転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話 作:飴玉鉛
三年。三年だ。
寝る間も惜しんで、というほどではない。何を置いても優先したわけでもない。何せこの三年間は精力的に活動していたのだ。相応に多忙を極め、
しかし長年のノウハウや、掻き集めた情報を照合し、実際に交戦した際の手応えも加味した上で、調査は継続的に行なっていた。魔術師としての弟子、魔術師殺しとしての部品、そして現在は家族の一人となった女――『久宇舞弥』にも手助けしてもらって捜索していたというのに、未だ手掛かりらしい手掛かりを得るには至っていなかった。
「――既に死んでいると判断するべきでは?」
舞弥はそう言った。妥当で、順当な結論だ。だが衛宮切嗣は否定する。
勘、ではない。確かな経験に裏付けされる、確実な論拠があった。
「いいや。奴はまだ、絶対に生きている。生きている上で、再起を図っているはずだ」
間桐臓硯。否、マキリ・ゾォルケン。三年前に交戦した妖怪の名だ。尋常の手合いなら確実に仕留めたと見做し、葬った敵の一人として記録し記憶の隅に追いやっていただろう。
だが違う。マキリは断じて尋常の理には生きていない。
肉体を蟲に置換し五百年も生きてきた、自らの生存に執着する妖怪ならば、あの状況からでも逃げ延びることは不可能ではないだろう。切嗣はマキリが生き残っている可能性は高いと感じた。
切嗣がマキリの生存を確信している理由は、間桐桜の存在にある。
彼はマキリの生存を確認するために、桜に接触していたのだ。彼女は間桐の正統後継者として調整されていたらしく、彼女は幼い身にも拘らず感情を亡くしていた。自己防衛のためだろう、桜は心を閉ざすことで自らの心の崩壊を押し留めているのだ。
はっきり言って、切嗣はそうした存在は見飽きるほど見てきた。そして今の切嗣は桜のような少女を見捨てるほど冷酷でもない。よって桜の身柄を確保するや、彼は桜を養女として引き取った。なんせ間桐の名目上の当主、桜の義父はアレであったし……今後、桜が生きていく上で決してプラスにならないだろうと判断したからである。
今の桜は、衛宮桜だ。
切嗣は桜よりある意味で凄惨な人生を辿っている舞弥を、曲がりなりにも育て心を蘇らせた男だ。精神が崩壊する寸前の桜のカウンセリングは、本職の言峰綺礼よりも巧みである。
まず、桜を機械にした。命じるまま単純作業をさせ、ランニングなどで体力をつけさせ、食事に気を遣い健康にさせると、格闘技を厳しく指導し、拳銃などの武器に触れさせた。そうして少年兵めいて厳しく躾け、桜がなんの疑いもなしに切嗣の命令を聞き、機械的に行動できるようにまですると――切嗣は、これまで接触させていなかった養子の士郎と対面させた。
士郎には桜を妹だと紹介し、兄として面倒を見ろと伝えた。士郎は切嗣の目から見ても、自身を蔑ろにするきらいがあり――はっきり言うとサバイバーズギルトという、一種のトラウマを抱えた少年である。故に士郎に桜という『自身が庇護すべき対象』を身近に置かせ、なおかつ年相応の少年らしさもある士郎と接させることで桜の情緒を安定させようとしたのだ。
精神崩壊寸前の子供を機械にし、その後に人間に戻す。荒療治が過ぎるし、常識人が見れば洗脳としか見えないだろうが、切嗣に出来る最善の手法だったことに違いはない。舞弥という前例がいるためか、寧ろ舞弥の時以上に効率的に育てられたほどだ。
そしてこれはガッチリと嵌った。一年もすれば桜は士郎にベッタリになり、何処に行くにも兄さん、兄さんと呼んで後をついてまわるようになったかと思えば、次第に少女らしく微笑むようにもなったのである。この頃の切嗣は対アインツベルンを終えた直後であり、イリヤを連れて帰国してきたところであった。
『――桜、話がある。こっちに来なさい』
『はいっ。お……お父さんっ……』
緊張しながら自分をそう呼ぶ桜に切嗣は苦笑し――イリヤが腹を立ててひと悶着を起こしたりもしたが――それはさておくとして。切嗣はなんでもない風を装ってさらりと訊ねた。
『桜、正直に答えるんだ。間桐臓硯はどこにいる?』
『っ……え?』
『桜を保護した後もずっと探しているんだ。僕は数年前、奴と交戦した。その時は僕が勝ち仕留めたつもりだけど、始末できたという確証がない。だから一応探しているんだけど、桜は何か知らないかい? 知っていたら教えてくれ、僕なら間桐臓硯を殺せる』
『――――し、知りません……ごめんなさい』
そう謝った桜の顔は――救いを求めていた。怯えていた。泣いていた。
証拠はそれだ。マキリは往生際悪く、しぶとくまだ生きていると切嗣は確信したのである。
恐らくマキリは桜に接触し、彼女を利用しようとしている。そして桜はそれを話せない。
そう確信したから、切嗣は自身の右腕である舞弥を、様々な仕事に同行させず桜につけていたのだ。マキリが桜に接触できないように保護させていた。
だというのに、舞弥が言うには桜に蟲の一匹も近づいていないらしい。
「………」
沈思黙考する。第四次聖杯戦争から三年――諸々のゴタゴタに一段落がついたから、ゆっくりと熟考する時間が彼にはできていた。
熟考するにあたり、切嗣は間桐邸を訪ね、男を脅し、間桐の魔術に関する資料は全て押収して熟読している。その上で改めてマキリを分析し、行い得る手法を推理していた。
あくまでマキリが生きていることを前提に。
まず桜の行動を舞弥に監視させていた。その間、怪しい動きは一度しかしていない。一度だけ桜は切嗣がいない時、深夜に一人で家を出ようとしていたところを、舞弥に止められたことがあるようだ。
マキリは弱った自身の力を回復させようとするはず。しかし、あれから冬木で不審な行方不明者は出ておらず、行方不明者自体はいても魔術との関わりはないだろうという調査結果があった。
加えてマキリの魔術の系統、傾向、属性。マキリが桜に施していた拷問に等しい調整。それらを加味してゆっくりと、パズルのピースを嵌め込むように思案する。そして――切嗣は気づいた。
「……
一刻も早く力を取り戻したいはずのマキリが不気味な沈黙を守っている事。マキリは聖杯がある冬木から離れないだろうという確信がある事。マキリの魔術の事。他にもあるが、それらが導き出す答えは自ずと限られてくると悟る。即ち、寄生。人の体内に潜んでいるのであれば、見つけられないのも無理はない。では誰の体内に潜んでいる? そしてどの部位にいる?
