転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話 作:飴玉鉛
「なあ衛宮。ちょっと頼みがあるんだけどさぁ」
一年前のことだ。ニヤニヤと嫌らしく笑いながら、級友の男子三人が士郎に絡んでいた。
見るからに頭の中身が軽そうな、相手を舐め腐った態度である。成長期に入る前の士郎は同年代の中でも小柄であり、それ故に侮られていたのかもしれない。事実、人からの頼み事を断った試しがない士郎は、その人の好さを良いように利用されがちだった。
今回もそうだ。男子達は文化祭で必要になる看板制作を担当していたが、面倒臭がってまともにやろうとはしていなかった。そこで小柄な士郎に、自分達の仕事を押し付けようとしているのだ。
「いいぞ」
同級生達の思惑など関心も持たず、士郎は訳も聞かずに快諾した。聞き分けの良さに同級生達は顔を見合わせ、話が分かるなぁとせせら笑いながらさっさと下校していく。罪悪感など微塵もない様子ではあるが、やはり士郎は毛筋の先ほども気にしていなかった。
やがて日が沈んだ頃、一人で作業を終えた士郎は後片付けに移った。その時だ、誰かが教室に入ってくるなり、士郎の作った看板を見て声を掛けてきた。
「――へぇ。いい仕事してんじゃん」
癖の強い髪の少年だ。容姿の整ったその少年は、士郎の仕事を皮肉げに誉める。
「馬鹿に仕事を押し付けられた馬鹿にしてはね」
「そりゃどうも。お前は……確か間桐だっけ。こんな時間に来て、なにか用でもあるのか?」
あるわけないじゃん、と少年は失笑する。
あからさまに馬鹿にした台詞に、まるで反応しない士郎を少年は嘲った。
「あんな馬鹿共にいいように使われちゃってさぁ。とんだお人好しもいるもんだなって、からかいに来ただけだよ。なんなのオマエ。悔しくないのかよ?」
「別に。アイツらにもアイツらなりの用事があったんだろ」
「はあ? あるわけないじゃん。アイツらは自分の役割も果たせない、群れてイキってるだけのド低能に決まってる。んで、その低能に使われてるお前も低能だよ。そこそこ良い仕事できてんのに、都合よく使われてるの見たら嫌味の一つでも言いたくなるだろ?」
「――なんだ。俺がやってたこと、全部見てたんだな」
遅れて士郎は気づいた。少年は恐らく、偶然クラスメイト達に仕事を押し付けられるところを目撃してしまったのだろう。そしてこんな遅くまで、ずっと見ていてくれたのかもしれない。
クラスメイト達を咎めるでもなく。士郎を手助けするでもなく。ただ士郎が仕事を終えるのを、口出しすることなくずっと見ていたのだろう。そのことに気づいた士郎はフッと笑みを溢した。
「お前、良い奴だな」
「……はあ? なに、オマエ……頭大丈夫?」
お世辞にも良い奴認定されるような事はしていない。
なのにそう言った士郎に、少年は胡乱な顔をした。
――それが衛宮士郎と、間桐慎二のファーストコンタクトだった。
なんとなく気に入った。
慎二が士郎とつるむようになった理由はそれだけだ。
慎二には同性の友人はいない。なんせ慎二の性格が悪いからである。
大抵のことは努力するまでもなく良好な結果が手に入ったし、その気になれば一番の座を得るのは容易かった。だから必死に努力する奴が馬鹿に見えて、努力すらしない奴は露骨に蔑んだ。そしてそういう嫌味な部分を、特に隠そうともしていなかった。
おまけに慎二は容姿にも優れており、家が地主なだけあり羽振りがいい為か異性からもモテた。嫌味な奴がモテているのを見て、気持ち悪い笑顔を浮かべ仲良くしようとする奴など、おこぼれを狙う馬鹿しかいなかったのだ。そしてそうした手合いに容赦してやる慎二ではない故に、躊躇なく切り捨て馬鹿にしていた。それで仲の良い同性の友人なんて出来る訳もなかった。
