転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話   作:飴玉鉛

41 / 53
お待たせしました。


幕間の物語。理想郷での召喚の一幕。

 

 

 

 

 

 傾城の美貌に憂いを浮かべ、形のいい頤に指を添えた美女が、憂鬱そうに溜息を溢した。

 彼女は全てを見ていた。冠位の資格たる千里眼こそ有さないものの、ホームグラウンドであれば冠位に匹敵する力を発揮できる魔女である。現世の様相を水鏡に映し、俯瞰するなど朝飯前だ。

 

 ――此処は、全てから遠い、理想の国。

 

 国民は僅かだ、両手の指で数えるより少ない。

 頻繁に招かれる英霊も、常駐する英霊も皆、古くからの臣下ばかりである。

 気候は穏やかで、空気は優しく、大地は豊かだ。太陽はなく、なのに明るい空間は闇のように甘く優しい。光のように明朗で、焚き火のように鎮静し、水のせせらぎのように深い世界だ。

 

 しかし世界の中心に建つ城塞は、過剰なほどの防備で固められている。

 

 主の心の清さと強さが強度となる理想城の城壁には、十二基からなる円卓聖槍(ラウンズ・ランス)が搭載され、傀儡兵を高度な魔術兵器として発展させたサーヴァント級の傀儡騎士を多数配備している。理想郷全土から集めた魔力の殆どを女王が統括し、自身に匹敵する自我なき分身を多数生み出して魔術結界を構築し常駐させていた。更に円卓の騎士達も英霊の座から、本体の魂を召喚が可能だ。

 たとえ世界が敵に回り、冠位英霊が七騎同時に襲い掛かってきても凌げるように――というコンセプトのもと作成されている防衛線である。実現は不可能だと分かってはいるが、仮に獣が複数単位で襲来しても跳ね除けられる防備を目指していた。

 全ては星の終わりまで揺り籠を守る為だ。愛する者の穏やかな終焉の為である。星の終わる時が自分達の終わりだと定めているのである。この決定を何者にも覆らせるつもりはなかった。

 

 そんな愛が惑星級に重い美女の名は、モルガン・ル・フェ。

 

 グレートブリテン建国神話における国母であり、英霊の座――境界記録帯――から自らの記録そのものを丸ごと切り取って、生前の全盛期と全く同じ姿と力を得て顕現した存在だ。

 現在は理想郷たるアヴァロンにて、夫である聖槍の神アーサーを依り代にしたサーヴァントという立場に収まっている。今や純粋な魔術の腕前は、千年を超える研鑽の末に魔法の域まで達し、平行世界からの干渉すら弾くまでになった時――花の魔女がこの世界に辿りつく可能性を、完全な零にしたのも今やいい思い出であった。

 

「……気に食わない」

 

 モルガンは全てを見ていた。とはいえ見ていたのは現世であり、無論現世の全てを見ていたわけではない。彼女の捉えた『全て』というのは、夫が参加した聖杯戦争とその後の顛末である。

 まさか人間如きが、人類悪たる獣への対抗策として世界そのものに用意されていた決戦術式『英霊召喚』を模倣し、聖杯戦争なる儀式を行なっていたとは予想外だ。大聖杯となったユスティーツァとやらは大した才能であり、冠位英霊を召喚する為の儀式を、人の規格に合わせグレードダウンさせたとはいえ、見事に再現したマキリも中々の才人だろう。

 そこに参加した夫の活躍も、息子や娘達と見守って野次を飛ばしたり、応援したり、批難したりと楽しませてもらった。現世に夫が関わるのは極めて稀であり、本体の夫も分霊が記録を持ち帰るのを楽しみにしていたものだ。――だからそこはいい。

 

 気に食わないのはそれ以後の顛末である。

 

 英雄王。人類最古の半神半人。彼がここに攻め寄せてくる可能性が発生してしまったのだ。

 無論防備に抜かりはない。完成を見ることなどなく、永久に発展させ続けるつもりの理想郷で、ギフトを与えた円卓の騎士達を一斉に召喚し、聖槍の神たる夫と自分が力を合わせれば、たとえ相手が何者でも相手になどならないと確信している。

