転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話 作:飴玉鉛
グレートブリテン建国神話・アーサー王伝説。
アーサー王を召喚する予定だった以上、彼の紡いだ伝説を履修するのは当然だった。
聖剣王アルトリア・ペンドラゴンは最初、妖精王モルガンが騎士王アーサーの精を奪い、密かに生み出された最初の子供として記されている。後に両王の後継者となる存在と思えない出生だ。
案の定、聖剣王はアーサー王伝説の終盤までほとんど姿を現すことはない。故に歴史ではなく伝説という括りでは、聖剣王は他の登場人物と比較して影が薄いと言えるだろう。
しかしアーサー王が聖なる剣を手放し聖剣王に与えたことで、彼女は一躍脚光を浴びることになる。アーサー王が聖なる槍の影響で人の身を保てなくなると、聖剣王は両王直々に後継者へと指名され、彼女は王の許を離れて王になる為の修行に出たのだ。
『私や妖精王陛下の許で、国の運営に必要な知識と経験は積めただろう。後は自らの目と耳で、庇護すべき民草の実態を知るだけでいい。お前は美しいだけではない、無辜なだけではない、俗で醜悪な人間の本性を学ぶがいい。そして自らが歩む王道を見つけ出すのだ』
アーサー王の言葉を胸に旅に出た少女時代の聖剣王は、花の旅路と称される幾つもの冒険譚を各地に残している。人々を苦しめ惑わす悪しき妖精を討ち、堕ちた神霊を鎮魂する為に鐘を鳴らし、荒ぶる竜の暴威から集落を守って宝剣を手に入れ、時に匪賊や悪しき領主と相対して打倒すると改心を迫った。人々はその華やかな活躍を讃え、王の後継者たる少女の声望は高まっていった。
だが、花の旅路とは皮肉である。花は綺麗なだけではない――中には毒を含むものもある。
少女は多くの善良な人々と触れ合った。しかし同時に、度し難い醜悪な人の性も目にしていた。他者を貶める為に平気で嘘を吐き、改心を誓った直後に背中を襲う者に出会い、少女の持つ宝を奪おうと奸計を巡らせる者に狙われた。時には少女自身の身柄を狙う魔術師に、善良な人々を人質に取られて虜囚とされたこともある。知恵を絞り、心を燃やし、力を振るって戦わされた。
人々は美しいだけではない。幾度も裏切られ、嘲られ、無償の人助けは甘えを生むと知った。やがて旅を終えて帰還した少女は、嘗てのように性善説を奉じる無垢な少女ではなくなっていて。それでも彼女は、アーサー王の問いに確たる信念を以て答えたという。
――善良なばかりではなく、醜悪さばかりでもなく、愚か過ぎず賢しさも足りない。それが人という種の総体だ。我が写し身よ、旅の最中に人を見て、国を治めるに足る王道を見い出せたか?
『はい。私は醜いものを見ました。愚かで、義を知らず、礼を捨て、偽りを働き、恩を忘れ、栄えるを妬む浅ましさに触れました。ですが多くの人はそうした醜さを抑え、自制して生きています。だから私はそうした人の営みを愛し、守り抜きたい』
――醜いもの、愚かなもの、忘恩の徒を悪とするのか? 治め守るべき民として認めないと?
『いいえ。法を守る内は、そうした悪も庇護しましょう。ですが私の掲げる王道は正義にある。今日此処で誓いましょう。私は、正義の味方になると』
――正義と悪の境界に立ち、自らが正義を定義した上で、図々しく肩入れするのか?
