転生したらアーサー王だった男がモルガンに王位を譲る話 作:飴玉鉛
召喚に応じてくれたのは、北欧神話の最高存在に生み出された戦乙女。アイスランドの『ヴォルスンガ・サガ』、リヒャルト・ワーグナーの戯曲『ニーベルングの指環』に登場する、輝ける戦いを意味する名を持つ者。幸の薄い悲しげな女槍兵だった。
「――召喚に応じ、罷り越しました。ブリュンヒルデ……クラスはランサーです。……あ。……いえ、なんでもありません。……私、優しくしますね、マスター」
まず感じたのは、時を置き去りにした強烈な
時代を越えた写し身のように、鏡を見せられたかのような錯覚を得たのは何故なのだろう。衛宮桜もまた優しげに微笑んだ女槍兵を前に、なんとも言えない苦笑いを浮かべてしまった。
なんだか他人のような気がしない。
なのに、決定的に他人だと感じる、パーソナルスペースを侵さない適切な距離感が、初対面の二人の間に横たわる。桜は一目でこの人となら仲良くやれると確信した。きっとランサーも。
召喚してからまだ間もない。桜はマスターとして名乗り、自らの保護者にして協力者である久宇舞弥を紹介した後、自分の基本戦略をランサーに話した。今後はここを拠点として活動するが、敵と積極的に交戦するつもりであり、標的に定めた相手を討つためなら他の敵と一時共同戦線を張る場合もあるかもしれないと。ランサーを捨て駒にするのは気が引けるが、桜は切嗣達の戦略にあたる『本当の目的』を伏せたまま一先ず話を進めた。
「分かりました。では……敵襲に備え、この館の周辺に結界を張りますね?」
するとランサーはあっさりと承諾し、マスターの指示を守る従順な姿勢で防備を固めた。
ランサーの基本ステータスは高い。桜は宝具の詳細やスキル、ルーン魔術に関して聞き出すと驚嘆した。流石はヴァルキュリアの代名詞、神代の英雄。現代の規格に収まらない能力だ。
そして一応の儀礼として――というより訊かないほうが不自然だから――聖杯に託す願いも訊ねてみた。すると彼女は、憐れなほど悲しげに答える。
「シグルドに、会いたいのです」
ただ、それだけ。しかし――
「ですが、英霊としての私は、結末を固定されています。だから私は――きっと、シグルドに会えたとしても、最後には殺してしまうのでしょうね」
ランサーは薄く微笑む。それは悲哀に満ちた、あんまりな結末の確信だ。
桜は理解した。ランサーと自分は確かに似ている、縁召喚されるだけのことはあるのだと。
だが決定的に違うのは、自分は大事な人達を決して殺さないということだ。
桜は
ずっと一緒に生きていたい。永遠に、とは言わない。人として生きられる限り。それが叶わないなら自分の魔術で、自分の影に取り込むまでの話で、そこがランサーとの差異だろう。
ランサーは愛する人を殺してしまう。桜は、大事な家族を死なせないことに腐心する。――あるいは桜がランサーのように成ってしまう可能性があるのかもしれない。縁召喚とはそうしたもしもの可能性を暗示するものだ。だがそうはならない、絶対に。そうした決心を桜は懐くも、ランサーの願いを叶えて上げたいという思いもまた桜の中に芽生えてしまった。
だが汚染されているという冬木の聖杯では、仮に願いを告げる権利を得たとしても、まともな再会など叶うことはないだろう。
だから、それは同情だったのかもしれない。憐憫を孕んだ後ろめたさだったかもしれない。桜はランサーに真実を打ち明け、叶わない望みのために戦わなくても良いのだと伝えたくなった。
「――桜。分かっていますね?」
「当然ですよ。同情なんか……してません」
内心を見透かしたように釘を刺してくる舞弥に、桜は至って冷静に頷いた。
それはただの自己満足なのだ。桜の目的はあくまで自分達の計画に沿ったものである。無駄なリスクを生みかねない行為を実行して、ランサーのモチベーションを低下させるのは愚の骨頂だろう。