答えは一つしかいないと切嗣は断定していた。
恐らくマキリは、桜の心臓か脳、あるいは脊髄のいずれかに寄生している。
「………」
ではどうやってマキリを引きずり出すか。それを考えると、非常にデリケートな問題になる。
普通に考えて心臓や脳、脊髄と一体と化している寄生虫を、ピンポイントで引き剥がすのは不可能だ。最も簡単なのは蒼崎橙子の人形に桜の魂を移し、元の肉体を焼却することだが……生憎と、それはもうできない。というのも件の人形師は、イリヤと言峰カレンの新しい肉体を作り、対価を受け取ると行方をくらませていたからだ。
蒼崎は封印指定をされている魔術師である。封印指定執行者という、危険な相手に追われているのにいつまでも同じ地に潜伏しているわけにはいかない。よって蒼崎とは音信不通になっていた。
ではどうするか。
切嗣は、恩人から譲られた宝具を用いることにした。
聖剣の鞘である。元の持ち主から所有権を譲られたから、恩人が退去した後も現世に残り続けている代物。それは元の持ち主がいた時と比べれば、遥かに劣る力しか発揮しないのだが、逆に言えば魔力さえあれば最低限の力は発揮するということでもある。
切嗣は聖剣の鞘を、冬木大火災で生き残った士郎の体内に埋め込んでいた。それを士郎が眠っている間に取り出すと、一年間を掛けて自身の魔力をふんだんに充填し続け、一度限りの蘇生を可能にする域にまで力を溜める。そうしてそれを桜が寝ている夜の内に仕込んだ。
そして、切嗣は脳、脊髄、心臓の内、心臓にマキリが寄生している可能性が高いと踏んで、寝ている桜の心臓に起源弾を打ち込み即死させた。桜を、そしてマキリを。
「桜」
「? なんですか、お父さん」
「君の心臓に潜んでいた間桐臓硯なんだが、桜が寝ている間に殺しておいたから」
「……………え?」
果たして読みは当たった。起源弾を食らい、穴が空いた桜の胸に手を突っ込んだ切嗣は、そこから一匹の蟲の亡骸を引きずり出したのだ。
その後、聖剣の鞘により桜は蘇生し、一度死んだショックで気絶したままの桜を、舞弥に頼み浴室で綺麗に洗ってもらった。
桜からしてみれば、知らない内に何もかも終わっていたことだろう。訳が分からないといった顔で呆然としていた桜は、切嗣の言葉の意味を理解すると、恐る恐る胸に手を当て何かを探り。誰かに小声で呼びかけ。そして、なんの反応も――異物感もない事を悟り。
彼女は、はらりと、透明な涙を流した。
「桜。君は自由だ。これからは好きなように生きなさい」
「…………」
喜びもせず、愕然と、呆然と、自失して佇む桜にそう言葉を掛けて、切嗣はまた別の仕事に出掛けた。
桜は切嗣のその背中をただただ見詰め、見送る。
彼の背中は――桜にとってとても大きくて。とても、広くて。正義の味方そのものに見えた。
「っ……! っっっ……!」
やがて桜は崩折れて、跪き、滂沱の涙を流して嗚咽を溢した。両手で口を噤んで必死に声を抑え、そして桜の泣き声を聞き駆けつけてきた士郎とイリヤが宥め始めるまで、彼女は泣き続けた。
「お父さん……っ! お父さん……!」
この時。桜は真の意味で、切嗣を父親だと認識したのだ。
遠坂桜が。間桐桜が。『衛宮桜』を、本当の自分だと定めた瞬間である。
慎二くんは、普通の天才少年として、魔術を知らずに生きていく。
次回は士郎、イリヤ、桜、カレンが主軸かな。
以後切嗣はメインにならなくなります。切嗣は皮肉にも、桜にとっての正義の味方になっている自分に、まったく気づいていなかったり……。