だが、慎二が珍しく興味を覚えて嫌味を言った奴、衛宮士郎は違った。慎二の嫌味をまるで気にしていないし、慎二に付属する様々な付加価値を意にも介していなかった。ただただ間桐慎二という個人だけを直視して、対等に向き合おうとしてくるのだ。慎二はそれが気に入った。素直には認めないが、慎二は士郎を友人だと認めているのである。だから――
「――ねぇ、シンジ。あんたシロウの友達なんでしょ? ならシロウの性格を利用するサイテーな奴らからさ、庇ってやってくれない?」
同校の高嶺の花。本物のお姫様みたいに可憐な先輩にそう言われても、慎二は相手にしなかった。
「は? なに言ってんですか、先輩。なんで僕がそんな面倒なことしなくちゃなんないです?」
先輩だから敬語で話す分別はある。しかし友人の姉だからと敬意を払う慎二でもなかった。
ムッとした様子の先輩に、慎二は鼻を鳴らす。
「つるんでやってるからって、なんでアイツが勝手に引き受ける面倒事に、僕が骨を折ってやんなきゃなんないんですかね。嫌ですよ、僕は。――お友達だから手伝ってやる、なんて。そんなの押し付けの善意みたいで気色悪いじゃないですか」
「……ふーん?」
「なんですか? 言いたいことあるならはっきり言ってくださいよ」
弟を不心得者から庇ってくれと依頼され、断られた時は不機嫌そうな表情をした先輩だったが、慎二の返答を聞いて意地悪そうな表情にシフトしていた。
それに嫌な感覚を覚えた慎二が促すと、先輩は意地の悪い笑顔で言った。
「べっつにぃ? 単にあの子にもやっと、
「……もしかしてあんた、妄想癖でもあったりするんですか? どこをどう聞いたらそう解釈できるんですかね」
「あはは。やっぱりシロウと友達になるような奴って、どこかしら捻くれてるものみたいね。なんだか安心したわ。これからもよろしくね、シンジ?」
「話聞けよ」
イライラして言うも、先輩は後ろ手にひらひらと手を振って立ち去った。
いつもの慎二なら、女なんかにあしらわれたら嫌味の一つでも言っているところだ。
しかし余計なことは言わない。言ってはならない。何せ慎二は、アイツはなんかヤバそうだと、友人の義姉に対して不穏な気配を感じたのだ。条理の内の事項には天才的な才覚を有しており、説得力こそないものの名探偵じみて洞察力の鋭い少年である。彼は短い時間で言葉を交わしただけで、友人の姉に関する人物像をある程度掴んでしまったのだ。
ヤバい姉貴がいるんだね、と士郎に同情する。だってあの先輩は無自覚に過保護なのだ。おまけに先輩の士郎を見る目は、完全に女が男を見る目である。女にモテる慎二には分かる、アレは完全にロックオンしている目だと。血の繋がりはないらしいから全然セーフではあるのだが、滅茶苦茶ヤバいのは先輩は姉としてしか気にしていない、といったスタンスなことだ。
無自覚な恋をしてる微笑ましい女――浅く見ればそんなもの。恋に恋するお年頃と思えなくもないのだが、生憎と他人に説明をするのが苦手な、説得力がないバージョンのホームズめいた慎二は直感的に悟っていた。アレは、そんな可愛げのある女ではない、と。
普通の大人、凡人な大衆とは異なる、本物の天才である慎二には分かった。
アレは自覚したら最後、
洞察力こそ超一級ではあっても、慎二は真っ当で平凡な結論を下した。
慎二には年相応に刺激を求める側面はあるものの、地雷めいた女の面倒臭さを知る身としては、なるべく関わらないのが一番だと理解しているのだ。