『はい。悪と正義を天秤にかけ、正義の側へ常に秤を傾ける、第三者としての座。それが私の考える正しい王の姿です。そして私の言う正義とは、我が国の敷く我が法の支配であると定めます』
だから私は正義に味方する者として、王になる。そう告げた少女に騎士王と妖精王は頷いた。そして正式に少女を後継者として王の座に据えると、二人の伝説的君主は退去したのである。
この問答を以て、建国神話は終わりを告げた。以後は歴史の領分として、聖剣王の思想と業績は語られるのだ。そして史上に残る建国期の偉大な女王は、伝説にある通りの治世を敷く。
正義を守り、善を愛し、悪から善に転じる機会と禊ぎの裁きを設け、法より外れる悪の悉くを全て除いた。旧来の忠臣の子息、血族であろうと例外ではない。いっそ酷薄と取れるほど公平に、誰しもに平等なる法の裁きを与え、絶対的な王権の確立に尽力した。
先代から受け継いだ中央集権による絶対王政――その反面、法政家としての王を体現し、法に従う王の姿を率先して示し法治国家に近い体制を確立した。無慈悲なまでに強権を振り翳していながら、その実彼女こそが国家における随一の奉仕者であったのだ。
故にその様を称して後世の歴史家はこう評している。
『アルトリア女王は稀に見る正義の暴君であり、決して誤らなかった理想的な独裁者である』と。故に綺羅びやかな武勲を指して、伝説的な聖剣王の号があるように。その非人間的なまでの政治的功績と豪腕を指して、鉄血女王と揶揄されるまでになったのだ。
謂わば歴史上のアルトリア・ペンドラゴンとは、伝説上の騎士や将軍である以上に、実在した政治家として類稀な偉人だと論じられる英霊なのである。
「む。この『緑茶』なるグリーンティー、未だ体験したことのない未知の味わいです」
――だが目の前で和菓子と緑茶を嗜む少女からは、そんな凄まじい業績を残した偉人の威風はほとんど感じられなかった。上品に来客用の茶菓子に手を伸ばす姿は、むしろ等身大の少女然としていて、とてもヨーロッパ史を代表する政治家の一人には見えなかった。
その印象を素直に口にするほど迂闊ではなかったが、仮に口にしていてもセイバーは怒りを見せないだろう。逆に自嘲しながら認めていた。私一人の功績ではありません、アグラヴェインやその子息の補佐がなければ、きっと私は何も成し得なかったでしょうから――と。
ともあれセイバーの自虐的な自己評価を聞いていない士郎にとっては、セイバーは世界史の教科書に載るレベルの偉人であり、それでいて実物は非常に可愛らしい乙女にしか見えていなかった。
王としての仮面を被り、毅然としているセイバーを見て、なお女の子として認識しているのだ。存外この赤毛の青年の胆は太いのかもしれない。あるいはなんとかは盲目とでも言うべきか。
「シロウ、緑茶とやらにはこの煎餅というものが合いますね。この味わいは非常に興味深い。愚妹への土産にレシピが欲しいところですが、作り方の詳細を記した本などはないのですか?」
あれば是非頂戴したい。無理なら目を通しておきたいですね――セイバーはそう言った。
衛宮邸の案内を終え、最後に居間へやって来たセイバーは、座布団の上にお行儀よく綺麗に正座していた。グルメさながらに一口ずつ味わいながら吟味して、こういう味も楽しいと喜んでいる。
異国の小柄な少女が、和の菓子と茶を味わっている様は非常に絵になった。士郎はなんだか緊張していたのが馬鹿らしくなりつつも、セイバーの要求を聞いて軽く謝罪する。
「すまん。それ、店売りの奴なんだ。流石に俺もそこまでの和菓子は作ったことがない」
「そうですか……残念です。この珍味を気に入ったのですが、レシピがないなら諦めましょう」
茶碗を卓の上に置き、ほぅ、と吐息を溢す様まで品がある。なんだか異国のお姫様を接待しているみたいだと思うも、お姫様どころか女王様だったと思い至り意識を切り替える。
自らがマスターであり、今が聖杯戦争という非常事態にある事を強く意識して気合を入れた。
「あー……せ、セイバー?」
「なんでしょう」
凛とした表情で視線を向けられ、言葉に詰まってしまいそうになるも、士郎はセイバーとの会話を試みる。いきなりプライベートなところに踏み込むのは失礼だから、共通の話題から切り込んで確りとコミュニケーションを取ろう。サーヴァント召喚の前に、切嗣もサーヴァントとは積極的に会話をした方が良いと助言してくれていた。
「さっきの話を聞いて、俺もそれなりにそちらの事情は察したつもりだ。セイバーは
「ええ。それが何か?」
「そこには神様になったアーサー王がいて、女王モルガンがいる。そして女王モルガンからこちらの事情を聞いたから、ある程度俺達の事情も把握している……んだよな?」
「はい。大まかな概要と、前回の聖杯戦争の顛末は把握しています」
「じゃあセイバーは冬木の聖杯が汚染されてることを知ってると思って良いのか?」
「知っています。元より承知して召喚に応じましたからね。この際です、私が此度の召喚に応じた理由と目的についても話しておきましょう」
