転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話   作:飴玉鉛

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士郎とセイバーの出会い

 

 

 

 

 

 

 王様なんて、もう懲り懲りだ。

 

 山ほど頑張って、山ほど誉められた。けれど一滴の陰口、一粒の悪意は、疲れた体によく響く。

 比べられ、侮られ、下卑た目を向けられた。

 全体を見渡せばほんの少し。だけどその少しが目について仕方ない。

 頑張った。頑張ったのだ。好きだったから。国が、人の暮らしが、人の幸せを見つけるのが。

 

 誰もが幸福に暮らせている光景を、ただ見ているのが好きだったから頑張った。

 

 後悔はない。微塵もない。やれることを、やれるだけ、最後まで成し遂げたのだ。だから悔いなんて欠片もない。本当だ。だから――もう、疲れたのだ。

 頑張りすぎたのかもしれない。古くから仕えてくれた騎士が皆亡くなり、姉妹達に先立たれ、妹の子供である後継者が立派に育ったのを見て思ってしまった。もういっかな、と。

 そう思ってしまったら、頑張れなくなってしまったのである。国は好きだったけど、疲れたのなら休んでもいいだろうと思ってしまった。だから辞めたのだ。王様を。

 ――五十年近く頑張ったんだから休ませてください、と。

 なまじ不老不死だったのがいけなかった。ほぼ飲まず食わずで、一度も眠らず駆け抜けた人生に疲れ果ててしまった。平気なつもりでも、積もりに積もった疲労に心が折れてしまったのだ。

 

「問おう。貴方が私のマスターか」

 

 ――その結果がこれだ。

 

 王様なんてもう嫌なのに、人前に出た途端に貼り付けられる仮面。他人を前にすると、ほとんど条件反射に近い行動として『聖剣王』になってしまう。

 自分でも気づいていなかった。何せ千年以上も家に引き篭もって、日がな一日眠りこけたり、自堕落に暮らしたり、一人で修行してみたりと、気儘に暮らしていたのだ。

 毅然とした王様の仮面の裏で、素のアルトリアはガチガチに固まり緊張していた。――し、知らない人、コワイ……! なんて情けない恐怖を覚えてしまうほどに。そう……アルトリアは千年以上も引き篭もっていたせいで、完全にコミュ障になってしまっていたのだ。

 とはいえそれは私人として。公人としてのアルトリアは伝説の聖剣王だ。グレートブリテンの支配を安定させ、確固たる礎を築き、盤石の土台を完成させた手腕は錆びついていてもなお偉大。公人の仮面を被りさえすれば、コミュ障の気配は外部に微塵も漏れなかった。

 

「な――」

 

 驚愕した様子の、無精髭の黒髪の男。この男ではない。魔力の繋がりと令呪の気配を辿り、見つけた相手は赤毛の青年。この青年が自分のマスターなのだろう。

 青年は呆然としたままアルトリアを見詰めていた。見たことのない表情である。はて、敵意でも悪意でも、善意や好意でもない、だが熱の籠もったこの眼差し……向けられる感情はなんだ?

 アルトリアは困惑する。しかしその戸惑いを押し隠して頷いた。青年から流れ込む魔力の量を確認し、あんまりにもゴミな魔力量に苦笑いしてしまいそうになりながら、なんとかキメ顔を保つ。

 

「パスの繋がりと、令呪を確認しました。私の真名はアルトリア・ペンドラゴン、これより我が剣は貴方と共にあり、貴方の命運も私と共にある。これからよろしくお願いします、マスター」

 

 マスターの魔力量はミジンコ級だが、サーヴァントとして現界を保つ分には不自由しない。

 アルトリアが社交辞令気味に微笑みかけると、青年は赤面して応じた。

 

「あっ、ああ……! こちらこそよろしく頼む!」

 

 目上の人にタメ口ですか? 大した度胸ですね、殴りますよ?

 ――とは言えない悲しき陰キャの性。

 

(おかしい、昔はもっと本音を言えたはず……! まさかこの私が……人前に出ることに緊張しているとでも……!?)

 

 自己分析は完璧だった。だが認めたくない一心で、アルトリアは理論武装する。

 

(そ、そうですよ。私は今、一介の騎士なんです。ならサーヴァントとして仕える主に、丁寧に接するのは当然のこと。主がナメた態度でいてもボコさないのは必然! ですよね、私!?)