まして『聖杯を手に入れる』という指針を失くし、制御を困難にしてしまいかねない行為は慎まねばならない。可哀想だがこのまま何も知らないまま戦ってもらい、斃れてもらう必要がある。
冷酷で冷徹な判断だが、桜は魔術師であり、衛宮切嗣の娘であり、家族の味方なのだ。自分達のためなら他人を犠牲にする覚悟は出来ている。衛宮桜はエゴイストに徹する意思を固めていた。
ランサーが双子館の周辺に結界を張って戻って来ると、桜達は素知らぬ顔で今後の行動と、戦略について煮詰めていく。どうしても馬が合うと感じているのはランサーも同じらしく、初対面同士とは思えないほどスムーズに話が進んだ。
「初動は堅実に。相手の出方を見て、私と相性の良い相手を生かし、悪い相手は横槍なり不意打ちなりで迅速に叩く。――異論はありません。私の奇襲に対応できないようでは、真の英雄とは呼べませんから。ですから、私はマスターの作戦に従います」
「ありがとう、ランサー。それと想定通りに事が進まなくて、手強い相手と戦うことになったら、最悪私と舞弥さんで敵マスターを討ちます。ランサーにはそれまで耐え忍んでもらうことになると思うけど、そうなってしまった時はお願いね」
「はい」
ランサー・ブリュンヒルデは、優れたマスターに召喚されたことへ安堵していた。
魔力経路を通じて流れ込んでくる魔力の量は充分以上。これだけで現代の魔術師としては優れた力量を有しているのは把握できる。加えてランサーの目から見ても、衛宮桜は年若い少女にしてはよく鍛えられていると判定できた。格闘戦でもそれなりに戦える上に、明らかに戦場慣れしているらしい女――久宇舞弥がいる以上、桜が早々敗れることはないと信頼できる。
何よりこのマスターは、ランサーにとって非常に稀有な存在だ。どこかシンパシーを感じるこの少女は、馬が合うからこそ、
優しくされて、好きになってしまったら――殺してしまうかもしれない。
そんな不安と無縁でいられるのに、気の置けない友人のような距離感を築けそうな感覚は、生前の経験からは想像もつかない良縁であるとランサーは感じていたのだ。
優しくないのに仲良くなれそう。この感覚が、ランサーは好きだった。
「――――」
その時、ランサーは知覚する。
彼女の纏う空気がフッと変化し、鋭くなったのを敏感に感じ取った桜が問い掛けた。
「……ランサー? どうか……した?」
横目に見た舞弥は既に動き出している。一瞬だけ目が合うと、桜と舞弥はアイコンタクトのみで意思疎通を終わらせた。舞弥が音もなく部屋からいなくなるのを尻目に、ランサーは悲しげに言う。
「敵です。たった今、私の張った結界が破られました」
「……早い。幾らなんでも、ここに敵が来るのは早すぎる。……ランサー、貴女はどう思う?」
やはりと思うも、桜は苦い表情を隠せなかった。
想定していたよりも遥かに早い段階で、この拠点を襲ってくる敵が現れたのだ。
実戦経験豊富なランサーに意見を聞くと、彼女は質問を返してきた。
「マスター。ここで私を召喚することを、他の誰かが知っている可能性はありますか?」
「ないはずよ。私のお父さんなら知ってるけど、外部に情報を漏らすような人じゃないわ」
「貴女が令呪を持ち、マスターの資格を持っていることを知っているのも、お父様だけですか?」
「ええ」
桜は素知らぬ顔で虚偽を働く。彼女の性格なのか、性質なのか、あるいは才能なのか。当たり前のように嘘を吐いていながら、ランサーほどの英霊にもそれを悟らせない。
元より疑うつもりがないランサーはすんなりと信じ、推測を口にする。
「では……可能性は二つあります。一つ、マスターのお父様が情報を漏らしたか、裏切ったか。それにより敵マスターに所在が割れ――」
「それは有り得ない。だからもう一つの可能性というのを聞かせて?」
「……はい」
無意識に浮き出たのであろう笑顔で催促する桜に、ランサーもまた性質の異なる笑顔で返した。
余程にお父様を信じているのですね、と微笑ましくなったのだ。
「もう一つは、率直に――
