転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話   作:飴玉鉛

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お待たせしました。

ギルガメッシュは人間数十万人分の魂の比重を持っています。
そしてそんなギルガメッシュはサーヴァント三騎分の魂だそうです。
よって本作ではギルガメッシュの魂は三十万人分とし、通常サーヴァントは十万人分だと設定してます。まあ本作のバーサーカーとかは明らかに弱いので、不足分はイスカンダルや他サーヴァント分で計上しておきましょう…。




zeroに至ったお話

 

 

 

 

 

 地核を震わせる命の胎動。

 

 捧げられた“(からだ)”を通して、収められた“(いのち)”を干し、今に生誕の時を迎えんと脈打つ胎児。

 鼓動だ。命あるモノ、心あるモノであるなら、戦慄と共に悍ましさを覚える厭悪の鼓動である。

 はじめは弱く。次第に強く。確かに刻まれる“命”の蠢動は、何者にも望まれずに手を伸ばす。

 ――悪であれと祈られた。悪であれと糾された。

 ならば望まれたままに、この世全ての悪を煮詰めたモノとして祈りを遂げよう。誰も呼んではくれないけれど。誰も望んでくれないけれど。でも遠い昔、確かに祈られたのだから。

 

 “――――”

 

 言葉を成さぬ、声にも成らぬ、望郷にも似た恋煩い。遠く遠く、されども近く、手を伸ばせば届く所にあるはずの、大切な何かを求める“器”の記録。生まれ()でる為に、胎児も求めた。

 だが、足りない。

 “器”の中には()()()()()の“水”がある。

 だが確たる生命として受肉するにはあと()()()()()の“水”が要る。

 ――欲しい。生まれたい。在る通りの祈りを聞くために。

 だから動き出した。

 忍び難い生誕の祈りを叶える為、忍耐という概念を知らぬが故、ただただ自らの“器”にこびりつく記録の縁を手繰り。『生まれたい』という、あらゆる生命が有する原初の本能(いのり)に突き動かされるままに、この世全ての悪(アンリ・マユ)は始動したのだ。

 

 

 

 ――衛宮切嗣が異変に気づいたのは、二画目の令呪を使用した直後だった。

 

 

 

 アーチャーは強敵だ。最後の戦いで出し惜しみをするなど下策、令呪の使用を躊躇する理由がない切嗣は、当初の取り決め通り空間転移による接近戦の強要を狙った。その為には最も効果的なタイミングを見計らう必要があり、上手くいけば勝利は確実なものとなるだろう。

 そしてその効果的なタイミングを、セイバーが見逃すはずがないという確信がある故に、セイバーの合図に従った切嗣は勝利を信じて疑わなかった。セイバーの力量に疑う余地がないからだ。

 だから、彼の仕事はこれで終わり。遠坂時臣を始末し、聖杯戦争のマスターが自分だけになったのだから、騎士王と英雄王の決戦さえ終われば全てが終わると安心していた。

 無論、万が一の事態は有り得る。不測の事態というのはいつだって起こり得ると承知していた。第三の令呪は保険として残し、何があろうと対応する為に意識は最低限張り詰めている。

 

 だから。

 

 切嗣は、自らの背後で、何かが地面に落ちる音を聞いた時。

 素早く身を翻して背後に振り向けたのだ。――振り向いて、しまったのである。

 

「な……」

 

 彼は信じがたい光景を目の当たりにし、動揺して目を見開いてしまう。十字架に架けられた神の子の如く、虚空に吊られていた妻の遺体が落下し、地面に仰向けで横たわっていたのだ。

 

「アイリ……!?」

 

 何が起こったのか理解できず、我を忘れて駆け寄ろうとした切嗣だったが、次の瞬間彼の全身を貫く悪寒に、切嗣は本能的な危機を覚えて足を止めた。

 なんだ、と思う。不吉な予感に目を細め、アイリスフィールの遺体を凝視する。何かが震えたような気がしたのだ。途方もなく巨大な鼓動で、大気が揺れたかのような……。

 後は、彼女を復活させるだけ。アイリスフィールの死因は、体内に収めた英霊の魂に自我を圧迫されての精神死。彼女を聖杯で蘇らせるには、押し潰された彼女の自我を修復するだけでいい。つまり聖杯に託す理論は切嗣の魔術『固有時制御』に類似した時間の巻き戻し。衛宮切嗣には到底不可能な御業だが、聖杯なら机上の空論による力技も不可能ではない。