 

 そうだそうだそうですとも! 流石は私だ今日も賢い上にカッコいい! イマジナリー全自動自己肯定ウーマン・アルトリアが視界の隅で万歳三唱した。無限の勇気が湧いて出る。――まさか自分のマスターが、『たとえ地獄に落ちてもこの出会いの光景を忘れない』レベルで、自分に一目惚れしてきているとは夢にも思わないアルトリアであった。

 そんなことを察知しろだなんて無理である。何せアルトリアに恋愛経験など無いし、異性と個人的に親しくしたこともない。国家の象徴にして神聖なる聖剣王、不老不死の伝説的君主を相手に、我こそはと伴侶に名乗り出る豪の者などいなかったのだ。

 

「さて。私を召喚した触媒は――」

 

 台座の上に安置されていた聖剣の鞘を見つけ、アルトリアは自然な流れで手を伸ばす。だがそれに制止をかけるかのように、中年の男が彼女の視界に入った。

 

「待った。待ってくれ」

「……貴方は誰ですか?」

「僕は衛宮切嗣。お前の……いや、君のマスターの保護者で、前回の聖杯戦争でアーサー王のマスターだった男だ」

「ほう……貴方が父上の。なるほど、それで?」

「それはセイバー……アーサー王から僕に託された物だ。勝手に取り上げるのはやめてくれ」

 

 何やら顔色が悪いままで言われ、アルトリアは思案する。むーん……確かに所有権は衛宮切嗣にあるらしく、勝手に分捕っては窃盗と言えなくもない。

 しかし聖剣と鞘は元々アーサー王の物だったとはいえ、どちらも無期限でアルトリアに貸し与えられたものでもある。今のところ返せと言われた覚えもない以上、正統な所有者は自分なのだ。

 有無を言わさず強引に取り戻すのは容易い。だが、こんな序盤で味方と確執を生むのもばからしいだろう。アルトリアは嘆息して返答する。

 

「……分かりました。しかしこちらにも事情があります、聖杯戦争が終わるまでには必ず返してもらいますので、そこは了承していてください」

「事情?」

「はい。キリツグ、貴方は我が父からある程度の事情は聞いているはずです」

「……それは、聖剣王の召喚は本来不可能である、という話か?」

「ええ。過保護な父上のせいで……いえ、お蔭で、私は無益な戦いに召喚される恐れがありません。しかし此度は違います、父上をこの冬木に召喚させる訳にはいかないと判断し、こうして父上に先んじ私が召喚に応じたわけです」

「……詳しく事情を聞いてもいいのか?」

「構いませんよ」

 

 特に隠す必要もない。アルトリアは素直に事情を明かした。

 最初は死にそうな顔をしていた切嗣も、アルトリアの話を聞いて次第に落ち着きを取り戻す。

 そんな事情があるとなれば、なるほど確かに、アルトリアが召喚に応じた理由も納得できる。

 問題があるとすれば、聖剣王ではなく騎士王の召喚を前提とした戦略を練っていたから、それらが瓦解しかねない現状にあるだろう。悩ましげに切嗣が嘆息し、アルトリアに質問を投げる。

 

「――事情は分かった。だがアーサー王は……その、子供想いだからね。君が召喚されたと分かれば何をしてでも召喚者を討ちに来るんじゃないか……?」

「貴方は父上をなんだと思ってるんですか? 此度は私自ら召喚に応じたのです、なのに私ではなく貴方やマスターに怒りを向けるような、そんな心得違いをする愚か者ではありませんよ」

 

 切嗣の懸念にアルトリアは呆れ、腰に手を当てて嘆息する。父は確かに親バカだが、バカ親ではないのである。道理は弁えているし、寧ろ筋が通らないなら我が子にこそ厳しく叱責する人だ。

 バーヴァンシーの時もそうだった。ギャラハッドの力量と精神性を認め、彼らがどのように付き合おうと横から口出ししたことは一度もない。バーヴァンシーが公の場で失言すれば、彼女が泣き出しそうになるぐらいキツく叱ったこともある。