「――ない、とは言えない……かな。けど参考になった、ありがとう」
ランサーの話を聞いた桜の脳裏に、父達を上回り得る存在が過ぎった。
それは受肉した英霊だ。彼の英雄王が動いていたなら、有り得ない話ではない。後でこの件を相談するために切嗣へ連絡し、どうするべきかの判断を仰ごうと判断した。
だが今はそんな場合ではない。桜は不測の事態にも慌てずに、ランサーに命じた。
「ランサーは迎撃に出て。私も武装が完了したらすぐに応援に出るから」
「畏まりました」
桜の指示に、ランサーは丁寧に応じて霊体化する。
向かうは襲撃してくる敵対者の許。願わくば――快い英雄であらんことを。
戦乙女としての本能で、ランサーは英雄の到来を願っていた。
「ン――?」
夜の帳が落ちたが故の、閑静な住宅街を通った後。目的地が近づくや否や、
相乗りしていた女は、自らのサーヴァントの反応を見て言葉短く問う。
「どうかしましたか、ライダー」
チャリオットから生じる音は、本来騒々しいものだ。太陽の性質を宿した車輪は眩く、車輪から横に飛び出た螺旋状の杭は殺意に塗れ、頑丈な戦車を曳く二頭の馬が刻む馬蹄は雷鳴に等しい。特に『鏖殺戦馬セングレン』と、馬の王と讃えられる『殺戮神馬マハ』の威容は災害のようだ。故にバゼットの問う声も大きくなり、叫ぶほどの声量でなければ耳に届かないのが道理だろう。
――だが、ライダーの魔術によって消音されている為か、チャリオットが生むはずの騒音は完全に遮断されている。ライダーはバゼットの声を聞くと獰猛に笑った。
「いや何、どうも奴さんに気づかれたらしいぜ。ルーンで結界が張られていやがった」
「――ルーンの結界?」
ライダーは戦士である。しかし、師からは術者としての才覚も高く評価された多才な英雄だ。
彼は師から授かったルーン魔術に長け、キャスタークラスの適性も有するほどであり、だからこそ自らの存在が感知されたことを察知できたのである。
彼が笑ったのは、今しがた戦車で踏み潰したルーンが、師のそれを超えるものだったからだ。無論今なお死ねずに、飽きもせず鍛錬を積んでいるであろう師なら、あるいは同程度のルーンを構築できるかもしれないが――少なくともライダーが知る師より上なのは確かだ。
伝説に残る影の国の女王。窮まった槍の腕と、深遠なる叡智を誇る神殺し。
数多の英雄を育て上げた魔女と比較しなお上回る。たとえ一分野のみであっても偉業だろう。これがどれほど困難なのか、想像の及ばぬ者は戦士の資格がないとすら断言できた。
――この先にいるのはキャスターか?
ライダーにとってキャスターは好みではないが、これなら意外と楽しめそうだと期待する。果たしてその期待を裏切らぬかのように、双子館に踏み込む前に女槍兵が行く手を阻んだ。
「おいでなすったな」
戦車を止めたライダーは、軽やかに跳躍して女槍兵の前に着地する。
実体化して立ち塞がったのは、白髪の美女であった。
大盾も斯くやといった、巨大な刀身を有する大槍を携えた女に、ライダーは犬歯を剥いて好戦的な笑みを浮かべる。明らかにキャスターではない。三騎士の一角、ランサーだ。
ランサーのくせに師を彷彿とさせる出来栄えのルーン使い。加えて女。それが彼の記憶を刺激してやまなかった。容姿に類似点はほとんどないのに、影の国の女王を思い出してしまう。
(ルーン使い……それも師匠レベル。加えて女で、槍使い。北欧の出なのは間違いなさそうだな。ならコイツはあの戦乙女ってやつか)
この時点でライダーはある程度、女槍兵の真名にあたりをつけていた。
彼は野性的な戦いを好む蛮勇の徒である。だが同時に国内きっての文化人であり、知識人であり、同胞の中でも特に教養深い一面を持ち合わせていた。
見た目と言動によらず、ライダーは頭も切れる男だ。故に僅かな手掛かりからでも真名を推察するのは難しいことではない。今回は特に馴染みのあるルーンを使われていたから尚の事だ。
