーではあったが見た目ほど平気ではない。サーヴァントという器だから外見は無傷を装えるが、霊体には相応の損傷が刻み込まれてしまっていた。

 無論、この絶好の好機を逃すアーチャーではない。高速で降下しながら、慢心なき故に舟から降りるような愚も犯さず、アーチャーは畳み掛けて一気に決着をつけようと追撃の一手を繰り出す。

 

「――天の鎖よ!」

(アレはマズい……!)

 

 四方に開かれた黄金の波紋から、五条もの鎖が放たれる。セイバーは魔力をドーム状に放出した直後に爆発させ、天の鎖による拘束を免れると即座に自身を中心に嵐を起こした。

 霊核が軋む痛みに顔を顰めつつ、宝具『風王結界』により竜巻を起こしたのだ。それにより更に次なる行動へ繋げるインターバルを稼ぎ、竜巻を突破はしたが勢いの落ちた鎖を聖剣で弾きつつ跳躍しようと身をかがめる。

 無論、それらを黙って見ているアーチャーではなかった。真上に展開されるのは、これまでになく巨大な『王の財宝』の射出口。そこから放たれたのは、まさかの――

 

()()()――ッ!?)

 

 宝具の原典を悉く収めた『王の財宝』には、当然の如く城の宝具もある。大質量によるシンプルな圧殺戦法で、まんまと身動きを封じ込められたセイバーは、奥歯を噛み砕くように顎を閉じ、渾身の雄叫びを上げながら()()()()()()()()()()()

 

「『約束された勝利の剣(エクスカリバー)』ァ!」

 

 神話的怪力。だがそれも長くは続かない。なんとか保つ内に聖剣を再び解き放ち、城塞を真っ二つに斬り飛ばしたはいいものの、直後に迫る危機を彼は看破している故に余裕はなかった。

 二つに分かれて左右に飛び、大地を鳴動させる城塞の先。天に聳えるが如き黄金帆船の玉座前に立つ英雄王が、再び乖離剣を掲げているのを目撃する。

 

「さあ……お前に相応しい舞台が整った!

 原初の地獄、星の終着を知るがいい!

 死して拝せよ、『天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)』を――!」

 

 地殻変動に等しい高魔力を螺旋回転させる三つの臼。剣の概念すらない古代にて、星の誕生を識るモノの全力の一撃。天の理は現世にて開帳不能なれど、それに等しい全力の一手。

 地獄を見上げるセイバーに打つ手なし。即座に放てる程度の一撃では抗し得ず、逃れようにも英雄王の眼から退避は不可能な盤面。故に、詰みだ。英雄王ギルガメッシュと、騎士王アーサーの対決は前者に軍配が上がったと断言できる。故に、故にだ――

 

 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の戦いは、前者の勝利である。

 

 セイバーは、叫んだ。

 

 

 

「――()()! ()()()()ッ!」

 

 

 

 『令呪を以てセイバーに告げる。セイバー――()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 瞬間。奇跡に等しい絶対命令が下り、二画目の令呪によりセイバーの姿が消えた。

 

「な――にィ――!?」

 

 アーチャーはセイバーしか見ていなかった。他は眼中になかった。

 油断も慢心も捨てていた。しかし、それは、セイバーに対してだけ。

 そのマスターのことなど、全く見てもいなかったのが――彼の失策だった。

 咄嗟に振り向き様で乖離剣を振るおうとするアーチャーの背を、セイバーは全霊の剣撃で撃つ。

 

「ぐァッ……! お、おのれぇ!」

 

 しかし英雄王の纏う黄金の甲冑もまた規格外。この硬度は異常であり、如何なる達人が聖剣による一撃を加えようと、容易く破断することは能わない。

 予想以上の硬度に目を剥きながらも、セイバーは千載一遇の好機を逃すまいと一撃、更に一撃と叩き込んでいく。反撃や防御を行おうとするギルガメッシュの手を躱しながらだ。

 近接戦となれば英雄王に勝ち目はない。

 

 今まさに、両雄に決着の瞬間が迫りつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 




※ランスロットは一時的に王の財宝を防げるが、射出数を増やされたら詰む。
※アヴェンジャーのアルケイデスは、数千発の王の財宝を、矢を使わず大弓のみで打ち払える。

数千発を凌げるのが神話体系トップ層だった……?

二画目の令呪は、匂わせてましたが『アーチャーの背後に回れ(近接戦の間合いに空間転移)』でした。油断と慢心がないギルには、サーヴァントである以上はこうでもしないと……。

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