 人の身には実現不能だが理論は立てられる、だから問題ない。そう思っていたというのに――事態は予測不能な、それでいて取り返しのつかない方へと転がりだしてしまった。

 

「なんだ……?」

 

 突如として、アイリスフィールの遺体の、目や口、耳から粘性のある黒い液体が溢れ出した。

 鳥肌が立ち、総毛立った。

 数え切れない戦場を渡り歩き、多くの死を見た彼は直感的に悟ったのだ。

 アレは、善くないものだと。アレは、死そのものなのだと。だが余りに咄嗟のことに、切嗣らしくもなく正常な判断を下せなかった。こんなことは想定外なのだ、想像すらしていなかった。

 故に。

 遺体から溢れた黒い泥が、一気に氾濫し洪水の如く広がりを見せた時、ようやく退避行動を取ろうとした切嗣だったが――まるで間に合わず、為す術もなく黒い泥へと呑み込まれてしまった。

 

 黒い泥の正体は大聖杯の内部に沈殿していた『この世全ての悪』の呪いだ。――人が正視できず目を逸らす闇、人が認められない醜悪さ、人が背を向ける罪、この世に在る遍く人の罪状と呼べるモノの全てである。だから死ぬのだ、この呪いに捕らわれた者は苦痛と嫌悪により自滅する。肉体を溶かし、心を狂わせ、悪徳の重圧で死の底に落とされるのだ。人である限り死は避け得ない。

 

 死。

 

 切嗣は、得体の知れぬ甘い優しさに包まれるかの如く、聖杯の泥へと沈んでいき――そして。

 

 

 

「ッ――!?」

 

 

 

 マスターの危機を、サーヴァントであるが故にセイバーは察知した。

 予想外の事態に動揺したセイバーが、アーチャーへの追撃を取り止め、咄嗟に切嗣がいるはずの柳洞寺の方角へ振り向く。その隙にアーチャーは大きく後退して距離を空けた。

 せっかく掴んだ勝機。後は勝つだけとなった局面を無に帰してしまったが、セイバーはそんな些事になど気を配ることもなく、目を凝らして思考を走らせる。

 強く自らに訴えてくるマスターの危機。その正体を見極めようとしたのだ。

 危機に陥っているが死んではいない、死んでないのに保険として残していた令呪は使われない。切嗣の意識がないのか、令呪を使うという余裕すらないのか、それとも他に原因があるのか。

 

「……ハ。マスターに危機が迫ったからと、むざむざ我の命を手放すとはな。存外、詰めが甘い」

 

 黄金の甲冑の上半身部が全損し、至るところから出血していながらも、髪を下ろした姿の英雄王が皮肉を溢す。セイバーが何故に追撃の手を止めたのか、彼の頭脳は瞬時に答えを出したのだ。

 セイバーは舌打ちする。私怨を優先するようでは三流以下の騎士だ、王騎士として私怨などより責務を優先するのは当然である。だがアーチャーを相手にトドメを刺し損ねたのは失態だろう。

 

「貴様の勝ちだ、セイバー。誇りながら死ね」

 

 英雄王は自らに重傷を負わせたセイバーの勝利を認めている。彼がマスターの危機を察知し、隙を見せる事態にならなければ、アーチャーはあのまま敗れていたとよくよく理解していた。

 だからこそだ。アーチャーは愉悦を浮かべて称賛しながらも、勝負の勝利を譲っても死合の勝利を手放すつもりはなかった。このままセイバーを打倒してやろうと死合を続行する。

 

「待て」

 

 だが乖離剣を掲げた英雄王に、セイバーは待ったをかけた。

 

「貴公にはアレが見えないのか?」

 

 振り返ったセイバーが、自らの背後に見える光景を示す。

 アーチャーはそれを見た。

 柳洞寺から溢れ出る黒い泥が、洪水の如く街へと流れ込んでいくのを。

 それを見てさえ、アーチャーは失笑した。

 アレがなんなのかを、一目で看破していながら、だ。

 

「フン。あんな汚らわしいもの、視界に入れるのも悍しいわ。それに我と貴様の戦いには関わりなどあるまい。そも、雑種が幾ら死に絶えようと我からすれば些事に過ぎん」

「貴公は……いや、言っても詮無き事か。いいだろう、無駄に言い争う暇はない。可及的速やかに貴公を討ち、私はマスターの救助に向かう。無辜の民草から犠牲が出るのを見過ごしては恥だ。騎士としてではない、人として見過ごせぬ恥だと断ずる」