 モードレッドの時だってそうだ。お父さんっ子だった彼女こそが、もしかすると一番父から叱られていたかもしれない。なんでもかんでも我を通して甘やかすようなバカ親なら、そもそも人の身から逸脱し神になったとしても、現世から退去する道を選ばないだろう。

 

 故に、とアルトリアは見抜く。切嗣の懸念は、()()()()()()()()懐いた被害妄想である、と。

 

 切嗣なら相手にどんな事情があっても、我が子に何かがあれば道理を蹴っ飛ばして殺しに行くタイプである。つまりバカ親の気質があるのだろう。これは相当その子には嫌われているはずだ。

 まあその子が優しい性格なら、嫌ってはいても父の愛情だと理解し、受け入れてはいそうだが。

 

 アルトリアが断言したことで、切嗣は安堵したらしい。顔色を回復させて、彼は質問を続ける。

 

「なら良かった。……質問しても?」

「ええ、構いません。答えられる範囲で、なんでも答えましょう」

「君のクラスとステータス、スキル構成と宝具を教えてくれ。こっちはアーサー王が来ることを前提にして戦略を練っていたんだ、軌道修正のためにも君の能力を知っておきたい」

 

 アルトリアは頷く。まあ当然の質問だと判断したのだ。しかしアルトリアは士郎を一瞥した。

 これではまるで切嗣がマスターのようだ。もしかすると士郎は頼りない青年なのか? そうした侮りに近い視線を感じ取ったのか、士郎は微かにムッとして前に出ようとするも、直前で思い留まり切嗣に場を任せる。少し感心した。見たところまだ若い、二十歳にもなっていないだろう。なのに自身の見栄や反骨心で行動せず、自制できるのは大したものだと誉められる。

 とはいえまだ出会ったばかり。第一印象はまだ決まっていなかった。

 

「私のクラスはセイバーです。ステータスに関してはマスターに聞いてください。スキルは――」

 

 ステータスはマスター特権の透視能力で見えるから説明を省く。そして自らのスキルを説明すると切嗣は驚愕して口を挟んできた。

 

「待ってくれ。ダブルクラス? 君はセイバーとしてだけじゃなくて、キャスターとしても力を発揮できると? なら……セイバーとキャスターの二枠分を埋めていると考えてもいいのか?」

「いいえ。単なるスキルとして、キャスターの特性を併せ持っているだけですよ。なので参加枠が一つなくなっているわけではありません。私はメインがセイバーなので、キャスターは他にもいると考えておくべきでしょう」

「……なるほど。しかし、そうだとしても破格の力だな……」

「ふ、伊達に騎士王と妖精女王を足して二で割って、少し薄味にした女王とは言われていません」

 

 自虐気味にアルトリア――セイバーがそう言うと士郎は呟くように言った。

 

「いや、充分過ぎるぐらい凄くないか、それ……」

「………」

 

 ぴくりとセイバーの耳が反応する。彼女は自分に対する悪口を聞き逃さない地獄耳だが、同時に誉め言葉にも敏感だった。承認欲求の塊とまではいかないが、誉められたいお年頃なのである。

『良さが分かる素晴らしい好青年ですね』と勝手に評価を上げつつ、生前の第三世代の家臣達の地獄みたいな環境を思い出し涙腺が緩まった。過去を思い返すと泣きたくなるお年頃なのだ。

 実際私って凄いんですよとセイバーは声を大にして言いたかった。どうして皆死んじゃうの? 父の代を第一世代として、自分達の次の第三世代はどうしてあんなに酷い面子だったんですか? お蔭で不老不死を返上して引退するまでに、後継者のために周りを綺麗にしないといけなくて、余計なお仕事ばかりが山積みになったんですよ? 彼女は見境なく愚痴を吐きたいお年頃だった。

 だがグッと堪えて、セイバーは前を向く。どうせ殆どの奴らは知ることがないままだが、この冬木の聖杯戦争を華麗に征すれば、あの偉大過ぎて憎さ百倍の父や生母を超えたと言える。その為にはなんとしても、父と互角以上に渡り合ったという金ピカをブチのめすのだ。

 

 セイバーは決然としてマスターに向き直る。赤毛の青年は切嗣に訊かれ、セイバーのステータスを話していた。切嗣はそれを聞いて「戦略を練り直さないといけない、ケイネスと舞弥に連絡を入れておくから、後は任せたよ、士郎」とだけ言って離れて行った。

