転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話 作:飴玉鉛
前日談。桜と、桜の――
「心して聞き給え。サクラくん、君の魔術属性は『架空元素・虚数』という、極めて稀なものだ」
養父ほどではないが、素直に尊敬する魔術の先生はそう言った。
険しい表情である。同時に憐れむような、それでいて妬むような、羨むような眼差しをしていた。
「君は魔術師の家門の庇護がなければ、善からぬモノに付け狙われ破滅するだろう。そういう点で言えば君は幸運だ、この私に教えを請える立場にいるのだからね」
幸運。幸運、なのだろうか。
桜の中の卑屈な部分が鎌首を擡げるも、直後に脳裏へ蘇る二つの顔が、桜の負の感情を否定する。
確かに幸運だと桜は認めた。とても凄い先生――かつて自分の父親
養父の知り得る中で、最も優れた魔術師の一人とまで言われる先生を、桜は尊敬している。その先生は桜に魔術の指導を施してくれるのだ、心から感謝を捧げるのに迷いはなかった。
「サクラくんの魔術回路はメインが四十、サブがそれぞれ三十。経過を見るに魔力容量の半分程度なら一日と少しで回復するだろう。君の霊体が最高潮となるのは――魔術師として最高の魔力を発揮できる時間帯は午後二時だろう」
――先生も桜も知り得ないことだったが、桜の実姉もまた同等の魔術回路、魔力量を誇る。そして絶好調になる時間帯もまた
そんなことは露知らず、先生は至極丁寧に幼い桜に進むべき道を指し示す。
「架空元素には二種類ある。虚と無だ。サクラくんは前者で、これは『魔術が定義するものとしては有り得るが、物質界に無いもの』を指す。分かりやすい例が影だ。これで何ができるかといえば、そうだね――指定した領域に拡張・展開した影を媒介に、呑み込んだ物質・魔術を別の指定した影空間から吐き出し、事実上無効化、あるいはカウンターとして使用できる」
人間の限界を超えた膨大な魔力があれば、現時点の桜でも行使は可能だという。しかしそんな力技は外部から供給される、埒外の魔力がない限りは不可能らしい。故に、桜が独力でその魔術を行使するには、血の滲むような鍛錬を十年単位で積まなければならないようだ。
それが出来れば魔術師として一流である。そこまで至った技量があるなら、他の形で応用しても相応の効果を伴った魔術を望める。そこが一先ずのゴールとして指定できる地点だ。
他にも触れた相手の魔力を奪うことも可能だと告げられるのを、桜は生真面目にノートに記しながら聞いていた。先生はなおも続ける。あくまで机上の空論だがね、と前置きをして。
「虚数属性の魔術の窮極は、物質を時空間を超えて移動させること、存在はするが存在しないものに干渉すること、だろうね。前者は時計塔の天体科を支配するロード、アニムスフィアの論文、レイシフトとやらで自らを過去の時代に移動させるなど――魔法に等しい奇跡を可能とするらしい。幾ら机上の空論とはいえ夢のある話だ、人の身に成し得る業ではないが……たとえばサクラくんが再現できるだろう範囲としては、自らの死をトリガーとした縛りを加え、大魔術を起動し半日前の自身に情報を送信する、などだろう」
それは……凄すぎる。そんなことが可能なのか? 桜のそんな疑問に、先生は苦笑した。
「もちろん現実的ではない。だが君があと六十年生き、相応の技量と魔力を有して、自らの全てを使い潰せば可能と言えなくもないだろう。だが結局、費やすリソースと時間的な限界を見たら、ほとんど無意味に等しいがね。何せ老境に達した一流の魔術師としての君が、死を賭して情報を過去に送ろうと、自身が死亡するという結末自体は確定している。この因果を超えるのは不可能だ」
無論『不可能』な事象に挑戦するのも、魔術師としての姿勢に相応しいとは言える。だが、無駄は無駄だ。これを覆し、無駄を有益に反転させたければ、それこそ聖杯などによる莫大な魔力の後押しが不可欠となるだろう。試みとしては面白いものの、やはり徒労に終わる可能性は限りなく高いと言える。よってこの話で重要となってくるのは、そうした方向性での魔術を修めることだ。
つまり着目すべきは、虚数空間に於いて時空間は明確な輪郭を持たないという点。これを突き詰めていけば、非常に面白い魔術を開発し得る。時計塔の歴史時でも、上位百人に名を連ねるほどの偉大な魔術師になれる可能性が充分にあると言えた。
「そして後者。存在はするが存在しないモノへの干渉。サクラくん、君は存在するがしないモノと聞いて何を思い浮かべる?」
問われ、桜は思案した。これまで講義を受け、基本を学んできていた桜だ。自らが有する知識を総動員して、先生からの設問に立ち向かう。
――先生が仰っていたような、時間。それから……影、でしょうか。
桜が答えると、先生は首を左右に振って否定した。
「違う。正解は『意味』だ」
――意味?