というかそんな身内を持つ相手とは、早々に縁を切るのが大吉だろう。そんなこと、誰かに指摘されるまでもない。幸いというか――いや業腹なのが、慎二から接触を絶つと士郎とは自然と疎遠になると容易く予想がつく。アイツはどうにも不幸になりたがりで、自分は孤立しているのが当然だと考えている節があるからだ。放っておいたら人助けついでに死んでしまいそうである。
だから、慎二は士郎とつるんでいる。
だって気に食わないのだ。
慎二は我慢した。うんっと我慢した。多分、人生で一番忍耐を振り絞った。
一年、二年と士郎とつるんでいく中で、士郎が破綻した人間――人間のふりをしているロボットめいた奴だと気づいていき。士郎の中で慎二と赤の他人の価値が等価であることを悟っても。根気強く士郎の中の特別に――友人だと認められようと付き合った。
だが、無駄だった。士郎はあくまで顔も名前も知らないような奴とか、性根が腐っている奴とかと、慎二が同価値の存在として扱っていた。――あるいは慎二に、魔術などの知識があって。自分は選ばれた存在で特別な人間なんだという自尊心があれば、ここまで士郎に認められようと拘らなかったかもしれないが。そんなたらればを論じる意味はなく、事実として――
――衛宮士郎は、間桐慎二の価値を、認めなかったのだ。
「なあ、衛宮」
ムカついた。
「ん。なんだ、慎二」
ムカついた。ブッチンとキレた。堪忍袋の緒が切れて。
これが最後通牒だと、縁切り絶交の瀬戸際だと暗に告げることにした。
「オマエ、その『世界一自分が不幸なんです』って面やめろよ。辛気臭い上に鬱陶しいから」
「……は?」
ムカついたから、喧嘩を売るのだ。
らしくないにも程がある。この修行マニアの自虐趣味野郎に、頭脳派の慎二では歯が立たないとは目に見えているのに。痛いのは嫌だなぁ、とは思うも、慎二は本当にらしくなく本気だった。
中学三年生の頃、またぞろ同級生に役割を押し付けられ、一人黙々と仕事を熟す士郎を慎二は心底から侮蔑した。困惑する士郎だったが、慎二は構わずに続ける。
僕がオマエを認めてやってるんだ、いい加減オマエも僕を認めろよ――なんてことは言葉にしないけれど。頭の悪い馬鹿に、自分は馬鹿なんだと分からせてやらないといけない気がした。
「なんだよ急に。俺は別に不幸だなんて思ってないぞ。これだって好きでやってることだ」
「嘘吐くなって。僕はまるっとお見通しなんだぜ? 不幸な自分に酔ってんのは結構だけどさ、それで他人を蔑ろにしてるようじゃ面倒臭い構ってちゃんにしか見えないって分かってる? ウザいんだよ――
「――――」
核心に触れられるとは思わなかったのか。それとも自覚がなかったのか。
息を呑み、言葉を失った士郎を、慎二は心底から軽蔑する。
――二人の少年以外、誰もいない夕暮れの教室。慎二は、本気だ。
「無駄に自分を傷つけて、他人の苦労を肩代わりして罪滅ぼししてますみたいな態度でさ。自分なんかにダチがいるのはおかしい、自分は孤独じゃないといけない、なんて。全部その仏頂面に出てるのに気づいてる? そういうのさ、普通に考えてオマエの親とか、姉貴とか妹とか、幼馴染とか……ああ、いや、この僕に対して失礼だって分かってんの?」
「……それは」
「分かってないだろ。オマエ、今まで僕が、何回オマエを遊びに誘ってやったか覚えてる? 五回だ。たった五回。でもその度に、オマエさ、何かと理由を付けて断ったよね。やれ修行がある、勉強しないといけない、クラスメイトに仕事を頼まれた……馬鹿にしてんの? 二年だよ二年。二年も交友のあるこの僕の誘いに、一度も応じないとかオマエどうなってんだよ」