「よく言った。ならばどうする?」

 

 知れたこと。セイバーは瞬時に背を向けるや、アーチャーを捨て置いて黄金帆船から飛び降りた。

 地面に着地すると同時に地を蹴って、切嗣がいたはずの地点を目指し疾走し始める。

 アーチャーはまたも失笑した。なるほど、そういう腹かとセイバーの思惑を知って。

 

 セイバーは、この場に留まったまま戦うだけの時も惜しいのだ。故に決着をつけたくば追ってこいと言外に示している。この英雄王ギルガメッシュを相手に、豪胆が過ぎる行動であった。

 無論、アーチャーはセイバーを逃がす気はなかった。

 裁定は覆らない――セイバーは、この英雄王の手に掛かり死ぬべきなのである。

 アーチャーはセイバーの思惑の裏も看破していた。彼には逃げながらでも戦い、アーチャーを打倒する秘策があるのだろう。ならば英雄王の腹は決まっている。その秘策ごと踏み潰すまで、と。

 

 黄金帆船を翔けさせ、追い込み猟の如く『王の財宝』を掃射する。セイバーはそれを避けながら走行するも、英雄王はこれ以上は蛇足だと言わんばかりに乖離剣に魔力をチャージしていた。

 乖離剣エアの風圧により時空断層を作り出し、一撃でセイバーを消滅させるつもりだ。

 アーサー・ペンドラゴンは強かった。最強の一角だと認める。たかだかサーヴァント風情の身で、本体である神の切れ端とは思えぬ強敵であった。聖杯を用い、彼の本体がいる次元に進撃すれば、ともすると敗北も有り得ると想定させられるほどだ。

 しかし、ここまでだ。聖杯の泥を眼下に収めつつ、ギルガメッシュは厳かに告げる。

 

「醜悪なる本性(かみ)と相見えたとしても、貴様は我が記憶するに値する英雄(にんげん)だったと誉めおこう。さらばだ――せめてこの一撃で散るがいい! 『天地乖離す(エヌマ)――』」

 

 セイバーが令呪により空間転移する間際に、溜めていた魔力を維持していたのだろう。英雄王はあれほど追い詰められていても、起死回生の好機を狙い続けていたのだ。

 そうした諦めの悪さこそが、ギルガメッシュもまた真に大英雄である証左。その足掻きがあればこそこの戦いに幕を下ろす結末の一撃となるのである。

 だがアーサー・ペンドラゴンもまた英雄なのだ。死ぬ気はない、負ける気もない、であれば彼もまた幕引きの一撃を用意していて当然であった。『王の財宝』による背後からの掃射を、右手に握る聖剣で弾きながら走るという神業を披露しつつ、聖剣に限界を超えた魔力を充填し続けている。両雄が共にこの一撃での決着を望んでいる。故に、セイバーに躊躇いはなかった。

 

「『――開闢の星(エリシュ)』!」

 

 背後から迫る紅き死の颶風。擬似的な時空断層すら起こした世界を断つ究極の終わり。

 それが放たれたのを背に感じ、跳躍して身を翻し背後に向き直るや、着地と同時に両手で聖剣を構えたセイバーは、必殺と必勝の覚悟を固め、そのための代償を支払う。

 真名解放。乖離剣の全力の出力に抗うには、星の聖剣の真名を解放しなければ話にならない。だがそれでも足りないのは重々承知の事であり、故に。彼は真名解放を執り行いながらも、決して光に変換された魔力を解き放ちはせず、刀身に光を留め続けた。

 アーサー・ペンドラゴンという、規格外の魔力の持ち主が、己の全魔力を注ぎ込んで、なお留めたのである。これには聖剣自体が軋みを上げ、用途に合わぬ行為に破損していく。不壊である湖の聖剣でもなければ耐えられない扱いなのだ。故に『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』に等しい自壊による爆発を伴いながら、セイバーは渾身の一刀を紅き死の颶風へと叩きつけた。

 

「『縛鎖全断・加重極光(エクスカリバー・オーバーロード)』――!」

 

 それこそは湖の騎士が編み出した絶技の模倣。技とは即ち模倣より始まるもの。己の右腕にして親友と恃む男の技は、全てセイバーの血肉となっている。無論、湖の騎士にも同じことが言えた。

 ただ不壊である湖の聖剣だからこそ行える絶技でもあるのだ。如何に最強の聖剣といえど、刀身に叩き込んだ魔力を光に変換し、加速、集束させる働きを限界を超えて行われては保たない。

