転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話   作:飴玉鉛

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お待たせしました。難産ではないんですが、寝落ちした際に無意識に指が動いて、文章のほとんどが消える事故を起こしてしまい、書き直す気力が湧かずに我らが故郷、狭間の地に逃避しておりました。

ちなみに第五次聖杯戦争は描きません。理由はもちろんあります。ですが、その理由はまだ伏せておきます。



後日談。綺礼とケイネスと切嗣の場合

 

 

 

 

 

 

「次のターゲットはコイツだ。二人とも、この顔を頭に叩き込んでおけ」

 

 とある中華料理店に、三人の男達が集結していた。

 あの戦争以来、難敵と当たる事になると、決まって集まる面子である。

 

「……フン。いつもいつも御苦労な事だ。どうして貴様はそうも薄汚い鼠共に狙われる? 類は友を呼ぶというやつか?」

 

 呆れたように嘆息するのは、もう二度と日本の地を踏みたくないと思いつつも、契約に縛られ逆らえない金髪の白人男性である。エルメロイの名を後進に譲ったケイネス・アーチボルトだ。

 先代のロード・エルメロイたる、万能の天才魔術師は神経質そうな細面に、諦念と疲労を色濃く滲ませている。なぜこの私がこんな事をと、その顔が雄弁に不満を物語っていた。

 写真を卓の上に置いた男、衛宮切嗣は冷酷な暗殺者としての顔でケイネスを一瞥する。

 

「生憎と今回はいつもと毛色が違う。本来なら僕には全く関係がない奴だし、コイツは殺さない。生きたまま捕まえる必要がある」

「結構。数こそ少ないが、標的の生け捕りも経験がないわけではない」

 

 かっ、かっ、かっ、と。蓮華で麻婆豆腐を掻き込んだキャソック姿の偉丈夫――言峰綺礼は、憔悴しているケイネスの顔をオカズに食う飯の美味さに満足している。フーッと熱くなった吐息を溢す彼の顔には、大粒の汗が幾つも浮き上がっていた。

 ケイネスは極めて不愉快そうに、日本人はこれだから……と、その変態性に呆れている。ケイネスの中の日本人観は『だいたいヤバい奴ら』で落ち着いたのだ。言峰綺礼しかり、衛宮切嗣しかり、とある人形師しかり。ろくな奴がいない。その他の面子にもサディストの変態共めと声に出して悪態を吐いたのは一度や二度ではなかった。もう日本人の相手は本当に勘弁願いたいのである。

 

 切嗣は手元の麻婆豆腐――綺礼と同じ物――を蓮華で掬い口に運んだ。そのまま咀嚼し、辛さと内包された旨味を味わって涙腺を破壊される。溶岩の如き麻婆を、涙ぐみながら飲み込んだ。

 あの王の宴を経て以来、尋常の料理では美味いと思えなくなった弊害だ。何かが突き抜けていないと料理ではないと思わされるほどに、彼の味覚は天上の美食に侵食されてしまっている。

 キンキンに冷えている水を含み、舌の上の麻婆を胃に流し込んで、切嗣は汗と涙を拭うと仕事の話に戻った。彼も綺礼と同じ物を好物としているのは不本意らしく、綺礼には見向きもしない。

 それでも疑問は残っていた。切嗣はいい加減はっきりさせておこうと綺礼へと問いを投げる。

 

「……毎度思うんだが、なぜお前は僕に関わる? お前には関係のないことばかりだろう」

「そう邪険にしてほしくないものだな、衛宮切嗣。我々は戦場で肩を並べた仲だろう?」

「ああ、癪だがそれは認めざるを得ない。特にアインツベルンとの一件では助けられた。だが、だからこそ訊いているんだ。お前はなんのつもりで首を突っ込んでくる? なんの意味があるんだ」

 

 意図が読めないからこそ不気味なのだ。ケイネスは切嗣の協力者だからいいとしても、綺礼には切嗣に協力するメリットなどないはずである。なのになぜ命の危険がある戦場に出向いてくる?