後は絞り込むのも簡単だ。実際に戦ってみて、どの程度の腕か見られたら、戦乙女の中で誰が該当するかも判別は容易いだろう。頭の片隅でそんなことを思いつつ、ライダーはこれから殺し合いを始めようという空気にそぐわぬ、陽気な調子で声を掛けた。
「よう、嫌な夜だな、女」
「――ええ。月は隠れ、雲は厚い。そして現界したばかりに不躾な敵襲を受けたとあっては、私も良い夜だなんて言えませんね」
戦場に立っているとは思えない、玲瓏な声音で応じる清楚な女槍兵。蒼き騎兵は朱槍の石突きで地面をつき、沸々と滾る戦意を臨界まで高めていく。
夜の闇が落ちきった空間だ。常人には手を伸ばした先すら見通せるか怪しいだろう。しかし彼らは互いに超常の存在、この程度の闇で視界を潰されることなど有り得ない。
ライダーは周囲に視線を走らせ、女槍兵以外に誰もいないのを見て取ると、一つ鼻を鳴らした。
「マスターはどうした?」
「なにぶん急な来客です、おもてなしの準備を整えてからお越しになると仰っていました」
「ほう。そいつはいい、腰抜けがアンタのマスターだったら哀れんじまうとこだったぜ」
どうやらランサーを迎撃に出し、自身は穴熊を決め込む腑抜けではないと分かり、ライダーは微かに安堵の吐息を零した。
せっかくの上玉が相手なのだ、不心得なマスターに邪魔されるのは面白くないと思ったのである。
そこまで言葉を交わすと、ライダーは背後にいる自らのマスターを、首を巡らし横目に見た。すると周到に準備を整えていたバゼットは頷きを返す。
もういいだろう。
ライダーはそう言うように朱槍を虚空に一閃した。
「名残惜しいが、悠長にお喋りしてやる訳にもいかねぇんでね。おたくらの背後に控えてる奴らに邪魔されるのは詰まらねぇし――悪いが、早々に終わらせてやるよ」
「――優しい人。わざわざそんなことを言う必要なんて無いのに、
ランサーが、亀裂が走ったように微笑む。不吉な予感を齎す笑みだ。
魔力が高まる。空気が軋む。二騎のサーヴァントの殺気が激突し、空間が歪曲していった。
スッ、と構えられた巨槍と朱槍。最後の問いとばかりに、ランサーは素朴な疑問を発した。
「あの」
「ん?」
「貴方は……ライダー、ですね。なのにあのチャリオットや、神馬に乗らないのですか……?」
「ああ……好みの問題でね、一騎打ちの時に限っては、なるべく体一つで戦いたいんだ。アンタを舐めてる訳じゃねぇ、気にするな」
「そうですか。なら……心置きなく、殺しますね」
「はっ、いいね。話の早い奴は嫌いじゃない。んじゃ――早速
――瞬間、ライダーの姿が消えた。カッと両目を見開いたランサーの視界からも。
半ば無意識に持ち上げた巨槍を旋回させつつ、半身になりながら背後に振るうや、一撃で自らの心臓を射抜こうとしていた朱槍を弾く。火花が散り、軽々と巨槍を振り回せる己ですら圧倒されかねない膂力を感じたランサーは、瞬時にこの英雄の力量を読み取った。
(初戦でいきなり――なんて鋭い槍――全力で――私が遅い――速く――)
断続的な思考を置き去りに駆動する神話の乙女。ランサーが振り向き様に見舞った一撃を、容易く往なしたライダーがまたしても槍兵の背後に回り込んでいる。恐るべき速度、恐るべき敏捷性、最速の座にある槍兵をも圧倒しかねない桁外れの疾さだ。
ランサーは即座にルーンを起動し自らの性能を強化する。下手に出し惜しめば瞬く間に敗れかねないと判断したのだ。まるで――
「ぁはっ」
ランサーは嬌声に近い声を漏らしながらライダーの姿をはっきりと視認し、体の正面に捉えた。その姿にライダーは嗤う。自らの脚に絶対の自信を有している彼は、己を捉えられる強敵を迎えられて歓喜しているのだ。それでこそだと言葉にはせず槍の一撃を見舞う。
秒にして五。繰り広げられた剣戟の音色は五十。離れて見ていたバゼットは援護すらできない。封印指定執行者が目で追うことすらできないのだ、ルーンを用いて動体視力を強化し、やっと残像を捉えるのが限界である。――これがサーヴァント、これが英霊! 神話の世界の戦いを前に、戦士としての血が戦慄を植え付けてくる。
