転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話 作:飴玉鉛
言峰カレンにとって最も幸運だったのは、祖父の言峰璃正と出会えたことだろう。
嘗てはともかく、カレンの知る祖父は立派な聖職者だった。信仰の道を強要することはなく、生き方を強制しようとすることもなく、無条件に孫娘を肯定し、されど過ちは正しく指摘する。
そんな、本当の意味で優しい人だった。
甘いだけではなく厳しさもあり、彼は心の底からカレンの成長を願っていた。純粋にカレンの幸せを祈り、カレンから求められない限り助言もしようとはしない。決して過保護にはならず、カレンの自主性と自己肯定感を高めることに腐心して、子供に必要な言葉と愛情を惜しまず注いでくれた。彼ほど立派な大人はいないと、カレンは今でも強く確信している。
カレンの性は親に由来するが、育まれた精神性と在り方の根幹には間違いなく祖父がいる。百の言葉を費やすまでもなく、カレンが祖父に対して懐く想いは一言に集約できた。お祖父様を、心から尊敬しています、と。人としても、聖職者としても。
だから必然である。カレンはお祖父ちゃんっ子になった。たとえどんな時だろうと、祖父の言葉にだけは真剣に耳を傾け、自分なりに咀嚼し、自分なりに取り入れるようになったのだ。そんな祖父の遺した一つの金言を、自らの人生の指針にするほどに。
『欲しいものがなんでも手に入るのが幸せとは限らない。カレン、私はお前が手に入らないものの為に祈れるようになることを願う。真心とはそういうものだからだ』
『いつかお前も誰かに恋をし、或いは愛するようになるかもしれない。だがその人の幸福を心から祈れるようになれていれば、言峰カレンという人間は人生で何も失うことはないだろう。得られるだけの、満たされた人生になる』
祖父は去年、亡くなった。ベッドの上で大往生を遂げた祖父が、最後に遺した言葉がそれである。
不思議とその言葉が頭から離れなかった。なぜなら祖父の没後、暫くは心が沈み、毎日を祖父の冥福を祈ることに費やしていると、祖父の言葉に嘘があると思ったからだ。
だってカレンは失ったのである。人生で最も尊敬している人を、死別という形で。得られるだけの人生なんてないと、強く思った。そして――きっと、嘘だからこそ真理なのだとも思った。
『お前は何を嘆く。なぜ嘆く。父上――お前の祖父の遺した言葉と、そしてその記憶はお前の中に残り続けているのだろう』
非常に癪だったが、父の言葉で蒙が啓かれたのだ。祖父は亡くなった、けれど祖父と過ごした時間は決してなくならない。今もカレンの中で、祖父の言葉と、思い出は生き続けている。
なら――嘆かなくてもいいのだ。悲しみこそすれ、死別して嘘を吐かれたと思い、祖父を否定なんかしては、それこそ大事な思い出を否定することに他ならない。
「ふふ……」
だから、カレンは別に、衛宮士郎の心を手に入れることに、決して執着などしていなかった。
士郎は父に引き合わされた少年だ。お前の夫になるかもしれない少年だ、許嫁に近いだろうと父に言われ、気に食わない父の思惑を潰すために、当初は士郎を否定してやろうとしたものだ。
だがカレンは士郎を気に入った。
はじめはなんでも我儘を聞いてくれる、弄り甲斐のあるオモチャとして。
父に鍛えられる中で、歪んだひたむきさを発露しているのを見てからは、面白い少年として。
士郎が自己犠牲に腐心する様を見てからは、なんだか気に入らない存在として。
気に入らないのに気に入ったのだ。たぶん、自分よりも早く、祖父の最後の言葉を体現しているその少年が――その実、何よりも裏切っている在り方に感じるものがあったのだと思う。
カレンは微笑んだ。彼のために祈れるかと問われたら、カレンは祈れると断言できるだろう。自分が士郎に恋しているのかは知らない。愛してはいないと思うが、慈しんではいると思う。どこかが壊れているこの少年の心を修復してやれたなら、自分は何かを得られるはずだという確信があるのだ。その何かをカレンは求めている。それはきっと、とても尊いものであるはずだから。