 しかし万が一の可能性はおろか、そも攻め込まれる事態すら防ぐべきだと考える女王にとって、英雄王がアヴァロンに侵入できるだけの可能性を秘めているという事実すら看過できなかった。

 あまつさえ次の聖杯戦争で、モルガンの夫を頼ろうとしている人間がいるのも気に食わない。夫なら確かに味方してやるだろう、縁がある上に仕留めたと思っていた英雄王が健在と分かれば、今度こそ確実に息の根を止めてやると息巻くのが目に見えている。

 

 だが、駄目だ。モルガンは夫の現界を許可しない。理由は二つある。

 

 一つは、単純に危険だからだ。夫は聖杯戦争に参加する時サーヴァントの殻を被り、本体と繋がりのある分霊となる。その繋がりを英雄王に辿られないという保証はない。

 もう一つは、嫉妬だ。醜い独占欲と笑わば笑え。夫と親しくしていいのは自分と、家族と、臣下のみである。それ以外に関わるのは容認できない。――というのは建前で。いや本音ではあるが、本当の理由は『聖槍の神』を刺激するべきではないからだ。

 『聖槍の神』の性格は、大部分が人間時代と大差ない。だがしかし、人間ではないのだ。しかも人の信仰に左右されるような、脆弱な『神霊』如きとは比較にもならぬ生きた神そのものである。故にこそ神らしい傲慢さ、自分本位な側面が大幅に肥大化しているのだ。

 家族や臣下相手だと、そうした面は出てこない。しかしそれ以外には、人間時代の人間らしい理性や自重を期待するのは愚かである。下手に外界への関心を持てば、夫を止められる自信がモルガンにもないのだ。今の夫が大人しいのは聖杯戦争に纏わる因果が終わったと思っているからであり、終わっていないと分かれば喜々として外界に打って出る可能性すらあった。

 

 もう、神代ではない。流石にそんな阿呆な真似をするはずがない。――そんな希望的観測をするほどに、モルガンは夫の力を理解できていないわけではなかった。何せ夫は『聖槍の』神なのだ。

 最強の聖槍ロンゴミニアドは嵐の錨である。位相を固定するなど機能の一つに過ぎない。夫がその気になれば、現代であろうと問題なく現界できるのだ。――現世の一部に聖槍を展開して、聖槍の殻の内部を特異点と化すことで。そうして一時のみに限定し、現世に顕現し英雄王を討ちに出ることは充分に可能だとモルガンは見ていた。

 

 だが、可能だからと無駄なリスクを負うのを、馬鹿みたいに見過ごす女王でもない。実際に戦闘を見ていたモルガンの試算で、夫が敗れる可能性は限りなく零に近いが完全な零ではなく。特異点なんて物を作ってしまえば間違いなく抑止力が本気を出してくるだろう。抑止力を相手にしても遅れを取るつもりはないが、物事に絶対はない。やはり無駄なリスクを背負うのは避けるべきだ。

 

 ――こんな道理を弁えぬ夫ではない。だが夫は潔癖が過ぎる神格だ。零から百にまで一気に傾く極端さもあり、仕損じた相手を見逃すことや、やり残した仕事を見過ごすことに、我慢が利かない可能性は充分に高い。()()()()()()は承知の上で無茶をしかねないのだ。

 そう、多少、なのである。モルガンの懸念や危惧が、夫にとっては『多少』でしかない。この危機対策に関する意識のズレこそが、聖槍の神の最大の弱点なのだ。モルガンには断言できる。少なくとも人間時代の夫の方が、危機管理能力は数段上であろう、と。

 

(――我が夫の神核と、聖槍の解析も済ませた。人間時代の人格へ完全に回帰させる研究も佳境に入ろうとしているのに、我が夫の心を無駄に掻き回す事態に関わらせてなるものですか)

 

 モルガンは忌々しげに内心吐き捨て、ちらりと理想城の広間を見る。

 そこには夫と子供達がいた。

 最近現世でモルガンが盗み見て、再現してみたテレビゲームとやらに熱中する家族だ。格闘ゲームとやらでハメ技なる外道戦法を用い、全員に連勝している夫に子供達の批難が殺到している。