「……悪い」
「悪いって思ってないだろ。つまるところさ、衛宮、オマエ……そこらを歩いてる他人と、この僕を比べてさ……どっちも同じ価値しか感じてないんだろ。……馬鹿にするのも大概にしろよ」
剣呑に吐き捨てられ、士郎は今更ながら慎二の正しさを悟った。
そして、慎二が想像以上に、自分をよく見ていたのだ、と。
自分ですら気づいていない――否、見詰めていなかった核心に、慎二が辿り着いているのだと。
「なあ衛宮。一度しか言わないからよく聞いとけよ。僕のことはおろか、身内まで他人と同価値に据えてるような糞馬鹿野郎のオマエに、当たり前のことを教えてやる」
「……なんだよ」
「オマエが、オマエを、自分で蔑ろにしてんのはさ、周りの奴らまでゴミみたいな価値しかないって思ってる証拠になるんだぜ。衛宮、オマエの自慰みたいな不幸自慢に、僕を巻き込むなよ」
――カチンと、きた。
図星をつかれたからか。それとも、別の意味があるのか。分からないが、頭にくる台詞だった。
士郎は立ち上がって慎二を睨む。慎二は最初から士郎を睨んでいた。
「……慎二。訂正しろ」
「は? 何をだよ」
「俺の周りの人に、価値がないなんてことは絶対にない!」
「あっそう。で、その周りの奴ってのに、僕は入ってんの?」
「入ってるに決まってるだろ!」
「――嘘吐いてんじゃねぇよッ!!」
士郎から見たら突如。
しかし、慎二にとっては当然の流れで、慎二は激高し士郎の顔面に拳を叩きつけていた。士郎には慎二の拳は止まって見えていた。それでも敢えて受けたのは、避けたらいけない気がしたからだ。
堪らず仰け反った士郎を他所に、恐らくはじめて人を殴っただろう慎二は、殴った拳を痛そうにしていた。それでも、怒りを露わに睨む目から力は失われない。
「アッタマきた。頭にきた。ああもうダメだわ。許せない。僕の時間返せよ、僕の二年間を返せクソ野郎。時間を無駄にした、もうウンザリだ。こんな馬鹿に関わった僕も馬鹿だったよ」
「お、おい慎二……」
「うるさい気安く名前で呼ぶな話し掛けるなこっち見るな、オマエがその気ならもういいよ、金輪際僕からオマエに話しかけたりなんかするもんか。ふざけんな、人を馬鹿にすんのも大概にしろ」
慎二はキレていた。上っ面だけの言葉に、本気で激怒していた。
鼻息荒く教室を後にし、呼び止めようとする声を無視し、肩を掴もうとする手を躱した。
士郎は慎二が怒った理由が分からなくて呆然とする。ただただ教室に一人きりで残されて。
呆然としたまま、友人が怒っている理由を考えた。
「――あーあ。あーあ、ですね。センパイ」
ひょっこりと顔を出した幼馴染に、士郎は愕然としたまま目を向けた。
言峰カレンは、にっこりと機嫌良さげに――いいものを見たとでも言うように、微笑んでいた。
数年来の友人と破局した場面は、彼女にとって愉しいものなのだ。
だが、だからこそ、聖人を父に持つ彼女もまた聖女なのである。
カレンは、にっこりと微笑みながら士郎に手を伸ばす。
長年着手していた、衛宮士郎真人間化計画が、ポッと出のワカメ頭に加速させられた失態を悔やみつつも、どうせなら協力してもらおうと打算を張り巡らせつつ、聖女は子羊に歩み寄る。
「こんなことになっても、まだ自分の何が悪いか分からないバカなセンパイ。相談があるなら、この私が聞いてあげますよ?」
慎二を綺麗にし過ぎたかなと思うも、魔術とか桜とかがいない慎二は、割と唯一の友人には執着するかなと思いこんな感じになりました。