――まあ。仮にカレンと士郎が恋仲になれば、とある二人の幼馴染の、面白い顔が見られるだろうとは思うけれども。今はそんなことはどうでもいいとも思っている。今優先すべきは、そんなことなんかではないと分かっていた。
「間桐先輩、随分とイイ性格をしたヒトなんですね」
間桐慎二。士郎と同い年の、現状だと士郎の唯一の友人。彼はなぜかカレンや桜、イリヤを見ると嫌な顔をして離れていくため、まともに会話したことはない。だが士郎みたいな破綻したヒトと交友を持ち、友人になっているのだから変わり者だろうと思っていた。
だが意外や意外、慎二は予想よりも遥かにまともで、遥かに善良だった。普通なら気づくはずもない士郎の破綻に気づき、わざわざそれを指摘してくれた挙げ句、自身に損しかないはずの立ち回りをしてくれている。本当に、士郎にとって得難い友人だろう。
間桐慎二は多くの人が得ることなく終わる、『本当の友』に成れるヒトだ。性格的な相性さえ合えばだが。そんな稀有な人と士郎が関われたのは、とても幸運なことであるとカレンは思う。
「果たしてシロウさん――センパイは、あの人と仲直りできるのでしょうか。ふふ……私には分からないけれど、主に……いいえ、お祖父様に祈るぐらいはしてあげますよ、センパイ」
教室から飛び出していく士郎の背中を見送りながら、カレンは独語する。
士郎に相談を受け……というより、半ば無理に本心を聞き出したカレンは、士郎へ自分なりの意見を伝え助言を与えた。果たして上手くいくかは分からないが、いい方向に転がればいいと思う。
今日は焼き肉だ。父に影響されて好物が一緒になったのは気に食わないが、食べ物に罪はない。慎二と士郎が仲違いする場面を思い返しながら食べれば、きっとかなり美味に感じられるだろう。
人の不幸は蜜の味。幸せがあればブチ壊してやりたくなるが、壊れたなら直してやるのが信条だ。なんせ直したらまた壊せるし、壊したらまた直せる。実に有意義だった。
性悪な自覚はある。だけどやめられないし、そもそもやめる気もない。
カレンは今、十三歳だ。同級生の友人達の恋愛模様に助言して、仲を成立させる名人として頼られるようになっている。両者の間にある陥穽を意図して見過ごし、最終的には破局させることに愉悦する性悪娘であるが、慰めて次の恋に目を向かせる名人でもあった。
同級生女子の中心的存在になっているカレンにとって、そうしたお遊びが一番の趣味で。浅い経験値だが、積み上げたノウハウを駆使すれば、同年代の少年少女に限り、その人間関係の一つや二つは壊すも直すも自由自在である。
最後に幸せになっていたらオールオッケー。そんな信念の下、彼女は士郎の最初にして最後になるかもしれない友人と、仲直りができるように真摯に祈ることにしていた。
そんなカレンが今現在、餌食にしている相手がいる。
「んぅぅっ! 美味っしいわねこれ!」
今回焼き肉に誘った、一つ年上の友人だ。カレンの奢りということもあり、タダ飯にありついているその少女は極貧生活に身をやつしている。
頬を押さえて感激しているその少女は魔術師だ。カレンとの関係は、同じ師から八極拳を指導されている姉妹弟子というもの。
彼女は金食い虫の宝石魔術を修めており、一般人からすれば豊富な収入源を有しているものの、宝石魔術の研究のために莫大な資金を必要としている為、日々の生活費を切り詰めなければならないほどに困窮している。というのも、彼女の収入源は父の遺した魔術特許料と、幾らかの事業のテナント料しかないのだ。テナント料の大部分をどこぞの魔術師殺しに奪われているのである。
彼女――冬木のセカンド・オーナー、遠坂凛は自身の貧しさの元凶が、魔術師殺しにあることを知らずにいる。親の仇であることも知らない。おまけに後見人である言峰綺礼の弟子に、仇の養子である衛宮士郎がいることも知らないのだ。そんな彼女が極貧生活をしているというだけで、凛が過ごす日々を見守るだけで愉悦している綺礼の本性にも気づいていなかった。