 

「………」

 

 相好を緩め、すぐに引き締めた。

 

 夫にはあのままで――人間らしい姿でいてもらう。仕事などさせるものか。

 とはいえ夫の分霊が与えた『聖剣の鞘』の複製品があれば、あの人間達は確実に召喚しようとするだろう。モルガンが同じ立場でもそうする。我が夫ほど頼りになる人なんていないからだ。

 夫が召喚を感知しないわけがない。ならば、どうする? 決まっている。夫が感知する前に、事を済ませてしまえばいい。そのためにやるべきことなど自明であった。

 

「――アルトリア」

「んー?」

 

 髪を下ろした平服姿のアルトリアが、モルガンの呼びかけに反応して振り返る。

 彼女は一旦ゲームから離れ、休憩の為に水を飲みに来たのだ。ちらりと見ると、バーヴァンシーが奇声を発しながらコントローラーにコマンドを入力している。夫は――こちらを見ていない。子供達の相手をするのに、よそ事に意識を割く夫ではなかった。

 今だと思う。モルガンは密かにアルトリアに言った。

 

「以前我が夫が参戦した、聖杯戦争なる儀式の顛末は聞いているな。お前もアレに参加しなさい」

「え。嫌なんですけど」

 

 即答で拒否するアルトリアに、まあそうだろうなと思う。ノリノリで参戦するのはモードレッドぐらいなもので、気分次第でウッドワスが参加する可能性があるぐらいだ。バーヴァンシーやアルトリアにわざわざ荒事に首を突っ込む趣味はない。そんなことは承知している。

 だが拒否される訳にはいかないのだ。嘆息して説得に移る。

 

「現世にお前を召喚できる触媒がある。我が夫がまた参加する事になるのはマズい。私の言いたいことが分かるな?」

「いや分かんないよ。別に戦争なんかに興味ないし。ていうか私も暇じゃないよ? あのバカ親父をぎったんぎったんにしてやらないとだし、聖杯戦争とかいう物騒なのに関わりたくない」

「アルトリア、父を捕まえてバカとはなんだ、バカとは」

「バカ親父だよあのヒト。格ゲーで権能全開にして勝ちに来るとか大人気ないにも程があるし」

 

 聖杯戦争より格ゲーだと鼻息を荒くし、負け越している戦績を気にしている様子の娘にモルガンは溜息を吐いた。

 アルトリアは口が悪くなった。態度も悪くなった。どうしてこんな粗暴な娘になったのだろう、昔はまだ素直だったはずなのに。内心嘆きながらも、モルガンは説得を続ける。

 幸い、アルトリアのツボは心得ていた。

 

「以前の聖杯戦争で我が夫と互角に戦い、我が夫が討ち漏らした敵がいると言ってもか?」

「――へぇ。ちょっと興味出てきたかも。ね、モルガン。もう少し詳しく聞いていい?」

 

 母を呼び捨てにするバカ娘はこの子だけだ。自身の出生を知り、女王として経験を積み、荒みに荒んだアルトリアは完全にグレていた。過保護なアーサーに辟易しており、自分達が何を言っても意思を曲げないのでモルガンも諦めている。

 というかアルトリアは、夫のことを父親だと認めてはいるが、母親らしいことをしたことがないモルガンを、生みの親としか思っていない節がある。それに関してはぐうの音も出ないので、モルガンから窘めたり叱りつけたりすることは出来ずにいた。

 

「……という訳だ。理解できたか?」

「あぁ、うん。人間だった時はともかく、今のバカ親父ならやりかねないね。分かった、私が行けばいいんでしょ。それに人間バージョンのバカ親父が仕留め損ねた奴を私が討てば、私の方がバカ親父より強いって証明になるし」

 

 生前、何かにつけて両親と比較されていたアルトリアは、親を超えることに意欲的だった。千年以上も緩い反抗期が継続しているアルトリアなら、英雄王の打倒にやる気を出すと分かっていた。

 やる気になってくれたアルトリアに、モルガンは言い聞かせる。

 