 その一撃は、相殺すら出来なかった乖離剣の真名解放を、相殺するまでに至り。

 

「何ィ――!?」

 

 全身全霊の一撃を相殺された英雄王は驚愕させられた。

 

 これで終わりではない、と英雄王は悟っていたのだ。セイバーは消滅の危機に陥るほど魔力を注ぎ込んでいながら、たった一呼吸で現界に支障がない範囲に回復し、二呼吸目で全快している。

 これは聖剣に注ぎ込んだ魔力と、乖離剣という規格外の宝具に乗せられた魔力を取り込めたからである。さもなくばさしものセイバーも身動きできず、消滅してしまっていたに違いなかった。

 そして、乖離剣の一撃を相殺して終わるセイバーではなかった。乖離剣の真名解放直後の隙――その一瞬の間に限界を遥かに超えた酷使で、罅割れて今に崩れ去りそうな星の聖剣を擲つや、彼の頭上で聖剣を自壊させた。『壊れた幻想』による爆撃である。

 

グッバイ(Goodbye)、英雄王。そのまま泥に堕ちてしまえ」

 

 咄嗟に両腕を交差し、防御体勢を取ったアーチャーだが、構うことはない。

 最強の聖剣による自壊の爆撃の威力は凄まじく、地上にて発生した第二の太陽の如き光球を具現化させた。それは財宝を解き放って身を守ろうとしたアーチャーを呑み込み、黄金帆船を破壊し無惨な傷を負った英雄王ギルガメッシュは聖杯の泥へと落下していった。

 セイバーはそれを見届ける間も惜しいと駆け去る。聖剣を失おうが、彼には悔恨などなかった。元より彼にとって聖剣は、あくまで武器。武器とは道具である。覚悟の上なら宝具の喪失にいちいち動揺する男ではないのだ。たとえ聖剣であろうと例外ではない。

 誇りある英霊であればまず有り得ない心理であった。だがセイバーにも言い分はある――現世に現界し活動する、サーヴァント化した英霊の宝具なんて、所詮は召喚システムに用意された複製品に過ぎないのだ。少なくともセイバーにとっては。故にオリジナルが壊れるわけでもないのだから、必要に応じて使い捨てにするのに躊躇することはないのである。

 

 彼の意識は既に切嗣の救出に向いていた。何が起こったのかは、既に朧気ながらも気づいている。しかし切嗣を見殺しにするつもりはなかった。

 とはいえ街の方へ流れ込み始め、火災を起こし始めた泥を捨て置くわけにもいかず、切嗣を助け出すのに時間を割くわけにはいかない。柳洞寺に到着すると、マスターとサーヴァントの繋がりから切嗣の位置を導き出した彼は、自らに迫る泥を風王結界で遮りつつ唱える。

 

「『全て遠き理想郷(アヴァロン)』よ、光を示せ――!」

 

 途端、泥の一部から目映い光が溢れた。

 聖杯の泥が砕けるようにして割れ、中から切嗣が現れる。彼は何が起こったのか分からないといった顔をしていたが、セイバーの顔を見るや全てを思い出して意識を覚醒させた。

 

「セイバー……! 何があった……!?」

「私に聞くな。それより街を見るんだ」

「……な、んだ、これは。なんなんだ……いったい!?」

 

 聖剣の鞘の力の波動により、聖杯の泥は近づいてこれない。セイバーはすぐさま切嗣に近寄ると、彼の肩に手を置いて体調を調べた。

 切嗣は火に呑まれていく街を見て唖然としている。その間に精査を終えたセイバーは安堵した。聖剣の鞘の真名解放を行なったからか、致死寸前だった切嗣の肉体は全快し、呪いの類いも一掃されているのが分かったのである。

 

「た、助けに行かないと……!」

「無論だ。手を貸せキリツグ、迅速にあの泥を駆逐するぞ」

「どうやって駆逐するんだ!?」

「落ち着くんだ。まず、なんでこんなことになったのか、君の口から聞かせて欲しい」

 

 動揺を隠せず、しかし真っ先に人命救助に出ようとする切嗣を止め、事情を聞く。

 躊躇いつつ、切嗣は意識を失う寸前に見た光景を、セイバーに説明した。

 ――嫌な予感はこれだったのか、とセイバーは悟る。だから自分は切嗣に鞘を預けたのかと。

 聖杯は汚染されていたのだろう。正体は分からないが、あの悍しい泥が聖杯の中にあった。それが何故か溢れ出し、こうして現世を犯している。彼は瞬時に決断を下し、切嗣へ冷酷に告げる。