主導権はライダーが握っていた。真紅の呪槍が振るわれる度に、白絹の如き美女の肌に赤い血線が刻まれていく。このまま尋常の白兵戦を続けるのはマズい、高揚していく精神に蝕まれながらも女槍兵は強引に仕切り直しの一撃を解き放つ。
「ッ――!?」
真っ向切っての打ち合いで、後一押しまで追い込んでいたライダーが危機を察知し跳び退いた。
だが彼の胴に浅く切りつけられた裂傷が、完全な回避が叶わなかったことを物語る。
巨槍による一振りへ見えざる手が重なったかの如き四連撃が連なったのだ。都合五連、一撃に不可視の四撃が重なる現象に、ライダーほどの英雄ですら初見では手傷を負ってしまった。
だが軽い。浅い。二度目以降は簡単に受けるほど容易い戦士ではなかった。しかし――詰みかけた盤面をひっくり返し、仕切り直すには充分な間が空いたのも事実である。
ランサーが緩やかに構えた。そして、彼女の総身と得物に青白い炎が発生する。魔力放出――みずみずしい唇を開き、ランサーは静かに宣言した。
「いきます」
マスターから齎される潤沢な魔力を惜しみなく費やし、襲い掛かる戦乙女に騎兵が吼えた。
「いいぜ、来な――ッ!」
片手に握る朱槍。空けた左手に淡い光を発する魔剣が出現した。
無骨な短剣だ。しかし、それこそは歴戦を経たクー・フーリンの愛剣。
――幼少の頃、剣の師だった男から剣の才能はないと言われた。しかしその男の扱う剣は螺旋の刀身を持った魔剣である。その男の剣術を正しく学べないのも無理はなく、むしろ影の国の女王が一番弟子と定めた男に苦手分野など残すはずもなかった。
故に無骨な短剣を握るライダーの剣術もまた、槍術ほどではなくとも頂点に近い。多彩な戦術の引き出しを持つライダーは、槍と剣による複合スタイルが今の状況に適していると見做したのだ。
飛びかかるランサーの不可視の四撃、風車の如き巨槍の斬撃。視界を埋め尽くす青炎の絨毯。騎兵は地面を蹴って駆け回って狙いを絞らせず、槍撃の悉くを逸らしていった。
戦場を駆ける二つの流星。繰り広げられる激突は三十に及び、瞬く間に戦場を更地へ変えていく。時が経つにつれ高揚し頬を染める戦乙女、うっとりとした眼差しで英雄を見詰める。そして槍を交わすごとに、次第に熱気を纏い戦の興奮に魔力を高める光の御子。
ライダーはランサーの全力の攻勢を捌きながら、コイツには全力を出し、更に死力を尽くしても構わないだろうと――徐々に、徐々に、自らに掛けたリミッターを解除していく。それは本気を出し惜しんでのものではない、彼の内に眠る神の血の沸騰を意味した。
本気を出そう。全力を絞り尽くし、死力の限りに戦おう。ライダーは、戦場王とまで称される本来の力を発露していき――ランサーは恍惚とそれを見ながらも危険を悟り――だが。
「ライダー!」
彼のマスターが何かを察知したらしく、ライダーに対して鋭く指示を出す。
「
「――チィッ」
目の前に集中し過ぎた。バゼットの言う増援とは、ランサーのマスターのことではあるまい。
ならば、ランサーのマスターが救援を頼み、何者かが駆けつけてくる。尋常なる一騎打ちに邪魔が入るのだ。苛立って舌打ちしながらも、ライダーはマスターの指示を忠実に聞いた。
振るわれた巨槍を朱槍で抑えつけ、跳ね上げられた巨槍の威力を利用して跳び退き、仕切り直したライダーは即座に魔槍と魔剣を構える。
「悪ぃな、ランサー。味気ねぇが、宝具でケリをつけてやるよ」
「っ……なら私も全力で応じましょう」
「往くぜ。この一撃、手向けとして受け取るがいい――! 魔剣抜刀――刺し穿つ――!」
魔剣が激しく光る。魔槍が膨大な魔力を放つ。二つの宝具の同時発動! ランサーは咄嗟に全てのルーンと槍の宝具を解放して迎撃しようとして――彼女の視界に、伝承保菌者バゼット・フラガ・マクレミッツが宝具を起動しているのを見た。
まさかマスターが宝具を?