「やるべきことは分かっているな? 英雄王の打倒、今後の召喚を避ける為の聖杯の解体、触媒の回収だ。抜かることは許さん、やれるなアルトリア」

「誰に言ってるんだか。――えぇっと、私のクラスはセイバーかキャスター。なら持っていける武器は剣を中心にした方がいいよね。アヴァロンと、エクスカリバーをはじめとした聖剣各種六丁。それから……たぶん固有結界も宝具として登録されるかな?」

 

 やる気になった途端に過剰戦力を惜しげもなく投入するあたりは、モルガンによく似ている。聖剣一本で参加した我が夫を見習い、少しは自重しなさいと諌めようかと思ったが、やめた。

 なんせ現世には全く自重していない英雄王がいるのだ。やり過ぎなぐらいでもまだ足りない。

 せっかくやる気を出してもらったのだ。モルガンも後押しをしようと思い提案した。

 

「どうせだ。召喚のタイミングで私も干渉し、お前のクラスをセイバーとキャスターのダブルクラスにしてやろう」

「お、いいね! それでいこう!」

「……一応言っておこうか、後世の者達のイメージを損なうのはやめておきなさい」

「やだ。もう王様みたいに気取るの、面倒臭くてやりたくないし」

「……ハァ」

 

 本当に、このバカ娘(アルトリア)は。こんな様では聖剣王の()が泣いてしまう。

 アルトリア・ペンドラゴンの生涯は、苦難の連続だったと言えよう。モルガンらが去って以来、大陸にまで広げた版図を安定させるために奔走し、多くの怪異と蛮族の残党と戦い、外敵と争った。特に東西に分裂したローマ帝国との戦争でも常勝したが、疲弊する味方の不満やら懐古やらに悩まされた。やれアーサー王なら、やれモルガン女王なら――などと比較され続けたのだ。

 誓って言うが、初代王と副王を除けば、アルトリア以外の誰にもグレートブリテン王国を安定させ、発展させることは出来なかっただろう。それは誇ってよいはずで、正しく評価する者も多かった。だからアーサー王以上に()()()()()()()と謳われ、聖剣王と号されたのである。

 が、そんな人生で疲れ切ったアルトリアは、もう二度と王様稼業は御免だと擦れてしまい、大量の仕事を残して去った両親に激しく憤っていた。流石に千年以上も経っているし、本人も特殊な形とはいえ英霊と化している為、隔意は解消しているものの蟠りはあるらしい。両親を超えることに、子供達の中でアルトリアが一番意欲的だった。

 

 と、その時だった。

 召喚の儀式が始まったらしく、アルトリアの足元が光る。

 彼女は慌てふためきモルガンに抗議した。

 

「ちょっ……!? こんないきなり!?」

「なかなか我が夫の目が外れなかったからな。許せ」

「許せるかバカーっ!」

 

 言いながら消えていく受肉済みの英霊アルトリア。座にある記録としてのアルトリア・コピーを送っても良かったのだが、敢えて本体を送り届けたのには訳がある。

 仮に敗れてもここに送還される仕組みがあるし、引き篭もり気質のアルトリアには旅をさせるのがいいのもある。他にもあるが……それは言わぬが華というものだろう。

 

「さて……」

 

 モルガンはアルトリアの不在を誤魔化すために、自らの霊基を変化させ若返ると、自らの姿を微かに変質させた。アルトリアそのものの姿となり、彼女は颯爽とした足取りで夫の許へ向かう。

 

「おや?」

 

 夫は目を見張り、一目で正体を看破してくる。だが――

 

「やあアルトリア。休憩は終わりでいいのかい?」

 

 わざと気づいていないふりをして、モルガンの極めて高度な擬態に合わせて騙されてくれた。

 モルガンの扮するアルトリアは、赤面しつつアーサーに言う。

 

「――ええ。さあ、勝負ですよバカ親父。今度こそ吠え面掻かせてやりますよっ!」

 

 いいね、と愉しむように目を細める夫に、気恥ずかしさは隠せないモルガンであった。

 

 

 

 

 

 

 

 そして。

 

「――問おう。貴方が私のマスターか」

 

 不意の召喚に憤慨しながらも、アルトリアはキメ顔でそう言った。

 

 

 

 

 

 

 




次回は召喚に至るまで。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。