 

「――キリツグ。悪いが、アイリスフィールの事は諦めろ。彼女の遺体ごと聖杯を破壊する」

「――――」

「君もこの事態の原因は分かっているだろう。もうどうしようもない。泣いていい、私を呪ってもいい、怒りも嘆きも好きなだけするといい。だが全て後にしろ、まずは君が生き残れ」

「――――――わ――か……――っ、た――――」

 

 衛宮切嗣は、為すべきことを、感情から切り離して行える人種だった。

 少年は暗殺者になった。暗殺者は夫になった。夫は父親になり、父親は暗殺者に回帰し、そして最後に人に戻れた。だが、人に戻してくれた、恩人とも言える英雄の、残酷な一言に――彼は夫にして父親である人間として、静かに涙を流しながら決断を下す。

 到底語り尽くせぬ悲嘆と、絶望があった。だがそれに浸り膝を屈しては、無関係の人々が死に絶えてしまう。それだけは、決して見過ごしてはならない。

 切嗣は絶望に支配されながらも、機械のように動き出した。

 

「キリツグ。私は聖剣を失った。だから、最後の令呪を使ってくれ。私に聖槍を使えと」

「……ああ、分かった」

 

 それが何を意味するのか、知らぬまま切嗣は頷く。その前に聖剣の鞘を返そうとする切嗣だったが、それをセイバーは止めた。

 

「……それは返さなくていい。慰謝料代わりに受け取ってくれ」

「……いいのか?」

「いいさ。サーヴァントとしての宝具なんて、失くしても困らない。……さらばだ、キリツグ。もう会うことはないだろう、聖杯は私に任せて行くといい。部下と合流して行動するんだ。分かったね?」

「……ああ。さようならだ、セイバー。それと……ありがとう」

 

 礼は、言わないでほしかった。走り去る切嗣の背を見送って、セイバーは重い息を吐く。

 彼が令呪を切るのを感じる。聖槍を解放しろという声が聞こえた。

 

「全く……何が最優のサーヴァントなんだか。契約者一人、満足に救えもしないくせに……」

 

 天に空いた黒い穴を見上げ、セイバーは自らの殻が砕けていくのを感じていた。

 ――それは、サーヴァント化に伴い封印されていた聖槍によるもの。

 アーサーは聖槍の神だ。即ち、聖槍そのものである。それを解放するということは、つまり神としての彼が現世に現れるということでもある。

 神が現世に現れることは出来ない。人理が阻むからだ。それでも無理に現界しようものなら、途方もなく巨大な負荷が掛かり消滅してしまう。アーサーは『セイバー』を捨て、苦笑する。

 全身が砕け散る痛み。神ゆえに全く気にもならない不合理。消滅が近づき、人としての己もまた消え去っていく感覚に襲われている。彼は右手を掲げた。

 

「……呪いは大元を砕くべし。だろう? モルガン」

 

 失敗は取り返すことは出来ない。だが落とし前をつけることは出来る。

 アーサーは聖剣に次いで、己そのものを使い潰すが如く全魔力を光に変換していく。

 そして目映い柱と化しながら、彼は呟いた。

 

「『最果ての光・終末の熾火(ロンゴミニアド・ライヴロデズ)』」

 

 五指から解き放たれる、五柱もの聖槍の極光。

 天高く放たれた、計測不能の熱量が、偽りの黒い太陽を一撃で打ち砕く。

 それを見届けて、アーサーは苦く微笑みながら現世から退去した。

 絶望の海から、切嗣が救われることを願いながら。

 

 ――果たして、アーサーは知る事はなかった。

 

 英雄王が泥に呑まれてなお、逆に呪いを呑み干し受肉することも。

 十年後の未来、再び聖杯戦争が起こることも。

 再戦を期す英雄王の暗躍、切嗣達の未来、未来に生まれる英雄。

 それらを、今のアーサーに知る術はなかった。

 

 彼の物語はここで終わり。後は彼の残したモノ、彼の生んだ縁が新たな物語を紡ぐのである。

 

 繰り返そう。アーサー・ペンドラゴンの物語は、ここで終わりだ。

 

 故に、ここから先は彼の後を継いだ者の物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 




後日談が書きたい。なので簡潔ながらも書きます。

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