困惑するもライダーを迎撃しないわけにもいかない。肉体の機能を限定解除していきながらランサーも魔力を全開に迸らせ、そして――光の御子は曲者の気配を見逃さなかった。
「――バゼットォ!」
宝具使用を
虚を衝かれたバゼットだったが、それが『硬化』のルーンだと気づくや瞬時に宝具の発動を止め、両腕を交差して胴体と頭部を守る。それはまさに戦士の直感、赤枝の騎士の防御本能。
ランサーは突然の事態にも慌てず、迎撃態勢を解除してライダーの隙を突くも、騎兵の許に駆けつけた戦馬が主人を突き飛ばし、虚空に叩き上げると自らの背中に乗せ離脱する。痛ぇじゃねぇかと悪態を吐きながらも馬上の人となったライダーをよそに、それは来た。
双子館から脇道に逸れ、死角となっている位置から銃声が轟いたのだ。『硬化』した直後のバゼットの全身を叩きつける銃弾の雨、交差する二つの射線。全身を金属バットで殴打されるが如き衝撃の連続に、防御体勢を取ったままバゼットは歯を食いしばり耐え凌ぐ。
「グッ……ツゥ……ッ!」
周辺の光源はランサーが振り撒いた青白い炎の軌跡のみ。バゼットは制圧射撃に空いた一瞬の間隙を見逃さず、瞬時に拳を固めると、拳銃弾を正確に叩き落としていく。
左右に分かれている構造物には、それぞれ暗視スコープをつけた桜と舞弥がいた。短機関銃での制圧射撃を両者が加え、片方がリロードしている間に相方が拳銃を放ち間を繋いでいるのだ。
騎兵には依然として槍兵が攻撃を加えようとしている。そしてバゼットを挟んで銃士が二人。バゼットならこの状況からでも巻き返せるかもしれないが、間もなく増援が駆けつけてくるのなら意味のない奮闘になってしまう。状況の不利を悟ったライダーは見切りをつけ、愛馬を駆けさせるやバゼットを拾い上げた。バゼットもまた冷静に判断し、自らの宝具を回収して戦馬に跨る。
「ここはまだ踏ん張りどころじゃねぇ、立て直すぞバゼット!」
「くっ、やむを得ませんね……!」
鮮やかに撤退していく流れを、ランサーは阻まなかった。いや、阻めなかったのだ。なぜならもう一頭の神馬が、隙を見せたら轢き殺さんばかりの威圧感を醸し出して桜を狙い、ランサーを牽制していたのだ。知能が高い――まるで人間のように。
潔く去っていくライダー達を見送った槍兵は、こちらに歩んで来る自らの主人を振り返った。
「遅くなってごめんなさい。夜戦装備を整えるのにちょっと時間掛かっちゃって……」
申し訳なさそうに言ったのは桜だった。寡黙な女兵士は何も言わず携帯電話を取り出し、誰かに連絡を取り始めている。
桜と舞弥は夜闇に紛れる黒い夜戦服を着込み、暗視スコープとフードを身に着け、短機関銃と拳銃の他に手榴弾を三つ、軍用ナイフを二本装備していた。魔術師なんてものではなく、完全に兵士そのものの姿だった。流石のランサーでも驚いてしまう格好だ。
「……いえ。助かりました、マスター。あのままいけば、私も危うかったかもしれません」
舞弥が連絡しているのは、敵マスターの言っていた『増援』とやらだろう。どうやらバックに頼れる味方がいるらしい。それが誰なのか、話してもらえるだろうかと思いつつも。ランサーの意識には槍を合わせたばかりの英雄が強烈に焼き付いていた。
好ましい戦士だった。戦乙女として惹かれざるを得ない。まるで――まるで……シグルドのようで。疼くものを堪えつつ、ランサーは狂熱を鎮める。
深呼吸をして、ランサーは槍を下ろした。初戦から全力を出させられた、あの騎兵はまだ余力を残しているようだったのに。聖杯戦争――どうやら一筋縄ではいきそうにないですねと呟く。
夜が更ける。
嗚呼、ほんとうに、
これからもっと疼いてしまうと、ランサーには自分を保てる自信がない。
ランサーはそう思うも、浮かび上がる歪な笑みを抑えきることは出来なかった。
(楽しいですね……
狂熱に頭を焼かれる感覚に、槍兵は密かに酔い痴れていた。
イリヤ「あーあ。せっかく来たのに、マイヤが出番はなしだって」