 あの男は有能なのだろう。優秀な味方がバックに控えているのは心強い。ならば、後は直接矢面に立つ自分と、そのマスターの関係を良好にしておくべきである。最善を尽くすのだ。

 セイバーは青年に歩み寄り、手を差し伸べる。

 

「改めて、よろしくお願いします。マスター、貴方の名前を聞いても?」

「っ……あ、ああ。すまない、名乗り返すのが遅れてたな」

 

 青年は慌てたように掌をズボンで拭き、綺麗にしてからセイバーの手を握り返して握手をする。

 どこかぎこちない、童顔の青年はセイバーの目を真っ直ぐに見詰めた。

 無骨な手である。手は、その人間の歴史を物語るものだ。故にセイバーは青年の手の感触に好感を覚えた。研鑽をよく積んでいる、面構えも悪くなく、卑しさも感じない。自然と微笑んでいた。

 

「俺は衛宮士郎だ。お前のことはセイバー……って呼べばいいのか?」

「はい。私は貴方をシロウと呼ばせてもらいます。ええ、そちらの響きの方が私には好ましい」

「っ……そ、そうか。俺ん家を案内するからついてきてくれ。家の中で俺の事とか、色々話しておかないといけないからな」

「了解しました。確かにマスターの力量は把握しておきたい。その提案は願ったりです」

 

 とは言うものの、なかなか手を離さず、そのまま歩き出したマスターにセイバーは戸惑った。

 

「……シロウ?」

「あっ! ご、ごめん!」

「いえ、構いませんが……」

 

 咄嗟に手を離して謝ってくる士郎に、セイバーの困惑は深まる。

 おかしな反応だが、何か気に障るようなことをしただろうか。人間ってどこに地雷があるか分からないから面倒だよねと、心の奥底で思う。

 ただまあ――赤面するほど必死に謝ってくる士郎に対し、悪印象は今のところ懐いていない。むしろ鍛えられた肉体と、ひたむきそうな人柄に好印象があるだけである。だから悪い気はしない。

 そんなに謝らないでくださいと、苦笑しながら言うと、士郎は赤面したまま黙ってしまった。

 

「シロウ」

「な、なんだ、セイバー?」

「私は貴方のサーヴァントです。今は一人の騎士として貴方に力を貸しています。なのでそう変に緊張することはありません。私を単なる剣として扱っても文句は言いませんよ」

「ばっ、バカ言うな。セイバーみたいな女の子を、そんな物扱いできる訳ないだろっ」

「む……」

 

(この私を指して女の子? ふ……意外と悪い気はしないけど、さてはシロウ……君はランスロとかと同系統の男だな?)

 

 女に対してはとりあえず優しくしておく、勘違い女を大量生産する類いの男と見た。

 やれやれこんな貧相な体の小娘を口説こうだなんて、シロウは物好きだなと思う。思うが、やはり悪い気はしない。こちとら聖剣王である、女の子扱いされたのは青春時代以来で懐かしいのだ。

 少しだけ士郎を気に入った。口説いてこようとする下卑た下心を感じない上に、率直に女の子扱いしてくれると気分がいい。こうなったら現世にいる時は士郎をからかってやろう。

 

 気分はまさに青春時代、村人の子供達と一緒に遊んでいた頃のもの。下心の無さに、彼女は無意識に恵体の士郎を幼児扱いしようとしていた。

 

 ――後に、士郎の異常性を悟った時。セイバーは自らがマスターに感じている、妙な既視感の正体を察することになる。

 

 衛宮士郎は戦災孤児の子供達と、とてもよく似ているのだ、と。

 

 その時、セイバーは思うだろう。放ってはおけない――と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




アーサーの子供達に対するスタンスは、アルトリアの見立て通り。
過保護ではあるし、親バカではあるが、バカ親ではなく過干渉でもない。なので士郎や切嗣に無体な真似はしない。切嗣の懸念は完全に杞憂で思い過ごし。イリヤに対して悪い虫(士郎含む)が近づこうものなら平気で銃口を突きつける切嗣だから、過度に警戒し怯んでいただけなのですね…。

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