 切嗣は綺礼を信用できない。なんだかんだ断れないタイミングで首を突っ込んでくるものだから、何度もなし崩しに戦場を共にしてきた。だが、今回は違う。顔馴染みの戦友面して、ミーティングにまで割り込んでこられたとあっては詰問せずにはいられない。

 綺礼は何を考えているのか分からない、皮肉げな様子で応じる。

 

「……ふむ。衛宮、お前は私の経歴を知っているな?」

「ああ」

「私はこれでも聖堂教会ではエリートに分類される。だが出世コースからは外れていてな。それは自ら選んだ道ゆえに後悔はないが、結果として閑職と言えるポストに落ち着いてしまった。私も代行者として復帰するのも吝かではないが、老いた父と幼い娘を置いて、長期にわたり家を留守にするわけにもいかない身となった。故に、有り体に言えば暇なのだ」

「……なに? お前は今、暇だと言ったのか?」

「そうだ。お蔭で腕は錆び付き、無聊を慰める方法を探らねばならなくなった。そこで何かと忙しく飛び回っているお前に助力すれば、異端を討滅しつつ腕を磨き、更には個人的な嗜好も満たせると踏んだのだ。徹頭徹尾、自分のためにお前に協力しているに過ぎない。()()()()も言っていたのだろう? まずは自身を幸福にし、余剰分で周囲を幸せにしてやれとな」

「………」

 

 あの御方、というのはこの場の三人が共通して恩義のある相手だというのは分かる。

 しかし三人とも、該当の人物に対して懐く感情は別だ。

 切嗣は苦虫を噛み潰したような顔で、ひとまずは納得する。今の綺礼はなんやかんやで充実しているらしく、以前の人物像から甚だしく乖離しているのだ。少なくとも以前ほどの不気味さはない。

 綺礼は意味深に笑みを浮かべ、切嗣に対して告げた。

 

「それに今回ばかりは私にもメリットはある。今回のお前の目的――いや、仕事の依頼主は私の方でも掴んでいるからな」

「……チッ。そういうことか」

「なんだ。どういうことだ、説明しろ衛宮切嗣」

 

 何も注文していないからか、手持ち無沙汰のままでいたケイネスが口を挟んだ。

 

「以前、お前に頼んで仲介してもらった人形師、蒼崎橙子が今回の依頼主だ」

「……なんだと?」

「標的は結構な腕の持ち主らしくてな、蒼崎橙子を()()()()()あの異名で呼んだらしい。経緯は聞いていないが、奴は()()()蒼崎橙子から腕を一本切り離し逃げ切ったようだ」

「馬鹿な奴だ。蒼崎を侮るとは……」

「展開は読めたな。差し詰め蒼崎はその男を追ったが逃してしまい、潜伏されたのだろう。当然蒼崎は草の根分けてでも見つけ出し、始末をつけるだろうが……その前にお前の存在を思い出し、猟犬代わりに捕縛させようと考えたのだろう。違うか?」

 

 魔術師殺しを猟犬として扱える機会など、生涯に一度あるかないかだろう。お手並み拝見だと、高みの見物でも決め込んでいるに違いない。

 蒼崎橙子の業績を知るケイネスは、事を構えても負ける気はしないが、侮ってもいなかった。

 何せ蒼崎橙子は彼からしても、ロード級の実力者である。そんな指折りの魔女の逆鱗をわざわざ踏んで激怒させるなど、愚かとしか言いようがない。

 呆れるケイネスの横で、綺礼は標的の脅威度を把握しつつ展開を読む。なるほど、一時とはいえ蒼崎から逃げ切るほどの相手なら、舐めて掛かれる手合いではあるまい、と。

 切嗣は頷いた。

 

「そうだ。奴には今、僕の娘……()()()()()()()()を用立てて貰っている。前金は支払っているが、残りは器が出来てからという話だった。その残りの金の代わりに、ソイツの身柄をご所望になられたというわけだ」

「……この私が他者の走狗に甘んじねばならんとは。率直に言って、気に入らんな」

「今更だろう。それで言峰綺礼、お前は蒼崎に用があるんだな? いったい何が望みだ」

「お前と同じだ、衛宮」

 

 訝しげに目を眇める切嗣に、ニヒルに嗤いながら生気に満ちた綺礼が言う。

 

「詳しくは省くが、私の娘にも事情があってな。あれでは長く生きてはいられまい。保って二十歳かそこらだ、それで死なれては困る、故にアレの器を作成してもらおうというのだ」

「対価はどうするつもりだ。蒼崎は高額な金銭を要求はするが、気に入らない仕事ならどれだけの金を積んでも平然と蹴ってくるぞ」

「承知している。対価はそのまま、アレの抜け殻でいいだろう。何せ聖痕のある体だ、魔術師ならば手に入れたいと願ってやまないだろうとも。――尤も、()()()()()()()に備え、不測の事態が起こらぬように、娘の抜け殻をそのまま確保しておくつもりのお前にはない発想かもしれんがな」