「今の君には難しい学問だろうがね、世には『量子力学』と呼ばれるものがある。物質をミクロ視点で見れば、波としての性質を持つのが分かるのだ。波の性質を持つモノの挙動を記述するには波動方程式が使われ、この波動方程式を解けば実数の解の他に『虚数解』とやらが導き出される。この虚数解は意味のないもの――すなわち『無意味』として現実では捉えられるのだが、物理的には矛盾がなく、『虚数世界』があると考えることもできるだろう。そして虚数世界だと物質の速度は全て光速以上で、質量は虚数で表される。これはいわば『タキオンの世界』と呼ばれるものだ」
何を言っているのか全く分からない。分からないが、桜は先生の言わんとしていることを察した。
つまり、先生が言うところの量子力学とやらを学べということだ。
先生の講義は続く。
「タキオンとは常に光よりも速く移動する仮想的な粒子のことで、光より速い粒子は既知の物理法則と一致しない為、存在しないとされている。仮にそのような粒子が存在し、光よりも速い信号を送ることができたとすると、相対性理論が説く因果律に反することになり、論理的パラドックスが生じることになるのだ。故に、タキオンを含めた虚数は存在しないと言えるし、存在するとも言える性質を有する。これを『意味』として定義できると私は考えている」
――な、なるほど……?
「簡単に言うなら、実数世界――物質界で生じる現象の摩擦、排斥された不可思議、偶然要素、無駄で非生産的な事象を支配するということだ。干渉力を高めていけば、君は現実に存在する『意味の定義』が曖昧なものを、自らの望む輪郭に押し込められるという訳だね」
簡単に解説されても理解が追いつかない。しかし桜は必死にノートにペンを走らせた。
桜は理解していた。父親もどきの遠坂や、あの間桐しか魔術師を知らずにいた彼女でも分かることがあるのである。それは師を得ることの大変さだ。
養父は凄い人だけど、魔術師としては二流、三流らしい。養父の弟子である舞弥はそれ以下。他には目ぼしい人がいない。そんな中で、先生のような人に教えを請えるのは、まさに奇跡としか言いようがないほどの幸運なのだと、今の桜には断言できた。
先生は、勤勉で優秀な生徒が好きなのだろう。桜の様子を見て、二つの課題を出してくれた。
「サクラくん、君はこれから量子力学を学び給え。すぐに履修し終えろなどとは言わん、君なりのペースで学習していけばいい。虚数という属性への理解を深めるのだ」
――はい。
「そしてもう一つ。私の方で
――……はい?
「今の君に必要なのは、学習に活かす為の研究用礼装だ。そして護身用の使い魔も必要だろう。その二つを同時に得る為に、忠義心に厚く、親のように慕ってくれる動物を用意するのだ」
先生は言う。寿命を短く設定して生み出した犬を飼い、丁寧に世話をして、死ぬまで愛する。そしてその犬の死の間際に犬の影を切り離してしまうのだ。
切り離した影は本来の主の残留思念を宿す。影の犬は生前のように桜を慕って、忠実に仕える使い魔になるだろう。そして桜が死ぬその時まで、永遠に付き添ってくれるのだ。
影であり、桜の使い魔であるのなら、なんらかの触媒を介する限り不死となる。その性能も桜の魔術師としての力量が上がるのに比例して高まる。不死身の使い魔を、護身用・研究用の礼装として活用できるのだ。実に有意義な代物だろう。無論今の桜では作り出せない、故にその時に向けて学習を怠ってはならないし、その時は先生も協力してくれるそうだ。
虚数属性の研究に携われるのなら、多少の協力も吝かではないらしい。先生が魔術師らしいことを説くと、桜は感銘を受けた。それは、なんて――
――なんて素敵な魔術なんだろう。
死でもわかたれない絆だ。桜が死ぬまでずっと、片時も離れず一緒にいてくれるなんて、素敵過ぎて心が踊り狂いそうである。もしそれを独力で能うようになれたなら、桜はきっと。
きっと。きっと……? きっと、なんだというのか。
桜は咄嗟に考えるのをやめた。それは、いけないことだ。あってはならない結論で、在り方だ。
そんなものを桜は望まない。望んではならない。強く、強く、その思いを己に刻みつける。
刻みつけながら、桜は文字通り、魔術の修行に没頭していった。
――第五次聖杯戦争が、近づいている。
桜が高校一年生になった頃の話だ。彼女の手に、令呪の前兆である痣が現れたのだ。
他には義姉のイリヤスフィール、義兄の衛宮士郎にまで令呪の兆しが刻まれた。
それを知った時、桜は自身の腹が、ひどく疼いた気がして。
吐き気を、催した。
――養父は険しい顔をしていた。