「そうでしょう。この店はあの男のいきつけであることを除けば、文句のつけようがない名店ですからね。出される肉の質も素晴らしいと思いますよ」
カレンにとって凛は生きているだけで、関わっているだけで面白い人である。背景を知っていればこれほど愉快なことはあるまい。故にカレンは、凛に愉しませてもらっているお礼に、たまにこうしてご馳走してあげることにしているのだ。対面で食事すれば飯が美味いという悪趣味さの発露でもあるが、なんだかんだ凛が幸せならそれでいいだろうと理論武装もしている。
「……毎回毎回、悪いわねカレン。はぁ……後輩にご飯を奢らせるなんて、こんなの全然優雅じゃないわ」
「ですね。そんなトオサカ先輩が学校だとマドンナ扱いされて、淑女みたいに振る舞っているのを見ると、笑いが込み上げてしまい堪えるのが大変ですよ」
「あんた相変わらず性格悪いわね……でも何も言い返せないわ……あー肉が美味しい」
包み隠さず本音で話すと、凛はジト目でカレンを睨む。だが現状だとぐうの音も出ないのだ。凛は家訓である『(前略)優雅たれ』を律儀に守る、根が真面目でひたむきな少女だが、こうして地を出して話せるのは、本性を知っている長い付き合いのカレンぐらいのもの。なんだかんだで親身であり、何かと助けてくれる年下のカレンを、凛は幼馴染としても友人としても信頼していた。
いわゆる気の置けない友人というやつだろう。にこにこしながら焼き肉に興じるカレンとの時間が、凛は決して嫌いではない。八極拳での腕はほぼ互角で、学年の差を考慮しなければ勉学でも対等なのだ。凛にとってカレンは得難い存在であり、父の死後から儚くなった母のこともあって、カレンといる時間が数少ない気が休まる瞬間になっていた。
カレンもまた、凛を良き友人だと思っている。あくまで彼女なりに。知らない方が幸せな真実というものはあるのだと、凛を通して学んだりもした。何より全く魔術師らしくない凛の気質が、なぜだかカレンの琴線に触れている。たとえば、
「――ねえ、カレン。桜は元気にしてる?」
ふと、凛がそう訊ねてくる。彼女は血を分けた実の妹、桜の近況を時折聞いてくるのだ。
そうした部分も、カレンは気に入っている。
「ええ、とても。元気過ぎて、年々フィジカル面でも手強くなってますよ」
「そ。ならいいわ」
なんだか寂しそうに聞いてくる凛の顔を見ていると、肉が美味くて仕方がない。なんだか味のグレードが上がっている気がしてくるのだ。
――クッ! この肉汁が私を狂わせるんです……!
それはそれとして、桜が本気で手強いのは事実だ。物理的に。
ファザコンでありブラコンでもある桜は、幼少期の荒療治の結果、日常的に鍛錬を積むようになった修行マニア二号機である。久宇舞弥を母親代わり兼、師匠として格闘術を学び、効率的に人体を破壊する技能を修めていた。対人戦に限定するのなら、マジカル八極拳とロンドンのエルメロイⅡ世に称された拳法の使い手である、カレンや凛よりもやや上手かもしれない。
他にも銃器に纏わる技能や知識にも造詣が深い。どこを目指しているのか分からない――いや普通に切嗣を目指しているのだろうが――乙女としてどうなんだと思わなくもない、迷走気味な少女が衛宮桜である。本気でやり合うとなれば、カレンも父親仕込みの代行者スタイルを披露するしかなくなるだろう。士郎が関わると、ちょっと面白すぎて永遠にからかいたくなるほどだ。
凛が綺礼から聞かされている桜の背景は以下の通り。聖杯戦争で間桐が壊滅し、身柄が宙ぶらりんになった桜を、衛宮家が保護した。衛宮家が桜をどうするかは、自分や娘のカレンで見張ることにしている――というもの。全て事実であり、凛は割と素直にそれを信じた。
一応、彼女も遠目に桜を見守ってはいたそうだが、桜が幸せそうにしているのを見て関わらないようにしているのだ。だから身近で桜の友人をしているカレンに、時々近況を聞きたがる。遠慮なく話しかければいいというのに、それをせずにいてしまうのは、『遠坂家から養子に出されてしまった妹』を、彼女が可哀想に思ってしまっているせいかもしれない。