 

 綺礼が嗤いながら告げると、切嗣はこれでもかと嫌そうに顔をしかめた。

 娘の元の体を廃棄しない理由を悟られている。機会を見て始末しておくかと綺礼の殺害計画を企画しようと思うも、こちらの手の内を知り尽くしている相手と事を構えるのは危険だ。

 綺礼を始末するかは保留とし、可能ならこちら側に抱き込もう。切嗣はそう結論する。

 

 ――切嗣は現時点で、十年後までに第五次聖杯戦争が勃発するのが避けられないと知っていた。

 

 というのも切嗣は冬木の霊脈に仕掛けを施し、数十年後に大聖杯の機能が停止するように仕向けていたのだが、聖杯戦争の解体を切嗣が目論んでいるのを知ったケイネスが断言したのだ。

 『貴様の話を聞くに、聖杯は何者かの願いを叶える事なく破壊されたのだろう。ならば聖杯に蓄えられた魔力の大部分はまだ残っている可能性が高い。通常、聖杯戦争は五十年から六十年の間隔を空けて開催されるらしいが、それよりもずっと早く始まるだろう』――と。

 それを聞いた切嗣はケイネスに頼み、大聖杯を調べてもらったのだ。そして彼は無双の名医の如く診察してのけた。聖杯戦争は恐らく、十年後に再び開催されるだろうな、と。

 小聖杯がなければ、どんな不具合が起こって災禍が撒き散らされるか分かったものではない。となれば小聖杯を廃棄するわけにもいかないのだ。無論、切嗣がイリヤスフィールを害することなどあるはずもない。イリヤスフィールは切嗣にとって、唯一無二の宝なのだから。

 故に時計塔に掛け合い、魔術協会に協力を仰いで大聖杯の解体を依頼しようとしたが、それはケイネスに止められた。もしも時計塔の魔術師が大聖杯の術式を知れば、聖杯戦争の魔術儀式を模倣しようとする者が必ず出て来る。高い確率で大聖杯を奪おうとする輩も出て来るのは自明だと。そうした動きを抑えるには、高い発言力を有した魔術師達が結託しなければならないが、今の時計塔では不可能に近い。政治の話だ、一朝一夕で片付けられる話ではないのだ。

 

 故にとるのは次善策だ。ケイネスと――場合によっては綺礼も――共に、第五次聖杯戦争を速攻で終わらせる。そうすることで犠牲を最小限に留める。今はその下準備の段階だ。

 

 切嗣は舌打ちし、話を戻す為に資料を取り出し卓に置いた。

 

「――今は余計なことを話すつもりはない。ケイネス、これを読め。ついでに言峰もだ。標的に関する情報を纏めている」

「ほう」

 

 ケイネスは紙の束をパラパラと捲り速読すると、僅か十秒足らずで綺礼に資料を流す。

 

「随分と詳しく書かれているな。名前から血統、歴史、秘伝の魔術と属性、使用した礼装まで調べ上げているとは。これでは丸裸にされたも同然だな」

「――おまけに標的と蒼崎が交戦した地点と、以前まで標的が拠点にしていた地点を特定し、現在潜伏しているだろう国まで推理してあるのか。流石は衛宮切嗣、隠れ潜む魔術師の動向を追うのに慣れているな。私の知る限り、お前ほど魔術師を追い詰める手腕に長けた者はいないと断言できる。だが、些か仕事が早すぎるぞ。単独で調べたとは思えん……さてはホムンクルスを使ったか」

「理解が早いな。その通りだ」

 

 切嗣は否定せず、隠しもせずに肯定した。そして事情を説明する。

 

 アインツベルンは壊滅している。しかし、生き残りがいないように殲滅したわけではない。

 たとえば第四次聖杯戦争で、冬木で活動した戦闘用ホムンクルス達だ。彼女達の多くは戦後、監督役に事態の収拾に協力させられて帰還できず、その間にアインツベルンは滅ぼされ、身柄が宙ぶらりんになってしまった。そこで切嗣は彼女達に提案したのだ。

 裏切り者の自分と戦うか、それともこれからは一個人として生きていくか。そんな選択肢を突きつけられて、彼女達は選択した。一部は切嗣を討つ為に戦いを挑み、ケイネスと切嗣、綺礼の三人を追い詰めるまでいったものの討ち死し、その他の多くは個人として残り短い生を謳歌しようと日本から発った。日本に残っているホムンクルスは二人だけだ。