目的? とオウム返しにする士郎に、セイバーは生真面目な表情のまま語った。自らを召喚する為の触媒――聖剣の鞘と前回用いられた触媒――を回収することで、現世への縁を断つこと。そして父が討ち漏らした敵を葬り、父の関心が現世に傾きすぎないようにすること。この二つを達成した上で、後の禍根を断つ意味も込めて大聖杯そのものを解体すること。
以上がセイバーの、サーヴァントとして現界した目的の全てだ。
「大聖杯の解体は最優先にするほどではありません。しかしシロウやキリツグが次の聖杯戦争まで存命だった場合、私や父上と実際に会ったことで縁が結ばれている以上、縁召喚で召喚される可能性も全くの零とは言えないでしょう。故に目的の一つに含んでいます」
「……そうか。分かった」
現世との縁を完全に断つ。セイバーがそう言うと、士郎は鈍く反応した。
――つまり。士郎がセイバーと関われるのは、今回限りというわけだ。
それは非常に……寂しい気がする。だが言語化できない想いにもどかしさを覚えながらも、士郎は私情に呑まれて大局を見失うことをよしとしなかった。
今はとにかく聖杯戦争を終わらせるだけだ。勝つ為の戦略は整っている、後のことは後で考えよう。士郎は自身にそう言い聞かせ、しかし自らの決定に反発する感情を持て余した。
「シロウ?」
「ああ、いや、なんでもないぞ、セイバー。……そうだ、俺達は晩飯がまだなんだ、折角だしセイバーも一緒にどうだ?」
「む……現代の食事ですか。……誘われた以上断るのも悪いですね、ご相伴に与ります」
士郎の魔力量が頼りないため、少しでも節約しておくべきかと判断したセイバーは誘いに乗る。現代の食事事情に興味がないと言えば嘘になるだろう。誘いを断る理由もない、セイバーは合理的な思考に自らの嗜好も併せ、飽食の時代とやらの産物を楽しむことにした。
――果たしてセイバー陣営は、目的の英雄を喚べなかったことを除き、順調な滑り出しに漕ぎ着けることへ成功したと言えるだろう。
一般的に美味とされるレベルの士郎渾身の料理に、まあ普通ですねと淡白に感想を告げた少女と。そんな少女の反応の悪さに腹が立ち、なんとかして唸らせてやると意地を張る少年。傍から見て彼らの関係は良好なものに落ち着くだろうと判断できる光景がある。
ここにイレギュラーは無い。故に、
此度の戦いは運命の序章。未だに、衛宮切嗣の構築した陣営の者達は知らずにいた。
冬木の地最後の聖杯戦争は、最大の戦いとなることを。
「――
スーツで身を固めた、短髪の女魔術師が冬木の地を踏む。
霊体化したままのサーヴァントは飄々と応じた。
『さてね。オレはいつでも行けるが……あんたはどうする?』
「知れたこと。
『慎重なこった。オレは全然囲まれても構わないんだがね……まあ戦の定石を無視するのは馬鹿のすることだ。指示を寄越しな、バゼット。クランの猛犬の牙を、いったいどこに差し向ける?』
蒼い装束を纏いし、朱槍を持つ偉丈夫。
封印指定執行者、宝具の現物を有するバゼットは、冷静に戦術を決める。
「速攻です。双子館――まずはそちらに潜んでいるらしいサーヴァントを仕留めます」
『了解だ。だが忘れんなよ、バゼット。テメェに情報を寄越した奴は、漁夫の利を狙ってやがる。後ろから刺されるようなヘマはするんじゃねぇぞ』
「心配は無用。行きますよ、ライダー」
応――頷く英霊は、戦意に溢れていた。
ただただ死力を尽くした戦いを望む彼は、今ここに理想とする遊び場を手に入れたのである。
コツ、コツ、コツ。
格調高いスーツと白衣を纏った白髪の美青年は、貴族的な高貴さを当たり前のように呼吸する。
人目を引く容姿である。道行く中で擦れ違えば多くの人が振り返るだろう。
だが彼の周りには誰もいない。少なくとも肉眼で捉えられる範囲では。
彼は冬木の街並みを一望し、高所故の風に髪を靡かせながら、虚空に向けて語り掛ける。
「――キャスター。
応じるのは、穏やかな好青年の声。
しかしその実、感情が欠落しているかの如き、無感情な言葉だった。
『今はない。だがこのまま此処にいていいのかい?
「いいさ。英雄王との関係は、あくまで不可侵条約でしかない。我々は無駄なリスクを冒さず、最後まで隠れ潜んでいてもいい。最後に残ったサーヴァントを倒せばいいだけなんだから、活発に動く必要はどこにもないさ。――幸い、時計塔から私以外にもマスターが選出されたからね。ちょっとした伝手を使って英雄王からの情報を流し、嗾けるのは実に容易だったよ」
だから、と。マリスビリーと呼ばれた時計塔のロードの一人は涼しげに微笑む。
「
セイバー陣営、アルトリア・衛宮士郎・切嗣
ランサー陣営、ブリュンヒルデ・衛宮桜・久宇舞弥
未召喚陣営、未召喚・衛宮イリヤスフィール・ケイネス
監督役(アサシン「カレンの令呪」、言峰綺礼)
勝ったな(確信)
なお……。
遠坂陣営、遠坂凛・未召喚
ライダー陣営、バゼット・クランの猛犬
キャスター陣営、ソロモン・マリスビリー
アーサー対策(歓迎)の為に盤面を弄っていた第三勢力、英雄王(白けモード)