自分達は聖杯に選ばれなかった。養父は令呪を自分や先生、神父さんに渡すようにと養子や実子に告げたが、誰も首を縦に振らなかった。何故? それはきっと、自分達が護られるだけの立場でいるのが嫌だったからだろう。それに今後の戦略を見据えるなら、養父達は手が空いているフリーの立場の方が都合がいい。そう言ったのは義姉だった。
戦略? どういう意味だろう。桜は何も聞かされていない。恐らく義兄も。義姉は父達の戦略を知っていたらしい、そして養父達は察知されているのを知らなかったようでとても驚いていた。
義姉の起源は『聖杯』だ。望んだ事象を、理論をすっ飛ばして、自らの魔力量で可能なら実現できてしまえるものらしい。それで父達の企みを盗み聞きしていたようだ。父や神父さんはともかく、あの先生の目をも欺けてしまえる義姉の力に桜も驚いた。
義姉の説得を受けて、渋々父達は納得した。
元より聖杯戦争中は表向きには全員敵対しているように立ち回るらしい。召喚される英霊達が、素直に協力してくれる保証がなく、外部から参加してくるマスターのサーヴァントを最優先で撃破さえしてしまえば、後は身内の誰が勝とうと問題ないからだとか。
最終目標は聖杯の破壊。その為に自分達の中で本命として召喚するのが、聖剣の鞘を触媒にして召喚する英霊、アーサー王らしい。アーサー王が来てくれたなら、これほど頼もしいことはないと養父達は口を揃えて言っていた。まるで知己であるかのように。
養父いわく、本来アーサー王は召喚が不可能な存在らしい。だが絶対に召喚されてくると断言した。矛盾しているがどういう訳があるのだろう……。
養父が言うには最初は召喚の現場に自分もいないといけないらしい。自分がそこにいて事情を話せば殺されることは防げるはずだと。いまいち腑に落ちない説明だったが、理解はした。
そしてアーサー王を召喚するのは義兄にするらしい。性格的相性として最適なのは義姉だが、義姉には別の大英雄を召喚してもらうつもりのようだ。それは魔力量的に義姉が最善らしい。
桜は縁召喚だ。触媒を用意するよりも、性格が一致した方が聖杯戦争では有利に働くからだとか。聖杯戦争の経験者がそう言うならその通りなのだろう。これにも納得した。
三人にはそれぞれフィクサーがつく。義姉には先生が、義兄には父が、桜には舞弥が。密に連絡を取り合い、アーサー王以外のサーヴァントには目的と互いの関係を伏せるらしい。
そうして敵を全て排除した後に、桜達のサーヴァント同士で戦ってもらう。それで聖杯戦争を終わりにするというのが大まかな目標だ。
全ての説明を聞いた上で、義兄が言った。
遠坂はどうするんだ? と。遠坂なら、事情を聞いたら味方してくれると思うぞ、と。それを聞いた桜は複雑な想いを懐くも、効率的には確かにそうした方がいいと思い同調した。
すると、養父は言った。
「――黄金のサーヴァント。前回の聖杯戦争で生き残っていたらしい、英雄王ギルガメッシュの存在を数年前から確認している。遠坂家に僕たちが接触できないように奴は妨害しているんだ」
何を目的にしているのかは不明だ。だがその不確定要素があるからこそ、養父達は手を空けておきたいのだという。いざという時に備え、様々な準備を整える必要があるから。
なら遠坂には学校で伝えたらいいんじゃないかと義兄が言うと、義姉が否定する。
「アイツ、宝具でリンを監視しているわ。ちょっと前に私が密かに接触して、話をしようとしたら殺気を向けられたの。たぶん……いいえ、絶対ね。たとえ人目があっても、アイツは私達がリンと同盟しようとしたら、周囲の人間ごと皆殺しにするつもりだわ」
なんのつもりかは知らないけどね、と義姉は言った。
どうやら実の姉は、味方にできないらしい。少なくとも今は。
それを聞いた桜は密かに落ち込んだ。実姉には別に隔意はないのだ、今まで向こうが勝手に負い目を感じて避けてきたから、桜も積極的に話しかけようとしていなかったものの、仲直りというわけではないが普通に話をしたいと思っていたのに。
今回の件で仲良くできるなら、それに越したことはないと感じたのだ。だから残念である。
ともあれ今は目の前のことに集中しよう。きっと、悪いことにはならないはずだ。
聖杯戦争なんて、自分達の人生の中では些末な出来事に過ぎないはずなのだから。
まだ聖杯戦争(ダイジェスト風味)は始まりません。
ちなみに本作のBADENDルートだと、士郎は一度も桜に殺されません。殺されませんが、BADENDルートの実に半数は、士郎やイリヤや切嗣や舞弥の最期で、どこからともなく現れた桜が家族の影と魂を確保したりします。やったね皆!死んでも一緒だよ!