 魔術師として高い実力を持つセラと、小聖杯の礼装のリーゼリットである。その他は戸籍や名前を偽造して、口座をそれぞれが持ち、切嗣が最低限の資金を振り込んでいる。そして切嗣からの依頼を熟せば報酬としてその口座に金を振り込む形にした。

 

 そう。今やアインツベルンの生き残りは、切嗣の諜報員として世界中に散っているのだ。

 

 それを聞いたケイネスは、ぴくりと眉を動かす。

 

「……待て、衛宮切嗣。もしや貴様……遠坂時臣の遺産である商業用地の利権を私に奪わせ、手に入れた莫大なテナント料は……いや、地主の間桐からも利権を奪わせたのは、このためか?」

「そうだが? 僕も金に余裕はあるが、数十人単位の生活資金や戸籍を偽造して、おまけに仕事の報酬を支払うだけの金はないからな。彼女達の他にも家族を養うには金がいるんだよ」

 

 臆面なく認める外道の切嗣に、ケイネスは卓を叩いて怒鳴りつけた。

 

「この、甲斐性なしめがッ! 自ら稼いだ訳ではない金で、傘下の者を養うなどと、貴様は恥というものを知らんのか!? 全く情けない、蒼崎への依頼にもその金を使っているのだろう!? そんな様で一族の棟梁とは笑わせる! 無様だと思わんのか!」

 

 正論で喝破された切嗣を、綺礼は愉快そうに見詰めている。

 切嗣は露骨に鼻を鳴らした。

 彼は外道である、通常の倫理観など持ち合わせていない。

 

「遠坂には魔術刻印を返してやった代わりに、利権を()()()もらっただけだ。間桐に関しては僕の心臓を破壊した慰謝料を貰ったまで。間にケイネスが挟まっているが、お前は僕の協力者だろう。気にしてやる必要はないな」

「貴様……!」

「そんなことよりケイネス、僕はもう腹がいっぱいでね……残すのも店主に悪い、余りを食べてくれないか? ()()

「なんだと……!? や、やめろ! 貴様に人の心はないのか!? や、やめ、動くな私の手!」

 

 正論で殴られた仕返しだろう。

 切嗣は大人気なく契約を悪用し、ケイネスに泰山式麻婆豆腐の余りを押し付けた。

 必死に抗うケイネスだったが、抵抗虚しく麻婆豆腐を口にしてしまう。

 

「が、ガァァ!?」

 

 絶叫し、起源弾を受けた時のように藻掻き苦しんで、喉を掻き毟って悶絶した末に気絶する。

 そんな様を見て、綺礼は思うのだ。やはりこの二人は見ていて飽きないな、と。

 切嗣は店の代金を卓に置き、綺礼に会計を任せるとケイネスを担いだ。

 

「僕は先に帰る。明日の正午に日本を発つ、それまでに準備は整えておけ」

「いいだろう。ところでその男はどうするつもりだ?」

 

 肩に担がれているケイネスを示して綺礼が問うと、切嗣は冷淡に告げる。

 

「お前には関係ない」

 

 ――例の冬木大火災で身寄りを失った少年、士郎。衛宮家の養子として引き取ったその少年が、特異な魔術を使ったのだ。切嗣は自分の手に余ると悟り、機会があればケイネスに見せるつもりだったのである。

 無論、そんなことを綺礼へバカ正直に話す切嗣ではない。

 取り付く島もない返答に、綺礼は肩を竦める。立ち去る男達を尻目に、自身の麻婆豆腐を一気に掻き込んでいくと、彼は本能的な嗅覚で予感した。愉悦の気配を感じたのだ。

 

(……衛宮家とは、長い付き合いになりそうだ)

 

 深く、笑む。

 切嗣が養子を取ったのは調べがついていた。また、溺愛している娘の歳も。

 幸いにも自身の娘も歳が近い……となれば。

 

(カレンと……そうだな、いわゆる幼馴染というものにしてしまえば、さぞかし面白いものが見られるかもしれんな)

 

 言峰綺礼は嗤う。彼は今、とても、とても、とても充実した毎日を送れている自覚があった。

 

 主よ、感謝いたします。胸元にある十字架を握り、祈りを捧げる聖人。

 彼が祈りを捧げる対象は――きっと、今までの主とは違う姿をしているのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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