むしろ可哀想なのは遠坂先輩ですよとは言わないカレンである。間桐家で桜がどう過ごしていたかなんて知らないが、少なくとも今現在の状況だけを切り取って見ていると、桜の方が何不自由なく充実した日々を送れているはずだ。――やはり凛と食べるご飯は美味い。
とはいえ自分ばかり楽しんでいても悪い。焼き肉を奢ってはいるが、これではまるで釣り合いが取れていないと思うのだ。なんだかんだ天秤の傾きを対等に保つ努力はする主義である。
よってカレンは凛に伝えておくことにした。
「――ああ、そういえばトオサカ先輩に伝えておこうと思っていたことがあるんです」
「なによ?」
楚々として微笑むカレンの口の端にはソースがついている。
それに気づいた凛は半笑いになりつつ応じた。
「あの男から聞いたのですが、あと数年以内に聖杯戦争が始まるそうです」
「……なんですって? 普通なら後五十年は無いはずじゃ……いやそうじゃないわ。なぜ後数年で聖杯戦争が開催されるのか、それをどうやって判定したのか、気になる点は色々あるけど……それが分かってるならなんでアイツは私に何も言わないのよ」
「さあ。あの男のことです、どうせいざその時が来たら、慌てふためくトオサカ先輩の顔を見物したかったんじゃないでしょうか」
「……有り得るわね。性根が腐ってるわ」
苦虫を噛み潰したような顔をする凛の口の端にソースがついている。
それに気づいたカレンは、半笑いになりつつ凛の反応を楽しんだ。
綺礼という性格が終わってる男を貶し、ついでに自身への信頼を深めさせる策だ。カレンは何気ないところから、こうして凛から気に入られようと努力をしていた。
カレンがなぜ聖杯戦争のことを知っているかというと、綺礼が言っていたからだ。その時が来る前にカレンを海外に留学させると。帰ってくる頃には全てが終わっているようにする為だと。
色々と嫌がらせばかりしてくるクソみたいな父親だが、命の危険が少しでもあると、父親面をして安全圏に送り届けようとするのがあの男だ。間桐は魔術回路が枯れ果てている為、間桐からマスターが出ることはないだろうから、代わりのマスターとしてカレンが選出された場合は、綺礼が令呪を摘出し、自身がマスターになるつもりらしい。本当に――嫌な男だ。
「感謝するわ、カレン。今の内から準備に時間を割けるなら、重畳という他にないしね」
「ですか。でも気をつけてくださいね、トオサカ先輩。普通に戦おうとしたら多分、トオサカ先輩は意外とあっさり殺されてしまいますし」
「……どういうことよ、それ。私が簡単に遅れを取るとでも?」
「さあ? 理由は自分で調べたり、考えたりしてください。これ以上は情報をあげ過ぎです」
「……その口振り、あんたが監督役になるの?」
「まさか。今回はあの男が監督役ですよ。おまけに前回の反省を活かして、神秘の秘匿のために、聖堂教会からは騎士団が派遣されてくることになっていますしね」
「げっ」
露骨に嫌そうな顔をする凛に、カレンは思う。彼女にはもっと愉しませてほしいのだ、こんなところで死んでほしくはない。だから助言はするが、陣営的に言うとカレンも『衛宮陣営』である。
敵対陣営である遠坂を、取り込めるかはここ数年の働きに掛かっているだろう。カレンから見た凛ならば、聖杯の事情を知ればすんなり味方にできそうなものだが――何を考えているのやら。
綺礼あたりがまたぞろ悪巧みでもしているのだろうか。それとも――何か別の思惑があるのか?
ともあれあの衛宮切嗣が、『遠坂家の娘には余計なことは言うな』と言っていたのだ。きっと何か特別な事情があるのは確かだろう。その事情を教えられていないのは不満だし、調べる術もないのは歯痒いが……少なくとも衛宮切嗣は、無駄なことをする男ではない。
なら――
(――衛宮切嗣と、あの男。そしてアーチボルトさんの三人がいてなお、油断ならない事態を察知しているということなんでしょう。……死なないで下さいね、トオサカ先輩。貴女のこと、私は私なりに気に入ってるんですから)
カレンは内心、そうひとりごちた。